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――――アイリスとカロンが敵に攻撃を行っていた場所で爆発を確認。
その直後、砂中より敵大型兵器の出現を確認。そして、その敵大型兵器と入れ替わるように、アイリス搭乗の大型兵器とカロンの姿が現在位置からでは確認できなくなった。
その事から視覚情報だけで状況の把握は不可能と判断。すぐに統合知能を使わない共有通信を利用し、状況の確認を試みようとしたが、既に、シオンとカロンが会話を始めていたため、話に割り込むことはせず、通信を聞くことにした。
『――――カロン、無事ですか!? それに先程、鋼の獅子が攻撃を受けたようですが、アイリス様は……!?』
『……今のところ、カロンは、無事、です。獅子の、大型兵器は、大破したけど、コックピットに損傷は、なさそうだから、アイリスちゃんは、たぶん、大丈夫。きっと、気絶してる、だけ』
『……気絶。……カロン、援護はもう必要ありません。今すぐにアイリス様の救助を。アイリス様の救助を最優先で行ってください』
『あ……、ごめん、なさい。少し、難しい、です。変な、戦艦と、ディフューザー二機の、攻撃を、避けながら、アイリスちゃんを、助けるには、両腕が、使えないと、厳し、くて……』
『……両腕が使えない? カロン、貴方、腕を負傷しているんですか……? 先程、無事だと……』
『機能停止、してないので、無事、です』
『……わかりました。では、カロンは可能な限りディフューザーと正体不明艦を鋼の獅子から遠ざけ、その後、撤退してください。アイリス様の救助は、――――ライズ、貴方に任せます』
『おや、君と一緒に敵JDと絶賛戦闘中の我が身にご指名が掛かるとは思わなかったな。ペルフェクシオン、君はどうして我が身がアイリス氏の救助に適任だと思ったのかな?』
『アイリス様を抱えながら基地に戻る際に、ディフューザーに追われても逃げ切れるのは貴方ぐらいです。それに人命を何よりも尊ぶ貴方のことです。予備の身体を入れた輸送ボックスを最低でも数個はアイリス様を追尾させていたのではないですか?』
『へえ、よくわかってるね。ご明察の通り、確かに我が身の身体の一つは、今、鋼の獅子の側にある。身体を移動すればすぐに救助活動を始めることができるだろうね。ただ……、それが意味することを、君は理解しているのかなペルフェクシオン。我が身がいなくなったら、君は一人でこの敵JDとディフューザーを相手にしなければいけない。……はたして、君一人で勝てるのかな?』
『勝つことは難しいでしょう。ですが、負けるつもりもありません。貴方が戻ってくるまで耐えてみせます』
『うん、頼もしい台詞だ。――――了解、アイリス氏は任された。我が身が戻るまで君が破壊されていないことを祈ってるよ』
「……」
共有通信にて重要な情報を幾つか入手。現在の視覚情報と合わせ、状況を整理する。
狙撃を行っていたカロンは敵大型兵器の攻撃により、両腕を負傷。戦闘継続は不可能であるため、このまま戦線を離脱。
大破した鋼の獅子を操縦していたアイリスは、衝撃で気絶しているだけの可能性が高い。だが、大怪我をしている可能性もゼロではないし、現時点では敵に狙われてはいないが、敵に余裕が出来たらどうなるかわからないため、アイリスの救助は最優先で行われるべきである。
そして、その救助を行うために、敵JDと戦闘中だったライズは今の身体を捨て、鋼の獅子を追尾させていた輸送ボックスの中に入れておいた予備の身体に移動した。
それからライズは迅速に救助活動を行い、鋼の獅子の中から意識を失っているアイリスを引き摺り出し、アイリスを両手に抱えたライズは、走行装備を使って真っ直ぐに基地の方へと向かっていった。幸いにも敵はディフューザーを使って二人を追うことはしなかった。
と、ここまでの自軍の行動の間にイレギュラーな事態が起きることはなく、アイリス、カロン、ライズは戦線を無事に離脱することが出来た。けど、本当の問題はここから先である。……半減した戦力で敵とどう戦うべきか。
敵の戦力は、JD一人とディフューザー四機、それに追加されたディフューザー二機と潜水艦のような形をした大型兵器。
敵大型兵器は先程までカロンを追って戦場から離れていたが、カロンを追うことを諦めたのか、現在は戦場に戻ろうとしている。
合計六機になったディフューザーの動きは次の通り。
一機のディフューザーは戦場全域を飛び回り、時々、機銃を砂漠に向けて撃っている。おそらく、ライズの隠していた輸送ボックスを破壊しているのだろう。
二機のディフューザーは自分とバルとの戦闘を継続中。
残りの三機はシオンと戦闘中。シオンも流石に三機のディフューザーと敵JDを同時に相手をするのは難しいと判断したのだろう。シオンは敵JDと可能な限り距離を取ってディフューザーとの戦闘に集中している。
そして、最大の脅威である敵JDは、動かなくなったライズの身体を執拗に切り刻んでいるが、その作業を終えた後の行動は全く読めない。
「――――……」
と、そこまで冷静かつ正確に戦況を分析していたサンは、ハッと我に返り。
……んー、ちょっとだけ、マズい、かも?
いつの頃からか自然としなくなっていた、起動したばかりの頃のような機械的な思考を自分が無意識のうちに行っていることに気づいたサンは、自分が今、本当に危機的状況に追い込まれているのだと自覚した。
しかし、昔のように深く考えてもこの絶望的な状況を打開する手段を思い付けなかったサンは、昔の自分ではなく、直感的思考を得意とする今の自分を信じ――――
……そうだ! トキヤに助けて貰おう!
いつも通り、ぱっと思いついた行動をすると決めた。
そう、こちらの戦力が減ったというのなら、増やせばいいだけのこと。トキヤは直接の戦力にはならないが、ジャスパー戦の時のように、JDでは思いつかない戦法を使ってこの窮地をどうにかしてくれると考えたサンはトキヤに連絡をすることにした。
何だ、とっても簡単なことだったなー。と、完璧な解決策をぱっと思いついたサンは、トキヤー! 助けてー! ヘルプミー! と、いつものように、通信で叫ぼうとし。
「……」
叫ぼうとし……。
「……」
叫ぼうとして……。
「……やめた」
サンはトキヤに連絡することをやめた。
「……」
サンは、こんなことを考えてしまったのだ。
もし、自分がトキヤに助けを求められ――――、助けられなかったら、それはどれ程つらいことだろうか、と。
……そんな思い、大事な人にさせたくない。
「……」
そして、サンはトキヤに頼る以外のやり方で勝利を掴む方法はないかと考えながら、碧の瞳を空に向け、装甲爪の機銃を撃ち続けたが。
「――――」
暫くして機銃の弾が切れてしまい、その事を戦闘中のディフューザーに悟られないように回避行動に専念しているふりをしながらサンは、バルとシオンの様子に目を配り。
「――――」
その光景を目にしてしまった。
ディフューザー三機を相手に必死に戦っているシオンの後方に大型兵器が、そして、前方からはライズの身体を微塵切りにした敵JDが迫りつつあるという絶望的な光景を。
「……っ!」
シオンは強い、それは間違いない。だが、三機のディフューザー、正体不明の大型兵器、そして、強力な敵JD。それら全てを相手にしても勝てるかと問われれば――――
「……」
その問いの答えを胸の中で呟いたサンは。
一つの決断をした。
「バルー、ねー、バルー」
そして、サンは、ディフューザーと戦っているうちに最低限の回避行動は出来るようになったバルに笑顔で語りかけ。
「サン――――ちょっと敵JDを倒してくるね!」
サンは、自分がこの戦いを終わらせると宣言した。
「え、サン、今、なんて――――サン……!?」
ディフューザーとの戦闘に一杯一杯でサンの言葉を聞き間違えたと思ったバルがサンに視線を向けると既にサンは、ここの敵はお願い! と叫びながら敵JDに向かって走り出していた。
「――――サン……!?」
そんなサンの予期せぬ行動にシオンも驚き、シオンはすぐにそのサンの無謀な行動を制止するために声を張り上げた。
「サン! 待ってください! そのJDの相手は私が……!」
「サンに任せて! シオンは、そっちのおっきなのをお願い!」
サン、そういうの苦手だからー! と、サンが叫んだ次の瞬間、敵大型兵器がサンに向けて砲撃を放ち――――
「――――」
シオンは敵大型兵器から発射された砲弾に、プロキシランス・アルターを直に当てて撃ち落とした。
「……っ」
そして、その事実からシオンは、敵大型兵器の攻撃に対処できるのはこの場には自分しかおらず、更に三機のディフューザーの猛攻を受け、ジャスパーを倒した切り札を構築する余裕もないこの状況で自分が敵JDとも戦うことは不可能だと認め。
「――――バル! サンの援護を!」
シオンは、サンに全てを託すと決めた。
「バル! サンにディフューザーを近づけさせないで……!」
そして、シオンはサンに敵JDと一騎打ちをさせるために、バルを無視してサンを追おうとしている二機のディフューザーを止めるようにバルに指示を出し。
「ええ! 言われなくても……!」
そのシオンの指示を受ける前からバルはサンを追おうとしているディフューザーに銃撃を放っていたが、この中でバルが一番脅威度が低いと認識していた敵は、バルの攻撃を無視し続けていた。
「っ……! こっちを見なさい……! こっちを見ろぉぉー……!」
だが、バルとオールキットが放つ弾幕の濃さは少し厄介だと考えを改めたのか、二機のディフューザーは急旋回し、バルを攻撃し始めた。
「っ! そうです……! バルを見なさい……!」
そして、バルが二機のディフューザーを引き付け、シオンが三機のディフューザーと敵大型兵器と戦うことで。
「――――!」
サンの行く手を邪魔するモノはなくなった。
そして、サンの碧の瞳が群青色の髪のJDを捉える。
「……!」
サンは全身全霊の一撃をぶつけるために、今までで一番の気合いを込め。
「――――」
敵JDはつまらなそうに青い宝石のような剱を握り。
碧の瞳と群青色の瞳の視線が重なった次の瞬間。
「やあああああああ!」
「――――」
鋼の爪と宝石のような剱が、激しい音を立ててぶつかり合い――――
「――――え?」
――――鋼の爪は、粉々になって砕け散った。
……――――あ。
その瞬間に、サンは理解した。今、右腕の装甲爪が砕けたのは、ディフューザーとの戦闘でダメージを負っていたから、というわけではなく、単純に自分と敵の力量に絶望的な差があるからだと。
この敵JDは、多くのJDが所属する巨大な基地の中で最強だったシオンや、政府軍で二番目に強いライズならば勝てるかもしれない相手であり、並のJDよりも少し強いだけの自分では相手にもならないのだとサンは刃を交えたことで理解した。
「――――」
宝石のように輝く剱が死神の鎌に見える。
自分の終わりがチラつく。
「……っ!」
だが、だからといって、それが諦める理由にはならないとサンは、踊るように剱を振るう敵の攻撃を必死に躱しながら、思考を回す。
そして、サンは、この敵JDを倒すことも時間稼ぎをすることも出来ないのなら――――敵を撤退させるしかない。と、勝利条件を頭の中で変更した。
敵JDを倒すことはもちろん、敵JDの攻撃を避け続けることも出来ないと判断したサンは、敵JDに撤退を考えさせるほどの損傷を与えるために、捨て身の攻撃を行うと決めた。
「……」
自分が終わる覚悟で攻撃しなければ、この敵にはとどかない。そう思ったサンの瞳に迷いはなかったが、ほんの僅かな不安が滲んでいた。
だが――――
『サン。さっきの言葉、少し特殊ではあったが、元気が出たぞ。――――ありがとな』
「……うん」
サンは朝、食堂でトキヤに頭を撫でられたことを思い出し、その不安を打ち消した。
……あの温かさを守れるのなら、それでいい。サンは、それだけでいい。
「だって……!」
サンがサンになれたのは、全部、トキヤのおかげだから……! と、心の中で叫けんだサンは、その力を発動させた。
「――――っ!」
サンが右手に力を込めると、その次の瞬間には――――光輝く巨大な爪が現れた。
壊れた装甲爪の先端部分に現れたそのプラズマの爪は、捨て身の攻撃の象徴、サンの命、そのものだった。
サンが今使っている装甲爪は、カロン用にカスタマイズされた装甲爪を譲り受けたものである。
狙撃中に敵に接近された場合の装備として先のジャスパー戦の際に作られたその装甲爪は、カロンの身体に搭載されている内燃機関の使用時に生じる熱を利用し、高熱の刃を作り出すことが可能となっており、サンはその仕組みを応用し、体内の電力を装甲爪に送ることでプラズマの爪を作り出したのだ。
だが、カロンのように特殊な身体ではないサンの身体では光の爪を長時間維持することはできない。ものの数分でエネルギーが切れ、サンは指一本動かせなくなるだろう。
……だから、その前に……!
「あああああああ!」
そして、サンは真昼の太陽のように輝く光の爪で攻撃を仕掛けたが。
「――――」
当然のように、敵JDは青の剱でサンの決死の攻撃をあっさりと受け止めた。
「っあああ!」
だが、それがどうした、と言うようにサンは叫び声を上げながら、力の限り光の爪を振るい続けた。
「――――」
そして、光の爪と青い剱が何度か打ち合った後、敵JDに僅かな変化が見られた。
「――――」
敵JDは光の爪をただ受け止めるのではなく、光の爪を凝視し出したのだ。
おそらく、敵JDは量産品である装甲爪のことを知っていた。それ故に気になったのだろう。装甲爪にあるはずのない、この機能は何だと。
そして、その仕組みを見抜こうと敵JDは光の爪をしっかりと見つめ。
「……!」
その瞬間を見逃さなかったサンは、これ以上のチャンスはもう訪れないと、鋼の爪を振り上げた。
光の爪だけに注意を向けさせるために、あえて使わずにいた左腕の装甲爪を振り上げたサンは、渾身の一撃を繰り出した。
「……!」
……とど、けっ……!
そして、そのサンの渾身の一撃は――――
敵JDの身体を貫くことなく、終わった。
『――――』
サンの攻撃を妨害したのは、一機のディフューザーだった。
そのディフューザーは、バルやシオンが戦っているディフューザーではなく、ライズの身体が入っている輸送ボックスを探し、破壊していたディフューザーだった。
戦場全域を動き回っていたそのディフューザーがいつの間にかサンに近づいており、サンの渾身の一撃を体当たりで弾いたのだ。
『――――』
そして、それだけで終わることはなく、ディフューザーは至近距離からサンに向けて小型ミサイルを発射した。
「っ……!」
サンはその攻撃を避けきることが出来ず、後退しながらそのミサイルを左腕の装甲爪で受け止め、――――鋼の爪を失った。
「……」
そして、十メートル以上離れてしまった敵JDを見つめながら、サンは自分の状態を確かめる。
装甲爪の機銃の弾は切れ、鋼の爪も失い、後、数十秒光の爪を展開すれば、指一本動かせなくなる。
それは、絶望的状況としか言い様がなかった。
けれども、――――それで止まるサンではなかった。
「まだ、まだっ……!」
そして、サンは両方の装甲爪に光の爪を展開し――――最後の突撃を敢行した。
「……!」
それは光の暴風だった。
両腕をがむしゃらに動かし、敵に僅かにでも損傷を与えようとする、サンの最後の力を振り絞った攻撃。
……とどけ……! とどけ……!
サンの強い思いがこもった最後の攻撃。光り輝くその暴風を、敵JDは――――
「――――」
まるで、そよ風でも感じているかのような涼しい顔をして受け流していた。
敵JDはもう光の爪の仕組みを理解したのか、装甲爪に特に興味を抱くこともなく、剱でサンの攻撃をいなし続け――――
一分もしないうちに、その暴風は収まった。
「……か……った」
――――とどかなかった。エネルギーが切れ、声にならない声でその言葉を口にした時のサンの表情を目にしたのは、相対する敵JDだけだった。
「――――」
そのサンの表情を見て敵JDが、何か思ったのか、何も思わなかったのか、それはわからない。
「――――」
ただ、敵JDはそのままサンを切り刻むことはせず、サンと少し距離を取り、一拍間を置いて。
「――――」
青く輝く宝石のような剱を、サンに向けて投擲した。
そして、その一撃は、サンの胸部に深々と突き刺さり――――
――――
気がつくとサンは広い廊下にいた。
窓の外には燦々と輝く太陽があり、すぐにサンは、ここが先程までいた夕暮れ時の砂漠とは全く別の場所、別の時間であることを理解した。
――――?
けど、ここはどこだろう。と、サンは疑問に思ったが、見慣れた廊下を見て、サンはここが敵に奪われた基地であることに気がついた。
――――??
だが、その事に気がつくと、次の疑問がサンを襲った。なんで、奪われた基地に自分がいるのだろうかという、そんな当たり前の疑問である。
サンはその疑問を解決するために、身体を動かそうとするも、どうしても身体が動かずにその事を不思議に思っていると今度は身体が勝手に動き出し、窓ガラスに自分の姿が映った。
――――
そしてサンは、シワのないJD用の軍服を着込み、まるで行進訓練でもしているかのような歩き方をしている自分を見て、理解した。
――――これは自分の過去の記憶なのだと。
きっと人格データが破壊され、何らかの異常が起きているんだろうな、と他人事のように現状を分析したサンは、この記憶再生はいつまで続くのかなー、というようなことを考えながら、広い廊下を進む自分自身の動きをぼんやりと見ていた。
それから暫くして廊下の突き当たりにある部屋の扉がゆっくりと開き。
「……ああ、くそ、わけがわからん。なんでJD技師の俺がこんな苦労をしてまで武器屋の真似事なんかをしなくてはいけないんだ。……だが、これであいつらが少しでも楽になるのなら、俺は……」
軍施設にいる人物とは思えないほどにひ弱そうな青年、トキヤが姿を現した。
――――!
トキヤ! と、サンが元気よくトキヤの名を呼んだが、その声が発せられることはなく、その事を少し残念に思いながらサンが現実のトキヤが無事であることを祈っていると。
「――――」
記憶の中の自分が、トキヤを視認するなりビシッと敬礼をする姿を見て、サンは思わず大笑いをした。
「……ん? 何だお前、見ない顔だな」
そして、完璧な敬礼をしたまま動きを止めている変なJDを認識したトキヤが近づいてきて、そのJDに声を掛けると。
「はっ。自分は本日付でこの基地の所属になったJDです。後で同型機とご挨拶に向かおうと思っていました。これから、よろしくお願いいたします。羽野時矢技師」
昔の自分が、今の自分とは全く違う口調で話し出した。
そんな自分の口調を懐かしいなあと、サンが思っていると、トキヤが、ああ、と小さく頷いてから、デバイスをいじり始めた。
「成る程、追加の戦闘用JDの一人か。だが、次のJDの到着は二、三日後だったような……って、待て、今日は何月何日だ。そして、俺は何日寝てない……? ……むう、ペルフェクシオンが留守だと、どうしても体調管理が杜撰になってしまうな」
「……あの、羽野時矢技師? もしかして、お疲れですか?」
「いや、別に疲れているわけじゃないから、気にするな。それよりもお前は……ふむ」
そして、目の下にクマができているトキヤは、デバイスで目の前のJDの情報を確認し。
「それじゃあ、これから、よろしくな、スリー」
と、寝不足のトキヤは、treeという名を思いっきり見間違えた。
「……あ、いえ、自分はスリーではありません」
「……何? じゃあ、もう一人の方か……? ……いや、どう見ても、違うな。お前はスリーだ。お前はこの画像のこいつみたいな濁った目をしていないからな。お前は、純粋無垢、生まれたばかり、という感じの真っ直ぐな目をしてる。お前はきっと、良いJDになるぞ、スリー」
と、トキヤは目の前のJDを本心から褒めまくるが、相変わらず名前を間違えたままだったので、融通の利かないかつてのサンは、首を横に振り、トキヤの言葉を否定した。
「いえ、ですから、自分はスリーではありません」
そして――――
「ん? いや、お前は、スリーだろ? 数字の3、さんのスリー」
「――――」
その時、一つの奇跡が起こった。
「サ、ン……?」
かつてのサンは、その発音を不思議な響きだと感じ、その言葉の響きが自分の名前になったらいいな、と、その言葉を――――気に入った。
「……」
「ん? どうしたスリー。急に黙り込んで」
「…………が、いい」
「……何? スリー、今、なんて言った?」
「ツリーは――――サンがいい! ……です」
――――それは日常の一コマに過ぎない出来事だった。更に言うなら、間違いというあまり良くない始まり方をした会話であった。
だが、その会話が、その間違いという偶然がなければ、その融通の利かないJDが何かを気に入ることも、何かを求めることも、そして、本当の意味での自己意識を得ることもなかっただろう。
だから、サンは死ぬまで、いや、サンは死しても――――
――――ありがとう、トキヤ。
トキヤと出会えたことを、トキヤへの気持ちを、決して忘れることはない。