17 とうとう目を付けられました
タウンハウスの内装工事案は、話し合いから2日で大まかな図面が出来上がりました。ここでハイマンたち商会側の人も呼んで皆で最終案を固めた後、図面を最終化し工事の準備に取り掛かる様指示をしました。工事の後、作り付けの物以外の調度品は王都で揃えれば大丈夫でしょう。
数日でその他幾つか雑事を済ませた後、再び王都へと出発しました。
王都に来てみると、工事が始まるまでの間に合わせですが、タウンハウスを整えて滞在することはできるようになっていました。
伯爵はここで執務をする事が無かった為、引き渡された時は執務室そのものがありませんでした。そこで侍女達にやってもらった事は、伯爵が使っていた居室を執務室に変え、その部屋に繋がっていた使用人控室を私の居室として整えてもらう事でした。重い調度品は商会の物流部門の人を借りて動かして貰いました。
オリヴァー、ロッティ、ハンベルトや護衛達、侍女達の部屋は大丈夫かと侍女達に聞くと「どうせ間に合わせなので、皆で何とかします。お任せください」というので、任せる事にしました。
ロッティの方は、情報の侯爵側への引き渡しが終わっていました。先に向こうに知られていたら恐らく握り潰されていたものを、わざわざ身請けして手に入れた情報です。丁重に扱うよう侯爵側も約束してくれたとの事。後は侯爵に任せましょう。悪いようにはしないはずです。
念のため、ロッティや侯爵側に教えずに別の手の者に張らせていますが、別系統の存在は今のところ確認できないとの事。ひとまず大丈夫そうです。
翌日、第三騎士団本部に先触れを出しました。程なく返答が返ってきましたが、面会はともかく、子爵家所有品の精査の件は準備が必要なので明日お越し下さいとの事。領主館での話が数日で王都まで回っている事から、この件での軍務省と第三騎士団の連携は上手く行っているようです。
その日は商会の仕事をいくつか進め、その翌日第三騎士団本部を訪れました。
本部を訪れると、騎士団長の執務室に通されます。
「王都に戻って早々にご連絡頂いたようで、有難うございます。
エーベルトの面会の件ですが、どんな話が飛び出るか分からないから私が立ち会う様に殿下から言われております。ですが、一寸先に片付けておきたい書類仕事がありますので、先に子爵領から送られてきた品の精査をお願いして良いでしょうか?」
第三騎士団長殿の申し出を了承して、本部の大広間に案内されます。
大広間に、子爵領から押収した宝石、装飾品、高級生地のドレス等が、間隔を空けて一点一点並べられています。私がじっくり確認しやすいようにして下さったようです。これは確かに、準備に時間がかかりますね。
高級生地のドレス類は、大半の物はアレイダ様が購入した衣装でした。その中で1点だけ、子爵家伝統のシルク生地の婚礼衣装がありました。初代当主が高位の貴族女性を妻に迎える際に誂えた逸品で、それから代々、当主の母親から当主の妻になる女性に受け継がれてきた衣装です。母もエーベルトとの婚礼の際に手直しして着たそうですが・・・多分私は着ません。これは子爵家所蔵品として引取しましょう。
宝石類ですが、通常はこれを加工して装飾品にはめ込むので、宝石の形で所持することは少ないです。並べられている物もやはり数は少ないですが、ここにも1点だけ、少し大振りの深いブルーのカイヤナイトがありました。これも初代から引き継がれているもので、色が初代の髪色だとの伝承があります。カイヤナイトは加工が難しいため宝石のまま所蔵していたようです。
最後にそれなりに数の多い装飾品を見て回ります。やはり比較的新しい意匠が多いですが、王都には滅多に来なかったアレイダ様は、流石にオーダーメイドの装飾品にまでは手を出せなかった様です。
その中で、奇妙な品が一つ目に入りました。子爵家所蔵品ではないのですが、明らかにアレイダ様購入品の趣味とは違うもの。
小さな金の指輪。薄汚れて見えるけど、多分新品。
群青色の小さな石が埋め込まれ、石の周りに何かの紋章を崩したような模様が彫られた、丁度今の私の薬指に入るくらいの――
気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!!!!!!!!!!
全身を悪寒が駆け抜け、鳥肌が立ちます。
――み、見なかったことにしましょう。
あんなものは無かった、あんなものは無かった、あんなものは無かった、、、。
しばし呼吸を整えて気を取り直した後、他の装飾品を見て回り、見覚えのある物が3点見つかりました。
まずは婚礼衣装とセットで使用するウエディングチョーカー。婚礼衣装のデザインに合わせた意匠で作られているもので、等間隔に小振りの青いサファイアが散りばめられています。意匠も古く、明らかに子爵家所蔵品です。
次に、祖父が祖母に贈った小さなグリーン・ガーネットのネックレス。高価なものではなく、偶々あの時は領主館に置いて行ったと思われますが、祖母がよく身に着けていたので覚えています。祖母の形見として取っておきましょう。
最後に、左右にそれぞれガーネット、アクアマリンと違う石が施された耳飾り。これも高価な物ではないですが、母が最初の婚約者から贈られた、お互いの瞳の色をあしらった思い入れの深い物だったそうです。母の瞳は薄いブルーでしたから、反対側の深いレッドがお相手の方の色だったのでしょう。こちらは母の形見の一つとして引き取りましょう。
以上5点を子爵家所有とし、後は処分をお願いしました。精査した5点は、後で梱包して丁重に届けてくれると言うので、タウンハウスまで届けてもらう様お願いしました。
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その後執務室に戻ると、騎士団長殿の準備ができたようで、特別面会室まで移動します。
特別面会室に入ると、幅5m×奥行10mくらいの部屋の真中が鉄格子で仕切られ、こちら側と向こう側の両方に、鉄格子から少し離れた位置で椅子が置かれています。お互いが物理的に干渉しないよう鉄格子から離されているのでしょう。
また、部屋の端、向こう側とこちら側の扉の横に、椅子が2つと机が1つ置かれています。向こう側は看守が、こちら側は立会人と書記が座るのでしょう。
こちら側の椅子に座って待っていると、向こう側の扉が開き、看守2人に連れられた父エーベルトが入ってきます。看守はエーベルトを向こう側の椅子に座らせると、向こう側の扉の横の椅子に座ります。
「初めまして、ですね。私に面会したいと希望されていましたが、どういった内容なのでしょうか。」
「・・・初めまして、か。そうだな。あの時は直接話をしなかったからな。
年寄りだから話が長くなるかもしれん。私には何と呼べば良いかわからないが、最初で最後になろう。ひとまず貴女と呼ばせて貰う。構わないかな?」
あのパーティーの初対面でも会話を交わした訳ではありませんし、私もエーベルトとどういう距離感で話をすれば良いか分からないのが正直な所です。
これが最初で最後の会話になるだろうから、身分差を一旦考えずざっくばらんに話したい、ということでしょう。
「ええ、私も貴方と呼ばせて頂きます。」
「有難う。まずはそうだな、私が居る事で、貴女には大変迷惑を掛けてしまった。その事は詫びねばなるまい。経緯がてら昔の話をさせてくれ。」
それは、子爵領に連れてこられてからの事でしょうか、それとも・・・。
「私は昔から、体が大きく乱暴で、かつ狡猾な兄に逆らえなかった。小さい時から、逆らうと暴力を振るわれるばかりでなく、陰で使用人達の評判を落とす噂も流され、最後に私が悪くないのに謝らざるを得ない所まで追い込まれる、という事が繰り返された。
兄は私の何が気に入らなかったのか、私をとことん貶めることに執着していた。
最初の妻アレイダとの結婚の事もそうだ。私を貶めたい兄は、没落して平民同然の暮らしをしていたアレイダの家、ファンベルト家の後継ぎに私を身一つで放り込んだ。兄と離れて代官として身を立て、メラニーが生まれ、やっと落ち着くかと思ったら、今度はアレイダと無理やり離婚させられた。
そうして貴女の母、ヘルミーナと婚約することになった。」
エーベルトがリーベル伯に従っている理由が分からなかったのですが、小さい頃から心理的に虐待され、逆らう気力を奪われていたのですか。
「しかし、ヘルミーナとの結婚式の様子に私は衝撃を受けた。
列席者は伯爵家の係累や家臣の家の者達で埋め尽くされ、子爵家がさも伯爵家に吸収されるかのように皆が振る舞った。
私は事情を知らず、ただ貴女の母や義父母に謝るしかなかったのだが、ヘルミーナや義父母達からはかなり冷たい言葉を浴びた。
兄に私が貶められ、私だけが被れば丸くおさまるならまだいい。しかしこの時、兄に貶められ逆らえない事で、貴女の母や子爵家にも多大な迷惑を与えてしまった事で、私は自分の無力さを悔やんだ。」
今の話に、メラニーの話について納得した部分があります。
「それで貴方は、これ以上子爵家に迷惑は掛けまいと、結婚式後にファンベルトのご家庭に戻ったのですか。」
「メラニーから聞いたのかな、その通りだ。私は直接兄に抵抗するのは難しかったが、それでも極力子爵家の迷惑になりたくなかった。だからあの日以来、ヘルミーナや義父母にも会う事も無かった。」
・・・やはり、そういう事ですか。
「貴女の母はすぐに私を離縁すると思ったが、何らかの事情で籍だけは残ったままだった。
そうして8年が経った後、また兄が私の元に現れた。ヘルミーナと義父母が事故で亡くなり、貴女が行方不明と聞かされ、未だ子爵家に籍がある私に当主代理として立って子爵領を纏めろと、私を再び家族から引き剥がして子爵領へと連れて来た。
しかし、行政所も領民達も、兄だけでなく私にもあまりにも非協力的だった。その皆の態度に、貴女が隠れて生きていて、裏で糸を引いているかも知れないと思い始めたのだ。だから、当主代理としての振る舞いは極力しない事にしたのだ。」
エーベルトが当主代理として振る舞い、それを伯爵が支援していたら、私が当主として活動するのは大変だったと思います。
「なるほど、合点がいきました。貴方なりに私を助けようとして下さったのですね。おかげで、私が当主として貴族省にすんなりと認めて頂きました。
ただその後の、伯爵やアレイダ様の資金持ち出しについては?」
伯爵については、仮にも当主代理の命令書が残っているのです。
「兄は、私の当主代理の印璽を偽造か詐取したのだろう。私の知らぬ間に私の命令という事にして行政所から領地の資金を持って行っていたようだ。後で決算書を見て愕然としたよ。
一度だけ王都に連れていかれた時は、傍観する私を横に兄は競馬場で遊び、更に家を買っていたが、あれが全部子爵家の資金で、家も子爵家名義だと知ったのも決算書の書面だった。返そうにも私には何も出来なかった。」
当主代理の印璽の偽造または詐取ですか。それはまた、伯爵の罪状が追加されそうですね。
「更に困ったのはアレイダだ。最初に兄が私を婿入りさせた時に、ファンベルト家の繁栄が戻る期待をしていた彼女は、身一つで来た私に当たり散らした。兄が領主館に連れて来た時から贅沢をし始めたのはその反動だろう。兄も何か吹き込んでいたようで、私やメラニーも止めたが一切聞かなかった。
行政所に怒鳴り込んで何度も資金を持ち出していただろう。なんとも情けない話だが、あれは私がアレイダに殴り飛ばされ、動けない間にやられた。」
兄に虐待され、妻に暴力を振るわれ、なんとも不憫な方です。
私がそれによって被害に遭わなければそれで済ませる話ですが、大人ですから止められなかった責任はあります。
「しかし、こんな事いくら言っても言い訳にならん。兄やアレイダの横暴を止められず、結果的に彼等を止められなかった事についての責任は私にあるのは間違いない。ただ私なりに、何とか状況を少しでも悪くない方向にしたかった。それを知っていて欲しかっただけだ。」
止めることは出来なかったけど、より悪くならないように、ですか。
「ええ、事情は理解しました。今までの話を受けて、私から聞きたい事がありますので、お答え頂けますか。
まず、伯爵が子爵領の資金と名義でタウンハウスを買い、王都での根城にしていた様ですけど、そこに客人を招いたりしていたという話はありますか?」
「直接兄に聞いた事は無いが、王都の邸宅の物品購入の明細を見る限り、明らかに兄の好みではない、『アルヴァント』という銘柄のワインがよく混じっていた。同じ客人を度々招いていた可能性が有るな。」
『アルヴァント』というと、割と生産量が少ない、希少性の高い銘柄ではありませんでした? それこそ高位の貴族でもなかなか口にできないと言われるくらいには。
ということは、招かれていたのは――。
「なるほど、有難うございます。
あと、そろそろ本題に入りませんか?
貴方の昔語りのために、私との面会を求めた訳ではないでしょう?」
そろそろ核心に踏み入りましょう。
「・・・そうだな。そこは避けて通れないな。
あの式の事は、他には貴女はどこまで知っている?」
「それ程、大したことは。」
顔を動かさずに目だけ後ろの人達の方を少し向いた後、膝の上に指で円を作ります。これで伝わりますか?
エーベルトは頷いたあと、自分の膝の上に置いた手をちらと見てから話します。
「そうか。これから出来るだけ話そう。いいか。」
私は彼が見た手の指の動きを視界に入れながら、彼の言葉を聞き取ります。
多分、大丈夫。彼に頷き返します。
「私はあの後、式で兄にしこたま飲まされ酩酊した状態で夜を迎えて、侍女のアンナに薬を飲まされても酩酊が直らずに、恐らくそのまま事に及んだらしい。そのまま、気付いたらヘルミーナは子爵領に帰った後だった。何か無礼をしなかったか気になっていたが、彼女はもう墓の下だ。誰にもわからぬ。」
エーベルトの話の内容と指の動きとを考え合わせ、彼の当時の状況と認識を正しく理解しました。話だけを聞いている立会人には分からない様、うまく言葉を選んでくれている様です。
「それで、その事で母に謝りたかったと?」
「私が謝りたかったのは、彼女と貴女の両方だ。私の不甲斐なさで、彼女と貴女の両方を傷つけてしまった。貴女を助けようと努めていた理由は、貴女の母や貴女への負い目からでしかない。碌でもないが父親だから、助ける方法はもう少し他にあったのかもしれない。」
大丈夫です、私に貴方の思いは伝わりました。
頷いて、エーベルトに返答します。
「いえ、私を守ろうとして下さっていた事はよくわかりました。私には祖父以外に私に配慮してくれる血縁の男性は居なかったので、最後ですがこう呼ばせてください。
お父様、貴方なりの私や母への心遣いには感謝します。もう会う事も無いと思いますが、お元気で。」
「・・・こんな私を、父と呼んでくれるか。有難う。」
私は席を立ち、そのまま彼の方を振り返らず、特別面会室を後にしました。
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第三騎士団本部からタウンハウスに帰り執務室で仕事をしていると、夕刻に第三騎士団から届け物が届きました。一旦子爵家所有の物だけ梱包し、送ってくれたようです。
受取に立ち会ったオリヴァーによると、使者は目録と現物を置いて、早々に去って行ったとの事です。騎士団も忙しいのかなと思いつつ受け取った目録を見ると、品物が6点とあります。
気になったので、現物を持って来させます。
5点は私が指定したものですが、もう1点綺麗に包装された小箱があり、それに二つ折りのメッセージカードが添付されていました。
嫌な予感がしつつ、メッセージカードを開きます。
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イルムヒルトへ
折角君のために誂えた指輪なのに、持って帰ってくれないと困るよ。
是非身に着けて欲しいね。
今度遊びに行こうよ。
W
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直感的に理解しました。
「やっぱり『アレ』からかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
全身鳥肌が立ち、思わず箱とメッセージカードを床に叩きつけます。
肩で息をする私に、オリヴァーが声を掛けてきます。
「ど、どうしたのですか、当主様。」
「いいから、その箱とカードは碌でもない代物だから、保管庫で厳重に保管しておいて! 気持ち悪くて身に着けるなんて論外だし、そうかと言って手離して足がついても困る、厄介な代物なの!」
『アレ』からというだけで嫌ですが、手放しても絶対足が付きそうです。
私の目が届かないように厳重に保管を頼みました。
とうとう、私自身が『アレ』に目を付けられたという訳ですか。
とても憂鬱です。
面会室での「本題」の会話。ネタバレは少し先になります。
そして遂に、主人公に『アレ』が接触を始めました。





