03 盤面をひっくり返しました
王族なら何でもできる、と傲慢に振る舞う第二王子。
弁明の機会すら無いまま、小柄な体格の私を大男が取り押さえる、客観的にはそんな構図です。
『あの男』は上手くいったとほくそ笑んでいることでしょう。
でも、殿下や『あの男』の思い通りに行かせません。盤面をひっくり返してやります。
「それは私の科白ですわ。」
そう呟き、私は素早くリッカルト様の懐に入り込み、前に踏み出したリッカルト様の右足の甲を左足で踏み付けます。
そちらに体重を乗せて、勢いをつけて右膝を急所に捻じ込みます。敵意のある相手ではないので、潰さないよう多少加減しています。
痛みにリッカルト様の膝が曲がり、前屈みになったところを更に掌底で顎を打ち抜き、意識を刈り取ります。
意識の飛んだリッカルト様は、床に崩れ落ちます。
誰もが想像の範囲外だったでしょう。皆が唖然としています。
この間に次の手を打ちます。
「警備の方はいらっしゃいますか!」
「第三騎士団長がここにおります。」
第三騎士団長――リッカルト様の父君が自ら出てきます。
えっと、確かにこの場の警備責任者でもいらっしゃいますが、『あちら』の捜査は大丈夫なのですか?
「ご覧になられていたと思いますが、エルバッハ侯爵令息リッカルト様に対する私の行為は正当防衛と認められますか。」
「正当防衛で問題ありません。此奴はこちらで預かります。」
正当防衛と認めてもらい、殿下から私への手出しを封じました。
危害を加えたって騒がれても困りますからね。
その時一瞬、第三騎士団長殿の呟きが聞こえました。
――奴は抑える――
リッカルト様を引き取った第三騎士団長殿に礼をします。
「てっ、抵抗するか!」
殿下がフリーズから脱し、こちらを睨みつける。
「第三騎士団長自ら、私の正当防衛を認めて頂きました。
そもそも、殿下が一方的に私を罪人と決めつけ、弁明の機会すら与えないまま、権限もない殿下が私を取り押さえようとした事が不当ではないですか。大人しく暴力を振るわれろ、とでも?」
「単なる妾の子の分際で、王族に生意気な口を・・・。
ま、まあよい。今更お前は逃げられまい。
ここでまとめて詮議して、お前の罪を明らかにしてやる。覚悟しておけ!」
それはこちらの科白です。
折角です、別室で『会合』の予定だったあの件もまとめて詮議致しましょう。
亡き母を侮辱した殿下には一切容赦しません。覚悟しておけ!
アレクシア様もやる御積りの御様子。視線を向けるといい笑顔をされてます。
親指立てるサインは淑女らしくないですよ?
殿下が続けます。
「まず、存在証明だ。お前以外の青い髪の女子生徒は全員存在証明があり、聞き取り調査も済んでいる。存在証明が無いのはお前しかおらん。」
「私を問い詰める前に、こちらからお伺いしたい点は2つあります。まず、私の学院の掌紋認証履歴と、事件報告の日時との照合の結果は如何でしたでしょうか。」
「学院生は全寮制だ。王族教育のような例外はあるが、お前に適用されるはずもない。調べずとも自明ではないか。」
・・・つまり、調べてないってことですね。駄目ですね。殿下では埒が明きません。
「事実に基づかない憶測のみでの仰り様、全くお話になりません。
バーデンフェルト侯爵令嬢アレクシア様。事件のことは御存じかと思いますが、私の学院の入退場記録および事件日時との照合について、証言して頂けないでしょうか。」
「イルムヒルト様におかれましては、この場で私をお呼びになるときは、アレクシアとお呼び頂ければ結構でございます。」
有難い事に、さらっと意図を正しく読んで下さります。
「殿下、イルムヒルト様も極めて特殊な事情にて学院長の承認のもと、学院には通っておられません。
学院の掌紋認証記録ですが、イルムヒルト様がこの1年で入場されましたのは、学院長を通じて特別にお招きした3回と、学年末試験を受けられた時、あわせて4回のみです。
学院の掌紋認証に記録された日付と、メラニー様が襲われたと報告された日付は一致しません。全て学院長の立会いの下で照合させて頂いております。
また学院に居られる際は、イルムヒルト様には学院長、副学院長、あるいは私のいずれかが常に付き添っております。学院内でお一人で何かなさる事はございませんでした。
何か疑義が御有りの場合は、学院長に御確認頂ければと思います。」
反論の余地の無い、事実に基づいたアレクシア様の証言に殿下が黙り込みます。
「アレクシア様、ありがとうございます。
存在証明について殿下にもう一つ確認させて下さい。
先ほどから、青い髪、青い髪、と曖昧な事ばかり仰っていますが、実際に加害者の顔を見た目撃者はいらっしゃるのですか。」
「・・・いや、学院の制服に青い髪の後ろ姿は目撃されているが、顔をはっきり見た者はいない。そもそもお前は学院内で顔を知っている者が殆どいない。
だが青い髪の女生徒で存在証明が無いのはお前しかいないのだ。動機も一番ありそうだしな。」
「殿下、先程のアレクシア様の証言を覆す証拠がないのであれば、存在証明が無いという思い込みはいい加減に止めて頂けますでしょうか。」
「ぐぅっ・・・」
呻く殿下を無視して、再びアレクシア様に話を振ります。
「アレクシア様、殿下では埒が明かないので、度々申し訳ございませんがお伺いさせて下さい。
報告書に目を通されたとお伺いしましたが、その中で目撃証言についてどのように記載されているでしょうか。」
「報告書に目を通しましたところ、いずれの場合も複数人の目撃者がいらっしゃいますが、『青い髪を下ろし、学院の制服を着た女性の姿』というものばかりで誰も顔をはっきり見ていないようです。」
度重なる危害にも関わらず、青い髪を下ろし学院の制服を着た女性の姿は目撃されても誰一人として顔を見ていません。そもそもここがおかしい所なのです。
王国の騎士団は以下のような役割になっています。
第一騎士団:
王族の護衛に当たります。居住区域・執務区域など王族の出入りする場所を
警護するのは第一騎士団の役割です。
王族が巡察等で国内に出る場合は警護だけではなく、巡察地域に先回りして
近辺の治安維持も行うことがあります。近衛騎士団とも。
第二騎士団:
王宮のうち、第一騎士団の担当範囲以外を担当します。
具体的には、宰相や重臣達、文官達の勤める執務区域などです。
王宮に隣接した、国の役所である各省庁も担当範囲です。
省庁の絡む情報漏洩、いわゆるスパイの取締りも担当しています。
第三騎士団:
王立の重要施設の警備、および貴族による犯罪の捜査等を担当します。
学院やその他王立施設(研究所、図書館など)、王都の防衛設備等です。
王都の門も重要な防衛設備ですので、王都への出入を管理するのもここです。
守備範囲が広いため、第一・第二よりも大分人数は一番多いです。
人の出入を管理するので、貴族犯罪の捜査権も与えられ、ついでに
王都の貴族街の警備も担当に加えられました。
今回、王城の大広間なのに第三騎士団が警備を担当しているのは
通常より人の出入が多いため、第二騎士団では手が回らないのと
学院のイベントだからという理由で駆り出されました。
王族の出入する、大広間奥の高い所だけは第一騎士団が警備しています。