02 殿下に詰問されました
卒業パーティーの場で、衆人環視のもと、第二王子殿下が私を罪人と決めつけるかのように呼びました。
思わぬ事態に参加者達はざわめきます。
ただ、顔見知りのほとんど居ない私には視線が向きません。
黙って帰ろうか――とも思いましたが、このまま帰ってしまったら、あの殿下にそのまま罪人扱いされかねません。
そうなったら、『アレ』と関わる可能性は高いです。それは絶対に嫌です。
・・・いくら考えても逃げ道はなさそうなので、腹を括りましょう。
周りにお断りし、道を開けてもらいながら前へ進みます。
壇上にいる殿下から十歩以上離れた場所まで進み出て、立ったまま『略礼式で』礼をします。
「お初にお目にかかります、殿下。この度は学院のご卒業おめでとうございます。」
殿下は私を睨みつけてきます。
「一介の女が王族を前に略礼式など、マナーも学んでいないのか。第一、学院1年生のお前が、なぜ使用人服ではなくドレスを着ているのだ。」
殿下が私のことを正しく認識しているか、試させて頂きましたがやはり勘違いしています。
そもそも呼び捨てされたり、お前呼ばわりされていますし。
「ドレスについては、殿下の婚約者たるバーデンフェルト侯爵令嬢より来賓として御招待頂きましたためにございます。婚約者様に事前にご確認なさっておられないのでしょうか。」
「・・・なぜお前などが、アレクシアから来賓として招かれたかは知らん。
まあよい。ここになぜ呼ばれたかはわかっているだろうな。
跪けと言ったのが聞こえなかったのか!」
初対面の殿下が私を呼んだ理由など、知っているかと聞かれましても。
「お言葉ですが、心当たりも跪く理由もございません。そもそも、ここは学院を卒業される皆様の門出を祝う場でございます。
殿下におかれましては、御自重なさっては如何でしょうか。」
「学院で捕まらなかったお前が、折角この場に現れたのだ。また逃げられても手間がかかる。
この場で身柄を確保し、お前の罪を明らかにしてやる。」
王族とはいえ、無位無官の殿下のどこにそんな権限があるのでしょう。
「罪とは穏やかではないですが、その様に言われる憶えは私にはございません。そもそも、殿下は如何なる権限でその様なことを仰っているのですか。」
「ええい、煩い! どうしても覚えがないというのなら聞かせてやる。
お前の義姉である、メラニー・リッペンクロック子爵令嬢が階段から突き落とされたり、ナイフを投げられたりなど、この1年近く、度重なる命の危険のある危害にあっている。」
やはり令嬢を連れた側近ヨーゼフ様の背に庇われているのがメラニー様。
あれが私の義姉上ですか。今日が初対面ですけどね。
しかしその件は――捜査はかなり進んでいる筈なのです。
「その際には、毎回青い髪の女が何度も現場で目撃されているのだ。青い髪の女は珍しいとはいえ、学院生に他に居ないわけではない。だが学院内の存在証明が無かったのはお前だけだ。
メラニー嬢とは異母姉妹だそうだが、動機は嫉妬と、家の乗っ取りだろう。妾の子の分際で浅ましい。」
珍しい青い髪。それは確かに、私の髪色は群青色ですけど。
――それより、聞き捨てならない言葉を吐きましたね。私の事を、妾の子?それは亡き母に対する侮辱ですか!?
私の苛立ちを余所に、なおも殿下は続けます。
「そもそも、イルムヒルト・リッペンクロックには行方不明届が出されて7年以上経ち、死んだことになっていると聞く。そこも問わねばなるまい。」
7年以上――私を脅かす『あの男』から、姿を隠さざるを得ませんでした。
ただそれと、公式に行方不明扱いになっているかは別問題です。
「行方不明届を出されていたことは存じておりますが、そもそも学院に籍を置いておりますし、お招きを受けて問題なく王宮に入れていることが全てです。
ご存じの通り、掌紋認証は改竄できませんので。」
この掌紋認証と言われるものは、古代遺跡から見つかった遺物なのですが、認証用の装置に手をかざすことで、あらかじめ記録された『掌紋パターン』を照合して本人であることを証明するものです。
詳細な仕組は解明されていませんが、仕組がわからないので改竄もできません。警備上非常に便利なので、王宮や軍関係の施設、学院など、国の重要施設で使われています。
なお、長期間行方不明となっている人の掌紋パターンは抹消されたり、あるいは所在不明者として注記が追加されたりします。注記のある人物が認証されると、まずは事情を聴くため重要施設の警備を担当する第三騎士団に、丁重に御招待されると聞きます。
問題なく通れる私は公式には行方不明扱いではないのです。
その為にこの7年間、裏で色々活動していました。
「・・・本人であることはわかった。だが、学院内でも捕まらなかったお前だ。
これを逃せば貴様に逃亡の機会を与えてしまうのでな。身柄を確保させてもらう。」
「ですから殿下におかれましては、如何なる権限で私を罪人と決めつけ、拘束しようとなさるのでしょうか。」
関連法規をざっと思い浮かべても、どう考えても殿下にそんな権限はありません。
「王族相手に口答えするな! リッカルト、その女を取り押さえろ!」
側近の中から190cmは超えるだろう大男が、私の方に歩いてきます。
彼がリッカルト様ですか。表情には困惑が見て取れるのは、殿下の命には逆らえないというところでしょう。
150㎝少々の小娘を取り押さえるために大男が出てきたので、アレクシア様が止めに入ろうとしますが、私は首を振り制止します。
「手荒な真似はしたくないが、殿下のご命令です。大人しくして頂きたい。」
「お断り致します。身に覚えのない事で罪人の様に扱われる謂れはありません。」
リッカルト様はちらりと殿下の方を確認しますが、殿下は顎でやれと促します。
「はぁ・・・では仕方ありません。悪く思わないで頂きたい。」
リッカルト様は私を押さえつけようと、肩へ手を伸ばそうとしてきます。