21 勘違いに釘を刺しておきました
王太子殿下の尋問会から宿に帰ると領政補佐から手紙が届いており、母と祖父母のお墓について、4日後には領都郊外の墓地への移設が完了する見込である旨連絡がありました。6日後に墓地にて先代を弔う会を関係者と調整しているとの事。
捜査部隊からの領主館の引き渡しも、恐らくその辺りになるだろうことが追記されていました。
墓地の移設は、どうしても学院に通う前にやっておきたかったのです。
あの現場で殺され打ち捨てられた母や祖父母、使用人達の遺体を発見した私は、同行者の協力により、その場は遺体を全て布で包んで埋葬し、後日お棺を用意しお墓としての体裁を整えました。
本当は先祖代々の墓がある領都郊外の墓地に早く移設したかったのですが、行方不明中では伯爵の目に止まると思い出来なかったのです。
あのパーティーの件で私が隠れて居られなくなってからすぐ、この墓地の移設と墓碑の手配をオイゲンにお願いしました。子爵家の私事にも拘らず、オイゲンも以前から移設を私に訴えてきていましたので、やっと先代様・先々代様に御先祖様の傍で休んで頂ける、と早速動く旨を伝えてきました。
6日後の弔いには間に合う様、また領地に帰る必要があります。領地に帰る準備をしながら、今回領地に帰る旨を事情と日程含めて手紙に記載し、侯爵様とマリウス様に届けて頂くよう使いを出しました。
翌日、直接侯爵様とマリウス様がお訪ねになる旨、先触れを受けました。お二人がいらっしゃる時間に宿の面会室を手配し、面会室にてお二人をお出迎えします。
「侯爵様、マリウス様。ようこそいらっしゃいました。
ところで本日のご用件は、手紙の件でしょうか?」
「昨日は、色々と答えにくい事を聞いて済まなかった。
今日の用件だが、手紙の件で子爵と直接話した方が良いだろうと思ってね。マリウスにも関係のある話になるから一緒に来た。」
マリウス様にも関係のある話?なんでしょう?
「今回の先代の弔いに、婚約家として弔問の使者を送らせて頂きたい。私は長官職で動けないし、パウリーネも今は王都を離れられない。そこでマリウスにその役をしてもらおうと思っている。」
マリウス様が領地にいらっしゃるのですか。
「マリウス様は学院の方は大丈夫なのですか?」
「家の所用で1,2週間くらい休む学院生は毎年何人も居るし、休んだからと言って学業に取り返しがつかなくなるわけじゃない。イルミ程の成績じゃないけど、僕だってそれなりに上位成績を維持している、それは心配いらないよ。」
どうしても学院を抜けられない訳では無いのでしたら、問題無さそうです。
「わかりました。領主館はまだ王都第二大隊からの引き渡しが済んでおりませんので、そちらに御滞在先をご用意する事が出来ません。領都に代わりの宿をこちらで手配させて頂きます。御滞在の日程と人数については別途御連絡頂けますか?」
「了解した。」
侯爵様が了承しました。
「あと、昨日同席した面々にも今回の先代の弔いの件を話そうと思うが、構わないだろうか。皆からは恐らく使者を立てるなり、弔辞を送ってくれるなりして頂けると思う。」
これは、侯爵は私に探りを入れてきたのでしょうか。仮にそうだとしても、答えは変わりません。
「王家の方々から弔問の御使者の御下問や弔辞を頂くなど、子爵家如きに畏れ多い故、御辞退させて頂きたく思います。王太子殿下にはその旨お伝え頂けますでしょうか。
あとクロムブルクは大きな町ではありませんので、デュッセルベルク侯・ミュンゼル侯・ハンベルト侯・エルバッハ侯には、使者を立てられましても大勢の方々をお迎えすること難しく御座います旨、お伝え頂ければと思います。」
私が王家の使いや弔辞を断ると思わなかったのでしょう、マリウス様は驚きます。ですが侯爵様は驚く様子はなく、淡々と返事をされます。
「そうか、あの方々にはその様にお伝えしておこう。
ひょっとしたら殿下は個人的にお送り下さるかも知れない。それだけは子爵に伝えておこう。」
やはり侯爵様は、私が昨日の聞き取りの場で黙秘を重ねた理由を少し察していると思われます。そして私に母の遺体の件を話させてしまった事に、殿下は思うところがあるかも知れないという事でしょう。
捜査の件は守秘義務もあるのです。今その話をする訳にはいきません。戸惑っているマリウス様には、後で侯爵様からフォローをして下さるでしょう。
「あと、子爵にお願いがあるのだが。
マリウスを折角子爵の領地に送るのだ。子爵の婚約者として関係者の面々に顔合わせさせて頂きたい。恐らく主だった面々は弔いの場に集まるだろうが、その場とは別に顔合わせの場を設けて頂けると有難い。」
「ええ、それはこちらからお願いしようと思っておりました。
日を改めて設けるよう手配しますので、御滞在の日程を少し延ばしてご連絡いただければ有難いです。現地で細かい調整をさせて頂ければと思います。
あと、そうですね。私は先に領地へ帰って調整をしないといけませんので、マリウス様に合わせて領地と行き帰りすることが出来ません。そこはご了承くださいませ。」
マリウス様には悪いのですが、馬車でゆっくり移動するわけには行かないのです。恐らく王都へまた来る際も騎乗になるでしょう。
「僕はバーデンフェルト侯爵家の使者として行くんだから当然だよ。姉上からも聞いたけど、本当に騎乗で移動しているみたいだね。
学院でも男子学生は選択科目で騎乗とか野営とか受けられるんだけど、受けるのは騎士団希望者くらいだから僕は受けて無かったんだ。でもこれは学院で受けた方が良いのかな・・・。」
それは止めた方が。
「2年生から入っても、1年から続けている騎士団希望者が優先されて、初心者には配慮して下さらないと思いますよ。本気で習いたいのでしたら、ちゃんと最初から教えてくれる人を探して、個人教授で教わるのが良いと思います。」
「私もそう思う。アレクシアも乗馬を習いたいと言っていたから、パウリーネとも相談している所だ。本気で習いたいなら一緒に習うと良い。」
え!?
「あ、アレクシア様も乗馬ですか!?」
「アレクシアが乗馬を習うのは渋々許可したが、乗馬が出来るようになったら子爵を見習って、一度騎乗で領地を見て回りたいと言っていたのは、流石に無茶だと皆で止めた。
認識していない様子だが、アレクシアに一番影響を与えているのは子爵だぞ。」
「姉上が最初に学院の勉強会にイルミを呼んだ時に、これからも教えてくれって姉上が伏してお願いしたんだよね。それ、姉上は完全にイルミを師と仰いでるよ。」
そうだった・・・。
「乗馬を習うのはともかく、私の真似をしようとしてもアレクシア様やマリウス様では無理ですよ。大まかに言うと、地理とか、同行者や行く先々の人達との信頼関係、不慮の事態に対する対処、いざという時に生き残るための知恵など、必要な知識も関係性もまだ無いでしょう。」
「それ、今聞いていいか? アレクシアを説き伏せるだけの知識が欲しい。」
そうですね、アレクシア様の無茶は止めて差し上げないと。
「馬車で領地へ移動する時を想像してみてください。身の回りの世話、護衛、馬の世話などで人数も食料も多く用意して、皆さんの無理のない日程を組んで、安全に安全を重ねて移動しますよね。馬だって生きていて、草を食べ水を飲むのです。移動には馬を無理させない様、どこで馬に休憩を取らせるかまで計算して、旅程を組むのですよ。
騎乗での移動も同じです。馬に必要な荷物と自分を乗せて馬を1日どの位走らせ、途中どこで草を食べさせ水を飲ませれば馬に無理をさせないか。馬に無理をさせないためには荷物は最小限にしないといけません。そうすると馬の世話から自分の身の回りまで、大抵の事は一人でできる必要があります。女性の場合はどうしても男性より荷物が多くなるので、それを含めてどういう旅程なら馬に無理をさせないかを考えないといけません。」
「男性だと不要でも女性だと必要な物って?」
マリウス様に訊かれますが、男性には想像がつかないかも知れません。
「男性同士では不要でも、女性が居ると着替え一つとっても最低限テントが必要です。幾ら最小限にしても身支度に必要な物は男性より多いです。男性に詳しくは話せませんが、他にも女性特有の繊細な問題が幾つもあります。」
「・・・そういう事を解決しながら、どこでも騎乗で移動できるイルミって凄いな。」
あ、そう言う認識だったのですか。
ひょっとして同じ勘違いをアレクシア様もされているのでしょうか。
「マリューは勘違いされている様ですけど、私が騎乗で移動するのは子爵領内か、子爵領と王都の間の決まったルートだけですよ?
領地内は、小さい頃から母に連れられてあちこち回った頃からの積み重ねがあって、地理も熟知していますし、何より領地の方々との信頼関係があります。
子爵領と王都の間は、商会長権限で拠点間物流に便乗しているのです。道中に必要な荷物以外は全部その日の宿泊地に物流部門に送って貰って、馬の休憩も物流部門の作った休憩地を利用して、物流部門の中継拠点を使って宿泊しているのです。馬も、物流部門と同程度以上に鍛え上げられた子達を使っています。
これも商会の方々との信頼関係が無ければ、できる方法ではありません。」
「・・・それは、他の人には到底真似できないね。」
マリウス様も、侯爵様も唖然とされています。
「そういった伝手も無い知らない場所では、安全な旅程一つ組めません。馬を休ませる場所も知らなければ、道中避けた方が良い危険な場所もわかりません。ましてそんな場所で野営などできません。どれ一つ取っても簡単な事ではないのです。
安全を最大限確保できる用意があってこその移動なのですよ。それは馬車でも騎乗でも同じなのです。」
知らない場所を行くのは本当に難しいです。どうしても行くなら、徹底的に調査して安全が確保できる見込みが立ってからです。
あの事件でも、静養地までの旅程を熟知していたから馬車で移動していたのです。幾ら準備していても、想定外は付き物です。護衛を雇えないほどの困窮もそうですが、野盗集団の被害地から遠く離れた事で油断もあったのでしょう。
ゲオルグという想定外は致命的でした・・・。
因みに私の商会は、拠点間物流を他の地域に広げるよう様々な所から要望や圧力を受けています。ですが私は、物流を他地域に広げるつもりはありません。
最大の理由は、他の地域について商会に知識と経験が無いからです。
「・・・マリウス。乗馬を習うにしても、偶に子爵と遠乗りを楽しむくらいにしておけ。」
「簡単な事じゃなかったですね。姉上も交えて話しましょう。」
これでも尚、アレクシア様とマリウス様に乗馬を習わせるかどうかは、侯爵家で話し合って貰いましょう。
「それについては皆様でよく話し合った方が良いですね。兎も角、マリウス様が子爵領にお出でになる際は、道中安全を確保して下さる皆様に感謝しませんとね。」
「・・・うん、馬車の移動一つ、とても大変なのはよく分かったよ。」
マリウス様のために、これだけは言っておかないと。
「そうやって、自分のために働いて下さる皆様がいかに大変な仕事をしているかを知り、感謝することで、私は信頼関係を作ってきたのです。使用人の皆様、領地の皆様、商会の皆様、皆同じです。これは一朝一夕にできる事ではないのです。」
侯爵さまも頷いておられます。
領地経営だろうと国政だろうと、人の上に立つ仕事で信頼関係が必要なのは同じはずです。
「こういった心構えは学院では学べないな。子爵がマリウスのために話してくれたのだ、よく覚えておけ。」
「分かってます、父上。イルミ、ありがとう。」
マリウス様が頭を下げてきます。
「先日頂いたこの贈り物のお礼だと思って頂ければ。私もマリューに贈り物をしたいのですが、まだこれといった物が見繕えていません。」
頂いた指輪を嵌めている指をマリウス様に見せます。
「早速着けてくれているのは見てた。喜んで貰えたようで嬉しいよ。イルミは忙しいんだし、戻って来た時に一緒に買いに行こうよ。」
「ええ、そうね。」
侯爵が、私達の会話を止めるために手を挙げます。
「子爵。私達はそろそろ戻らないといけないが、これから領地に帰る君に一つ伝えないといけない事がある。
アレクシアと第二王子の婚約は白紙となった。近く正式に発表される。
賠償や、第二王子の処分内容などはまだ揉めているが、婚約白紙については子爵の協力があってこそ勝ち取れたと思っている。特に、最後の情報は決定打だったようだ。
子爵には大変世話になった。感謝している。有難う。」
侯爵様が頭を下げてきます。
「あ、あの。頭をお上げください。
私自身、侯爵様から相談を受ける前から、第二王子殿下の行状はある程度把握していました。あの自分勝手で、周りに掛けている多数の迷惑を顧みない所には、思うところがあったのです。まるで・・・」
まるで・・・『アレ』の様で。
「まるで?」
「あ、いえ、何でもありません。
ですから私自身、あの婚約が解消されて欲しいと思っていたのです。協力には喜んで応じました。
アレクシア様が婚約白紙となったこと、お慶び申し上げます。アレクシア様でしたら、もっと素敵な男性を見つけられると思います。」
あんな・・・『アレ』の劣化版の、私利私欲に染まった屑ではなく。
「有難う。子爵の言葉、アレクシアにも伝えておこう。娘も喜ぶだろう。
では私達はそろそろ行く。領地ではマリウスの事、宜しく頼むよ。」
「ええ、勿論です。
本日はお越し下さり、有難うございました。」
さて、これから帰る準備をしませんと。
向こうでマリウス様をお披露目して、皆で御持て成ししなくては。
この時代、町を出て移動するだけで大変なのです。