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27 君がどうしたいか、だよ ※(侯爵視点)

 マリウスが子爵領から帰ってきたので、執務室に呼んで話を聞く。


「子爵家先代の弔問については、問題ありませんでした。王太子殿下個人と、父上の言っていた侯爵家の方々からは文が届いた、と子爵は言っていました。

 顔合わせについては、今回は急遽、子爵領の主要な方々だけの少人数で行う事になりました。顔合わせ自体は上手く行ったのですが、また子爵が問題を抱えてしまいまして・・・。」


 子爵に何かトラブルがあったのだろうか。


「問題?・・・ともかく、何があったのか要点を話せ。」


「ええと、子爵から聞いた話ですが・・・」


 マリウスから聞いた話を纏めると、子爵は王都から帰る途中、リーベル伯爵の捜査に絡む証人が、王都第二大隊を名乗る怪しい連中に拉致されそうになっている現場に出くわして、彼らを撃退し証人を確保した。その証人を匿っている子爵ごと、お披露目会で再びその連中に襲われ、マリウスと子爵、護衛達で撃退した、という事だった。

 ・・・つくづく、子爵は大変な目に遭うな。


「まだまだお前は荒事向きじゃないが、子爵たちと賊を撃退したことは褒めてやる。それで、子爵はその証人をどうする積りなのだ。」


「それが、王都に連絡して証人を保護してもらう人員の派遣を依頼しても、それが本物かどうかは分からないから、彼の安全が確保できるまで一旦自分で保護すると言っていました。

 それで子爵は、タウンハウスの内装工事が終わるまでは王都に来ても安全が確保できないから、それまで証人と共にまた身を隠すって事を父上に伝えて欲しいと頼まれました。

 あと、学院に通うのが遅れるという事を学院に伝えて欲しいとも頼まれました。」


 マリウスが微妙に歯切れ悪いのが気になる。何かまだ言っていない事があるのか?


「それで子爵はどこに居る。子爵領に居ても安全ではないのだろう。」


「王都には遠回りで向かっていると思います。まだ王都には着いていないでしょう。」


「いつ頃着くか具体的には聞いているか。あと連絡手段は?」


「具体的には何も。ただ、タウンハウスの工事が一旦落ち着くのはあと2~3週間くらいだと思います。その頃には姿を現すかと思います。連絡は、その時になったら子爵からする、と。」


 ・・・何かまだ隠している気がするが、今までの話におかしな部分は無い。気にはなるがマリウスを一旦下がらせる。



 アレクシアが商務省に入省した。第二王子との婚約は白紙になったが、その婚約含みで勤務半分、公務半分の予定だったので、公務分の予定が空いてしまった。私が長官としてどうするか決めるまでの間、領地経営の勉強を邸でしたりしたいと本人が言うので好きにさせておいた。

 空いた時間に仕事着の仕立をしに『フラウ・フェオドラ』に行っていたが、そこから帰って来るなり、私に人払いと面会を求めてきた。長官室に入ってきたアレクシアは憤懣やる方ない様子だ。


「何を怒っているのだ?」


「取り敢えず、こちらを読んで貰えますか。中身を全部知っている訳では無いですが、一部は聞いています。」


 と差し出された、封のされた手紙を見ると、子爵から?


 封を開けて読むと、先日の聞き取りで話の挙がった、子爵のタウンハウスで雇われていた下級使用人の一人を保護した事、王都に連れてきて第三騎士団に引き渡しても証人の安全が確保できるか不明な事、その為、今は密かに王都に潜入し『フラウ・フェオドラ』に身を隠している事が書かれていた。

 それはまだ良いのだが、その証人が拉致されそうになった経緯、お披露目会で襲われた顛末、子爵が領地を脱出する際の経緯、そして脱出する際にマリウスを徒に危険に晒してしまった事の謝罪が書かれていた。

 ・・・そうか、マリウスが隠していたのはこれか。


「アレクシアは、子爵が領地を脱出する際の経緯を聞いたのだな。身の安全を確保するために一足先に脱出せざるを得ず、後からマリウスが陽動を買って出た事を知ったそうだが、全責任は子爵にあると。

 で、アレクシアが怒っているのは子爵に対してか。」


「子爵様と、マリウスの両方に対してです。

 マリウスは安易に自らを危険に晒しています。子爵様から状況を聞いていれば、いち早く領都を脱出して帰って来るべきだったと思います。

 子爵様はマリウスが発ってから領都を脱出すべきだったと思っています。何故子爵様ともあろう方が、そこまで気を回せなかったのか。そこに納得がいっていません。」


 子爵に対してのそれは結果論だが、言わんとする事は分かる。


「アレクシアの言いたい事はよく分かる。私も普通ならそう考えただろう。

 マリウスが軽率だったのは間違いない。だが、子爵の事情を()()()()深く知った今では、子爵がそうせざるを得なかったのは分からなくはない。

 先に帰って、パウリーネとマリウス、ディルクに話があると言っておいてくれ。詳しい事は帰ってから全員に話す。」



 長官の仕事を早めに終えて帰宅し、執務室に家族だけを集め人払いする。


「マリウス、今日子爵から、今回のマリウスのお披露目会の件と、その後についての事情説明の連絡を受けた。・・・先日の報告で、子爵が領地を脱出した経緯について話さなかったのは何故だ?」


「あの時は、あれが一番良いと思ったんです。証人が別人だったら、それを示せば問題ないだろうと。でも、後になって父上にどう説明しようか、迷って・・・そのままになっていました。」


 マリウスが考えている事は読みやすい。これではまだ危ない。


「どうせ、後で私に軽率だったと怒られるのが怖かったのだろう。違うか?」


「・・・その通りです。すみませんでした。」


 軽率なだけではない。責任感の問題だと分かってなさそうだ。


「子爵からも、くれぐれもお前が陽動を行ってはいけない、と言われていなかったか。何かあったらお前だけの問題では済まないからだ。お前は同行した使用人や護衛達の命も預かっているという意識も、侯爵家を代表しているという意識も薄かっただろう。

 陽動を子爵領の人間だけで行っていれば、何かあった時に子爵に全責任が行くのは変わらんが、それは子爵領の内部で閉じた問題だ。だがお前がしゃしゃり出たら、何かあれば侯爵家と子爵家の間の問題になる。

 もし、賊が全員で束になってお前たちに襲い掛かっていたらどうなっていた。子爵がお前達に対する全責任を負い、契約を解消し、侯爵家へ賠償金を支払い、子爵家取り潰しになってもおかしくなかった。

 本当に、()()()()何も無くて良かった。」


 マリウスは項垂れている。ここで泣きだすような軟弱者だったらもっと怒ったが、しっかりと受け止めて貰わなくては困る。


「好意を持っていた子爵と婚約して浮かれていたのかもしれんが、それ位の責任感が発揮できなければ侯爵家として子爵に送り出せん。子爵の方から婚約継続を断られても仕方ないのだぞ。」


 マリウスが呻く。

 子爵の隣に立てないと言われるのが一番堪えているとはな。


「ただ、今回は捜査上の機密もあって、マリウスに充分に事の重大さを説明できていなかった私にも責任がある。

 マリウスは、子爵から証人を匿っている事を知らされて、証人はともかく子爵に危険はないと思っていたのだろう?」


「・・・違うのですか?」


 マリウスは驚いて顔を上げるが、言葉は違う方向から返ってきた。やはりアレクシアもそう思っていたか。


「子爵領に隣接するリーベル伯爵が子爵領を乗っ取ろうと企図していた件で、捜査に私も加わっている事は知っているだろう。伯爵が捕まり、もう子爵の身は安全だと私も思っていたが、どうもそうでは無さそうだ。

 それが分かってきたのがつい最近だ。具体的には、マリウスと私が子爵と面会した前日のことだ。捜査上の機密に抵触する可能性が有って出発前のマリウスには言わなかったが、一部でも言っておくべきだったと後悔している。

 皆を集めたのはそのためだ。これからの話は、絶対他言してはならん。」


 全員が固唾を飲んで、私の話を待っている。


「子爵は子供の頃に家族と一緒に馬車の事故に遭い、御母堂と祖父母が亡くなった。皆はそう子爵から聞いていると思うが、私が知っている内容は違う。

 馬車で静養先に向かっている最中に何者かに襲われ、御母堂と祖父母、使用人達・・・()()()()()()()()()()された。子爵も斬られて大怪我を負いながら逃げ延び、九死に一生を得て身を隠した。それが、彼女が7~8歳の時の出来事だ。」


 余りの事の重大さに、皆が言葉を失う。


「直後に子爵家の領主館を占拠した伯爵とは無関係ではないだろう。しかし詳しい事は言えんが、その何者かは伯爵家の部下ではなく、別の目的で動いていた可能性が有る。その何者かは未だ捕まっていない。」


「・・・それって、子爵様の命も狙われているという事ですか?」

 マリウスが訊き返してくる。


「相手が命を狙っているのか、誘拐しようとしているかは分からないが、子爵が自分の身の危険を感じているのは確かだ。」


「誘拐・・・そういえば、お披露目会で襲ってきた賊は・・・。」


 マリウスが誘拐という言葉を聞いて、お披露目会で襲ってきた賊について思い出した事を話し出す。証人と思われる人物には剣を向けていたが、子爵相手では素手で捕まえようとしていたらしい。


「それは、相手が子爵を誘拐しようとしている可能性があるな。」


 ・・・誘拐? では子爵が証言したあの時の・・・

 何か引っかかるが、駄目だ。今は答えが出ない。話を続けよう。


「私の推測はこうだ。元々伯爵の背後には、伯爵とは別の目的を持った者が居る。その者は自分の目的の為に子爵又は子爵家に危害を加えようとし、伯爵はその()()()に子爵領の乗っ取りをしようと企てた。

 子爵は伯爵から身を隠している分にはまだ良かったが、第二王子のせいで子爵の存在が明らかになってしまった。その背後の者にも所在を知られてしまった子爵は、直接狙われるようになってしまった。」


「・・・侯爵家として、子爵の後ろ盾を申し出はしましたが、ここまでの事は想定外では無いのですか?」

 パウリーネが当然の質問をしてくる。契約解除しても良いのではないかと。


「伯爵が拘束されて身の安全が確保できたから問題無いと婚約締結時は思っていた。思ったより大事になると思ったのはつい最近だ。

 推測が当たっていたとして、その背後の何者かから子爵を守るのは、侯爵家だけでは無理だと思う。

 だが今契約を解除すれば、子爵自身がいずれ闇に葬られる可能性が高い。あの子爵には大変世話になっているし、貴族家当主としても見捨ててしまうには非常に惜しい人物だ。個人的にも娘の様に気に入っている。

 だから、今回のマリウスの事で子爵を叱責はするが、今は契約を切るつもりは無い。子爵を狙う何者かは、今回の捜査に密接に関係しているはずだ。子爵をどう守るか、捜査に当たっている方々とも相談する。」


 これだけ世話になった彼女を切るような、恩知らずにはなりたくない。


「・・・安易に契約を切る様な薄情者ではないこと、安心しました。」

 やはり、パウリーネに試されていたか。


「マリウス、今彼女が身を隠しているのは、証人だけではなく彼女自身も身の危険を感じているからだ。証人だけの問題なら証人だけ身を隠せばいい。

 事の重大性を話していなかった私にも責任はあるが、それを差し引いても、お前の行動は一緒に行動していた使用人達や護衛達の命を預かる責任に欠け、子爵をも窮地に追い込みかねない行為だった。まして私への報告を怠った事も問題だ。

 マリウスには、2週間の自室謹慎を命じる。その間学院を休むことは私から学院に連絡しておく。良いな。」


「慎んで、処分をお受けします。」

 マリウスが蒼い顔で了承する。これで浮かれ気分が直れば良いが。


「アレクシア。『フラウ・フェオドラ』に次に行くのはいつだ。」


「次は仮縫いですから、少なくとも2週間は後ですね。」


・・・ちょっと遅いな。


「パウリーネ、私達の夜会服の相談の予約を入れよう。頼めるか。」


「ええ、なるべく早くに日時を押さえますわ。」



 全員が執務室を退室した後、パウリーネが戻って来た。


「旦那様、一つお話が。人払いはこのままで。」


 なんだろうか?パウリーネが私を睨みつける。


「別宅に囲っている女性は、誰です?」


 そういう事か。私の不在中に、あの情報に触れる機会があったのだろう。


「・・・お前に話していなかったのは悪かったが、私が囲っている妾か何かだと思われたのなら心外だ。

 実は子爵が提供してくれた、アレクシアの婚約白紙の決定打だ。命の危険がある為保護している。こういえばわかるか?

 あれの事は口外するな。アレクシアには特に。」


 私の予想外の回答に、パウリーネが固まっている。


「ひょっとして、第二・・・」


「迂闊に固有名詞を口にするな。あちらは渡せと煩かったが、可能性の問題なのでまだ保護観察中だ。決定打にはなったが、慰謝料の条件闘争で揉めている原因でもある。」


「・・・疑ってしまってごめんなさい。彼女の事は、私が大事に面倒を見るわ。こういう事は女性同士の方が良いと思います。」


「ああ、黙っていて悪かった。パウリーネに任せていいか。危険を感じたならすぐに知らせてくれ。」



―――◆――――◆――――◆――――◆――――◆――――◆――――◆―――


 『フラウ・フェオドラ』の予約が取れたのは何と2日後。人気の仕立屋の予約としては普通では考えられないが、子爵も私達の本当の訪問理由に気付いているはずだ。私も何とか予定を空けた。

 

 当日、パウリーネと共に店を訪れ、相談の名目でディレクターに店の奥へ通される。案内したディレクターは廊下の途中で隠し扉を開き、私達に入室を促す。入るとそこは、部屋の調度は良い物を使っているが窓の無い部屋で、中には子爵が一人で待っていた。先に人払い済であったか。


「侯爵様、パウリーネ様、ようこそお越し下さいました。

 どうぞお掛けになって下さい。」


 子爵は神妙な面持ちで私達に着席を促す。

 私達が着席すると、子爵は傍のティーセットで自ら紅茶を淹れ、私達の前に紅茶を置いてから着席する。



「事情は先日の手紙でお伝えした通りです。マリウス様の身をあたら危険に晒してしまいました事、心よりお詫び申し上げます。

 今回の事で、契約を切られても致し方ない事だと思っております。」


 彼女は神妙な面持ちだが、こちらの目を見ながら真摯に謝罪を述べる。彼女は自らの立場から逃げる事はない。


「子爵が先に領都を脱出したので、その後のマリウスの軽率を止められなかった、という事情は聞いた。

 マリウスと子爵の感じた危機感を共有していなかったのが原因だと思うが、事前にそれを共有しておけば、今回の事は未然に防げたのではなかったか?」


 敢えて意地悪な聞き方をしているが、マリウスと危機感を共有していれば、他にやり様は有ったかも知れないと思ったのも事実だ。

 マリウスが私と共有するか、子爵と共有するかは別問題として。


「ええ、そう言われればそうかも知れません。ですが、こちらの事情に必要以上に踏み込めば、それはそれで侯爵家の皆様の御迷惑になるかと思いました。

 ・・・今は、そうとしか、お答えする事が出来ません。」


 思った通り、か。


「子爵はやはり、証人だけではなく自身の身の危険を感じ、こうして身を隠している。マリウスも子爵が身の危険を感じている事を察していれば、もっと他のやり様を考えたかも知れん。

 必要以上にと子爵は言うが、今でも子爵の手に負えない事情に侯爵家が巻き込まれないよう、予防線を張っているのだろう。


 だがな、子爵。

 知らなければ済むなどという段階は、とうに過ぎているのだ。」


 子爵が驚く。

 彼女の表の表情が崩れた今こそ勝負所だ。ここから子爵に畳みかける。


「伯爵の背後に、伯爵とは別の目的を持ったある者が居る。

 その者は自分の目的の為に子爵又は子爵家に危害を加えようとし、伯爵はそのついでに子爵領の乗っ取りをしようと企てた。子爵は伯爵から身を隠している分にはまだ良かったが、第二王子のせいで子爵の存在が明らかになってしまった。

 その背後の者に所在を知られてしまった子爵は、直接狙われるようになってしまった。

 推測だが、ここまでは合っているかな。」


「・・・お答え、出来ません。」


 予想通り子爵はノーコメントを貫く。だが構わない。

 彼女はもう、平静な表情では居られなくなっている。


「黙秘は肯定と見做して先へ進めよう。

 私はこの推測を、捜査に当たっている王太子殿下や宰相閣下、軍務省長官、貴族省長官、第三騎士団長とは、まだ共有していない。

 何故なら今は誰が味方で、誰が敵かはっきりしていないから、証人を預けても証人の安全は保障できないし、情報が洩れたら子爵も危ない。

 子爵の危惧もここにあると思うが、どうかな。」


「・・・お答え、出来ません。」


 彼女のその黙秘を貫く仮面は、もう剥がれかけている。


「その、伯爵の裏に居るのは、この人物ではないか?

 ・・・内容は横に居るパウリーネも知らない。

 私と、君だけだ。」


 そう言って、懐から四つ折りの紙を一枚取り出し子爵に差し出す。

 子爵はその紙を開き、中を見た彼女の全身に一瞬強張るのが分かる。そして一瞬歪んだ彼女の表情を、私は見逃さなかった。

 彼女は見た後すぐに紙を自分の懐に仕舞う。


「証拠は無い。 単に君のこれまでの振る舞いを見た上での推測でしかない。その人物の目的もわからない。

 ただ言えるのは・・・今回の件、私がその人物に味方する事はない。

 理由は分かるな?」


「・・・仮にそうだとして、それがどうしたと言うのでしょう。

 契約は解除されるのですよね?」


 子爵の表情が変わってきている。


「私達の結論は・・・今回の件において、侯爵家は子爵家との契約を解除する気はない。

 マリウスには軽率さと、侯爵家を代表する責任感の無さをもって2週間の自室謹慎を命じた。

 今回の事は、謝罪しなければならないのはこちら側だ。()()()()()()()を以て水に流して頂きたい。

 マリウスが不適格だというなら外すが、まだ婚約したばかりだ。もう少し見守って頂けると有難い。」


 ここまで言い切って子爵の反応を待つ。



「・・・契約を切られて当然と、思っていました。

 でもどうしてなのですか。どうして、こちら側に非が無いというのですか。

 どうして、どうして・・・」


 やっと絞り出した子爵の回答に、私が答える。


「家としての損得だけ考えるなら、君に非があるとしてしまうだろう。ただそうして何か1つでも条項を削ってしまえば、私達は君の後ろ盾たり得なくなる。

 それではもう、私達の願う子爵家との関係性にはならない。


 それに契約の時に言っただろう。私達は皆、子爵の人柄が気に入っているのだ。君がアレクシアの友人で居てくれるのも、家としての損得ではないだろう?」


 ここで、横に居るパウリーネが漸く口を開く。


「ええ、旦那様の言う通りです。

 私達は、貴女と家族になれれば良いなと思っています。皆に迷惑を掛けまいと一人で苦しんでいる姿を、家族が黙って見ていられると思いますか?

 まだ婚約関係ですし、子爵家と侯爵家と言う関係性ではどうしても言えない事もあるでしょう。

 でも、これだけは覚えておいて下さい。私達は皆、貴女の力になりたいと思っています。

 少しずつで良いのです。お互いに歩み寄ってみませんか?」


「後は、()()()()()()()()だよ。」


 2人で子爵に微笑みを向けると、子爵の双眸から次第に温かい物が流れ出す。


 子爵の鉄面皮を崩し、漸く()()()()()を表に出すことが出来た。

 関わる他者を慮る余り、内に押し殺した16歳の彼女の本音。それを表に出して、初めて彼女を本当の意味で後ろ盾する事ができる。

 ここが彼女との、()()()()()()()()()()()()


 パウリーネが子爵に歩み寄りふわりと抱きしめる。

 ここから後は、パウリーネに任せた方がいいな。


「貴女はずっと一人で苦しんできたのですね。

 今は何も聞きません。今はただ、私を使ってゆっくりお泣きなさい。

 ここだけの秘密にしましょうね。」


 そんな、母親の様に子爵を優しく包みこむパウリーネと、パウリーネに包まれながら静かに、やがて嗚咽を漏らす子爵。

 私は彼女達の視界に入らない様、部屋の隅から静かに見守っていた。


いつもお読み頂きありがとうございます。

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王宮には『アレ』が居る 4巻 ハーパーコリンズ・ジャパン プティルブックスより 2025/2/21 発売となりました。

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[良い点]  バーデンフェルト侯爵家一家が人間としての軸がしっかりある人達でよかった。 筆頭クリストフ長官。  女性陣もちゃんと知性も教養もあるし、マリウスも(男性から見ても)良い男になれる素質が有る…
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