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『どう、カロンちゃん! 良い感じ!?』
「うん、良い、感じ。空の的を撃つときは、フレンドリーファイアを、気にしなくて、いいから、むしろ、楽、かも」
『楽なんだ……!?』
すごいね……! という、アイリスの感嘆の声を聞きながら、狙撃の名手であるカロンは。
「――――fire」
激しく揺れる鋼の獅子の上で静かにトリガーを引き、――――空を舞うディフューザーの装甲を破壊した。
――――身体に人格データを入れているシオン達が出撃したという事実をトキヤに教えたアイリスは、司令室へ向かったトキヤを追うことはせず、鋼の獅子の整備場に行き、整備が終わっていた鋼の獅子に乗り込み、カロンを鋼の獅子の背に乗せてすぐに出撃した。
そして、鋼の獅子で移動しながら、戦闘開始時に戦場に到着することが不可能であることを把握したアイリスとカロンは、敵との戦闘を始めたシオンから敵のデータを貰い、そのデータを見ながら話し合い――――
「――――fire」
二人は、狙撃銃の有効射程ギリギリの距離からディフューザーを攻撃するという戦法を取ることにした。
カロンが現在使用している狙撃銃は、カロンの特殊な身体と接続出来る銃ではないため、威力は控えめだが、有効射程が長く、速射も可能な優秀な狙撃銃である。
カロンはその狙撃銃を使い、ディフューザーだけを狙って撃ち続けていた。
そして、アイリスはカロンの足場となっている鋼の獅子を常に動かし続け、攻撃をすぐに回避できるように準備をしたり、敵との距離を一定に保つなど、完全に狙撃の裏方に徹していたが……。
『……うん、これなら……!』
いけそう! と、この戦法の有効性を肌で感じ、興奮している姿を見る限り、アイリスは今の状況に不満を抱いてはいないようだった。
そう、アイリスという人間はJDと戦うことが大好きではあるが、別に鋼の獅子で体当たりをしたり、鋼の獅子の爪や尻尾で敵を切り裂くことだけが大好きというわけではないのだ。
アイリスは味方や自分が考えた戦略、戦術の効果を発揮させるために動くことも敵と直接刃を交えることと同じくらいに大好きなのだ。
「――――fire」
『……!』
そんな、戦闘に参加さえすれば満足できる割と理性的な戦闘狂であるアイリスと狙撃の名手であるカロンのタッグ攻撃の効果は絶大だった。
蠍のディフューザーは超遠距離からの狙撃を警戒し、シオン達へ積極的に攻撃することができなくなっていた。
それに一度、サン達と戦闘をしていたディフューザーが、カロンを攻撃するために接近しようとしたのだが、その行動を予測していたアイリスが鋼の獅子を後退させて、カロンがそのディフューザーに引き撃ちをすると、そのディフューザーは分が悪いと判断したのか、鋼の獅子を追うことを諦め、サン達との戦闘に戻った。この事からアイリスは敵にこちらの狙撃を止める手段は無いと判断し――――勝利を確信した。
実際、敵の戦力がJD一人と四機のディフューザーだけであったのなら、その読み通り、こちらが完勝することは確実だっただろう。
だが、――――現実は違っていた。
敵は、まだ他にいたのだ。
それは意識の範疇の外にいる敵だった。
JDが戦場を支配するこの時代、戦場ではドローンでさえ殆ど見かけないというのに、まるで時代に逆行するかのような兵器が今この瞬間に戦場の真下を移動しているなど、誰が想像できようか。
それは鋼の獅子に似た兵器とも言えた。特別な理由がなければ、造られない兵器。
一度、戦場にその姿を晒してしまえば目立つ的でしかなく、瞬く間にJD達に取り囲まれ、破壊される。サポートがなければ戦場に居続けることもできない、不完全な兵器。
だが、それでもその兵器は造られた。造るべき特別な理由が、必要とされる理由があるからこそ、造られ、改良されたソレは――――今、その力を振るおうとしていた。
砂中から鋼の獅子の背後に回り込んだその兵器は、主砲だけを砂の上に出し、目立つ的でしかない鋼の獅子に狙いを定めた。
その最悪の事態を、狙撃に集中しているカロンとディフューザーや敵JDの動きだけを見ていたアイリスは気づくことができず。
そして――――
鋼の獅子は、轟音と共に砕け散った。
「――――」
凄まじい衝撃を受け、足場にしていた鋼の獅子から投げ出されたカロンは、何が起きたのかを全く理解できていなかった。
だが。
……銃……。
自分が鋼の獅子から吹き飛ばされた時に狙撃銃を手放してしまったことだけはわかっていたカロンは狙撃銃を探すために身体を起こそうとし。
「――――」
その時に初めてカロンは自分の右腕があらぬ方向に曲がっていることに気づき、カロンは腕を使わずに起き上がり、砂上に視線を向け、砂漠に突き刺さっている狙撃銃を見つけた。
そして、カロンは狙撃銃に向かって走り出し、無事だった左腕を伸ばして――――
そのわかりやすい動きを待っていた、と言わんばかりの機銃による攻撃を受けた。
「……っ!」
左腕を撃ち抜かれた瞬間に回避行動を始めたカロンは、狙撃銃も自分と同じように機銃の攻撃を受けたことを確認し、狙撃銃の回収を断念した。そして、カロンは、自分に攻撃をしている敵の正体を確認するために、銃弾の降ってくる空を見上げ。
「え……?」
カロンは驚きの声を上げた。
空を縦横無尽に動き回り、弾をばらまくその敵は、傷一つないディフューザーだった。
戦闘開始から戦場にいた四機のディフューザーは全機何らかのダメージを負っている。だが、今、カロンを狙っている二機のディフューザーは何一つダメージを受けていなかった。
砂漠の何処かに隠していたディフューザーを敵JDが動かしたのだろうか、と銃撃を回避しながらカロンはそのディフューザーが何処から現れたのかを探るため、あまり余裕はなかったが視線をディフューザーから外し、辺りを見渡した。
そして、カロンは胴体の一部が砕け、横たわっている鋼の獅子と。
「……あれは、何……」
砂上に姿を現した、――――その兵器を目にした。
それは、巨大な兵器だった。
潜水艦に似た船体に岩石を掘削するためのドリルや砂中を移動するための装備が取り付けられ異様な形になっているその兵器をカロンは見たことがなかったが、それも当然である。
その兵器はこの世に三機しか存在しないディフューザーベースと呼ばれるディフューザーの運搬や補給のために造られた兵器を改造し、攻撃能力の追加と砂中移動を可能にした反政府軍の隠し球の一つなのだから。
そんな反政府軍の切り札の一つとも言える兵器、ディフューザーベースは。
両腕を負傷し、反撃の手段を持たないカロンに主砲を向け。
「――――」
鋼の獅子を破壊した一撃を放った。