11 王太子殿下に現実を突き付けました
王太子殿下と他の長官が退出し、バーデンフェルト侯爵と二人になりました。
とはいえ壁際に侍従が数人控えて居るので、下手なことは言えませんね。侯爵に目配せし、小声で言葉も最小限で会話します。
「これを。」
そう言って、侯爵に小さいメモをこっそり渡します。侯爵は受け取ると一瞥し、すぐ懐に仕舞います。中身は一文しか記載していないので、これで充分です。
あとは侯爵が上手く使うでしょう。
「これも?」
「あり得ます。」
「普通に(話そう)。
子爵、娘の友人になって、目を掛けてくれて本当にありがとう。
この1年の娘の話題は7割が子爵絡みだったよ。」
「初対面の私を師と仰ぎ平身低頭になるので、居たたまれなくなりまして。」
「ああ、娘は小さい頃から、尊敬できるとか学びたいと思った相手にはとことん素直になってしまう傾向があった。過去の家庭教師達は娘に絆されたが、素直になり過ぎる娘を心配していた。
子爵も絆されたか。娘はある意味人誑しかも知れん。平身低頭とはまた極端だが。子爵は余程懐かれたな。」
絆されたとか、懐かれたとか・・・思い当たる節が無い訳ではありません。
「・・・そうかもしれません。ただ、そういう極端に走らなければ、見所のある人には年下でも頭を下げて教えを乞うという彼女の姿勢は、私はいいなと思えました。
拝まれる位なら、いっそ友人関係くらいの気安さがいいと思いました。
あと――貴族令嬢として普通に学院に通っておられる方々の、その・・・」
「ああ、あの環境で培われた近い年代同士の関係が、羨ましくなりましたか。」
ちょっと顔が赤くなるのを察した侯爵が、的確に表現します。
思わず目を逸らしてしまいます。
「なら、子爵も2年から学院に通えばいいじゃないですか。」
「えっ?」
素で驚いてしまって、思わず声を上げてしまいました。
「子爵が学院に籍を置いたのは、伯爵をおびき出すため。通っていないのは、カリキュラムが貴女には既に実践している内容だから。
だから伯爵が捕まってしまえば、学院の籍を抜こう、なんて考えていませんでした?
まして誰かのせいで、今の状況です。」
・・・返す言葉がありません。
「でもね、大人になる前の、学院の中で培う友人関係は貴重ですよ。
学院を出たら強制的に大人にされてしまうので、学院を出てからそんな関係を築こうと思っても、できるものではありません。
既に当主であられる子爵だって同じですよ。人より早く大人に成らざるを得なかったのは理解できます。
でもまだ貴女は16歳です。少しくらい、学院生活を楽しむ時間を持っても許される年齢ですよ。」
でも、当主としての仕事もありますし・・・
そう思う私を読み取ったかのように侯爵は続けます。
「7年も当主として奔走されたのです。部下の皆さんも成長しているでしょう。乗っ取りの件も片付きそうです。それ位の余裕はできるのではないでしょうか。
あとは、子爵がどうしたいかですよ。
娘を焚きつけた言葉、お返しします。」
――参りました。
「・・・そうですね。領に帰ってから、皆と相談してみます。」
「それがいいでしょう。もし学院に通うことになったら、教えてくれますか。その前に子爵に引き合わせたいのが居ますので、招待状を送りますよ。」
「わかりました。その時はお知らせします。」
引き合わせたい? 誰でしょうね。
「娘も学院の講義とか、あの事とか、色々お礼をさせて欲しいと言っていてね。そっちは近いうちに招待が行くと思うので、よろしく頼む。」
「そちらは必ず御受けしますので、アレクシア様に宜しくお願いします。」
返答をしている最中に王太子殿下が戻ってきたのを確認しました。
礼をして出迎え致します。
殿下が席について、早速始めます。
「侯爵、子爵。待たせた。察しはついていると思うが、エドゥアルトの件だ。
昔から怠け癖については指摘を受けていて、侯爵も娘から聞いていよう。
それに加え、アレクシア嬢と碌に交流をせず、金を使い込み、あまつさえ競馬場で遊び惚けていたとは。
現在、エドゥアルトは自室で謹慎させている。
今後の事はまだ決まっていないが、この度の事、瑕疵はエドゥアルトにある。それを踏まえて処分を検討中だ。本来ならもう決定して、本日内容をお伝えする予定だったのだが、内部の意見が割れていて調整が難航している。
侯爵、アレクシア嬢に傷がつかない様に最大限配慮する。この様な回答で申し訳ない。
子爵、先日の子爵に対する侮辱、いずれ本人にも謝罪させる。だが、まずは王家を代表して私から謝罪したい。」
・・・呆れました。
殿下の謹慎は当然として、処分と補償についてはまさかのゼロ回答です。
それでも侯爵の方は、ゼロ回答もまだ想定の範囲内です。
私の方は具体的な損害があります。
殿下を返り討ちにした代価は、別の方向で私を窮地に追い込んでいるのですが、王太子殿下は気付いてないでしょう。先程ご自分で仰っていましたよ?
侯爵と目配せを交わし、先に私の方から片付けるよう促されます。
「王太子殿下、恐れながら申し上げます。
先日の件、私が如何なる損害を被ったか、認識されておられるでしょうか。」
「損害?・・・!! 本来明かさなくて良かった、当主の証明・・・。」
エドゥアルト殿下よりはかなり頭が回るようです。
「ええ、その通りでございます。
元々、時間を掛けて子爵家を支えてくれる婚約者を選定してから、じっくりと社交に出ていく予定でした。
それが今や、婚約者も後ろ盾もいない、与し易そうな小娘の当主である事が大勢の人に知れ渡ってしまい、社交界注目の草刈り場となっています。
既に王都で滞在する宿に、釣書も夜会の招待状も、山が出来るほどです。
あまつさえ数家の高位貴族からプライベートな招待状さえ届いております。」
プライベートな招待状・・・高位貴族家からのお茶会の誘いですが、間違いなく、後継ぎ以外の子息との顔合わせがセットになっているでしょう。
そして当主自ら、その子息との婚約を強要してくるはずです。
王太子殿下は蒼白になっています。それによって何が起きるか。そこまで王太子殿下も分かっているのでしょう。
王家によって別の窮地に追い込まれているのです。
こういう顔は誰かとそっくりになりますね。
「お陰で、善意の高位貴族家の後ろ盾を早急に探さないといけません。
代価として、継子ではない子息を婚約者として受け入れることになるでしょう。お陰で全ての予定が狂ってしまいました。」
「も、申し訳ない! では私の後ろ盾は・・・」
「例の殿下とセットにされても困りますので、ご遠慮致します。」
皆まで言わせません。
「・・・愚弟の事があった後でこれだ。私の信用も無いか。せめて、王家からの補償について最大限考慮させて欲しい。
領地や爵位などは不要という事だったな。」
「ええ、斯様な物を頂いても手に余りますので、御考慮頂きたく。」
「・・・了解した。」
言いたい事は言えましたので、殿下に礼をし、侯爵に後を譲ります。
王太子殿下、ここからが本番です。
「王太子殿下、単刀直入にお聞きします。今回の件、厳しい処分に反対しているのは、国王陛下ですか?」
これはまだ探りの質問です。
王太子殿下は目を逸らして答えます。
「・・・義母上も、だ。私とツィツィーリエは厳しい処分を要求している。」
ツィツィーリエ殿下というのは、王太子殿下の4歳下の第二王女です。
国内の侯爵家に降嫁する予定でしたが、婚約者だった御嫡男の方が御成婚直前で病気により急逝されました。新たな婚約者を選定中ですが、難航中です。
第一王女ベアトリクス様は王太子殿下の2歳下で、既に国外へ嫁いでおられます。
ちなみに現王妃様の御子は第二王子殿下だけです。
前の妃様はツィツィーリエ様をお産みになられた際にお亡くなりになってしまいました。
侯爵が続けます。
「では、殿下を多少は信用して良いらしいですな。――こちらを、ご覧いただけますか。」
侯爵が書類鞄から封筒を一つ侍従に渡し、侍従から王太子殿下に渡ります。
王太子殿下がそれを開け、中身のレポートを取り出します。1枚、2枚と読み進めていきますが、4枚目を見た瞬間に蒼白になります。
こんなシチュエーション、最近何処かでありませんでしたかしら。ふふふ。
レポートの3枚目までが、アレクシア様がまとめた競馬場の話です。4枚目以降は侯爵が作成しましたが、情報の出所はほぼ、私の手の者から。そこに目を通している王太子殿下は「あの、馬鹿・・・」と呟きます。
殿下は目を通しながら、ちらちらと侯爵の怒り具合を確認しているようです。7枚目まではまだまだ前座。侯爵は涼しい顔です。
しかし問題は最後の8枚目。
殿下がそこに目を通した時、殿下の血の気が引いていくのがわかります。
侯爵が口を開きます。
「さて、殿下。私が納得していないことはお分かりだと思います。
こちらの要望は・・・」
「人払いは良いのでしょうか。」
「おっと、そうだった。王太子殿下、人払いをお願い致します。」
危うい所で、私から侯爵に人払いを提案します。
私も一緒に出ていき、このまま失礼させてもらいましょう。
殿下と侯爵に挨拶をし、侍従達と合わせて退室します。
「殿下、私はこのまま失礼致します。侯爵、またご連絡致します。」
「子爵、済まなかった。」
「宜しく頼む。」
最後の止めはきっちり、宜しくお願いします、侯爵。
プライベートな招待状 =
主人公が断り切れないような、高位貴族のお茶会ご招待
+
後継ぎ以外の子息との顔合わせ
+
高位貴族当主による、子息との婚約の強要
使えない盆暗子息を押し付けられるなら、まだマシな方。
相手が優秀なら妊娠・出産・子育ての間に実権を奪われてしまう危険性大。
フルコンボを食らうと良くて高位貴族家の分家扱い、最悪乗っ取り。
主人公の子爵家にとって何もメリットがありません。
第二王子が吹っ掛けてきた喧嘩を跳ねのけたら
更に悪い状況を引き寄せてしまったというジレンマ。
6話でパーティー終了後逃げ帰ったのはこういう理由。
最初の侯爵との会話と、提出したレポートのネタバレは次回にて。