12 私など、まだまだ雛鳥だよ ※(侯爵視点)
話の時系列が長く、今回は長文で、しかも文章多めです。
読みづらいと思った方、すいません。
私はバーデンフェルト侯爵当主クリストフ。
学院在学中から目を付けられた前々代商務省長官の度重なる懇願により、学院卒業後から商務省長官補佐で働きはじめ、今では長官職に就いている。
領地持ち爵位ではあるのだが、領地の方は妻や弟に任せっきりになってしまった。今では報告書の数字の上でしか、領地経営を窺い知ることができない。
長女のアレクシアは、頭の良さは私譲りだと家庭教師たちが絶賛したが、それがどこから漏れたか第二王子の婚約者候補として選ばれてしまった。他の候補も優秀な子女達で、娘は押しの弱さから選ばれないと思っていたのだが、蓋を開けたら候補の中で一つ抜けた娘の聡明さを王妃が気に入ってしまい、結局婚約者となった。
娘は殿下の婚約者という立場よりも、付随して得られる勉強の機会の方が嬉しいらしい。殿下は怠け癖が気になるが悪い人ではないとのこと。折角選ばれた以上、信頼関係をちゃんと築いていってほしい。
ある日、貴族当主の女性から面会申請があると私の補佐官が報告した。内容は新規事業立上げについての法的問題の確認とのこと。
それなら一般省員で充分ではないかと聞くと、最初はそうしたが、応対した一般省員、上司、部門長と次々に返り討ちに遭い、話にならないから長官と直接面会したいという話になったという。
どんな女性か聞くと「変な先入観を持つと危険です」と補佐官に伏せられた。
さぞかし強敵の面会相手は老練な年配女性だろうが、どこの貴族家当主にそんな女性が居ただろうかと思っていたら、来たのは車椅子に乗った7~8歳くらいの女の子。
副官が伏せた理由が何となくわかった。子供と見て舐めて掛かると痛い目に遭うという事か。
それが、リッペンクロック子爵イルムヒルト嬢との初対面だった。
補佐官以外を人払いして、その面会は4時間にも及んだ。
シルク生産から染色・生地生成・服飾加工まで一貫して手掛けるだとか、負傷引退した兵士達を再教育し護衛や従者等として派遣するだとか、斬新な事業構想があの小さい彼女の頭の中に7つくらいあって、それぞれ想定される問題と法的対処について議論を交わした。
彼女は一体何歳から領を見て回っているのか、生産側や地方の事情についてかなり詳しい。それでいてあの歳で法律もかなり勉強している。逆に消費者側、特に王都の貴族層や、王都で業界を寡占する組合の実態などはあまり詳しくない。
議論の中では私や補佐官がそこを補っていたが、彼女はそれを会話の中ですぐに吸収し、またそれで想定される事態を思いつき、法的対処を検討して、と非常に速いペースで私と彼女で議論が進む。非常に聡明な彼女との議論は久々に楽しくなり、気づけば職務を超えた個人的な助言まで彼女に送っていた。
彼女の事業構想が風穴を開けようとするのは、どこも停滞感が漂う業界だ。何故そんな所を狙うかと訊くと、そういう業界にこそ大きな事業機会があり、機会を生かして大きく成長する事業を通して領や商会で働く皆を元気にしたい、とのこと。
何でも、長らく自然災害や隣接領の貴族の妨害、野盗集団などの被害に遭って領地が衰退しており、大きな事業で一気に回復に持っていきたいとの事。頼れる人は居ないのかと聞くと、家族を全員失って自分しかいないらしい。何か色々事情がありそうだな。
彼女はとにかく恐ろしく頭が回るし、既存の常識に囚われない着眼点も、私利私欲でないのも良い。話していると大人を相手にしている錯覚すらある。
何かやってくれそうな予感をこの子には感じる。こういう直感は大事にした方がいい。
困った事があったら連絡するよう伝え、個人的に連絡先を交換した。
会談を終えた後、補佐官は灰になっていた。
彼女と私がどんどん先に進んで、半分以上ついて行けなかったらしい。
「あれでもまだ発展途上だ、お前が長官になる頃にはもっと手強いぞ」と言うと、「彼女の引退まで長官が現役で居て下さい」とぼやかれた。無茶言うな。
子爵の事は名鑑では注釈が付いていたのを思い出し、すぐに省内に箝口令を敷いた上で貴族省長官に相談した。
貴族省長官によると子爵は唯一の血統保持者で、今回無理をして王都に来て、貴族省で当主就任の手続をしたという。何でも出先で先代と家族を亡くし自分も大怪我を負った途端に、血統外の係累が領主館を占拠し当主代理を自称したそうだ。
そんな状況で社交等できる訳もなく、当面の間は貴族省の保護下で身を隠して活動するので連絡先を漏らすなとの事。商務省で改めて箝口令を徹底させた。
子爵とはあの後年1回のペースで法律相談をしたが、まともに彼女と相手ができる人が私しか居ないと知ったせいか、直接私の所に申請が回ってくる。
2回目以降は普通に歩けるようになっていた。相変わらず人より背は低いままだが、容貌は小さな女の子から可愛らしい少女へと年々変わっていった。私には娘はアレクシアしかいないが、もう一人の娘の成長を見ているかのような気分になる。
子爵との初対面から4年後、貴族出身の男性デザイナーばかりだった王都の貴族向け服飾業界に、女性デザイナーをトップに掲げる仕立屋『フラウ・フェオドラ』が突如出現した。
妻曰く、今までのものよりも艶やかな光沢の、美しいシルク生地を使った斬新な意匠のドレスが素晴らしいそうだ。そうして『フラウ・フェオドラ』は、妻や娘を含め高位貴族の女性達を瞬く間に虜にしていった。
女性をトップに置く店に反発した業界組合から締め出されたが、組合以外の独自の仕入ルートを持っているようで『フラウ・フェオドラ』に廃業する気配はない。業界組合が躍起になってルートを探していると聞く。
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娘が学院に入ってから、段々第二王子殿下との交流が上手くいかなくなっていると妻から聞かされた。殿下の怠け癖は年々悪化の一途らしく、王族教育の進捗も娘との差は歴然で、出来の差に何かを拗らせた殿下は娘の諫めなど聞かないとのこと。付けられた側近にも一部見限られ始めているらしい。
王妃殿下からはもっと第二王子殿下を操縦しろと言われているらしいが、それ以前に王族側でまず叩き直せと言いたい。婚約者に選んだ時に娘の押しの弱さは織り込み済だったはずだ。
これは何とかしないと、と思っていると、年1回の子爵との面会予定日になっていた。
議論の合間のティーブレイクで、子爵から学院に籍だけ置くことは可能か相談された。籍だけ置いてどうするのかと聞くと、理由は言えないが一種の生存証明らしい。後ろ盾の人を連れて学院長に相談したらいいと思う、自分が後ろ盾になってもいいと答えた。
後ろ盾の申し出には感謝されたが、今回は貴族省の長官と行くそうだ。そちらの方が行方不明の経緯に詳しいから、その方がいいか。
代わりにといっては何だが、個人情報を伏せて娘の件を相談すると、まず相手が怠けて何をしているか調べてみることを勧められた。
探偵みたいな事が出来る手駒が無いと言うと、
「多分相手は目立つ方でしょうし、噂に詳しい人、例えば省内で王都に外出する部門の人等から、市中でよく聞く噂を拾ってみる所から始めたらいいと思います。職務の範囲内で上手く省内の人を使うといいですよ。」
と返された。
成程とは思ったが、相手が殿下の事だと見抜かれている気がする。
娘が最終学年に上がり子爵が学院に籍を置いた頃、娘が何やら興奮した表情で相談がある、と言ってきた。訊けば、王族教育で下位貴族家の決算報告を見ていたら、女性当主が就任してから領地の発展が目覚ましいある領の報告書が目についたらしい。
そこで学院で領地経営を学ぶ女生徒達の勉強会に講師としてお招きしたいが、その子爵家当主に何か伝手は無いか、と訊いてきた。
それは、どう考えてもあの子爵だろう。
思い当たる人物には何年も仕事でお会いしている、訊いてみるが多忙な人なので駄目で元々だと思って欲しいと答えておく。どんな方かと聞かれたが、私の初対面の時を思い出し「変な先入観を持たせるといけないから」と言って伏せておいた。
子爵に手紙で連絡を取ってみると、2カ月後に王都に来る所用があり、この日だったら、と文中で日付指定されて回答があった。それまでの調整は学院長を通して連絡を取り合う事の他、年齢や外見などの情報は本人達に伏せ、変な先入観を与えない事は子爵からもお願いされた。
応じて貰えた事を伝えると娘は狂喜乱舞した。準備に励む娘のやる気がいつもと違うので、よほど楽しみらしい。当日までに子爵の話を何度もせがまれたが、事前に話せる事は何もない。「子爵の為人は会って自分で判断しなさい」としか言わなかった。
当日、娘は子爵の見た目と経歴・能力のギャップだけではなく、視野の広さや頭の回転の速さ、行動力など、色々衝撃を受けたらしい。自分の小ささを知ったと言っていた。
しかし、子爵に惚れ込んだ娘が拝み倒し、年内にあと2回の講師の機会を勝ち取った上、友人になったと知り今度は私が驚いた。あの子爵が、友人に?
――そういえば、私や妻がお願いした娘の家庭教師の依頼を断り続ける気難しい学者が。娘が直接会って拝み倒し、結局親身になって教えて貰えた、といった事が過去に何度もあった。
あの子爵も絆されるとは、娘は天性の人誑しか。
その年は娘のお陰もあり、例年の法律相談以上に子爵と会うことが増えた。大半は仕事だが、あの忙しい子爵が一度娘に屋敷に招かれ、家族と一緒に夕食会になった時は驚いた。
殿下の事で落ち込んでいた娘は、子爵に叱咤されて一皮剥け、押しの弱さが影を潜めて逞しさが出てきた。いい傾向だ。そこから娘は自分で殿下の動向を積極的に調べ始め、婚約者への贈り物を質に流し、得たお金の一部を競馬場の賭け事で散財している事を私も協力して突き止めた。
眼鏡は殿下と一緒に遊んでいるらしい。大男は護衛に徹している。優男は殿下達と行動を共にせず彼女と王都でデート三昧。殿下より彼女を優先する側近ってどうなのか。
残りの金の用途は凡そ見当が付いたので、娘には残りの調査から手を引かせた。あとは調査の伝手が無い場所だったので、私から子爵にお願いして手を貸して貰った。
予想通り、殿下と眼鏡は色町で派手に遊んでいると判明。
外で種を蒔いてないとはいえ、色町はいただけない。
調査できるのはここまでかと思ったら、予想以上に子爵の手の者は腕利きらしく、色町での動向まで調べてくれた。
最初は高級店を渡り歩いていたが、店側に「教養も話術もない猿」と看做された2人は高級店から追い出され始め、最後に行きついた店でも金蔓扱い、だと。
一方大男はいつも色町の外で2人を待っているらしい。あそこは自警団もいるし明らかに護衛と分かる奴は色町側が入れさせないだろう。
競馬場までの内容は娘に報告書へ纏めさせ、卒業パーティーの後にでも殿下に叩きつけろと指示した。
その後の事は私が子爵の調査結果を纏めていたある日、商務省で子爵が急ぎで面会を求めて来た。私が副官含めて人払いすると、子爵は黙って1枚の書面を私の前に出す。何も口に出すなってことか。
書面に目を落とすと、驚愕の内容が記載されていた。要約すると
・殿下を調査中、手の者が、明らかに腕利きの別系統の諜報員を5人程発見。手の者を追加し、その別系統の諜報員の調査に充てる
・その別系統の諜報員は直接的な殿下への関与はしていないが、殿下に近づく人を尾行追跡し、素性を確認している模様
・また一部の諜報員は、王宮方面と行き来していることがある
――これ、どう見ても殿下の裏の護衛だろう。
探られる奴らが下手なのか、子爵の手の者が超優秀なのか、どちらだ。
第二王子の動向を王家も把握しているという訳だな。
子爵はハンドサインで書面を差し上げると示すので、書面を自分の鞄に仕舞うと子爵は礼をして去って行った。
書面に子爵の事は書いてないから、私が調べた事にして使えという事だな。
娘は卒業パーティーに子爵を招待し、パーティー後に子爵の協力で殿下を糾弾する手筈を整えていたが、まさかのパーティー中に殿下が子爵を呼出し糾弾。
子爵は殿下を返り討ちにし、ついでにその場で娘が殿下の所業を糾弾したが、返り討ちの過程で子爵が自ら当主だと公衆の面前で証明せざるを得なくなった。
子爵家乗っ取り犯を拘束する様に裏で動いていたのは驚いたが、殿下のせいで子爵が別の窮地に立たされてしまったのは割に合わない。
これは私にも責任がある。帰って家族と相談しなければ。
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リーベル伯爵による子爵家乗っ取り容疑の件で、翌日緊急閣議が招集され私も王宮に向かった。
通常なら陛下を捜査の最高責任者に置くが、リーベル伯爵は学院時代からの国王陛下の友人だった筈だ。今回は陛下を捜査の最高責任者に置くと忖度が働く可能性がある。皆それは避けるだろう。
今回の緊急閣議は案の定、王太子殿下の下で開催され、メンバーは殿下の他は宰相、各省長官、各騎士団長。殿下が最初から陛下を含めなかったか。
結局、捜査責任者を王太子殿下、宰相を補佐とすることに決定。2日後に関係省庁の長官を招集して子爵からの聞き取りを行うと通達があり、そこで緊急閣議は解散となった。
聞き取りの場で子爵から語られた内容は衝撃だった。あの初対面の7~8歳当時で、これだけの物を抱えていたのか。横を見ると貴族省長官も同じ事を思ったのだろう、真っ青になっている。
当時聞いた状況は実際とは違っていたが、当時彼女が正直に話した所で、彼女の証言だけでは裏付けが十分に取れなかった筈だ。結局立件できず、子供だからと周囲の大人から宥めすかして誤魔化そうとされた可能性は高い。そうして彼女は保護観察下に置かれ、伯爵が立てた当主代理が成果を出し、領が乗っ取られる――当時から非常に聡明だった彼女なら、そこまで想定した筈だ。
伯爵の乗っ取りの事や家族の惨殺の件は伏せ、自分の身を隠しながら当主として実績を積み、着々と伯爵を告発する準備を整える――血筋と領地を守るための、当時の彼女が取れる恐らく唯一の方法だっただろう。それを考えついたのも実行できたのも、彼女の非凡な聡明さと忍耐力、実行力の賜物だ。
一体どんな教育をすれば、7~8歳であんなに領地経営や事業経営に卓越した子供ができるのだろうか。興味はあるが子爵もそれは語らないだろう。
本人に何か非常な覚悟が無いと、どんな教育をしても彼女の様にはならない。
そこに土足で踏み入ってはいけない。そんな気がする。
子爵への聞き取り後、私と子爵だけ部屋に残ると子爵が目配せする。何か内密の話があるのか。
「これを。」と、子爵が私の手にこっそりメモを握らせてくる。一瞥して中身を目に焼き付けたらすぐ懐に仕舞い、一瞬目を閉じて内容を反芻する。
――妊娠初期の女を保護しました――
・・・またこれは、とんでもない爆弾を持ってきたな。
「これも(向こうは知っているのか)?」
「(知っている可能性は)あり得ます。」
この話題はこれで打ち切り、後は普通に子爵と話す。
この1年、娘に目を掛けてくれた事に感謝を述べたら、目を掛けた理由がまさか学院生が羨ましくて、とは・・・そうだ、まだ子爵は16歳だった。人並みに学院生活を楽しんでもいい年頃だ。
学院に通えば、子爵には有象無象の社交を断る口実もできる。何より本人は内心学院生活に憧れがあるようだ。
今の子爵の窮地には私にも責任がある。ここは娘への叱咤のお返しに、本人の学院に通いたい気持ちを煽っておこう。
王太子殿下が戻り、第二王子殿下の処罰と補償の話――だと思ったら、まだ何も決まってないとは。
私はまだいい。子爵とも事前に話したが、これはまだ想定内だ。
だが子爵の方は駄目だろう。子爵は現在進行形で窮地の只中にいる。気付いていないのか?
そういえば、先程の聞き取りの最後に殿下は呑気な事を言っていた。子爵は謝意を述べていたが、あれは内心、相当怒っていたはずだ。
子爵に目配せし遠慮なく行けと促す。子爵は金銭補償を要求。当然だ。
領地加増とか昇爵とかされても、火に油を注ぐだけだしな。
子爵の要求が終わり、今度は私の番だ。
問題は、王族内で意見がどう割れているかだ。これが分かれば、裏の護衛から得た情報を誰が握り潰しているかがわかる。十中八九、陛下だろうとは思う。
殿下を問い詰めると、厳罰に賛成は王太子と第二王女。反対は陛下と王妃。ということは、情報を握り潰しているのはやはり陛下で、王太子と第二王女はそもそも競馬場以降の愚行を知らないと見た。
厳罰を求める私としては、この王族の割れ方は分が悪い。であれば王太子に武器を渡して引っくり返して貰うしかない。
私と娘の合作の報告書を提出し、殿下に読むよう促す。
報告書の最後の頁は、先日子爵から貰ったあれだ。
4枚目以降を読む殿下の顔は蒼白だ。やはり知らなかったか。8枚目に到達すると手が震えている。これで、陛下が知っていてわざと情報を止めていたことも知った。
これで同じ認識に立てた。ここが交渉のスタートライン。
人払いをして貰い、殿下と交渉開始だ。
子爵もここで退出していく。
「ちなみに王太子殿下が挙げていた処分内容は何ですか?」
「アレクシア嬢との婚約の白紙化と、3年間の再教育、それから辺境に近い王領での開拓作業を5年間、といった所だ。ツィツィーリエもそう変わらない。」
婚約白紙はともかく、他はまだ甘いと思う。
「恐らく、陛下は婚約白紙以外には反対しなかったでしょう。王妃殿下は開拓作業にも反対したと思いますがね。それで、婚約白紙ではなく解消とか婚姻延期とか、そういった方向で妥協点を探っていた。違いますか?」
「・・・その通りだ。私と妹は婚約白紙は必須だと思っているが、陛下も王妃も頑として頷かなかった。」
溜息をついて、私の認識を話す。
「私から言わせれば、婚約白紙以外の処分案も甘すぎます。こんな程度でエドゥアルト殿下が矯正できるなら、娘や元側近達は苦労していません。処分中にまたエドゥアルト殿下が本領を発揮して王都へ逃げた時、今度は誰の首が物理的に飛ぶのでしょうね?」
「・・・」
その甘さが王家に仕える者達を犠牲にするのだ。
王家の者にはそれがわからないのか。
あと、もう私にはエドゥアルト殿下に払う敬意は無い。
何も言い返さないならこれで通させて貰う。
「今の殿下なら分かる筈です。黙っていればあの4枚目以降の事はわからないと考えた陛下は、適当な処分で誤魔化した後でエドゥアルト殿下を私と娘に押し付ける積りです。婚約解消に頷くはずがありません。」
「・・・そうだな。」
ここでもう一つ、釘を刺しておこうか。
「ちなみに、先程報告書を読んでいる間、私が子爵に残って貰っていた理由、殿下には分かりますか?」
「・・・子爵もこの内容は知っているという事だろう。」
「ええ、私が事前に教えました。娘も世話になりましたしね。しかし、これだけの内容です。起点が一つと二つでどう違うと思いますか?」
「!!!」
軽い処分になったら、王家の醜聞が広まるぞ、と釘を刺す。
しかも、私の家は社交界で、子爵は市井で、だ。
子爵は同席せずに全部私に任せるつもりだったらしい。しかし、子爵がこの内容を事前に知っている理由があった方がいい事と、軽い処分が出た時に子爵に市井で噂を広めて欲しいと思ったので、事前にこの案で子爵にお願いした。
「・・・侯爵の要求は何だ。」
漸く、条件闘争に入れるな。
懐から封筒を出して差し出し、殿下が確認する。
こちらからの要求は以下の通り。
一、エドゥアルト殿下とアレクシアの婚約白紙。
一、アレクシアが仕えていた期間に対する金銭補償。
一、アレクシアおよび当家が被った物理的、精神的被害に対する損害賠償。当家の物理的被害には、本件に係る調査費用、複数の服飾店との訴訟費用および補償に係る費用も含む。
なお、アレクシアの更なる婚約の斡旋は不要。
第二王子の質流しの件は、娘だけではなく私や妻、息子達や、領地に居る弟夫婦にまで影響が及んだ。今では誤解は解けたが、一時期出入禁止にまでされた店もあったくらいだ。訴訟も起こされたし、火消しに多額の費用が掛かった。
「婚約さえ白紙に戻して頂ければ、殿下の処分は王家の問題です。私から口を出しませんが、国民の王家への信頼や、仕えている方々の命運がどうなるかは王家次第です。しかし、補償や損害賠償は違います。後程、具体的な算定書をお送り致しますよ。」
「・・・了解した。最大限努力する。」
最大限、努力? 何を言っている。
「最低条件です。譲れません。・・・仕方ないですな。今一つ頼りない殿下にもう一つ武器を貸します。紙とペンをお願いできますか?」
「・・・わかった。ちょっと待て。」
殿下に机から紙とペンを持って来させる。
私はそれにあのメッセージを書き、殿下に渡す。
殿下は一瞥し、慌ててそれを懐に仕舞う。
「・・・どこに。」
「手の者が匿っています。家族はそれの存在すら知りません。」
当たり前だ。私もここでつい先程知ったのだ。
それでも万一の際の責任は私が取る。
子爵に負担を掛けてはいけない。
「・・・確かなのか。」
「まあ、可能性の問題です。」
私の予想通りなら、あの店のお気に入りだろう。
だが具体的な事はまだ私も知らない。
だからそうとしか答えられない。
「言っておきますが、それは最終手段ですよ。いきなりカードを切らないで下さいね。で、それなら、もぎ取れそうですか?」
「・・・必ず。」
「では、いいでしょう。良い報告をお待ちしています。」
手は尽くした。甚だ遺憾だが、後はこの頼りない殿下頼みだ。
「・・・しかし、流石に俊英と言われた侯爵だ。容赦無いな。」
肩を竦めておく。
私など、子爵に比べれば雛鳥だよ。
勘違いしている殿下には言わないがね。
領地持ち貴族の継子なのに、際立った優秀さで国政に引っ張られた人。
ただ長く役所に居たので、交渉事や机上の問題対処は得意ですが
噂を拾う流す等の諜報系の事には疎かったのです。
その辺りを学び、交渉人としての手腕に磨きが掛かりました。
次話は閑話を一つ入れて、メインの話はその次から。