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15 領の皆さんの温かさに触れました

 王都から側近や護衛達と騎乗で進み、途中2回の野営を挟んで3日目の夕刻にリッペンクロック子爵領都、クロムブルクへと帰ってきました。

 エーベルトの使っていた領主館は、証拠探しと使用人達の事情聴取のため軍務省にて接収中だと聞いていますので、本日は潜伏中使っていた郊外の隠れ家に泊まります。

 オリヴァーとハンベルト、今は王都に残したロッティと、護衛2人分の部屋はこの隠れ家に作っています。ちなみに護衛も全員商会で雇った子爵領出身者で、今回は5人なので、2部屋は順番に使い3人は野営するとの事。

 2人だけ護衛を残して、交代で商会に戻っても良いと言いますが、もう隠れている必要が無いので、堂々と護衛の人数を増やすから問題ないと断られました。



 翌朝隠れ家から領都に入り、行政所へ向かいます。

 オリヴァーが先触れに出ていたからでしょう、行政所の入り口で主だった方々が勢揃いで出迎えに出ていました。


「「「「「「お帰りなさいませ、領主様。」」」」」」

「有難う。こうして堂々と帰る事が出来るのは嬉しいです。でも、次回からはこういう出迎えは結構ですよ。」

 隠れて出入りする必要はもう無く、堂々と入れるとはいえ、こういう出迎えをされるのは気恥ずかしいです。


「こういうのを一度やりたかったんです。領主様に『仕事を止めるな』ってどやされそうなので()()()しませんよ。」

 領政補佐オイゲンは悪戯っぽく笑います。偶にはやるって事ですか。

 皆も嬉しそうなので、水は差さないでおきましょうか。


「王都での話が山程あるの。この後時間取れる?」

「ええ、切羽詰まった話はないので、大丈夫ですよ。」

 時間が取れるようなので、このまま皆で会議室に直行です。


 オイゲンや主だった幹部を集めて、王都であった事を話しました。

 リーベル伯爵が子爵領の乗っ取り企図の容疑で捕縛され、その係累含めて取調べ中という話には皆が本当に安堵した表情をしていました。しかしその過程で大勢の前で第二王子殿下から冤罪で糾弾された事、その為にその場で自分が当主である証明をせざるを得なかったことを話すと、全員が苦虫を噛み潰したような顔をします。


「それで、こんな書面()が来るのですか・・・」

 とオイゲンが見せてくれたのが、領地視察の要望書の山。


 見ると、蚕の生産現場や桑畑、商会の生地工場、領都郊外の拠点間物流の物流拠点など、子爵領にとって重要性の高い場所ばかり視察要望が挙がっています。こういう類の物は偶に来ることがあるのですが、ここまで山程来たことはありません。私に()()()()()()()()()()を送ってきた高位貴族も軒並み送ってきているようです。

 いつものように、拠点間物流は公共性の高い部分のみ視察は許可し、他は全部駄目だと返信を指示します。幾ら高位貴族でも、競争力の源泉になる部分は絶対視察させません。

 シルクの事業では特に有力貴族家の影響を排除するよう、仕入先の選定には特に気を使いました。仕入を止めるか機密事項の視察をさせるか選べ、なんて言われる事態は避けなければいけません。


 第二王子殿下を返り討ちにした際の縁もあり、バーデンフェルト侯爵家から善意の後ろ盾を申し出られている事には皆が喜びました。侯爵から提示された書面を見せると「条項には何ら問題はありません。体裁上、いくつか細かい文面を修正するくらいです。」との事。

 当主が商務省長官を長く務められており、殆どの有力貴族家とも渡り合える筈だから、後ろ盾として申し分ないだろう、と皆が納得してくれました。

 最後に、学院に通う事を提案されていると話すと、「是非通ってください」と皆が推します。


 オイゲンが話します。

「領主様は小さい頃から、領地を救うために駆けずり回っておられました。私達の不甲斐なさが領主様から子供らしさを奪ってしまった、と皆も内心心苦しかったのですよ。」


 自覚が無い訳ではないですが、それは断じて皆のせいではありません。

 ()()()()()()()()()()です。言えませんけど。


「ですが今やシルク事業や物流事業で領も潤い、リーベル伯爵も捕まりました。高位貴族家に目を付けられはしましたが、後ろ盾も出来ますし、当面は落ち着くと思います。領主様に我らも鍛えられております。

 これからも危機はいくつか来るかもしれません。その時は領主様に頼らせてもらうと思いますが、そうでなければ、もう少し皆に任せて頂いて大丈夫です。この間に、領主様に16歳らしさを学院生活で取り戻して頂きたいと思います。」

 オイゲン以下、皆が温かい目で私を見つめます。


「・・・有難う。侯爵に勧められた時、正直、そうしたいな、って思ったの。」


 この1年学院の方に何度かお世話になった時に、同年代の方々の学院での様子が、正直、羨ましかった。あんな風に、家の心配もせずに気楽に過ごしてみたい。こんな気持ちを、侯爵に見抜かれたのでしょう。


「とは言っても当主の事も商会の事もあるから、学院の寮に入ってしまうと色々不都合が起きます。エーベルトが王都に買っていたタウンハウスをこちらに帰る直前に引き渡されたから、そこから通うつもりです。」


「王都で伯爵に買わされたあの()()()ですか。かなりの負担でしたが、()()()()()()()()も居なくなりましたし、今なら維持しても財政が傾くことは無いでしょう。

 でも伯爵が使っていたのですから、()()()贅沢な造りになっていませんか?」


 オイゲンが疑問を呈します。


「そう、だから中を作り替えたいの。

 今の間取りは図面を貰っているから、これを元に作り替える案を作りましょう。それから、作り替えの資材も作業員も維持する人員も全部子爵領で用意したい。()の人を入れたくないの。だから元居た使用人も全部解雇して、今侍女達に中身を整理させているわ。」


「そうですな。タウンハウスも機密が守れる造りにする必要がありますか。では皆で案を出しませんか? 間取りを見る限り広さも割とありそうですし、色々盛り込んでいきましょう。案を元に最終的な図面をこっちで引いて、後日領主様に確認します。」


 そこから、皆でタウンハウスにどういう機能を盛り込むか、護衛の方々も含めて皆で話し合いました。大事なのは機密を守れる事と、護衛が動きやすい作りであること、非常用の脱走経路が確保できる事など。守りに特化した造りになるでしょう。伯爵の王都での遊び用の邸宅から、大分作り替えられる事になりそうです。



 翌日、領都から少し離れた町にある商会の工場に向かいました。子爵領の商会本部は領都にありますが、そちらは物流関係の人員が多く、領内のシルク事業を見ている副商会長は工場に詰めている事が多いためです。

 この町は工場を作る前は普通の村だった所です。一般的な街道から外れた場所にあり、周囲には桑畑が広がっています。外から商人がやってくることは無く、商会で食料含めて全ての必要物資を輸送しています。商会の工場とそれを支える人達の町として、機密を守るために腐心して作りました。

 桑畑が広がる中に大きな塀に囲まれた町があります。町の周囲は商会員の護衛が立ち、商会関係者以外が街に入るのを制限しています。

 王都の様な掌紋認証といった便利なものはここにはありませんが、入るには商会身分証などをチェックされます。私が入る時も同じです。顔パスで人を通す事は気の緩みに繋がるので、誰であっても毎回必ずチェックする様徹底しています。

 

 町に入り、中央の工場に隣接した商会事務所に入ります。この事務所と工場、蚕の育成所は町の入口と同じく、立入時に商会身分証のチェックが入ります。

 事務所の中に入り、副商会長ハイマンの執務室に通されます。


「ハイマン、元気?」

「おお、商会長。まだまだ元気でやっとるぞ。工場の方も至って順調。侵入者も問題ないぞ。ところで、王都はどうだった。」


 工場の稼働状況は良さそうで、今のところ順調そうです。

 

「仕立屋の方も予約は一杯で、稼働状況は順調ですね。他の仕立屋も追随して同様のコンセプトを立て始めていますが、今までの方針から反対方向に転換させるなんて、既存の仕立屋には難しいですよ。あちらの稼働状況は当分の間良好です。」


 仕立屋の稼働率が下がったら、生地の生産量を落とさないと生地が余ってしまいます。生地の生産を落とすと工場の作業員が暇になるので、気が緩んでしまいます。

 逆に欲をかいて売上をもっと伸ばそうと仕立屋の販売量を上げてしまうと、工場から蚕まで生産量を増やさないといけませんし、そうなると人を入れる必要が出てきて機密が保てなくなります。

 現在の稼働率のバランスで当面推移させていけばいいですね。輸入生糸の品質が追い付いてくるまで、まだ当分時間が稼げると思います。


「じゃあシルクの方は順調だな。で、当主様としてはどうだ?今大変だと聞くぞ。」

「ええ、伯爵はやっと捕まって取調べ中。乗っ取りはもう大丈夫そうだけど、第二王子殿下がパーティーの最中に私に冤罪で糾弾してきたわ。お陰で大勢の前で、私が当主だって証明しなくちゃいけなかった。」


 大分端折りましたが、要点だけ伝えました。


「だからか。()()を見せろっていう要求が山程来るって行政所で聞いた。あっちで全部突っぱねているらしいな。」

「ええ、私の所にも釣書が山の様に来ているわ。だから今、()()()()()()を申し出てくれた家との契約内容の精査中なの。ハイマンも問題ないか見てくれる?」


 侯爵から貰った書面を見せます。

 書面を見ながら、どこの家が後ろ盾になるか聞いてきます。


「ちなみにどこだ。」

「バーデンフェルト侯。現商務省長官の所よ。」

「じゃあ問題なさそうだな。商売敵でもないし、あのやり手の長官が後ろ盾なら心強いじゃないか。内容も全く申し分ない。行政所で細かい文言は直されそうだが、大筋はこれで良いんじゃないか。」


 侯爵には良い返事が出来そうです。


「学院での()()()までやるって書いてあったが、商会長も学院に通う気になったか?」


「ええ、侯爵から勧められて、行政所でも皆そうしろって。」


「じゃあ俺からも言う、是非そうしてくれ。

 今までは忙しくて余裕が無かったが、伯爵も捕まったんなら、ちっとは余裕出来たんじゃないか。これからすぐに新事業立てたりなんて予定ないだろう?

 商会長はまだ16歳だって事を思い出してくれ。」


 なんでしょう、皆同じようなこと言います。


「行政所でも似たような事言われたわ。」


「そりゃそうだ、商会長を知ってる奴は皆思ってるぞ。

 俺が工場の皆に発破掛ける時、なんて言うと思う?『あんな小さな商会長が血反吐吐いて頑張ってるんだ、何でだと思う?俺たち大人が不甲斐ないからだ!あんな子供につらい目遭わせてお前ら何とも思わんのか!』ってな。これが一番効くんだ。

 商会の皆が、領地の皆が、商会長がもっと小さい子供の時から、()()()からは余計に一生懸命やってるのを皆知ってるからな。


 だからな、商会長。

 普通に学院通って学生生活楽しんでくれたら、それだけで皆嬉しいんだ。俺たちも頑張った甲斐がある、もっと頑張って商会長に楽させてやろうってな。」


 皆からこんな風に思われてたんだ・・・。

 皆の優しさ、温かさに胸が熱くなります。

 ああ、こんな領民たちに、商会員たちに囲まれてるんだ・・・。


 ハインツが席を立ち、頭を撫でてくれます。


「なあ、商会長。今まで泣く暇なんて無かったもんな。

 黙っといてやる。人払いもしてやる。誰も見てねえ。」


 ・・・すみません、ハンカチお借りします。


後ろ盾も見つかり、ようやく領地が平穏を取り戻して

皆は主人公に普通の女の子に戻って欲しいと思っていました。




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王宮には『アレ』が居る 4巻 ハーパーコリンズ・ジャパン プティルブックスより 2025/2/21 発売となりました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 大人はみんな自分たちの不甲斐なさにくやしくて泣いたこともあったんだろうなぁ…。 と思えば、領主の安堵の涙なんか最高のご褒美ですよね。 子供を腕の中で泣かすのは大人の義務だよなぁ。
[良い点]  主人公の周りの人達が良い人で良かった……  まあ自分がその立場だったら同じ行動すると思う(実力が伴うとは言っていない)。   [一言]  まだまだ色々な組織や人間と対立しなければならない…
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