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26 アレクシア様とお茶を楽しみました

「・・・それで、イルムヒルト様はなぜここに?」


 ここは王都のとある場所。私と差し向いでお茶を楽しんでいらっしゃるのは――


「それは後に致しません? 先日のご招待頂いた時も私の話が多かったですしね。

 それよりアレクシア様。無事婚約白紙となりました事、おめでとうございます。」


 ――バーデンフェルト侯爵令嬢アレクシア様。学院を卒業し、つい先日から商務省にお勤めです。私が領都に戻っている間に、無事第二王子との婚約白紙が正式発表となりました。


「有難うございます。

 詳しくは父も教えてくれませんでしたが、イルムヒルト様が最後に教えてくれた情報が決定打になったと聞いていますわ。()()の事があったのでしょうね。」


 色町の件も侯爵様はアレクシア様には伏せておられる筈ですが、勘の鋭い方ですから何となく察していらっしゃる気がします。


「マリウスとイルムヒルト様からの贈り物を受け取りました。私の就職祝いだそうで、有難うございます。省のスカーフの色に合わせて下さって、仕事中にも身に着けられるよう選んで下さった心配りに感謝しますわ。」


 彼女の首には先日私達が贈ったペンダントが掛かっています。アレクシア様はペンダントに軽く触れ嬉しそうな表情です。喜んでくれて何よりです。


「今日はこれを身に着けた方が良いとマリウスに勧められたのですが、まさかここでイルムヒルト様に会うとは思いませんでしたわ。居るなら居ると教えて頂いていたら、色々ご用意致しましたのに。」


「私がここに居るであろう事は、マリウス様には領地で事前にお知らせしていましたので、気を利かせて頂いたのですね。でも私は王都に居ない事になっていますので、マリウス様には口外しない様お願いしていたのですよ。」


 正規のルートで入っていないので、王都に入る際の掌紋認証は受けていません。正式には王都に居ない事になっているのです。


「領地で関係者にマリウスをお披露目する際に賊が現れたと、マリウスから聞きましたわ。その事でマリウスと父が2人で話していましたけれど、私には教えて貰えませんでした。」


 それは、コンラートの件はまだ伏せておいた方がよいので。


「その関係で、イルムヒルト様が今王都に来ても安全が確保できないから、学院に通うのが遅れるとも聞いています。学院の方にはマリウスが連絡したようですけど、その安全が確保できないはずの王都に、()()()()イルムヒルト様がいらっしゃるのかお聞きしたいですわ。」


「どうして、というのは理由ですか、方法ですか。」


「両方です。」


 うーん、アレクシア様にどこまで話しましょうか。


「賊については領都の中でのお披露目で襲われたので、領地に居ても安全では無いと思ったのですが、王都に来ても邸宅の工事が完了していませんし、宿も安全ではありません。邸宅の工事が終わって、準備が整えばそちらに戻りますよ。

 工事が終わる前に王都に来た理由ですが、こちらにその理由が記載されています。アレクシア様にはこれを侯爵様に御渡し頂きたく。」


 傍で控えているコンラートから封をした手紙一通を渡してもらい、アレクシア様に差し出します。


「これ以上の理由には、私が触れない方が良いのね。

 わかったわ。これは帰って父に渡しておきます。」


 察しの良いアレクシア様は、手紙を受け取って手荷物に隠します。


「それで、貴女が領地を出るときも大変だったとマリウスから聞いていますけど、どうやって領地から王都にやって来て、ここまで来たのですか?」


 アレクシア様が何かを期待する目でこちらを見つめます。騎乗で領地を見て回りたいなどと仰っていたようですし、こういう冒険話が好きなのでしょうか。マリウス様には、アレクシア様の冒険心を下手に刺激しないで頂きたいです。時々無茶な事を考えられますし。

 ・・・今回は話しますけど。


「まず、相手の賊の人数が結構多いだろうと予想しました。お披露目の会で現れたのは陽動の1人と実行犯の6人。裏で支援していた人数は少なくともその倍は居ると思いました。それであの件で動いた人数を20人として、その3倍は居るだろうと予測したのです。」


「どうして3倍は居ると思ったのです?」


「遠くから見ていて指揮を執る人間もいたでしょうし、その人間を守り、各所に伝令に走る人数も要ります。町の警備の人数が想定よりも多く出てくるなど、不測の事態に対処する人数は、実際に動いた人数と同程度は少なくとも居たでしょう。」


 こういう感覚は、実際に人を動かして物事を行う経験が無いと直ぐにイメージできないかも知れません。


「4人捕らえたとしても、少なくとも同程度以上の賊が60人以上いて、領都と泊まっていた物流拠点を監視しながら私が領都に発つのを待っているだろうと予測しました。王都に向かう途中でそんな人数に襲われたら一溜りもありません。」


 アレクシア様がそのような大人数の賊に襲われるのを想像したのか、蒼い顔をして頷いています。


「領都に居る間の安全を確保するため、夜は物流拠点に泊まり、朝夕に領都の行政所と往復していました。領都と物流拠点の間はお互い遠くに見える位の距離ですので、両方を監視していると予測しました。

 そこで、領都を出る際に考慮したのは『領都と物流拠点のどちらか一方に賊の目を引き付ける事』『陽動を3つ以上仕掛ける事』『陽動を仕掛けた時に、私がそちら側に居ると思わせる事』の3つです。」


「・・・3つ、聞いていい?

 1つは、陽動を3つ以上とした理由ね。1つは陽動を受けた方々の安全性。あと1つは、何故実際に陽動を仕掛けた側に居てはまずかったの?」


 1つ目と3つ目は訊かれると思いましたが、2つ目についても訊かれますか。そこは私も悩みました。


「まず陽動を3つ以上とした理由ですが、相手の人数が最低60人は居ると思ったのですが、その想定を超える人数、例えば100人居た場合の対応を考えたからです。

 私が護衛10人と行動すれば、相手は最低20人で対応するでしょう。同じ様な規模で陽動を3つ以上用意すれば、全てを調べるのに賊側は60人必要です。最低60人と見ていたので、賊を全員引っ掻き回すためには3つ以上の陽動が必要でした。

 本当は陽動を5つ用意したかったのですが、諸事情で3つしか用意できませんでした。」


「それは護衛の人数が足りなかったという事?」


「それと、陽動を引き受けて頂けた方々の安全性ですね。」


 護衛もそうですが、陽動を引き受けて頂いた方々に危害が加えられる可能性があり、リスクを抑える対策をしても引き受けて下さる方はあまり居ませんでした。


「遠目には私の背格好に近い3人の囮を用意し、それぞれ護衛を付けて別々の方向に動いて貰いました。護衛の人数も足りず、彼らの安全が最大限確保できるには3つで精一杯でした。」


 ここで一息入れます。

 この話を聞けばアレクシア様もお怒りになると思いますが、それを覚悟して話を続けます。


「商会の物流部門は、賊に襲われる等の妨害行為があれば商務省経由で王都第一大隊・第二大隊が派遣されるでしょう。囮を連れていても、こちらは検問を受けるだけだと予想しました。

 もう1つの陽動は、安全を確保するため特に腕の立つ護衛を付け、囮の方には途中で顔を晒して別人であることを示して貰う様にしました。

 最後の陽動は・・・私も後で知ったのですが、マリウス様が引き受けて下さいました。侯爵家嫡男のマリウス様に何かあった場合王都第一大隊・第二大隊が本腰を入れてやってくる手配もしていたので、彼らも手を出さないだろう、精々本物の兵士に扮して検問を受ける位だとマリウス様は予想した、と後で聞きました。」


 アレクシア様の表情が険しくなります。


「・・・マリウスもそのような危険な役目を?」


「具体的に誰が陽動を引き受けるか知らないまま領都を送り出され、万一囮を含めた皆様に危害が加えられないか、気が気では無かったのです。

 マリウス様が引き受けられた事も、皆が無事だった事も後から知ったのですが、全責任は私にあります。誠に申し訳ありませんでした。」


 領地の皆も止めたそうですが、婚約の時の私を守る為の条項を盾に、マリウス様は陽動を強引に引き受けられました。その場に居なかったとはいえ、マリウス様を危険に晒してしまった責任は私にあります。頭を下げ真摯にお詫び致します。


「・・・恐らく、契約を盾にして強引に引き受けたのでしょう。領地の方々には止めようが無かったのかも知れません。弟には後で父と2人でよく言い聞かせておきますが、改めて父に説明をお願いします。」


「手紙には詳細を記載しておりますが、改めて侯爵様には謝罪にお伺い致します。」


 アレクシア様は相当お怒りの様です。仕方ありません、これは完全に私の責任です。頭を下げたまま、改めて侯爵様への謝罪を約束しました。



「・・・後で父に説明頂けるのでしたら、それで構いません。

 では話を続けて下さる?」


「わかりました。

 ・・・最後のアレクシア様の疑問は、陽動を起こした場所に居ない方が良い理由でしたね。それは陽動の為に護衛が出払ってしまったので、陽動を起こした後に賊の残り人数が予想以上に多かったら、彼等が押し寄せてきた時に対処できない可能性が高かったのです。

 そこで、陽動を起こす当日に私が物流拠点に居ると思わせる為、前日の夕方に、陽動の方の1人に私の護衛達と領都から物流拠点に移動して貰ったのです。

 私自身は領都を出る隊商の荷物に紛れて、私と護衛2人の最低人数で王都の反対方向に前日のうちに脱出しました。」


 陽動に護衛を全て使ったので、ハンベルトとコンラートだけを伴って脱出したのです。コンラートは護衛ではありませんが、彼の事を話す訳には行かないのでこの説明で通しましょう。


「・・・そういえば、イルムヒルト様はいつも王都と領地を行き来する際、物流の街道を走られていると父から聞きましたわ。ですから、物流拠点からではなく領都から、しかも反対方向で、事を起こす前だとしたら、相手の警戒も緩いと思われたのですか?」


「ええ、実際隣の領の領都まで、検問を受けたり賊に襲われたりという事は無かったですね。万一の為に斥候を出しましたし、逃げる用意はしていました。」


 危険はないと踏んでいたのですが、隊商に斥候を出して貰って道中の確認をしていました。

 また万一検問が張られていたら馬を借りて領都まで騎乗で逃げる積りで、隊商に余分の馬を連れて貰っていました。


「隊商と共にエッゲリンク伯爵領の領都まで行って、そこからは鬘を被って私の目立つ髪色を隠し、私達3人は親子と友人という事にして、王都近くの領地まで3人で乗合馬車を乗り継いで移動しました。」


「・・・乗合馬車というのは何ですの?」


 そうでした。アレクシア様が乗合馬車に乗った事がある訳はないですね。


「国内の主な町の間を移動するのに、大勢の平民が1台の馬車に乗り合わせて移動するのです。平民だと個人で馬車が用意できませんからね。」


「そうなのですね。・・・で、乗合馬車での移動ってどんな感じでしたの?」


 あ、これは嫌な予感がします。念のため釘を刺しておきましょう。


「文字通り、互いに見知らぬ大勢の人が1台の馬車に乗り合わせるのです。大抵は安全な路線を走りますが、貴族の馬車と違って護衛は付いていませんし、全く危険が無い訳では無いですよ。

 ちなみに私はまだ背が低いですし、子供の振りが出来るので乗合馬車で行きましたが、アレクシア様はどこからどう見ても大変目立つ貴族の御令嬢です。乗ってみたい等と思わないでくださいね。」


「の、乗ってみたいなんて・・・()()()()しか・・・。」


 アレクシア様のようなプロポーション抜群の美人女性は、乗合馬車に乗るような方々には見かけません。幾ら変装しようが、絶対()()()()()()の目に止まってしまいます。


 それにしても、子供の振りが出来る私って・・・プロポーション・・・自分で言ってて心に刺さります。

 ・・・内心落ち込んだ私にアレクシア様が気遣わし気に目線を向けます。本当に勘の鋭い方です。思ったことを察されてしまうのも余計に落ち込んでしまいます。

 でも()()()()()()()のも腹が立ちます。アレクシア様に一つ仕返しして差し上げましょう。


「そういえば王都を発つ前、侯爵様に()()()()が無茶をされようとしている事を伺いました。侯爵様が止めたいと仰いましたので、()()()()()情報をご提供しました。

 マリウス様の無茶は止められず申し訳ありませんでしたが、そちらの無茶は止められたのでしょうか。懲りずに()()無茶を言い出さなければ良いのですが。」


「うぐっ・・・! それを返されると言葉が無いわ・・・。」


 馬に乗れたら領地を走って見て回りたいというアレクシア様の無茶は、侯爵様がしっかり言い聞かせて下さったようです。



 気を取り直して話を続けましょう。


「王都に普通に入ればまた連中の目についてしまうと思いましたので、王都に納品する品を運ぶ商隊に紛れ込んで王都近くの物流拠点に入り、そこから王都への納品用の荷馬車に荷物と一緒に入って、ここに来たのです。

 御存じとは思いますが、()()()()が出来た当初はいろいろ妬まれました。良からぬ方々の圧力を受けた経緯があるので護衛が常に多く常駐していますし、泊まり込みが出来る設備も充実していますから、王都での潜伏場所としては最適だったのです。」


「・・・それで、この『フラウ・フェオドラ』にイルムヒルト様が隠れて居らっしゃるのですね。」


 『フラウ・フェオドラ』はフェオドラもディレクターの2人も、お針子の主な方々も泊まり込んでいます。あと数人位は泊まり込む人数が増えても問題ないだけの用意はされているのです。



「仕事着を仕立てて貰おうと思って来て、採寸が終われば店の更に奥に通されるものですから、何事かと思いましたわ。

 それで、先程の父への手紙を渡すために私が呼ばれたのですか?私をメッセンジャーに使おうというのですから、それなりのお礼はして貰おうかしらね。」


「・・・先程のここに来るまでの話が対価という訳には行きませんか。」


「冗談ですよ。下手に私がここで目立ってしまっても、隠れているイルムヒルト様にはご迷惑でしょう。また堂々とお会いできるようになってから、こうしてお茶でもご一緒頂ければ嬉しいですわ。

 長居してしまってもいけませんわね。イルムヒルト様とのお話は楽しいので名残惜しいですが、そろそろ私は御暇させて頂きますわ。」


 私の動向を掴む為に、アレクシア様も彼らにマークされているかも知れません。その方が無難です。


「ええ、手紙の方は宜しくお願いします。後、私の事はどうか御内密に。」


「勿論です。父以外には口外致しませんわ。では御機嫌よう。」


 そう言い残してアレクシア様は退出されて行きました。



 そろそろ、領地に残したオリヴァーや護衛達も王都に来る頃でしょう。彼等との連絡は、面倒ですが物流拠点経由で行う事にしましょう。

 後は侯爵様への手紙で、どのように侯爵様が動いて下さるかに掛かっています。

 安全が確保できるまで暫くの間はここに滞在しましょう。


前回のネタバレ回でした。

いつもお読み頂きありがとうございます。

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