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『……っ、了解……!』

 眉間にシワを寄せながらも頷き、命令に従う意思を示したアイリスとの通信が切れた後、トキヤはデバイスで鋼の獅子が自分のいる基地に向かって移動し始めたことを確認し、少しだけ肩の力を抜いた。

 ……この状況で戦いたがりのアイリスがすぐに出撃できないのは、不幸中の幸いと言っても良いのかもしれないな。

「……ふう」

 警戒任務中だったアイリスが接近中の敵JDに向かっていくことを阻止し、懸念事項の一つをクリアしたトキヤは安堵の溜息をついたが。

「……さっきから技術屋さん、アイリスがすぐに戦闘できないのは不幸中の幸いだー。みたいな顔してますけど、昼過ぎに他の基地のJDから送られてきたデータの話、アイリスにはしてませんでしたよね?」

「――――」

 隣で通信を聞いていたバルにアイリスへの負い目を指摘され、トキヤは表情を強張らせた。

「……お前が何を言っているのか、俺にはよくわからんな」

「あらら、しらを切るんですか? ……まあ、襲撃があるかもしれないってことをアイリスに話していたら、アイリスは基地で待機して、真っ先に出撃しちゃってたでしょうから、それを避けるために過保護の技術屋さんが隠し事をしてしまうのは自然な流れですし、その思いやり、悪くはないとは思います。……けど? この事をアイリスが知ってしまったら、いったい、どうなっちゃうんでしょうねー?」

「……アイリスには黙っていてくれ。頼む」

 この通りだ。と、娘を心配するがあまり、娘の意に反する行いをしてしまった父親が妻に助けを求めるように、トキヤがバルに懇願すると、バルは、小悪魔を連想させるような笑みを浮かべた。

「ええ、言わないどころか、箝口令も敷いちゃいますよー。……後で、バルのお願いを聞いてくれるなら、ですけど」

「……良識と常識に反しないものなら」

「つまり、オッケーってことですね」

 そして、トキヤに自分のお願いを聞いて貰う約束をしたバルは、本当に楽しそうに微笑んだが。

「それじゃあ、そのお願いを聞いて貰うためにも……」

 すぐに表情を引き締め。

「――――この状況を何とかしなくちゃいけませんね」

 バルは、真剣な眼差しを前方に向けた。

「……ああ」

 そして、そのバルの言葉に強く頷いたトキヤは、バルと同じものを見つめながら。

「――――どうだ、そろそろ状況を把握できたか」

 司令室の中心に向かって足を進めた。


 

 ――――今から数時間前。オペレーターの仕事を担当している特殊仕様のJDに呼び出されたトキヤは、司令室で二つのデータを目にすることになった。

 それは強力な敵JDを破壊するために出撃した味方部隊の戦闘データと、その敵JDの進行方向(・・・・)を予測したデータであった。

 味方部隊が移動中だった敵JDと交戦し、その敵JDがトキヤ達のいる基地に向かっている可能性があるということをその部隊に所属するJDが予測し、警告してくれたのだ。

 その警告を受け取ったトキヤは、その予測が間違っていることを願いながらも、JD達の武装や基地のミサイルの点検をしたり、小型ドローンを敵JDが通る可能性のあるルートに配置をする等、敵襲に備え、様々な準備をした。

 そして、今から少し前に砂漠に配置していたドローンの一つがその敵JDの姿を捉え、トキヤはそのドローンを操作し、会話を試みようとしたが、敵JDはトキヤが話し掛ける前にそのドローンを撃墜した。

 ドローンが破壊された後、トキヤはすぐにその周辺に配置していた他のドローンを操作して再び会話を試みたものの、また撃墜され、トキヤは四台のドローンが破壊されたところで現時点では敵JDとの会話は不可能であると判断し、敵JDにミサイル攻撃を行った。

 そして、敵JDの頭上でミサイルが爆発した後、映像が映らなくなり、その復旧作業に追われる特殊仕様のJD達の姿を、戦闘用JDであるバル、シオン、サン、ライズと共に見ていたトキヤは一歩前に出て、特殊仕様のJDに現在の復旧状況を尋ねた。

「映像の復旧作業は……もう終わりそうだな」

「肯定。先程、映像が出ない原因が判明致しましたので、後、五秒で映像が出ます」

 そして、その特殊仕様のJDの言葉通り、ぴったり五秒後に映像が映し出され。

「……やはり無傷か」

 群青色の髪を風に靡かせながら砂漠を走る敵JDの姿を確認したトキヤは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「……傷どころか、汚れてすらいないところを見ると、直撃したミサイルが有効打を与えられなかったのではなく、直前でミサイルが撃墜されたと考えるべきだな。……あの敵JDの装備にABMは確認できたか?」

「否定。敵JDは青い板――――訂正、青い実体剣以外は武装を所持していません。周囲に浮かぶディフューザーがミサイルを撃ち落とした可能性が高いですが、報告にあった武装ではかなり接近しなければミサイルを破壊できないため、ディフューザーは爆発に巻き込まれ、少なからずダメージを負うはずですが、損傷が見られないため、確証を持てません」

「……あの蠍のようなディフューザーがジャスパーのディフューザーレベルに頑丈であるか、もしくは……」

 何らかの隠し球があるといったところか、と、小さな声で呟いたトキヤがブルーレースに似ている敵JDを睨むように見つめていると。

「あの、人間様」

 今まで話していたJDとは別の特殊仕様のJDが声を掛けてきたため、トキヤは視線をそのJDに向けた。

「どうした?」 

「その、人間様に与えられた作業が終わりました」

 そして、頼んでいた作業が終わったとの報告を受けたトキヤは、小さく頷いてから、そのJDに近づいた。  

 トキヤがその特殊仕様のJDに頼んでいた仕事は、敵JDの音声データの分析であった。

 敵JDにドローンで接触を試みた際、トキヤはドローンが破壊される直前に敵JDの口が動いていることを確認した。

 何を言っているのかは聞き取れなかったが、その呟きが敵JDの特性を理解する上で必要になるかもしれないと考えたトキヤは、特殊仕様のJDに、破壊されたドローンが拾っていた音の中から敵JDの声だけを抽出するように指示を出していたのだ。

「それじゃあ、聞かせてくれるか」

 そして、その作業が終わったのなら、抽出した敵JDの声を聞かせて欲しいとトキヤが特殊仕様のJDに頼むと。

「はい、ただ、人間様には少しショッキングかもしれません」

「……ショッキング?」

 特殊仕様のJDは少し理解しづらい発言をし、トキヤは首を傾げたが、その言葉の真意を問う時間も惜しいと考えたトキヤは構わないと頷き、特殊仕様のJDに敵JDの音声データを再生するように促した。

「では」

 そして、トキヤは――――

 

『お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん』

 

「――――」

 特殊仕様のJDが語った言葉の意味を理解した。

「……わかった。音を止めてくれ」

 そして、特殊仕様のJDに敵JDの音声を止めるように指示を出してから、トキヤは目を瞑り、基地が奪われてから戦闘を行った敵のJD達の顔を思い浮かべた。

 武士のように名乗りを上げ、闘いを愉しんでいたジャスパー。

 女王のように他者を見下し、最強の力を振るったブルーレース。

 一騎当千の力を持ったこの二人のJDと真正面から戦って勝利することができるJDは、世界中を探し回っても片手の指の数よりも少ないだろうとトキヤは思っている。

 トキヤ達がジャスパーを倒し、ブルーレースを止めることができたのは、言葉が通じたから。会話が出来たから。それ以上の理由はない。

「……」

 そして、今回の敵は、それ(言葉)が通じない敵であるとトキヤは先程の音声を聞き、理解してしまった。

 先程の音声は、同じ言葉をただ連呼しているのではなく、僅かに違う発音や音のゆらぎを駆使し、一つ一つの言葉に別の意味を持たせていることにトキヤは気づくことができたが、その言葉の意味を読み取ることまではできなかった。

 何故なら、その敵JDの言葉は感情を表現するものではなく、――――無機質な暗号であったからだ。その暗号の解読手段を持っている一部のJD以外はその言葉の意味を理解することはできないため、その解読手段を持たない全ての人間は、このJDと会話をすることが不可能なのだ。

「……お前達、すぐに救援要請を出してくれ」

 ディフューザーを操る意思疎通が不可能な敵JDの強襲。そんな絶望的な状況を前にしても、トキヤは諦めることなく思考を廻し続け、特殊仕様のJD達に指示をし始めた。

「ただ、数十人のJD、もしくはエースクラスのJDを援軍に出せないようなら、必要ないと断ってくれ。半端な戦力では被害が増えるだけだからな。それと……」

 そして、特殊仕様のJD達に淡々と指示を出しながらトキヤは。

「……」

 ポケットに入っている、あるモノを握り締めた。

 それはトキヤが隣国の教会で手に入れた、――――ルール違反の切り札だった。

 それを使うことにトキヤは抵抗を覚えていた。それに、それを使ったところで、受け入れてくれるのか、戦いに間に合うのか、と、不安材料も山のようにあった。

 ……だが。

 この窮地に使わずしていつ使う。と、JOKERを切る覚悟を決めたトキヤは、何にしても少し時間が必要だと考え。

「――――ライズ」

 統合知能(ライリス)に入っており、ブルーレースを相手に時間を稼いだ実績のあるJD、ライズの名を呼んだ。

 そして、ライズのくすんだ赤色の瞳に見つめられながら、トキヤは。

「あの敵との戦闘――――お前に任せて良いか」

 ライズに敵JDと戦うように命じた。

「――――」

 その命令を出した時のトキヤの表情は真剣そのもので、そんなトキヤの表情を見たライズは。

「……やれやれ、我が身はJDだというのに、まるで、人間を戦場に送り出すような顔をするんだね、君は」

 紫の髪を大きく掻き上げ、呆れたように、けれども何処か嬉しそうに微笑んだ。

「……それで、頼めるか?」 

「やー。そんなの、言われるまでもないさ。敵JDを倒し、君のような政府軍の人間を守るために、我が身はここにあるんだからね」

 任せて貰うよ。と、了承の意を示したライズを見て、トキヤは小さく頷き、追加の説明をするために口を開いた。 

「ライズ、出撃する時に小型ドローンを持っていってくれ。……正直言って俺は無理だと思っているが、あの敵との会話が可能だと思ったら、ドローンを起動してくれ。そうしたら俺が、あの敵と話す」

「了解。ブルーレースの時に会話の有効性は学んだからね、持っていくよ」

「ああ、頼む。……それと、こんな時に悪いが、俺は少し用事が出来たから一旦席を外す。後は任せたぞ、ライズ」

 そして、ライズとの会話を終えたトキヤは、他のJD達の姿を一度、視界に入れてから、静かに司令室を出て。

「――――」

 トキヤは未使用のデバイスを探すために、倉庫に向かって走り出した。


 自分とライズの考えに、――――致命的な差があることに、気づかぬまま。

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