10 行方不明の経緯を明かしました
話の区切りの都合上、いつもより長文です。
「全員重装備の一団だと・・・。」
「そんな野盗いる訳が無い・・・。」
御歴々の皆様がざわつきます。
「我々は、先代と祖父母、私の他は、使用人が6人程でした。もう護衛を雇う余裕は無かったのですが、野盗の被害地域から大分外れますので大丈夫だろうと思っていたのです。
そんな我々を襲ってきた集団は、武装も統制が取れた様子も、明らかに野盗とは思えませんでした。
彼らは私達全員を一箇所に集め、その中から子供の私を引っ張り出し、私を盾に先代や祖父母に何かを交渉、というか脅していました。
すると、先代が脅しをしていたリーダーと思われる男に突然掴みかかり、二人は揉み合いになって――先代は、殺されました。
私は先代に駆け寄ろうとしましたが、リーダーの男が全員を殺すよう指示したため、祖父が私を抱きかかえて走り出し、すぐに追手が迫ると祖父は私一人を逃がしました。
――そこから、何処をどう逃げたか、憶えていません。」
「・・・その、リーダーの男の特徴などは覚えているかな。」
軍務省長官が訊いてきます。
「右頬に三日月の形の傷跡がある、青い瞳と赤い短髪で目つきの鋭い男でした。特徴的なので、傭兵団の交渉の時にその駐屯地に居たのを覚えています。
確か、周りにはゲオルグと呼ばれていたと思います。」
「軍務省長官、伯爵領から傭兵雇用と野盗討伐の申請書が出ているはずだ。恐らくどの傭兵団を使ったかも申請書にあるだろう。その傭兵団に、その男が居るかどうか確認してくれ、」
「了解しました。」
王太子殿下が指示をしているのを聞きながら、見つからないだろうと思いました。
ゲオルグ。私が長年追っている、あいつ。
「王太子殿下、お願いがございます。――少しだけ、人払いを。」
「侍従達を下がらせればよいか?」
「ええ、それでお願いします。」
私の求めに応じ、王太子殿下が指示をして人払いをしてくれました。
人払いが終わったのを確認して、話を続けます。
「――気付いたら、薄暗い部屋でベッドに寝かされていました。
後で聞いたところ、川を流されていた所を領民が見つけてくれて、医者に担ぎこんだそうです。ただ、大きな刀傷があり、川を流されたせいで体も冷え切っており、かなり危ない状態だったようです。」
「刀傷?・・・人払いの理由はこれか。」
王太子殿下が傷の事を気にしています。
「ええ、背中を右肩から左腰まで斜めに。逃げている最中に斬られたと思うのですが、必死で逃げていたせいか、斬られた時のことはまるで覚えていません。
医者の腕が良かったのか、今は普通に動く分には影響はあまりありません。ただ跡は残ってしまいまして、背中の開いた衣装は着られなくなりました。」
「そうか・・・。皆の者、名誉のためだ。傷の事はこの部屋から出すな。」
王太子以外の全員が頷きます。
「続けてくれ。」
「はい。先代と一緒に領地をあちこち回っていたため、私の顔は知られていました。普通なら、私がそんな状態で見つかったら、すぐに領主か関係者に知らせに行く所ですが・・・。
その頃、突然リーベル伯爵が兵を率いて子爵領に入り、領主館を占拠したのです。子爵と家族が野盗集団に襲われ行方不明なので、隣接する領の混乱を抑えるために来た、という名目だったそうです。」
「タイミングを計ったかのような行動だな。」
王太子殿下が呟き、周りの長官たちも頷きます。
「ええ、そんな状況で、領主の娘が大きな刀傷を負って倒れているのです。伯爵に知られても良い結果にならないと、診療所の屋根裏に匿われました。
実際数日後に、領主の娘を探していると言う、随分と物々しい集団がやって来たそうです。どうも、医者が注文していた薬の内容を嗅ぎつけられたようでした。
幸いその時は、村の人の機転で難を逃れました。
先代と祖父母が私を連れて何年も領内を回って、領民の皆さんと一緒に頑張ってきたから、こうして助かったと今でも思っています。
伯爵の方は子爵領を治めているという既成事実を作ることで、子爵領の乗っ取りを図ったのでしょう。しかし伯爵は、領内の問題の解決策を検討したり領民に協力を依頼したりする事無く、兵の力を背景にただ一方的に命令するというやり方だったようです。」
「だが、国境警備の任のある辺境侯ならともかく、伯爵では私兵の所持は禁止しているはずだがな。」
私の話で、伯爵が兵を率いていることに軍務省長官が疑問を呈します。
「ええ、恐らく野盗討伐の活動の一環という名目で、傭兵団を子爵領に連れて来たのでしょう。ただ伯爵が今までの子爵家と全く違う統治姿勢だったので、領政補佐等や領民からも拒否され、頭にきて兵で脅すと口走ったのだと思います。
傭兵団の方も、伯爵の私兵扱いされたことに怒ったのでしょう。
伯爵に連れられ領主館に来てから数日で、討伐が終わったからと、伯爵が止めるのも聞かずに領主館を去っていったようです。
伯爵は、子爵領の統治という既成事実を築き上げるのは、その時点では無理だと判断したのでしょう。自分の末弟、私の父エーベルトを呼び寄せて、子爵家の当主代理として領主館に置き、伯爵領に帰っていったそうです。」
「伯爵が来てから去っていくまで、どのくらいの期間があった?」
王太子殿下が質問します。
「長く見ても、1か月に満たなかったはずです。
私は、1週間以上は意識が朦朧としていたようですし、意識が戻っても2カ月はベッドから動けませんでした。伯爵が去った話は、意識が戻ってからは割と早いうちに聞いたと思います。」
「それでは、伯爵が子爵領の領主館を占拠した事は、こちら側の記録に無い可能性が高いな。恐らく既成事実を作ってから報告書を出す積りだっただろう。当てが外れて、エーベルトの名で当主代理就任と経緯の説明の報告書が挙がっている、といったところか。
念のため、軍務省・貴族省の双方で、当時の記録を当たってくれ。」
「「了解しました。」」
王太子殿下の指示に、それぞれの長官が応諾します。
「子爵、私は愚弟とは違って貴族名鑑は毎年必ず確認している。 毎回所在確認中との注釈付きで、其方が当主との記載が7年前からあった。
当主代理エーベルトの名もあったが、一体どういうからくりで其方が当主として貴族名鑑に登録されることになったか教えてくれぬか。」
やはり、そこは訊かれますよね。
王太子殿下の質問に答えましょう。
「端的に言うと、父エーベルトはただ領主館に居ただけです。
領地経営は何もしなかった、という事に尽きます。
領政補佐や文官達には、報告書は例年通りあげるように言うだけで、領の問題を聞き解決する様なことは何もしておりませんでした。私はベッドから起きられるようになってから、彼等に手紙で連絡を取り始め、そのような状況を知りました。
私の存在を父に知られると、また伯爵から狙われる可能性がありましたので、私の事を秘密にしたまま表向きは当主代理を立て職務に当たってもらい、何かあったら私に連絡をするようお願いしました。
ただ、貴族名鑑の記載更新の締め切り前に手を打たないといけない、と思って、急いで王都へ行って貴族省長官に面会申請を出しました。」
「ええ、あの時のことはよく覚えています。申請によると、貴族家の女性が当主就任について相談のため面会したいという話でしたので、私が長官室で直接面会することにしました。
当日、車椅子に乗った小さなレディが入ってきて驚きました。」
貴族院長官が目を細めて答えてくれます。
「当時はまだ歩行訓練すらままならず、使用人の手を借りなければ何もできませんでしたけど、急ぐ理由があったのです。
掌紋認証で私個人の証明は何とかなりますが、更に『当主であると認めてもらう事』、『リーベル伯含む他貴族家から当分の間身を隠すこと』の2点を両立する必要があったのです。
リーベル伯の乗っ取りの件は、当時は形に残る証拠が無く、また私もまだ8歳でしたから訴えてもまともに聞いてもらえず、証明することも困難だと当時は思いました。
そのためその件は伏せたまま、『先代と先々代夫婦(祖父母)が事故で亡くなり、私は大怪我をしたが助かった』、『その前後、結婚当初から別居中だった先代の入り婿が突如として領主館を占拠し、当主代理を名乗っている』、『当主代理は私の生存を知れば、自分を取り込みまたは排除する可能性がある』ということにして
・自分が当主として認められるには何をすべきかの要件確認
・要件を満たしつつ、代理や他貴族家から身を隠したままにするための方策はないか
の2点について長官と相談しました。」
「嘘ではないな。というか、納得されやすい内容に絞ったわけだ。」
王太子殿下の理解が早いです。弟殿下と大違いですね。
「はい、その通りです。
両方を満たす要件として、長官から提示されたことは4つです。
・年次決算報告や納税処理等、領地貴族家当主としての義務を果たすこと(義務以外の目に見える成果があるとなおよい)
・それらの報告書を、王都で貴族院に直接提出すること
・報告に関して、提出の際に担当者からの具体的質問や相談にその場で自分で答えること
・貴族省が直接連絡を取れる窓口を設けること
これらができるなら、
・貴族名鑑に当主と記載する年次記載証明を直接渡す事
・貴族名鑑上では『所在確認中』として実際の所在地を暈す
・貴族省内で窓口を管理する担当を限定し、担当外や省外には
王族・高位貴族家であっても絶対に漏らさない事
以上は約束できます、と伺いました。
これを満たせば3~5年程度は時間稼ぎができるかも、という話でしたが、私の優先順位はまず当主として一旦は認められる事と、私が十分な実力を身に付けるための時間が必要だったので、それでいきましょう、という事にしました。」
王太子殿下が疑問を呈します。
「名鑑に『所在確認中』と記載するのは、継子ないし血統保持者が当主や家族から虐待を受けていて、貴族省が秘密裏に保護し家族と隔離した場合などに適用する記載ではなかったか。」
貴族省長官が答えます。
「ええ、一般的な用途は殿下のおっしゃる通りです。
しかし必要に応じ貴族省が血統保持者を不当な圧力から保護する事は法律に明記されていても、名鑑に明確に所在を記載すると元の家族に連れ戻されてしまい、再度虐待に遭う可能性がある為に考えられた処置です。
子爵の様に当主にその記載を適用したのは初めてですが
・子爵を当主代理に預けても良い結果にならないと思われたこと
・既に領地経営に関わっていることが読み取れたこと
・当時は領地経営以外の部分、特に貴族家間の社交や交渉事に対する経験が浅く、所在を明確にしてしまうと百戦錬磨の他貴族家から身を守るのが困難と想定されたこと
と言った点を考慮し、提案をしました。」
「まあ、それもそうか。8歳の女性子爵当主がいきなり出現すると他貴族家の食い物にされかねんな。領地経営で問題無ければ、他の面の実力をつけるまで隠すのは当然だろう。」
現在も私が窮地にあること、王太子殿下は気付いているでしょうか。
「もし子爵が当時領地経営に関わっていなかったら、そのまま王都で保護観察に置いて成人まで教育し、その間当主代理に領地を任せてみて、教育の成果と当主代理の能力を比べて判断する、という事になっていただろうな。」
王太子殿下の想定に、私から答えます。
「ええ、そして保護観察下に置かれてしまったら、裏からリーベル伯が助力して成果を出させ、正式に代理が取れてから乗っ取られる事は想像できました。防ぐには、最初から当主として認めて頂くしかない、と思ったのです。」
「・・・8歳で既にそこまで考えて・・・。
いや、いい。続けよう。子爵、それ以降、リーベル伯から領の方へ何か圧力などはあったか。」
「いえ、殿下、当主代理として自分の弟が立ったためか、通行料等の直接的圧力は綺麗に止まりましたが、今度は領政補佐や文官達を取り込もうと、伯爵領の文官達が何度もやって来ました。
私は陰から領政補佐をサポートして彼らを排除しました。
具体的には、各地域の運営について彼らが申し出た協力を断らせたり、領内の視察も、機密事項が多いため他領の方の視察は許可しないと拒否し、挙句は勝手に視察する方も出ましたが、自警団を使って追い払いました。
何度か繰り返すと諦めたのか、その方面の動きも無くなりました。
最後には、当主代理からの使者と称して、急に資金が必要になった為だとして領の運営資金を提供するよう要求する者が現れました。
本当に当主代理名義の命令書を持っていたので、資金の流れを把握するためにも彼らに要求額の7割程度を持たせて追跡すると、案の定伯爵の元に流れました。
伯爵は競馬場で社交するための元手にしたようで、回数を重ねるたびに要求額がエスカレートしてきました。当主代理の命令という形をとっていたので、毎回領の運営に無理のない金額に減額して渡していましたが、毎回伯爵に流れたことは確認しています。
こちらが、その追跡の証拠をまとめた書類となります。
正直、余りこの手札は切りたくなかったのですが・・・。
確実にリーベル伯を罪に問うために提出させて頂きます。」
書類鞄から机に置いた書面を、王太子殿下に差し出します。
王太子殿下は書面を確認し、記載内容を確認します。
「書面には、貴族省には当主代理の私的使用と報告している事も記載しているが、実際に使者を追跡して伯爵領主まで届けられていることは確認済か。その資金が当時の伯爵領の領政の収支報告には載っていないため、公的な報告に上げられなかったそうだ。
ん? 何回かは、当主代理の妻による私的流用もあるな。
しかし当時伯爵が、競馬場に年数回訪れては高位貴族家に交じって、どの位散財していたかまで調査されている。1回はエーベルトも同道しているが、一切賭け事に興じなかったともな。
我々側で裏付け調査が必要だが、子爵が王都での諜報の手段まで持つとは。
これを知られたくなかった、という事か。」
無言で頷きます。
伯爵の足取りを掴むため、諜報の手を王都まで伸ばしたのがきっかけ、というのが正解ですが、この手段があったからこそ第二王子殿下の行動が把握できたのです。
伯爵を調べていて思わぬ餌がかかったので驚きました。
「そういえば、父上が競馬場のテコ入れをして、今の競馬場の形になったのが、伯爵が金の無心を始めた頃ではなかったか。
子爵に説明すると、競馬場はもともと軍務省で軍馬を育成する部署が育成担当のやる気を維持するために軍馬の教練場で始めたのだが、当時は精々、勝った馬の育成担当を表彰する程度だったのだ。
ただ、競馬場を使って広く資金を調達できる仕組みを作って資金調達を補おうと、この頃に父上が競馬場の改革を始め、今の様にレース順位予想に対する賭け事の胴元を王家が担うことで、大きな資金調達を成功させたのだ。」
王都での伯爵の足取りを調べるために諜報の手を伸ばしたら、競馬場が貴族の娯楽と賭け事の場になっていて驚きました。
「王家として、領地貴族家、特に高位の家の多額の余剰資金を吐き出させる狙いがあったことは否定しない。ただ、子爵の場合については、自領の余剰資金を出したくなかった伯爵が子爵の領を金蔓にしてしまったのだろう。その点は子爵には申し訳無く思う。」
「いえ、辛うじて領の経営に影響が少ない範囲に抑えていましたし、大丈夫です。罪状が確定した暁には、伯爵家から複利を付けて資金で弁済頂けると思っていますのでご心配なく。」
彼らには、損害賠償含めてお金で弁済させてください。
伯爵領からの領地分割による加増とか、あまつさえ昇爵での弁済は要りません、と王太子殿下に釘を刺させてもらいます。
「・・・む、そうか。
ともかく、必要な情報は子爵から得られたと思う。子爵の協力に感謝する。
今回の様に招集することは無いと思うが、再度確認を取りたいことが出てきたらその都度連絡させてほしい。後は子爵に伺った話や提出頂いた書面を元に、こちらで裏付け捜査を行う。
聞き取っただけでもここまでの内容だ、無罪にはならない。
伯爵は供述を拒否しているが、子爵家からの資金略取は確実に罪に問える。乗っ取りもまず間違いないだろう。こちらは伯爵の係累者達も拘束し取り調べることになるだろう。
エーベルトは領の資金の不正流用に加担した可能性が高い。妻の方は罪状は明らかだな。彼等は伯爵と異なり、尋問には素直に応じているらしい。
メラニー嬢やヨーゼフ氏も尋問には素直に応じているが、両名は関わっていない可能性が高い。ただメラニー嬢は連座することを希望しているが、子爵はどう思う。」
殿下に問われますが、恨みはないどころか、私が彼女に責任を感じています。
「直接領政補佐のところに何度も乗り込んで、領の資金を持って行ったアレイダ様――エーベルト氏の妻はともかく、メラニー様は偽襲撃騒ぎの被害者です。実害はないとはいえ、その件で実行犯を泳がせていたことに責任を感じています。
彼女については寛大な御判断をお願いしたく思います。」
「了解した。」
一息置いて、王太子殿下が私を温かい目で見ます。
「最後に子爵。御母堂様や御祖父様、御祖母様の事は御悔み申し上げる。
貴族省長官から提示された内容には譲歩もあったと思うが、当主としては当然の内容のはずだ。だが若干8歳でそこまでできる者は、例え高位家であっても普通は居ない。
私も8歳当時にそれをやれと言われてもできなかったのは間違いない。
そんな中、乗っ取りの脅威を受け、身を隠しながら7年間。ただ当主として認められただけではなく、領地の発展も目覚ましい成果を挙げている。シルクの生産や流通路の開拓など、私も耳にしている。
その様な、他には真似できない様な事を成し遂げてきたのだ。
それは誇って良い。
私は其方に敬意を表したい。」
「ありがとうございます。」
表面上だけは素直に謝意を表明します。
「商務省長官には、バーデンフェルト侯爵として話があるので、この後少し残って頂けるか。子爵にも同席頂きたい。
本日の内容を持ち帰り、各々調査するように。
では、この場は解散とする。
侯爵、子爵。申し訳ないが、準備がある為この部屋で少々お待ち頂きたい。」
殿下が終了を宣言し、執務室を一旦退出されます。
皆で礼をしお見送りした後、バーデンフェルト侯爵を除く皆が退出します。
この後はアレクシア様の件ですね。
私が残るように言われたのは、エドゥアルト殿下についての謝罪でしょう。
ただ、今のうちに侯爵と話をしないといけないことがあります。