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トキヤが司令室を出たことで部屋の中には人間がいなくなったが、人がいなくとも司令室では絶えず声が響いていた。
「――――肯定。ミサイル撃墜をディフューザーの攻撃によるものであると決めつけるのは早計でした。青い板――――訂正、青い実体剣を投擲し破壊した可能性も十分にあります。早速、実体剣の性能分析を……」
「はい、人間様の要求は数十体のJDかエースクラスのJDです。半端な戦力は不要とのことで……そもそも人間様とは誰なのか、ですか? ……人間様は、人間様ですよ?」
司令室ではトキヤが去った後も特殊仕様のJD達が分析や救援要請のために慌ただしく動き回っており、活気に溢れていた。
そんな騒がしい部屋の一角で。
「……けど、この基地に来てから我が身は何度、統合知能の便利さを痛感するんだろうね。ブリーフィングなんて同じ統合知能に入っていたら一瞬だからね」
面倒だなー、こういうの。と、端末にデータを入力しながらライズがぼやいており。
「……」
そんなライズの姿を複雑な表情で見つめるJDがいた。
……どうしましょうかねー、これ。
次の戦闘のブリーフィングを行うから集まるようにとライズに言われたバルは、ある事に気づき、ライズにその事を指摘すべきかどうかをずっと悩んでいた。
……やっぱり、二人に相談しますか。
そして、自分一人ではいつまで経っても決断できないと考えたバルは、統合知能を必要としない身体の通信機能を使い、自分と同じようにライズに呼ばれたシオンとサンに話し掛けた。
『……シオン、サン。ちょっと話したいことがあるんですけど、いいですか?』
『はい、私は構いません』
『……あれ? 頭の中にバルの声が響いてる……? これが、噂の幻聴……?』
『……噂の幻聴ってなんですか。ただの通信ですよ。あ、それとサン。これは一応、内緒話なので声には出さないでくださいね』
『うん、わかった!』
『……今、いきなり口が動きそうになってましたよ、サン』
まあ、バレても大事になるような話じゃないですけどねー。と、通信で呟いたバルは、ブリーフィングの準備をしているライズの姿を見ながら、二人との通信を続け。
『それで、二人とも気づいています? 新入りが技術屋さんの命令を――――完全に勘違いしていることに』
バルはすぐに本題を切り出した。
バルがライズに指摘すべきか悩んでいた事は、ライズがトキヤの言葉を誤解している事についてだった。
トキヤが司令室を出る前にライズにした命令は、敵JDとの戦闘を任せる。というものだった。トキヤはこの基地にいる戦闘用JDの中で唯一、統合知能に入っているライズに一人で敵JDと戦って欲しいと頼んだのだ。
だが、その命令をライズは戦闘全て、つまり戦闘指揮も含めて任されたと勘違いし、司令室にいた戦闘用JD全員を招集してブリーフィングを開こうとしており、その事に少し思うところがあったバルはシオンとサンにこの事を認識しているかを尋ね。
『――――はい、知っています』
『うん! サンもわかってるよ!』
『……』
二人が自分と同じようにライズの勘違いに気づきながらも、文句の一つも言わずに戦場に向かおうとしている事を理解したバルは心の中で溜息を吐いた。
現在、この基地にいるライズを除いた戦闘用JDは皆、その身体に人格データを入れている。そのため、シオン、サン、バル、カロンの四名は人格データが保存されている胸部が破壊された場合、人間と同じように、死ぬ。
トキヤはそれを極力避けようと、否、絶対にそうならないように常に努力しているため、鋼の獅子の整備に向かったと思われるトキヤにライズの勘違いについて報告すれば、トキヤが血相を変えて、すぐに戻ってくることは三人ともわかっていた。
だが、それを理解していながら、自分も含め、誰もトキヤに連絡しようとしないこの状況を良しとしていいのかと二人にライズの事を相談したことで余計に悩みが増えたバルは。
『……技術屋さんは間違いなくシオンとサンが戦場に行くことを望んでませんよ。……それでも戦いに行くんですか?』
シオンとサンに、何故、トキヤの意に反してまで戦場に行こうとしているのかを尋ねた。
『私の場合、その理由はひどく単純なものです』
すると、すぐにシオンが言葉を紡ぎ。
『今回の戦いでトキヤ様をお守りするためには、お傍にいるよりも――――離れていた方が良いと、そう考えたからです』
その理由を語った。
『傍にいるよりも、離れていた方が技術屋さんを守れる……?』
『はい。今、基地に迫りつつある敵JDはブルーレースではありませんが、外見が非常に似ていることから、ブルーレースと深い関わりがあることが考えられます。故に、あの敵JDは反政府軍の指示ではなく、ブルーレースの命令で動いていると私は推測しました』
『それは、まあ……、バルもたぶん、そんな感じだとは思ってますけど……』
『ブルーレースはとても非常識な理由からトキヤ様と私を標的にしていました。もし、あの敵JDがブルーレースの息が掛かった者であるのならば、この進撃はトキヤ様と私を狙ってのものだと考えられます。よって、私が戦場に出れば、あの敵JDは私を無視することができず、トキヤ様のもとへは辿り着けなくなるのです』
『あー……、そういうことですか』
ほんと、技術屋さんファーストですね、シオンは。と、こうなったシオンはもう止まらないということをよくわかっていたバルが呆れながらも、せめて、戦場で少しでもシオンのサポートができるように動きたいと考えていると。
『えーっと、サンはねー』
暫くの間、会話が止まったことから、シオンの話が終わったと判断したサンが言葉を紡ぎ。
『一人だけで戦うより、みんなで戦った方が勝てそうだから!』
取り敢えずは、それだけかなー。と、サンはシオンと比べると、かなりあっさりとした理由を語った。
『あらら、ちょっと意外ですね。てっきり、サンも技術屋さんを守るんだー。絶対に死なせないぞー。とか、そういう感じの理由から戦いに行こうとしているのだと思ってました』
そして、トキヤとは直接関係のない理由を語ったサンに、自分の予想と違っていたことをバルが伝えると。
『んー、そういうのは今に限ったことじゃなくて、毎日のことだから、改まって言わなくてもいいかなーって思ったんだ』
サンは割と重い言葉を淡々と紡いだ。
『……』
そして、そんなサンの言葉を聞き、あれ? サンってバルが思っていたよりもだいぶ……。と、サンの深い思いを知り、バルが衝撃を受けていると。
『――――バル』
真剣な表情をしたシオンが、バルの名を呼び。
『貴方は、どうなのですか?』
何故、バルは戦場に行こうとしているのかと、シオンが逆にバルに尋ねた。
『……バルが戦いに行く理由、ですか』
『はい。戦場にどうしても立たなければならない理由がないのなら、基地に残り、トキヤ様達の護衛をするのも非常に重要なことだと思います』
それは私にはできないことです。と、語ったシオンは、トキヤ達の護衛をバルに頼みたいと言うようにバルの瞳を見つめたが。
『――――いえ、バルも戦場に行きます』
バルはそのシオンの頼みを聞くことはできないと言い切り。
そして。
『バルはもう何も――――失いたくないんです』
バルは己が戦場に向かう理由を語った。
『……』
そのバルの言葉に込められた思いを感じ取り納得したのか、シオンがそれから言葉を重ねることなく黙ってバルの横顔を見つめていると。
「――――これでよし。うん、随分待たせてしまったけど、ようやくブリーフィングが始められそうだ」
ライズがブリーフィングの準備が終わったと声を上げた。
「――――」
そして、そのライズの声を聞き、三人は迷いのない瞳を前に向け、戦いに赴くための最後の準備を始めた。