16 思わぬ再会をしました
商会の工場から再び領都クロムブルクまで戻ってきました。
王都への出発前に軍務省の領主館での調査状況を確認していきたいと思い、戻ってから翌日に領主館に伺う旨、先触れを出しておきました。
程なく軍務省の担当から返答が届き、御訪問をお待ちしていますとの事。
翌日、オリヴァー、ハンベルトを連れて領主館を訪問しました。
出迎えに出てきて敬礼するのは、青年将校と思しき背の高い男性です。
「子爵殿でありますか。今回の捜査を担当する王都第2大隊所属で、本館の捜索を行う第6中隊の中隊長、ロタール・ブランツであります。」
「リッペンクロック子爵家当主、イルムヒルトです。本日は宜しくお願いします。」
軍務省直轄の予備軍である王都第1、第2大隊は、国境警備の部隊と定期的に人員を入れ替えながら、普段は王都近郊で訓練に勤しんでいます。それが今回のリーベル伯の捜査で駆り出されたのですか。
館の外に設置した大きなテントに案内されます。
テントの中に、中隊長の執務室兼会議室を置いているようです。
私とオリヴァー、ハンベルトの3人で会議室に入ります。私と中隊長だけが着席し、私以外の従者や中隊長の副官はそれぞれ後ろに控えます。
「早速始めましょう。捜査の状況と、館の子爵様への引き渡しの予定をお知りになりたい、という事でしたね。」
「ええ、そうです。」
中隊長の後ろの副官が、中隊長に書面を1枚渡します。
「館に残っていた使用人は全て拘束の上、当地で取調べを致しました。全員伯爵領から連れてこられ、当初伯爵の命令で子爵様の領地に関する資料等を家探ししたそうです。ただ全く見つからなかったそうで、その後はずっとエーベルトに仕えていたようです。
一部、エーベルトや妻の資金横領に関わっていた者も居たようですが、調書を一通り取った後は、全員伯爵領の大隊本部へ護送しています。
使用人の調書の概要は以上の通りですが、ご覧になられますか。」
横領の件以外は、使用人の尋問で特筆することは無かったようですね。
「いえ。それは結構です。伯爵による占拠の際に、元居た使用人達はどうしたかは聞いていらっしゃいますか。」
「はい、行政所の方に確認しました。占拠の際に行政所で保護したそうですね。当時残っていた使用人の方々は全員老齢で、そのまま引退されたそうですね。何名かは御存命でしたので、当時の状況は聞き取り致しました。
子爵様もご存じだと伺っていますで、内容は割愛させて頂きます。」
ええ、潜伏中に彼らを訪ねて当時の状況を聞きました。
最初は伯爵の入館を突っぱねていたそうですが、兵が出てきて睨み合いになったので、止む無く行政所から領政補佐が来て彼らを保護し、館を明け渡したそうです。
中隊長の話の内容から、あの事を話さなかった元使用人の皆さんに心の中で感謝しました。
「館内の証拠品捜索についてですが、アレイダ容疑者の部屋から見つかった宝石、装飾品、高級服飾品等は王都へ送っております。エーベルト容疑者、およびメラニー嬢の使用していた部屋からはそういった類の物は見つかっておらず、子爵家の家格を考えても一般的か、少し落ちる程度の服飾品のみでした。」
宝石とか装飾品とかは、アレイダ様の供述を取る為に一旦移送したのでしょう。
「王都へ移送された物の中には、子爵家所有の物も含まれている可能性が有りますが、そちらはどう対応すれば良いでしょうか。」
「容疑者の供述を取る目的で移送しましたが、子爵家の所有物かどうかは子爵様に見て頂く必要があります。しかし占拠が約8年前なので、当時の子爵様の御年齢を考えますと分別が難しい物があるかと思います。」
当時8歳でしたから、普通はそう考えるでしょうね。
「お恥ずかしい限りですが、当時子爵家は困窮しており、大事な所蔵物の数点以外は処分しておりました。その数点が確認できれば、後は容疑者の購入品として処理頂いて大丈夫です。」
「了解致しました。子爵様はまた近いうちに王都に行かれると伺っておりますので、報告を出しておきます。王都にて手続き頂けますと有難いです。
証拠品捜査の話ですが、現在は館に残されていた本や書類の精査をしています。本については、元々子爵家で所蔵していたと思われる技術書や研究書などの本が大半で、証拠品となりそうなものは有りませんでした。目録を作成していますが、確認されますか?」
「ええ、行政所の方に後で一覧を提示頂ければと思います。」
多分、そちらについては問題ないでしょう。後で行政所に管理して貰いましょう。
「あとは書類なのですが、一応館には占拠後の行政書類が保管されていました。困ったのは『ただ保管されていただけ』の様で、未整理の状態で大量に置かれていて、現在は書類の精査をしている段階です。我々だけでは手に負えないので行政所からも2人程お借りしております。」
本当に、父は何もしていなかったのでしょう。目を通しそのまま保管庫に仕舞っていただけだったと思われます。そうでないと、8年分の未整理の書類の山が見つかるなど有り得ません。
8年分の書類を整理し、証拠となるものを探し出すなんて大変な苦労でしょう。これはもうしばらくかかるかも知れませんね。
「その御様子だともうしばらく掛かりそうですね。王都にまた行くことになっていますので、引き渡しについては行政所の方に引継いでおきます。具体的な話は行政所と調整頂けますでしょうか。」
「了解しました。」
これで捜査状況は確認できました。
「ところで、書類以外の捜査は一段落しております。
子爵様にとっては久しぶりの館となりますが、中をご覧になりますか?」
確かに、8年前のあの時から一度も入っていませんね。今はどうなっているのでしょうか。当時の事が思い出せるといいのですが。
「そうですね、一度中を見ておきたいです。宜しいですか?」
「ええ、では私と副官でご案内しますよ。」
私とオリヴァー、ハンベルトの3人を、中隊長と副官、もう一人の兵士が案内してくれます。
領主館といってもそれほど大きな館ではありません。1階に大小の応接室と客間が3部屋。2階に当主の執務室と居室、その続き間に当主夫人の居室と、家族用の居室が3部屋。3階が使用人達の部屋となっています。
ちなみに書類の保管庫は地下にありますが、暗い場所なので書類整理は大応接室に全て運んで行っているそうです。
ここに住んでいた当時、母が当主の居室、私がその続き間の夫人の居室、祖父母は家族用の居室を1部屋ずつ使っていました。当主の執務室に祖父母と私の机を持ち込み、皆で同じ部屋で執務していたのを覚えています。
入口から広間に入ると、当時から調度品もカーテンなども換えられているようで、あまり既視感がありません。多分アレイダ様が換えてしまったと思われます。
――ん?急に何か違和感を覚えます。
書類精査をしている大応接室の扉には兵が2人立っています。
しかし1階の広間から見る限り、せめて2階の当主執務室には、歩哨が立っているのが見えて普通だと思うのですが、今は誰も立っていません。書類の精査が残っているだけとはいえ、当主執務室は重要な場所ですし、普通は歩哨とか立っていませんか?
気になって、中隊長に小声で話し掛けます。
「あの、2階には歩哨は立てていないのですか?」
「・・・変ですね。いつもは当主執務室の前に2人立てています。」
やはり変ですね。気になるので、中隊長にお願いして静かに2階に上がる事にします。
皆で静かに2階に上がると、当主執務室の中から物音が一瞬聞こえました。誰かが執務室の中に居そうです。
「子爵様、私と副官で中に押し入ります。護衛に兵士をつけておきますので、後から入ってきてください。」
中隊長がそう囁き、ハンドサインで副官に指示して執務室の扉の脇に寄ります。
また中から物音が少し聞こえます。やはり誰かいるようです。
中隊長たちが扉を蹴破り中に突入します。私達も後から入ります。
そこで見たのは、2人の兵士が中隊長達を牽制し、奥で赤髪の男が書棚の奥に手を突っ込んで・・・赤髪に右頬の傷!あいつは!
私は袖に隠し持っていたナイフを2本投擲。
オリヴァーが私を庇う様に前に立ち、ハンベルトが鞄を置いてあいつに向かいます。しかしあいつはナイフを涼しい顔で躱し、腰から剣を抜いてハンベルトを牽制します。
「よう、嬢ちゃん、8年ぶりかな。大きくなったな?」
「ゲオルグ!!!貴様ぁぁぁ!!!」
「危ない!下がって!」
あいつに向かおうとする私を、オリヴァーが必死に止めます。
「もうちょっとだったんだけどなあ。
見つかっちまったし今日は帰るわ。またな!」
「待て!」
ハンベルトを蹴飛ばし、赤髪の男はすぐさま窓から身を投げます。兵士達2人も中隊長達に蹴りを入れて怯ませ、その隙に同じように窓から飛び降ります。
窓に駆け寄ると、下に待たせていたのか3人は馬に乗って、そのまま走り去って行きます。
目の前であいつを逃がした悔しさに、窓枠を何度も叩きます。
立ち直った中隊長が副長に彼らを追う様指示し、副長が部屋を出ていきます。しかし、相手は最初から馬で走り去っています。今からでは恐らく追い付けないでしょう。
中隊長が謝ってきます。
「すまない、取り逃がしてしまった。兵士達もかなりの手練れだった。ここの兵士にはあれ程腕の立つ奴は居ないはずだが。
ところで、ゲオルグと呼んでいましたが、子爵様はあいつを御存じで?」
「あいつが・・・私の母と祖父母を、殺した男です。」
「「「えっ!」」」
中隊長、オリヴァー、ハンベルトも驚きます。
「しかし、何故あの男はここに・・・。」
「もうちょっと、と言っていたでしょう。多分、これを探していたのでしょう。」
私は書棚の、ゲオルグが腕を突っ込んでいた辺りの本を退け、奥の穴に腕を突っ込んで、奥のハンドルを回します。その後、書棚のまた別の場所の本を退けます。
そこの壁には穴が開いており、穴から木箱を引っ張り出します。
そして、木箱を開けて――愕然とします。
「無い・・・あれは中身を抜いて元に戻す所だったか!くそっ!」
「子爵様、その木箱の中身は一体何だったのです?」
中隊長が訊いてきます。
「静養に行く前にここに隠して、それから触れられていなければ――箱の中身は、母の日記でした。何が書かれていたかは・・・言えません。」
言える訳がありません。『アレ』の核心に触れる内容もあったのです。それを奪っていったゲオルグは――やはり『アレ』と繋がりがあるのでしょう。
「そうですか。しかしその日記が奪われたであろう事は、報告書に記載して構いませんか?」
「ええ、それは構いません。先ほどのこれの事だけは御内密に。」
先ほど投げたナイフを見せた後、また隠し持ちます。
あいつはもうここには現れないでしょう。
気が緩んだのか一気に力が抜けていきます。今日はもう帰って休ませて貰いましょう。
「これから後処理で忙しくなるでしょうし、私はこれで失礼して良いでしょうか。」
「あ、あの、あの男の詳細については・・・。」
「申し訳ありませんが、あの男について私の知っている事は、王都にて王太子殿下、軍務省長官殿にお伝えしております。」
最高責任者の名前を出しておけば、もう一度根掘り葉掘り訊かれることは無いでしょう。
「し、失礼しました。それでは私如きが聞いて良い話では無さそうです。では、お送りできず申し訳ありませんが、お気をつけてお帰り下さい。」
中隊長の挨拶を背に、さっさと隠れ家に帰ります。
しかし、あいつは最後何と言いました?――今日は帰るわ、またな?
という事は、またあいつに相対することになりそうです。
次こそは――次こそは、あいつの喉笛に、刃を。
事件のカギを握るゲオルグ登場。
そしてゲオルグを前にブチ切れる主人公。





