14 メラニー様の今後をお祈りしました
今日は午後の面会の前に、子爵家タウンハウスの引き渡しがあります。
リーベル伯爵による子爵領主館の占拠以降、リーベル伯爵の後ろ盾の元、父エーベルトが王都滞在のため購入し、実質は伯爵が使用していました。それまで子爵家には王都にタウンハウスが持てるほどの余裕は無かったのです。
しかしリーベル伯爵捕縛により、捜査の為に第三騎士団が接収しました。勤めていた使用人全員を拘束し尋問する他、騎士団が証拠品捜索をしていました。
この度捜査が一段落し、タウンハウスの私への引き渡しが行われます。タウンハウスの前にて書面と鍵を私に引き渡し、騎士団が引き上げて完了となります。
「子爵殿、タウンハウス内の捜索と使用人の聞き取りが全て完了しました。こちらが建物の見取り図と、証拠品を除いた備品の目録、使用人の一覧となります。
問題のあった使用人は引き続き騎士団で拘束中ですので、この一覧は残りとなります。」
ええと、何故わざわざ、第三騎士団長様がここに?
「ええ、有難うございます。しかしなぜこちらに?」
「少々子爵にお話がありまして。あなたのお父様エーベルトの事です。出来れば、御人払いを。」
父のことで?
「であれば、先に済ませたい事がありますので、そちらの後で良いでしょうか。その一覧にある使用人というのは、この方々ですか。」
「はい。」
騎士団長の後に、執事や侍女・メイド等が10人程並んでいます。一覧を見る限り、皆さん若年の、見習いなど位の低い方々ばかりです。
「貴方がたは伯爵家の使用人の方でしょうか。それともエーベルトが独自に雇った者たちでしょうか。」
これは訊いておかないといけない事なので、質問します。歳の若い執事見習いが代表して回答します。
「契約上はエーベルト様がご主人様でしたが、実際にこの邸をお使いになられていたのは伯爵様です。私達は、伯爵様から派遣された使用人頭の下で雇われ教育を受けた、全員が王都の出身の者でございます。」
伯爵はエーベルトに邸を買わせ、人を雇わせ、実際は自分の使用人に教育させて自分の邸・使用人として使っていた、という事ですね。位が低く使われていただけの彼らに罪はないという事で、第三騎士団長様も解放したのでしょうが・・・。
「実質リーベル伯爵に仕えていた事になりますから、高位貴族家の使用人としての教育は受けた、と思っていいでしょう。皆様の今後に差し障りがありますから、皆様の事は子爵家でお雇いするわけには参りません。」
「やはり、そうなりますか・・・。では私が紹介状を書いた方がいいですかね。」
私の返答に第三騎士団長がぼやき、使用人達は明らかにほっとした表情を見せます。
伯爵家以上の家の教育を受けた使用人には、それに相応しい給与を払う必要があります。使用人を雇うにもルールがあるのです。子爵家の私が伯爵家相当の使用人を雇うと、彼らの経歴にも影響しますし、周りにも目を付けられかねません。
正直言うと、これは建前です。
タウンハウスの内部を作り替えたいので、子爵家の事情を知らない人を入れたくないのです。
「ええ、申し訳ありませんが、宜しくお願いします。」
第三騎士団長様に使用人達の事をお願いします。
そこから、騎士団の馬車を1台使って人払いし、騎士団長様と2人で話します。
「エーベルトなのですが、一部の供述を頑なに拒んでおりまして。その供述をする条件として、子爵との面会を希望しているのです。」
父との面会?
「そうですか。その一部の供述とは?」
「それが、子爵の御母堂様、先代子爵様の結婚式関連の話です。
他の供述、例えば領主館の占拠ですとか、王都での話ですとかは、彼はむしろ協力的です。しかし、この件ばかりは子爵と先に話さない限り話す気はない、と頑なでしてね。」
その話ですか・・・。面会は避けて通れないでしょう。
「生憎、本日夕刻から領地へ戻る必要がありまして、すぐ戻って来るのですが、1週間から10日後くらいになりそうです。その後でも構わないでしょうか。」
「ええ、それは構わないです。軍務省でリーベル伯の分家・係累一同の捕縛が終わって、その取調べもありますから、手が空いてしまうわけではありません。
しかし、子爵領まで往復するには、1週間とはえらく速いですな。兎も角、王都にお戻りになられましたら、御連絡を第三騎士団まで寄こして頂けますか。」
「ええ、それは勿論です。宜しくお願いいたします。」
タウンハウスの引き渡しは、これ以外は恙無く完了し、一旦宿に戻ります。
宿に戻り、昼からメラニー様とヨーゼフ様、それからヨーゼフ様のお父様エッゲリンク伯爵と面会です。
メラニー様とヨーゼフ様のご用件は何となく想像がつきます。私もメラニー様と一度話をする必要があったので彼らの面会依頼を承諾しましたが、そこに伯爵が割って入る形で今回の面談となりました。
宿の面会室を借り3人と面会します。貴族用の宿は宿泊するプライベートエリアの他に、こういう外の人と会うための共用スペースを備えています。
3人が入ってきましたが、メラニー様とヨーゼフ様は私に対して申し訳なさそうに礼をします。一方エッゲリンク伯爵は偉そうにしています。伯爵の面談の内容も想像ができるだけに、目の前でふんぞり返る伯爵にあまりいい気分はしません。
伯爵を無視し、先にメラニー様とヨーゼフ様の用件を片付けましょう。此方から声を掛けます。
「初めまして、メラニー様。イルムヒルト・リッペンクロックです。先日はお話しする機会がありませんでしたが、本日はようこそお越し下さいました。」
「私如きにご丁寧に有難うございます、子爵様。初めまして、メラニー・ファンベルトと申します。」
ファンベルト?
「ファンベルトというのは、伯父リーベル伯爵の家臣の家で、母アレイダの家名となります。学院にはリッペンクロックの家名で母が登録しましたが、最早リッペンクロック子爵家とは無関係の身ですので、母の家名を名乗っております。」
「その辺りの事情は存じ上げませんが、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
そもそも父エーベルトが、アレイダ様とメラニー様を連れて子爵領の領主館に来た経緯もわかりません。
「はい、勿論です。父エーベルトは伯父の命で、代々の家臣の系譜であるファンベルト家を継ぐために婿として入りました。そこで伯爵領の代官として伯父に仕えていたのです。ですが、私が生まれてから暫くして、伯父は父を母と強引に離縁させ、子爵様の御母堂様と結婚させたのです。」
そんな事情だったのですか。リーベル伯爵はかなり強権を振るったようです。
「しかし、子爵様の御母堂様との結婚式の後、何故か父が母の元に戻ってきました。父はそれに対して何も話しませんでした。父の籍は戻せませんでしたが、父は代官職に戻り、また親子3人で暮らすようになりました。
代官職とはいえ、衰退していたファンベルト家の暮らしぶりの実態は平民と殆ど変わりませんでした。贅沢をすることなく、3人で慎ましく暮らしていたのですが、私が10歳の時、また伯父が父を連れて行ってしまいました。」
伯爵が子爵領の領主館を占拠して、実効支配できずに父を当主代理に据えた時ですか。
「それから暫くしてから、伯父が私達の所にやって来て、子爵領の領主館に居る父の元に私達を連れて行きました。連れていく際、伯父から「お前たちは貴族として暮らすことになる」と言われ、私は何が起きているかわかりませんでした。しかし母は伯父の言葉に大喜びし、領主館に入った途端に贅沢な暮らしを始めました。
私は、3人で慎ましく暮らしていた時も何も不満は無かったのですが、母は違った様です。伯爵の実弟が入り婿に来たので、貴族の豊かな暮らしを夢見たのでしょう。しかし生活は今までと変わらず、内心不満が溜まっていたようです。」
だから、アレイダ様は領政補佐の所に度々お金を無心しに行っていた訳ですか。
「父も贅沢な暮らしをしていた訳ではなかったのですが、父の場合は伯父に強引に連れられ王都に行き、王都での家を買わされたり、競馬場に連れていかれたり、その資金を領から持って行かされたり、と伯父に無理やり財布にされていたようです。
しかし母は、私が止めるのも聞かず、あれやこれやと宝石を買ったり、ドレスを作ったりして・・・。」
メラニー様は悲しそうにしています。本人は母を止められなかったことに責任を感じていらっしゃるのでしょう。
「私が15歳になると、貴族の子女は学院に行くのだからと、母は私を学院に入学させました。厄介払いの意味もあったのでしょう、贅沢を止めようとする私が鬱陶しかった、とも入学時に言われました。
入学後、伯父は私にヨーゼフ様と見合いをさせ、学院の在学中は婚約者としてお付き合いさせて頂きました。学院での勉強は楽しかったですし、ヨーゼフ様にも色々お世話になりましたが、やはり私は、伯父や父、母が捕まりましたので、昔の様に慎ましやかに暮らしたいと思っております。
伯父や父、母が子爵様にご迷惑をお掛けし申し訳なく思います。母を止められなかった私も連座するものと思っていましたが、そこは子爵様からもご温情を頂いているし連座の必要はない、と第三騎士団長様からもお聞きしております。
しかし、私の学院通いも子爵家のお金ですし、卒業資格の返上と今までの学費、8年間の生活費の弁済をさせて頂き、それでお許し頂きたく、こうしてお伺いした次第でございます。」
メラニー様は最後に頭を下げてきます。
この方も伯爵に人生を振り回された被害者ですね。
学院生活は母親から離れて楽しまれた様子ではありますが、基本的には真面目に勉学に励んでおられたようです。私には、彼女に大きな瑕疵があるとは思いません。
「頭をお上げになって下さい。メラニー様。
許すも何も、私はあなたが悪いとは思っていませんし、何ら蟠りを持っている訳ではないのです。メラニー様がお生まれになった事情、領主館に入った事情についても、それをもって私が貴女を責めることなど何もありません。
お母様の浪費については思うことはありますが、メラニー様はそれを止めてくださっていたとの事。親の横暴を子供が止める事は難しいと思います。メラニー様が責任を感じられる必要は無いと思っています。」
メラニー様が顔を上げ、驚きの表情をしています。
「てっきり子爵様は私に恨み言をぶつけられると・・・。」
「いえ、むしろ私の方こそ、メイドの方の件を放置していまして、メラニー様に申し訳なく思っていたのです。」
そう、危害が無いだろうと放っておいた事は、捜査上必要だったとはいえ責任を感じています。
「あれは・・・。不思議と途中から、怖いとは思わなくなりまして。学院の外で襲われることが無いとわかると、気晴らしと言い訳してヨーゼフ様とよく出かけてしまったのは、私としてもヨーゼフ様に迷惑をかけてしまったと・・・。」
「いや、あれは浮かれていた私が悪いんだよ。」
殺気の無い相手ですから、無意識に危険が無いと気付いたのでしょう。
王都でデートを重ねるお二人の噂はよく耳にしました。仲睦まじい様子の2人を、市民の皆さんは温かく見守っていた、と市井で聞きました。
殿下の側近としてはどうかと思いますが。
「ふふふ。随分と学院で仲を深めていらっしゃるのですね。
まあ兎も角、メラニー様には私は何ら蟠りがない事を知って頂きたくて。あなたはどう見ても伯爵に振り回された被害者です。そのような方に鞭打つような真似はしませんわ。
むしろ、お父様もお母様も罪に問われることになり、これからお一人で、またはお隣のヨーゼフ様とお二人で、かも知れませんが、親御さんの援助なしにこれから頑張って生きていかないといけないのです。
学院の卒業資格はお持ちになって、学費・生活費も弁済なさらずとも結構です。むしろ学院で学んだ事を活かしての、これからの御活躍を期待していますわ。
これで、メラニー様の過去の清算は御終いにしましょう。メラニー様は、これから前を向いて頑張ってくださいね。」
「あ、有難う、ございます・・・。」
メラニー様は涙を流し、頭を下げてきます。お隣のヨーゼフ様がそっとハンカチを差し出して・・・本当に仲睦まじいお2人です。
「それで、ヨーゼフ様のご用件は何でしょう。」
「はい。まず、メラニーへの御温情に感謝します。彼女は子爵家の事でずっと苦しんでいました。これで漸く彼女も前を向けると思います。
それで私の話なのですが。
殿下を止める事が出来ず、申し訳ありませんでした。」
ヨーゼフ様も頭を下げてきます。
「メラニーへの襲撃の事は、殿下も真面に調べていたのは最初だけで、あとは私に任せて放っておられたのです。襲撃の件は毎回報告書は上げていたのですが、まさかメラニーとの婚約を仲介したリーベル伯爵が目論んでいたとは露も思わず、手掛かりもなく諦めていたのです。
学院外で襲われることが無かったので、メラニーを連れだして落ち着かせるだけで一杯でした。浮かれて羽目を少々外してしまったのも事実ですが・・・。
ところが卒業パーティーの直前に、犯人が分かったと殿下が急に言い出したので、パーティー後に詳しい話を聞かせてください、とは言っていたのです。まさか、パーティーの最中に子爵様を糾弾し始めるとは、思いもしませんでした・・・。
まともに貴族名鑑を調べてなかったのは私も同じですし、殿下をお止めできなかった私が、今更申し開きもあったものではありません。処分は殿下の側近の解任でしたが、これは元々解任される予定だったとも聞きました。それはそうです。殿下を諫めても聞かず、殿下の相手に疲れ果てて、真面に相手せずにいましたから。」
ヨーゼフ様も殿下を見限り始めていた、という事ですか。
とことん人望無かったようですね、あの人。
「ともかく、あの件で子爵に御迷惑をかけてしまった事をお詫びします。損害賠償を請求なさるのでしたら、働いてお返ししたいと思います。これから私はメラニーと2人、頑張っていこうと思っています。」
「ちょ、ちょっと待て!」
ここでエッゲリンク伯爵が声を上げますが、それは敢えて無視します。
「ヨーゼフ様。あの場で殿下をお止めできなかった事について思う事が無い訳ではないですが、謝罪は受け入れます。あれは殿下の暴走です。あの件についてヨーゼフ様を責める積りはありませんわ。損害賠償も不要です。
ヨーゼフ様の身の振り方については、先程から伯爵が何か言いたそうにしていますが、よくよくお話しになった方が宜しいのでは?」
「いえ、幾ら話しても父とは平行線で、聞く耳を持っていません。それがこの場に父が割り込むことになった原因なのですが・・・止められず申し訳ありません。」
ヨーゼフ様が頭を下げてきます。お父様は伯爵家御当主でいらっしゃいますし、仕方のない所でしょう。
エッゲリンク伯爵の方に向き直ります。
「それで、元々お2人と私の面会だけだった所に、急に割り込みされておりますが、一体どのようなご用件でしょうか?」
「決まっておろう、私はそこのヨーゼフとお主の婚約を結びに来たのだ。」
予想はしていましたが、何を言っているのですか。
「私には、そこのお2人の仲を裂くような無粋な真似は致しかねます。」
「息子の婚約は当主の差配事項だ、私がそうすると言ったらそうなるのだ。」
聞く耳持ちません、この伯爵。違う方向から攻めますか。
「ヨーゼフ様、これから少々お耳に痛いことを言うかもしれませんが、ご了承ください。」
「御丁寧に有難うございます。私の事は構いませんので、御存分にお願いします。」
ヨーゼフ様も現実を分かっておられるようです。
では遠慮なくやらせて貰います。
「何を夢見ておられるかわかりませんが、はっきり言いましょう。ヨーゼフ様は私の配としては不適格です。既にメラニー様と心を通じておられる御様子なのもそうですが、仮に私と婚約を結んだ所でヨーゼフ様に私を守る事などできず、直ぐに伯爵家との婚約など消し飛んでしまいます。」
「ど、どういう事だ!婚約発表すれば、今沸いている有象無象の話など無くなってしまうだろう!」
どちらが有象無象なのか、まるでわかってない様です。
昔の子爵家の事情と、今の子爵家の事情を混同しているのでしょうか。
「いいですか、私の所には既に幾つもの有力侯爵家から縁談の話が舞い込んでいます。仮にヨーゼフ様と婚約を結んだとして、第二王子殿下の側近として失格の烙印を押されたヨーゼフ様では、これらの話を跳ね返しリッペンクロック子爵家を守ることなど能力的に無理だと言っているのです。」
「そんな出鱈目を言うな!子爵如きに、どんな家が申し込んで来ているというのだ!」
以前は農務省長官として働いた経歴のある伯爵ですが、すぐに能力不足を指摘され解任されたと聞きます。こうも勘の働かない方では致し方ないでしょう。
「例えば、ラックバーン辺境侯爵家、コルルッツ侯爵家、リッテルシュタット侯爵家といった所から申し込みが来ています。当然でしょう。今や王都との間に拠点間物流を持ち、国産シルクを生産開始し、最近発展が著しいのですから、そんな話は山ほど来ていますよ。」
「なっ・・・」
予想しなかった高位の有力家の名前を列挙され、伯爵は唖然としています。
これらは国境警備の任にあったり、重要な貿易拠点を持っていたりと、有力な家ばかりです。たかが伯爵家でどうにかなる相手ではありません。だから私は窮地にあったというのに。
ヨーゼフ様も、殿下の一件がそんな影響を与えていると思っていなかったのでしょう。大分顔が蒼白いです。
「これらの家からの攻勢に対抗できる格も能力も、伯爵やヨーゼフ様にはありません。仮に婚約を結んだとして、これらの家に捻じ込まれたら消し飛んでしまうのは自明の理です。
そもそも、私の家の乗っ取りを既成事実化しようとしたリーベル伯爵の持ち込んだ婚約話を受けておいて、駄目になったから私に鞍替え、という節操の無さも気に入りません。子爵家と商会の権益に食い入ろうなんていう浅い魂胆が読めるだけで、子爵家に何らメリットの無い話など、私は受ける訳ないでしょう。」
「こ、小娘の子爵如きが、伯爵の私に何て生意気な!」
下らない話を持ち込んだ伯爵には、幾らでも生意気になりますよ。エッゲリンク伯爵くらいなら打てる手は幾らでもあります。
「では、その生意気な子爵相手に、伯爵はどの様な措置を取られますか?」
「!・・・」
今のリッペンクロック子爵家が、爵位が上だからといって唯々諾々と伯爵に従うとでもお思いでしたか?
「先代の時とは違うのですよ。
確かに先代の時は力のない子爵家でしたから、リーベル伯爵やエッゲリンク伯爵には相当苦労させられました。勝手に通行料を取られるなどしましたね。
ですが今や、王都との間に国に保護された物流があります。独自産業も持っています。エッゲリンク伯爵から通行料を課されようとも、今やエッゲリンク伯爵領を通った商売に頼る必要の無い私どもは何も困りません。」
「・・・」
睨みつけてきますが、返答はありません。
恐らく、子爵家の力を使って拠点間物流をエッゲリンク伯爵領にまで伸ばすという夢物語を見ていて、諦めきれないのでしょうかね。
あまりこういう手は使いたくなかったのですが、仕方ないですか。
「これでも手を引かないと仰るのでしたら仕方ありません。エッゲリンク伯爵から通行料を課された履歴を商務省に提出して、不当な過料かどうか調査頂きましょうか。」
「そ、それは・・・。」
伯爵の顔が一気に蒼褪めます。
「記録はちゃんと取っていますし、当時の伯爵からの通達文も保管しています。明確な証拠はありますし、リーベル伯爵と共謀していた疑いがあるとでも言えば、商務省も軍務省も喜んで動いてくれると思います。それだけの関係は築いてきましたのでね。」
「わ、わかった、婚約の話は取り下げる。だからそれは勘弁願いたい。」
探られると嫌な部分もあったのでしょう。慌てて伯爵が取り下げてきます。
「まあいいでしょう。提出はしないでおきます。しかしまた余計な事をするようでしたら、今度は事前にお伺いを立てませんよ。
それから、ヨーゼフ様をまた別の家に婿入りさせようとされるのはお勧めしません。ヨーゼフ様を受け入れる家はまず無いでしょう。」
「なにっ!」
伯爵が驚愕しています。
ヨーゼフ様は覚悟があったのか、頷いています。
「同じ側近でも、一定以上の実力があると見られる法衣侯爵家出身のリッカルト様とは事情が違います。殿下を止められなかったヨーゼフ様は能力が低いと見做されてしまい、どの家も婿に迎えるだけの価値は無いと判断するでしょう。
今回の殿下の所業はそれほど大きい物だったのです。
これからヨーゼフ様は、どこかの省庁の入省試験を実力で突破して、自らの能力を証明していく位しか、貴族として身を立てる道は残っていません。それとて茨の道でしょう。
今後どうするか、ヨーゼフ様とよく話し合われることをお勧めしますよ。これは王都の情勢をつぶさに見てきた私からの忠告です。」
「子爵様、御忠告痛み入ります。私は同じ認識だったので何度も父に言ったのですが、理解頂けませんでした。ですが今度こそ父は理解したと思います。これから、よくよく話し合って今後の事を考えます。
本日は御迷惑をお掛けしました。」
ヨーゼフ様がメラニー様を伴い、伯爵を引き摺るように引っ張って去っていきます。ヨーゼフ様は御覚悟があるようですし、頑張って身を立てて頂きたいところですね。
メラニー様も頑張って頂きたいです。
これで、ようやく本日の用事は終わりました。
後は、ロッティと侍女達に王都に残るよう指示し、侍女達には引き渡されたタウンハウスの整理と清掃を、そしてロッティには殿下の情報の引き渡しについて侯爵家と詰めるよう指示しました。この件は女性を残さないといけません。
以上を指示し、オリヴァー、ハンベルトと数名の護衛と共に、夕方王都を発ち騎乗で領地に向かいました。
メラニーもまた、リーベル伯爵に人生を狂わされた被害者でした。
貴族を目指すならハードモードですが、彼女は自分の分を弁えています。
ほどほどの所で2人で仲良く暮らしていくのでしょう。





