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30 誠意には誠意を ※(コンラート視点)

 私はコンラート。貴族姓が過去にあったが今は平民だ。

 私の家は王家から授与された爵位ではなく、仕えていた主家から従爵位を授与された家だった。私の家は領内の治安維持を担う事で主家に貢献し、武芸に長けた者を多く輩出していた。嫡男だった7歳上の兄テオフィルも武芸を得意とし体を鍛えていたが、私はどちらかと言うと本を読み知識を得る方が好きだった。

 しかし、主家が過去の大きな贈収賄事件の嫌疑を受けて取潰しになった為、主家と同時に貴族としての資格を失った。主家の取り潰し後、後に入った貴族家にも雇われず、仕事を得る為に王都へ移住した。



 父はまだまだ働ける丈夫な体だったが、今更平民と一緒に働けないと言い、普通の仕事に就くのを拒んだ。他の貴族家に雇ってもらえるよう王都で伝手を頼っているが、まず無理だろう。

 私は未成年だったので、父が働かないなら兄が働くしかなかった。全員の食い扶持を稼ぎ家の再興も目指す為、兄は兵役を志願し危険な国境地帯へ赴任して行った。

 兄の俸給は家の糊口を凌ぐには充分だったが、兵役は危険でいつ俸給が無くなるか分からない事が私はよく分かっていた。しかし父母は貴族時代の暮らしが忘れられず、時々散財しては私と喧嘩していた。


 私は早々に働くことを決意せざるを得なかった。

 もし兄が怪我で退役したり、亡くなったりしたら私が父母を養う事になる。元貴族の経歴を生かして高収入を得られる仕事と言えば、貴族に仕える使用人、それも執事などの高い技能が求められる職を目指すしかない。

 そう考えた私は父に頼み込み、平民でも通える使用人の養成学校に入り執事としての技能を学んだ。


 貴族時代に学んだ事も生かし、優秀な成績で学校を卒業する事ができた。

 しかし卒業して直ぐ使用人としてのキャリアがスタートできるのは、普通は元々貴族家に使用人として雇われている家の子女だけだ。私にはそのような伝手は無く、働き口が有っても執事は狭き門だ。

 使用人の組合にも一応登録し、さてどうやって職を探そうかと思ったら、偶々王都で若い使用人候補を募集している家があると組合から連絡があった。伯爵家だと言うが何か訳ありの様で、若い見習いばかり何人も募集しているという。

 私はとにかく実績を作らないといけないので募集に応じる事にした。


 執事見習い職は私を入れて8人応募があったようだが、幸い私が採用された。後から聞いた理由は『一番若かったから』だったそうだ。

 契約は伯爵家の上級使用人から一方的に契約を提示された。俸給は一般的な伯爵家の執事見習い職の基準よりも安かったが、住込みでの仕事で食費や住居費が浮くため家への仕送りが充分出来る額だった。



 王都の邸宅にて雇用され、仕事は伯爵家の上級執事から教え込まれた。それは厳しくも有難かったが、その家での仕事は妙だった。

 伯爵自身は王都の邸宅には年に数回、毎回長くて1週間位しか滞在しない。普通なら、来る度に領地から使用人を呼び寄せれば済む話だ。

 では何故ここに上級使用人が常駐しているかと言うと、伯爵の友人という()()()()が、伯爵が居なくても時々やって来るので、その方にお仕えするためだと言う。


 しかも、その客人の顔は()()()()()()()()()()()と指示された。見ようとして見るな、見ても顔を覚えるなという事らしい。それでもよく分からない。会った人の顔を覚えるのは執事にとって大事な技能だ。

 その客人が来た時は、一緒に雇われた若い見習い達は遠ざけられた。しかし私は見習いとはいえ執事職。嫌が応にもその客人の近くで働くことになった。


 直接呼びつけられる事は無かったが、近くで働いていると嫌でも目に付いてしまう事だってある。ある時その客人の顔をちらりと見てしまい、激しく後悔した。あの指示の理由が初めて理解できたのだ。


 ・・・あの客人の顔は忘れてしまうに限る。

 しかし、自分の記憶力の良さが恨めしい。誰にも言わず、またこれ以上見てはいけない。それ以降、なるべくあの客人には近寄らず、どうしても近くに行く場合は視線を他の方向に向ける事にした。


 何とか雇用は数年間継続されたが、その間に兄が辺境から王都の家に帰ってきた。悪い事に戦闘で負傷し、利き手の指が3本欠損した為退役させられたという。退役報酬は出るが、そんな物は一時凌ぎに過ぎない。

 体が一部欠損した帰還兵はなかなか他の職を得られない。まして王都ではその傾向が強い。兄は帰宅し塞ぎ込んでしまい、働く意欲を失ってしまったらしい。扶養家族が一人増えてしまった。


―――◆――――◆――――◆――――◆――――◆――――◆――――◆―――


 ある時、伯爵が王宮で第三騎士団に拘束されたと、急いで帰ってきた上役の上級執事が伝えてきた。直後に第三騎士団が大勢邸宅にやって来て全員が拘束され、騎士団本部に連行され取調べを受けた。

 取調べはこの邸宅にたまに来ていた伯爵の事が中心だった。伯爵以上に邸宅に来ていた客人の事はあまり訊かれず、訊かれてもよく知らないとしか答えなかった。


 拘留中に何度も覆面の巡回が現れ、あの客人の事を口外するな、口外すると命が無いと脅迫を受けた。日中は尋問、夜には覆面の脅迫という日々が続き、自分が日に日に疲弊していくのを感じていた。


 取調べ中に初めて知ったが、あの邸宅は伯爵の持ち物ではないらしく、別の子爵家の名義になっているという。一瞬あの客人の事が頭に浮かんだが、あの客人がその子爵だという事は絶対に有り得ない。


 その子爵と初めて会ったのは、嫌疑不十分で拘留が解かれ、邸宅の子爵への引き渡しが行われる時だった。馬車に乗って邸宅の引き取りに現れたのは、まだ12~3歳の見た目の青い髪の少女だった。てっきり代理で来た御令嬢かと思ったら何と子爵家当主だという。

 折角伯爵家の教育を受けたのに子爵家に引き取られるのかと、一緒に拘留が解かれた若い使用人達は暗澹としていた。

 しかしその少女は私達の事情を斟酌したのか、子爵家で雇用はできない、高位の家にも再雇用されやすい様に私達に紹介状を用意して欲しいと騎士団長に依頼した。子爵家と伯爵家以上では使用人の待遇も違う。私も扶養家族を3人抱えており、この対応は非常に有難かった。


 すぐに別の伯爵家から若い使用人の募集が何人かあり、応募すると今度は経験者の方が良いと執事職は私が採用された。こうしてすぐに次の奉公先が見つかるのは非常に幸運だと、この時は思っていた。



 雲行きが変わったのは、雇用された伯爵家の馬車で領地へ移動している時だった。町から大分離れた街道の途中で、一行は王都第二大隊による検問にあった。王都のとある邸宅で働いていた下級使用人について再取調べの為招集が掛かっていて、該当者が居れば引き渡せと要求されているという。これは明らかに私の事だ。


 伯爵本人が護衛と外へ出て検問の部隊と口論している最中、別の貴族が騎乗で現れ部隊が偽者だと言い放ち、偽者の検問部隊は逃走した。しかし、伯爵の指示で私の雇用契約がこの場で解除され、荷物と共に文字通り放り出されてしまった、


 こんな町や村から離れた街道で置いて行かれた私は呆然とした。こんな仕打ちを受けてしまっては、使用人としてはもう終わりだ。どうやって生きていこうかと思っていたら、あの少女当主がその場にいた。偽者を撃退したのは彼女だったのか。


 その少女当主は私を案じ保護してくれた。一旦子爵領まで連れていくが、今日は同行する者の後ろに乗って馬で移動するが我慢して欲しい、明日からの移動は馬車を手配すると言われ、他にどうする事も出来ない私は了承した。

 彼女は子爵領への道中もずっと私の状態を気にかけてくれた。慣れない馬や馬車での移動に余裕の無かった私は頷くだけで、感謝の言葉をあまり口にすることが出来なかった。子爵領に着いたのは保護されて3日目の夕方で、慣れない移動に疲れ果て、この日は泥の様に眠った。



 翌朝、宿泊した場所から領地の役所にある領主執務室へ行き、そこで短期雇用契約を提案された。しかもお互いの条件を話し合おうとまで言う。つい色々提案してしまったが、彼女は私の事情も聞いた上で、殆どの条件を飲んでくれた。


「自分で言っておいて何ですが、こんなに好条件で良いのですか?」


「貴方は最初から私を見た目だけで判断しませんでした。お疲れのせいか口数少なめでしたが道中も私や同行者達に感謝を述べていましたし、今の条件交渉も貴方の個人的野心の為ではないでしょう?

 自分の置かれた状況を理解していらっしゃいますし、警戒心の強さも悪い事ではありません。

 誠意も能力もある貴方には、例え短期契約でも気持ちよく仕事して欲しいのです。」


 その返答に、私が今まで関わってきた貴族達とは全く違う信条や矜持が彼女にはあるのだと理解した。またこの短い間に私がそれなりに良く評価されている事も知った。


 それから子爵領を離れるまで、彼女に使用人として仕えながら彼女を観察した。彼女は今まで見てきた貴族達とは違う。父や兄とも全く違う。その違いは何だろうと思っていたが、ずっと見ていて気付いた。

 彼女は大半の時間を領民や自身の商会、使用人など他者の為に使い、自身の個人的時間は殆ど無い。こちらが彼女の疲労を気遣って休憩を提案しなければ、いつまで経っても自分で休憩を取ろうとしない。御家族の葬儀の後は別だったが、それは誰も文句は言わない事だ。

 それに他の貴族の様に威張り散らしたり、無理難題を出したりといった事が無い。問題に対して皆と一緒に考え、アイディアを出し、解決策を具体化する。

 言ってしまえば、彼女のやっている事は全てその繰り返しだ。


 使用人達や商会員達を含めた、領民達の彼女への信頼は絶大だ。間近で見ていてよく分かる。それは彼女が同じ姿勢で領地の問題に当たってきた年数の長さを思わせる。1年や2年でここまでの信頼関係は築けない。あの12~3歳にしか見えない彼女は、一体何年領主として務めているのだろう?

 そう思って彼女の休憩時間に疑問をぶつけてみたら、8歳から当主を務めているが、実際に領地経営に関わったのは4歳くらいからだと言う。自分の4歳、8歳の時はどうだったろうか。

 ただ、12~3歳にしか見えないと言った事には「私は16歳です!」と怒られてしまった。


 彼女の婚約者のお披露目会と、そこから続く領地脱出、王都への乗合馬車での移動、そして王都での潜伏は大変だった。

 お披露目会では乱入してきた賊から私を助けるために賊に立ち向かい、逃避行では荷物に紛れて隠れたり、鬘を被って平民に変装したりと、およそ貴族の娘らしからぬ行動を見せた。

 どうしてそこまでするのか疑問になり、王都に向かう途中に人気のない場所で訊いてみた。


「荷物に紛れたり、変装して乗合馬車で移動したり、おおよそ貴族の行動とは思えません。それも私を守る為だと理解していますが、それだけの為にどうしてこんな事を?」


「貴方を守る為だけではありません。私もまた、貴方と同じ相手に狙われているのです。

 先日やっと領都で葬儀が出来た母と祖父母は・・・8年前に殺され、私もその時大怪我を負いました。貴方を最初に雇ったあの伯爵が、その時から領地を乗っ取ろうとしてきたので、私は身を隠しながら裏で活動していたのです。

 私は普通の貴族らしく生きてきた訳ではないですから、貴族の娘らしく見えないのはそのためでしょう。」


 私は二の句が継げなかった。そんな壮絶な目に遭いながら、彼女は自分の当主としての矜持を失っていない。


「お披露目会の時の賊の1人に私が向かっていった時、相手は私を捕らえようとしました。あれは恐らく私を(かどわ)かそうとしたのです。私を人質に取って、その相手は私の領地や商会から搾取をするつもりなのでしょう。

 貴方の証言が一つの証拠として、その相手を引き摺り下ろすきっかけになるかもしれません。これは引いては領地の、領民達の為なのです。だからその時が来るまで、私は貴方を守るために動いているのです。」


 彼女の頭にあるのは、領地や領民達の安寧や幸せが全てなのだろう。その為に必要な事は何でもやるという決意と行動力がある。だからこその、今回のこの行動なのだろう。

 私の場合は自分の命が掛かっているだけだ。だが、彼女の場合は自分だけではなく領地や領民達の命が掛かっている。それは何より領民達の事を考える彼女には耐えられないのだろう。


 いや、違う。私も自分の命だけではなかったか。

 でもこれは自分ではどうしようも無い。恥を忍んで彼女にお願いするしかない。


「・・・これだけお世話になっていて心苦しいのですが、一つ追加でお願いしてもいいでしょうか。

 父母と兄が王都に住んでいます。彼らの保護をお願いできますでしょうか。」


「ご家族を人質に取られないための対処ですね。王都に着いたらできるだけ早く手配します。御家族の話は王都に着いたら詳しく教えてください。」


「・・・有難うございます。」


 彼女の背に更に荷物を背負わせてしまったのに、文句一つ言わず即答する彼女に、私は誠心誠意お仕えしようという心が芽生え始めた。

 彼女、いや当主様には私が返せるものはそれしかない。もう心の中でも彼女とは呼べない。



 王都の潜伏先が『フラウ・フェオドラ』だったことも驚いたが、この店や王都と子爵領の間の物流も、全て当主様が作った事業だと知った時も驚いた。当主様の事を知れば知る程、驚かされることばかりだ。

 短期雇用契約は、一旦邸宅に戻るまでの約1か月間延長していただいた。


 邸宅に戻る際、第三騎士団長殿から私の家族を保護していると伺った。それも特務部隊で匿っているから、賊たちの手は及ばないので安心して欲しいと騎士団長殿から直接声を掛けられ、私は深くお礼を申し上げた。



 邸宅に戻って落ち着いてから、雇用契約の延長の申し入れをした。


「それで、延長期間はどうします? 一カ月?」


「いえ、このまま継続雇用して頂きたく思います。」


 当主様は驚いているが。


「折角貴方は伯爵家の教育も受けているのに。

 高位の家にもっと良い待遇で迎えられてもおかしくないと思いますよ。」


「私が高位の家に拘っていたのは、私が家族全員を養わなければならないからです。でも今の契約は伯爵家に勤めていた時の俸給と遜色無い。子爵家としては普通無い待遇です。

 それに私の事情に配慮頂き、私だけではなく家族の安全まで手配して下さった。当主様の誠意に報いるには、私には誠意をもって当主様にお仕えする事しか出来ません。何より私だけではなく、領地の誰に対しても誠実であられる当主様に、私がお仕えしたいと思ったのです。」


 立場が上にも関わらずこれだけ誠意を尽くされる当主様に対して、私に忠誠心が芽生えない筈がない。


「・・・有難う。誠意で返して頂けるのはとても嬉しいわ。

 これからも宜しくお願いします。他の皆とも仲良くしてくれると嬉しいです。」


「勿論です。礼を尽くして頂いて有難いのですが、使用人に頭を下げるのは御止め下さい。」


「流石に外では致しません。ですが、誠意に応えるのに礼を尽くすのは当たり前ではないですか。」



 この後、当主様と継続雇用契約を結んだ。

 つくづく普通の貴族らしくない当主様だが、これほど仕え甲斐のある主人も珍しい。

 今は守られてばかりだが、早くお返しが出来るよう精一杯努めようと思う。


いつもお読み頂きありがとうございます。

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