13 破格の条件を提示されました
今日はアレクシア様にお招き頂き、バーデンフェルト侯爵邸にてお茶会です。
漸くリーベル伯爵の件が片付いたのでもう地味にする理由はなく、今日は思い切り華やかに行きましょうと侍女たちが久々に張り切り、フェオドラが気合を入れて仕立ててくれた、薄いグリーンの光沢が美しいAラインドレスを中心に提案してきました。
子爵家の私にシルクは気が引けると言ったら
「シルクは領の特産ですし、『フラウ・フェオドラ』を傘下に持つ商会の商会長でもあるのです。どこに遠慮する必要がありますか」
と侍女長に返され、適切な反論が思いつかなかった私は侍女長に委ねる事にしました。
これからもっと、シルクを着る事に慣れなければいけないのでしょう。
邸にお伺いすると、外の四阿ではなく邸内の一室に通されました。ということは後で何か話がありそうですね。
通されると、部屋に居らしていたのは主催のアレクシア様の他はクリスティーナ様、カロリーナ様、学院で私の講義を受講された他数名の方。あと、カロリーナ様の横にはリッカルト様。私が最後のようです。
お招き頂いた挨拶をアレクシア様と交わし、着席してお茶会が始まります・・・と思ったら、リッカルト様が私に話があるようです。
「先日は子爵様と知らず、随分と失礼をしてしまい申し訳ありませんでした。」
「謝罪は受け入れます。ただ、あれはエドゥアルト殿下の無知と横暴が原因であって、臣下の立場では致し方無かったと思います。リッカルト様の方こそ、大丈夫でしたでしょうか?」
手加減はしましたが膝を入れましたし。何かあってカロリーナ様に後で言われても困ります。
周りの皆様は会話の意味に気付いてない様で良かったです。
ただ一人アレクシア様は吹きそうになって、なんて話題を振るんですかとばかりに呆れた目線を向けてきますが、気付く方も大概だと思います。
「あ、いや、そちらはご心配なく。訓練を受けていますので。」
リッカルト様も見た目に反して、なかなか機智に富んだ会話の出来る方のようです。
「しかし子爵があれだけ腕が立つ方とは思わなかったですね。後で父にこってり絞られました。」
「護身術の一環ですわ。仕方なく披露しましたが、余り吹聴しない様にして頂けると有難いです。」
「ええ、私からは何も話していません。ただ、既に騎士団では『女に負ける奴』と私を侮ってくる同僚の見習いを何度か返り討ちにしているので、そこはご了承ください。」
リッカルト様が返り討ちにすることで、私の腕前が上だと思われるかも、ですか。それは不可抗力ですね、仕方ありません。頷いておきます。
「子爵様へのご挨拶で少し暇を貰っただけで、騎士団の訓練に戻らないといけないので、ここで失礼致します。」
「ええ、職務お疲れ様です。お気をつけて。」
リッカルト様は早々に辞去されて行きました。
後でカロリーナ様に聞いたところ、リッカルト様は3日間だけ自宅謹慎の後、騎士団が合同で採用した学院卒の騎士見習い達に交じって訓練に励んでいるようです。
あのまま殿下の護衛として勤めていたら、見習い期間の後は第一騎士団に所属しエリートコースを歩むことになったでしょう。しかしその道は閉ざされました。
ただ「リッカルト様は頭の悪い方ではないので、第三騎士団辺りに配属後、そのうち頭角を現されるのではないでしょうか。」とカロリーナ様。リッカルト様自身の瑕疵は少なく、カロリーナ様との御婚約も継続されました。
元々領地のない法衣侯爵家ですので実力が問われますが、あの方なら頭も回りますし研鑽を積めば問題ないでしょう。カロリーナ様もリッカルト様をしっかり支える御積りのようです。
今度こそお茶会のスタートです。
「イルムヒルト様、この一年は大変お世話になりました。学院の領地経営勉強会も私とクリスティーナ様が卒業しましたが、来年度もカロリーナ様を中心に活動を継続することになりますわ。宜しければ、来年度も引き続き、カロリーナ様はじめ皆様を御引立て頂けると有難いのですけど。」
アレクシア様から主賓の私に挨拶頂きます。
「ええ、実は侯爵様から、来年度から学院に通う事を勧められまして。一度領に帰って皆と検討させて頂きます。入寮は難しいですけども、うまく調整できれば来年度の途中から、王都のタウンハウスから学院に通う事になると思います。皆様、来年度も宜しくお願い致します。」
侯爵様に言われて一度宿で皆に話してみると、オリヴァーやロッティ、侍女達の全員から「是非通うべきです!」と勧められました。
またオリヴァーからは「学院に通うと言えば、今山の様に来ている招待状とか招待状とか招待状とか、断る口実が作れませんか?」と訊かれ、それはそうかと思い本当に検討する事にしました。
「まあ、学院にいらっしゃるの!学院に残る皆様が羨ましいですわ。」
「クリスティーナ様、卒業後は農務省に入省されるのでしょう?では、時々学院に戻っていらして、実務の御経験を皆に話してみては如何ですか?」
クリスティーナ様は卒業後農務省への入省が決まっておられます。
昔の淑女教育一辺倒であるらしかった学院教育とは異なり、今は女性でも色々学院で学べるようになったようですが、それでも卒業後に各省庁に採用され働く女性はまだまだ少数派です。男性優位の色濃い貴族社会では、一般的には女性は学院卒業後に御婚約者様と御結婚され、結婚後に学んだものを活かす道を探ってらっしゃるようです。
一方クリスティーナ様は実力で入省試験を突破されました、元々、第二王子殿下が公爵位を頂いて臣籍降下されるか侯爵家に婿入りされるかしたら、元?御婚約者様について行くため辞められる御積りだったと思います。
「それもいいですわね。またイルムヒルト様にもお会いできそうです。私の方は婚約も解消になりそうなので、当面は入省したら仕事に励むことになりますわ。実務に携わってから、上役の方に相談してみますわね。」
「私も商務省ですし、私も折を見て学院にお招き頂けると嬉しいですわ。」
やはり、クリスティーナ様は婚約解消になるようですね。
アレクシア様は当初、領に帰って領地経営に携わる事を御希望でしたが、第二王子殿下の御婚約者様としてそれは許されず、侯爵様の勧めで商務省入省試験をお受けになり、実力で突破されました。殿下の公務半分、商務省半分といった予定だったと思うのですが、殿下の処分次第でしょう。侯爵様に武器を渡しておいたので、無事に白紙になればいいのですが。
「ええ、お二人共王都にいらっしゃるのですから、折を見てお二人をお招き致しますわ。お二人の省内のご活躍が楽しみですわね。」
「そうですとも。」
カロリーナ様も皆様も嬉しそうです。
良いですわね、何だかこういう、きゃわきゃわした雰囲気。
私も思わず笑顔が零れます。
「そういえば気になっていたのですが、イルムヒルト様のお召し物、ひょっとして『フラウ・フェオドラ』ですの?」
「そうそう、イルムヒルト様の御髪の色に似あう色で、元の可愛らしい感じを損なわないまま当主の気品を醸し出すっていうか、バランスが絶妙で・・・。」
「生地も素敵ですわ。輸入シルク生地のシャープな感じも好きですけど、国産シルク生地の、この光の加減で色が違って見えるのも素敵ですね。」
「国産生地を扱っているのはあの店だけでしょう。女性の方を主に引き立てるコンセプトが人気で、高位の方々で予約が引きも切らないと聞きますし。こうして間近で本物が見られて眼福ですわね。」
皆様の話題が私のドレスに移り、出来を褒めて下さいます。侍女のコーディネートも含めての事だと思いますが、フェオドラや侍女達の仕事を褒めて下さるのは嬉しいです。厄介事を避けるため、『フラウ・フェオドラ』がうちの商会である事は言いませんけどね。
「ええ、『フラウ・フェオドラ』の仕立ですね。皆様にそんなに褒めて頂いた事は励みになりますので、皆にもお伝え致しますわ。」
「アレクシア様やクリスティーナ様が偶にお召しになられているのを拝見しますけど、やっぱり『フラウ・フェオドラ』の仕立は素敵ですわね。」
「ええ、本当にそうですわ。」
「そういえば、国産シルク生地を扱ってらっしゃるのはあの仕立屋だけですわね。どうして他のお店は扱っていないのでしょう。」
「よく仕立てて貰う店で聞いたことがあるのですが、『フラウ・フェオドラ』は仕立屋の組合に入らず、独自の仕入をされてらっしゃるそうよ。まだ国産シルクは生産量が少なくて、あの店が扱える量しかないのではないか、と聞きましたわ。」
あ、そうだ。思いついた。
「あ、そうしましたら、今年の勉強会での私の講義のテーマ、国産シルクにしましょうか。恐らく1回や2回で終わらない内容になると思いますし、年間テーマでやっても良いかと思います。」
「まあ!実際に領地経営されている目線だと、何か色々わかるのですか?」
「ええ、まあ。そこは講義でのお楽しみ、としましょう。」
皆様は何だか面白そう、と目を輝かせます。
アレクシア様だけは目を逸らしています。多分侯爵様からいろいろ聞かされていますね。お願いですから、ネタバラシしないで下さいね。
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お茶会が終わった後、予想通り侯爵家の皆様に招かれました。
御当主クリストフ様、パウリーネ夫人、アレクシア様、長男マリウス様、次男ディルク様と、侯爵家勢揃いです。
侯爵様が沈痛な面持ちで口を開きます。
「早速だが用件に入ろう。
先日の情報提供は大変助かった。この件に関して王太子殿下は少々頼りないが、状況を何とか打開してくれたようだ。明日の閣議後、陛下から個別に呼ばれている。」
という事は方向性が決まって、あとは細かい条件、主に賠償額の交渉に入るのでしょう。
「王家への信頼が無いのは知っているが、そう嫌そうな顔をするな。」
あっ、顔に出てしまいましたか。いけませんいけません。
「先日のパーティーの件だが、殿下の暴挙によって子爵が窮地に陥ってしまった事、私も責任を感じている。パーティーの大分前には、アレクシアが叩きつけた内容までは把握していたのだから、もっと早く殿下に突き付けていれば今日の状況にはならなかったと思っている。」
侯爵様がそこまで自責の念に駆られていらっしゃるとは。でもアレクシア様とあの殿下の婚約解消は、私もその方が望ましいと思って協力したのです。
「それではアレクシア様の婚約解消まで持っていくことは難しかったのではないですか?それに、根本は殿下の暴挙のせいですし、既に算定書も送っています。」
「それはそうなのだが、今の子爵の現状を何とかできないかと思ってね。あの日以来、家族で相談していたのだ。アレクシアは勿論、私も妻も子爵には世話になった。ここは子爵に手を差し伸べるべきだと皆の意見が一致したので。提案を練っていたのだ。」
パウリーネ夫人は・・・『フラウ・フェオドラ』の件ですか。店の立ち上げに協力頂いたのはこちらの方ですのに。立ち上げ後も定期的に注文頂いていて、こちらが感謝しています。
「そこでだが、長男マリウスを子爵の婚約者として提案したい。」
「!!」
吃驚して、思わず目を剥いてしまいました。
「マリウス様はまだ婚約者を決めておられませんでしたが、侯爵家の大事な後継ぎではないのですか!?」
「最初はその積りだったのだが、知っての通りアレクシアが学院に入ってから殿下との婚約の雲行きが怪しくなってきた。アレクシアも昔から興味の方向が領地経営に向いていたし、昨今活躍の目覚ましい女性当主もいる事だ。本人達と情勢次第だが、アレクシアとマリウスのどちらが後継ぎになっても良い様、マリウスの婚約も決めていなかったのだ。
まあ、マリウスに決まった相手が居ない理由は、思うような相手がいなかったというのもあるがね。」
アレクシア様とマリウス様を両天秤で考えていた、という事?
あとマリウス様と私の世代に、高位の女性に眼鏡にかなう相手がいなかった、と。これは学院に入ってから大変そうです。
「貴族社会はまだまだ男性優位であるし、普通ならこういう選択はしなかったが、アレクシアも誰かさんに触発されて随分やる気になっていたし、能力と本人のやる気次第ではアレクシアにも機会を与えても良いと思ったのだ。二人とも駄目ならディルクでも、領地に居る弟の息子でも良い。
そう思っていたところ、子爵の窮状をどうするかという所で、マリウスが、自分が子爵の婚約者となる事を提案したのだ。」
ここでマリウス様が口を開きます。
「僕は領地経営も学んではいるけど、一番興味があるのは農作物の品種改良とか土壌改良の研究なんです。姉上は子爵に発破を掛けられてから随分図太くなってきたし、領地経営にやる気があるみたいだから、ここは姉上に家を託して僕はどこかに婿入りしてもいいかな、って思ったんです。
それに、以前姉上がお招きした時に、子爵の物の考え方や意志の強さ、姉上への気遣いとか、子爵の御人柄をとても好ましく思いました。ご存じの通り、学院では同じ学年になりますから、学院で令息除けに使って頂きながら私の事を見極めて頂こうと思いました。その後正式に選んで頂けたら有難いですね。」
いくつか気になる言葉がありますが、聞こうと思ったら侯爵が話を続けます。
「要は、侯爵家が子爵の善意の後ろ盾として立つので、学院に居る間マリウスを婚約者として使ってくれて良いという事だ。本人からの提案で、皆で検討した結果だ。
もちろん婚約者として発表するが、婚約の間に子爵の配としてふさわしい人物か見極めて頂いて、子爵の目に適う相手でなければ学院卒業時に解消してもいいし、その間他の有象無象を退けるために利用してもよい。子爵の経営する商会の方に関与するつもりもない。
更に、今私が言ったことは婚約締結の書面にて明記する。これを。」
侯爵が書面を差し出してきます。
書面を確認すると、子爵家に不都合が発生した場合はいつでも無条件で私が破棄できること、学院の卒業時に改めて継続するかどうか確認する事、子爵家や商会に対して侯爵家から不適切な関与があった場合に侯爵家に対して損害賠償を課す事など、子爵家に対して一切の不利益な条項がありません。
対価として求められているのも、精々が私の使う調査の手を時々貸して欲しい事、調査の手の育て方を教えて欲しい事くらいで、それも私が無理だと思えば断って良いし、受けた場合も相応の報酬を金銭で支払する、とあります。
あと、殿下に関する情報の侯爵への引渡し。これも対価を払うとあります。
「子爵家に破格に有利な内容になっていますが、侯爵家としてはこれで問題無いのですか?」
「善意の後ろ盾と言っただろう、これぐらいは当然だ。それにその対価も、子爵にとっては申し訳程度と思うかもしれないが、私達にとっては必要性が有るし、一方的に侯爵家が遜ったとは周りには言わせない様にもできる。
それに何より、私達は皆、子爵の事は気に入っているのだ、子爵が8歳の時に会って以来、私も君を娘みたいなものだと思っている。これで本当に家族になってくれたら嬉しい。」
家族・・・。
アレクシア様が笑って話します。
「私も子爵にこの一年お世話になり放しでしたし、私も何か直接御恩返しがしたいです。ですからこれとは別に、折を見て母と私から子爵の令嬢教育のお手伝いはさせて貰っても良いでしょうか。私が受けた全部を子爵が受ける必要はないと思いますし、何が必要かは、都度話し合いましょう。」
「ええ、そうね。以前と比べて、子爵も大分オブラートに包んだ会話が上達されていますし、必要な事は追々話し合いましょう。むしろ、また子爵をお招きして私達とゆっくり過ごして頂きたいわね。」
パウリーネ夫人も笑みを浮かべています。
皆様の心遣いが有難いです。
「皆様、申し出ありがとうございます。
情報の引き渡しについては、部下を王都に残しますので早急に詰めさせてください。他は一度領地に帰って検討致しますが、皆さんの温かい申し出は是非前向きに考えさせてもらいたいと思います。」
「それが良いと思う。窮状を考えると早い方が良いだろうと思うが、返答を急かすつもりはない。良い返事が来る事を期待している。」
そうですね、これは早く決めた方が良さそうです。
「明日の夜に王都を発って領地に帰りますが、王都でやる事も多く、また一週間程で戻って来ます。そのときにでも返事を出させて頂きたく思います。
本日はお招き頂きありがとうございました。」
また馬に乗っての往復なのですね、とのアレクシア様の呟きにちょっと笑ってしまいました。
お招き頂いた時点で、侯爵様が後ろ盾の申し出をされることは想定がありました。侯爵様か、貴族省長官でもあるミュンゼル法衣侯爵様のいずれかに後ろ盾をお願いせねば、と思っていたので、渡りに船でしたが、ここまでの内容とは思いませんでした。
バーデンフェルト侯爵は一番長く深い付き合いでしたので、この破格の申し出は私は非常に有難いです。
明日の面会が終わったら早速領地に帰って、皆と相談して細かい所を詰めましょう。
同年代の令嬢たちのキャッキャウフフが見てて楽しい主人公。
そして段々スレてくるアレクシア様。いろいろ大丈夫か。





