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――――仲間が、斃れた。
持てる力を全て使い、それでも届かず、その身体は砂漠に沈んだ。
墓標のように砂漠に突き刺さった青い剱は、仲間の胸部を、JDの命を貫いており、――――サンの生存は絶望的だった。
「……!」
綺麗な碧の瞳を半開きにし、ピクリとも動かないサンの姿を目にしたシオンは、胸の奥から溢れてくる思いに身を任せ、サンに駆け寄りたかった。
そう。
「――――サーーーーーン……!!」
今のバルのように。
サンの名前を大声で叫び、駆け寄って、その身体を強く抱きしめてあげたい。そうシオンも思ったのだ。
「――――」
だが、それはできない。と、シオンは強く現実を見つめた。
倒れた仲間の安否を確認する。それは眼前の敵にとっては、只の隙でしかない。
事実、ここが戦場であることを忘れ、サンの姿しか見ていないバルは、二機のディフューザーに無防備な姿を晒していた。
そんなバルの姿を見て、今、自分がすべきことはサンに駆け寄ることではなく、バルを助けることであると強く考えたシオンは、バルの戦闘を補助しているオールキットに、狙いを定めた。
そして――――
……申し訳ありません、トキヤ様……!
「……!」
心の中でトキヤに謝罪したシオンは、プロキシランス・アルターを放ち、オールキットの制御ユニットと接続ケーブルを一撃で切断し。
「――――」
シオンは頭部が無くなったオールキットのボディを見つめた。
「――――」
そして、シオンは戦場に向かう際にオールキットの余剰スペースに入れて貰ったプロキシランス・アルターを遠隔操作し、――――爆発させた。
すると、その次の瞬間にはオールキットのボディが紫色の光を放ちながら大爆発を起こし、オールキットは辺り一面に爆煙を撒き散らした。
ボディに入っていた小型ミサイルなどの弾薬にも火が付き、激しく爆発するオールキットが発生させた煙の量は凄まじく、砂上を津波のように趨る黒煙は瞬く間にバルを呑み込み、その勢いのまま、サンが倒れている場所まで一気に広がろうとしており――――
その黒煙の広がりに過剰な反応を示すモノ達がいた。
『――――』
無防備なバルの背中を撃とうとしていた二機のディフューザーは煙が発生するや否や煙に巻き込まれないように高度を上げ、サンを貫いた青の剱もまるで魔法の剣のようにフワリと宙に浮き、敵JDのもとへと飛んでいった。
「――――」
そして、青の剱を手にした敵JDも少し後ろに下がり、まだ煙とは距離のある敵大型兵器や他のディフューザーも煙から逃げるように動き始めた。
「……」
何の破壊力も持たないただの煙を恐れる敵の姿を視認したシオンは、ほんの一瞬だけ目を瞑り。
……サン。これは、貴方が見つけてくれたことです。
この敵の弱点を発見したサンに心の中で感謝した。
サンは苦戦していたバルを助ける際に、自分の使っていた走行装備を爆発させ、敵の気を引こうとした。
その瞬間を偶然目にしたシオンは、ディフューザーが爆煙に過剰に反応する瞬間も目にしており、シオンは敵が視界を奪われること、もしくは煙そのものを必要以上に警戒しているのではないかという推測を立てていた。
そして、オールキットのボディが作り出した爆煙が想像以上の効果を発揮したことをサンに感謝しながら、シオンは、次にこの敵と戦う時は、この弱点を攻めて欲しいと、敵の動きをまとめたデータをライズに送り。
「――――っ」
シオンは敵が黒煙を恐れ、攻撃の手を止めている隙に砂漠を駆け、自ら煙の中へと入っていった。
そして、シオンは煙の中で――――
「サン……! お願いだから、返事をしてください……! サン……!」
サンを抱え、まるで人間のように泣き叫ぶバルの姿を目にした。
「……」
そんなバルの人間のような表情を見て、シオンはより一層せめてバルだけは無事に帰還させたいと思い、シオンは自分自身の感情も騙すために、平静を装いながら、バルとサンに近づいていった。
「……」
そして、シオンは、胸を貫かれ、完全に機能を停止しているサンの身体を見て、修理は不可能だと思いながら。
「――――まだ、間に合います」
その口からは真逆の言葉を発した。
「……え?」
「あの敵JDの武器は非常に薄く、鋭利なのが厄介でしたが、そのおかげで、破損が少ないです。これなら人格データの修復も不可能ではないはずです」
「ほ、本当ですか……!?」
バルは今、統合知能に繋がっていないため、正しい情報を入手することができず、シオンのその言葉が真実であると信じた。
「はい。ですが、人間の臓器が損傷した時と同じように、一刻を争うのは間違いないでしょう。ですから、バルはサンを連れて、すぐに基地へ戻ってください。トキヤ様ならきっと、サンを直してくれます」
「え、ええ! わかりました……!」
そして、シオンの言葉に強く頷いたバルは、サンを抱き抱えたまま立ち上がり――――
「……待ってください。シオンは、どうするんですか?」
基地に向かって走り出そうとした直前で、バルはシオンがその場から動こうとしないことに気づき、シオンはこれからどうするつもりなのかと尋ねた。
「私はここに残り戦闘を続けます」
「残って戦闘をって……、一人でですか……!? 無理! 幾らシオンでも無理です! シオン、一緒に逃げましょう! そして、基地で技術屋さん達と一緒に援軍が来るまで耐えきって――――」
「――――バル、言い争いをしている時間はありません。早く基地に向かってください。……貴方は出撃の際にこう言いましたよね。もう何も失いたくない、と。……今すぐ基地に向かえば、サンを失わないで済むかもしれないんです。ですから早く――――」
「――――バルはシオンも失いたくありません……!!」
「……バル」
シオンも一緒に逃げないのなら、てこでも動かない。そんな表情を見せるバルにシオンは心の中で感謝しつつも、バルにどうしても戦線を離脱して貰いたかったシオンは、少し卑怯な手を使うことにした。
「バル、私はこれでもエースクラスのJDです。幾ら敵が強いとはいえ、敵の破壊を考えず、時間稼ぎに徹すれば、十分や二十分耐えることなど容易いのです。そして、援軍のJDが来たら、すぐに撤退します。……私は必ず、破壊されることなく貴方達のもとへ戻ります。バル、――――私を信じてください」
「――――っ」
――――私を信じてください。シオンと深い信頼関係で結ばれているバルは、シオンのその言葉をどうしても否定することができず、表情を歪め。
「……その言い方、ずるいですよ」
バルは暫くの間、悩んでいたが、少しの皮肉を言ってから、サンを抱き直した。
「わかりました、信じました。信じましたからね、シオン! 絶対に生き残ってくださいよ!」
「ええ、約束します」
そして、離脱すると決めたバルはすぐに基地に向かって走り出し、サンとバルを見送ったシオンは。
「……トキヤ様をよろしくお願いします。バル」
JDでも聞き取ることができない、本当に小さな声でそう呟いてから、身体の向きを変えた。
そして、煙が晴れる。
「……」
シオンの目に飛び込んできたのは、大型兵器の上に座る敵JDにその周囲を飛び回る六機のディフューザー。
「……」
そんな絶望的な光景を前にしても、シオンは表情を変えることなく、両手にプロキシランス・アルターを持ち、敵に向かってゆっくりと歩き出した。
――――これが自分の最期の戦いになる。そう考えながら。