08
継ぎ接ぎだらけの獅子と銀髪の女性の姿を瞳に映したマント男は、すぐに小さな砂丘から滑り落ちるように下りて、獅子と銀髪の女性に近づいて声を掛けた。
「送ってくれたデータ通り、損傷は何もないようだな。二人ともお疲れ様」
『――――』
「……」
マント男に労いの言葉を掛けられた鋼の獅子は招き猫のように左の前足を上げ、銀髪の女性は軽く頭を下げた。
「それで、ペルフェクシオン。戦闘終了後はその場から一番近い合流地点で待機ということになっていたはずだが、どうしてここに?」
そして、マント男は自分が迎えに行くはずだった獅子と銀髪の女性がここに来た理由を銀髪の女性、ペルフェクシオンに尋ねると、ペルフェクシオンは、カロンと全く同じ紫の瞳をマント男へと向けた。
「それは、トキヤ様がカロンを修理しているということを伝えたところ、暇だからこちらから合流しよう。という意見が出まして」
「……それが理由か? 何か緊急を要する事態が起きたというわけではないんだな?」
「はい」
「……そうか」
なら、良かった。と、マント男は猫のように香箱座りをしている鋼の獅子を眺めながらペルフェクシオンの報告を聞き、安堵の息を零した。
そして、サン、バル、カロンの三人が自分を追って砂丘から降りてきたことを視認したマント男は、全員に自分の声が聞こえるように、少し大きな声で話し始めた。
「それじゃあ、当初の予定通り俺達は回収用トラックとは合流せず、このまま、伏兵、尾行がないかを確認しながら基地へと戻る」
それで問題はないな? と、マント男がペルフェクシオンに確認を取ると、ペルフェクシオンはその紫の瞳に異質な光を奔らせた後に、小さく頷いた。
「トラックに回収された本隊のエースに確認を取ったところ、現時点では不測の事態は起きていないようですので、それでいいかと。ただ……」
「……ただ?」
「トキヤ様の歩行速度を考えますと、基地への帰投が明日の早朝頃になってしまいます」
「ああ、そうだよな。それは俺もマズいと思っていた。だから、少し、悪いんだが誰か俺を運んでくれるか?」
そして、マント男が当然のことのように、自分よりも小柄な体躯の少女達に自分を持って運んで欲しいと人間相手なら異常といえる頼み事をしたが、マント男の周りにいる少女達は誰一人顔色を変えることもなく。
「あ、じゃあ――――」
その中の一人の金髪碧眼の少女、サンがその役目に立候補するためマント男の後ろで手を上げようとしたが。
『――――それなら、この子に乗りなよトキヤくん!』
その直前に、拡声器で大きくなった少女の声が響き渡り、マント男はサンの声に気付くことなく、拡声器を通した声に反応し。
「……いいのか?」
マント男は継ぎ接ぎだらけの巨大な獅子と視線を合わせた。
『うん!』
そして、その次の瞬間には、縫合した傷口が開くかのように、継ぎ接ぎだらけの獅子の体躯の一部が裂け――――
「ここ狭いけど、ハッチを開けたままなら、もう一人乗れると思うんだ!」
鋼の獅子の中から、一人の少女が姿を現した。
明るい赤色の髪と青色の瞳を持つその少女は、真っ直ぐにマント男、トキヤを見つめ。
「ほら、乗って!」
トキヤに向かって手を差し伸ばした。
「……ああ」
鋼の獅子の中から現れたその少女の顔を見て、トキヤはマントの下で優しく微笑みながら手を動かし。
「だが、その前に」
トキヤは少女に向かって、自分が飲んでいたものとは別の水筒を投げた。
「まずは水分補給をしろ。だいぶ、汗を掻いてるぞ」
「あ、うん、ありがとう!」
そして、トキヤから水筒を受け取った少女は、水を飲みながら、困ったように笑った。
「けど、わたしの身体ってやっぱりちょっと不便だねー。シオンちゃん達と同じお人形さんなのに、ご飯を食べて水を飲まなきゃ、すぐに機能不全を起こしちゃうんだもんねー。まるで人間みたいだよー」
「……」
明るい赤色の髪が顔にべったりと貼り付く程、大量に汗を掻いている少女のその発言を聞いた、汗を一切掻いていない他の少女達と、汗を掻いているトキヤが赤髪の少女を神妙な面持ちで見つめていると、自分の発言で空気が悪くなったと思ったのか、赤髪の少女は慌てて口を開いた。
「あ、ごめんね、別に人間のトキヤくんのことを悪く言ってるんじゃないんだよ? ただ、この身体じゃ戦うにはちょっと不便かなと思ってるんだ。……やっぱり、わたしの身体ってサンちゃん達みたいにパーツを取り替えたりできないんだよね?」
そして、彼女のその疑問に対しトキヤは、ペルフェクシオンとバルの視線を背中に感じながらも。
「……ああ。アイリス、お前は特殊なJDだから、通常の整備はできないんだ」
赤髪と青い瞳を持つ少女、アイリスは人間ではないと語った。
「そっかー、残念だなー。この身体脆いから、色々パーツ交換したかったんだけど……、ま、この子のおかげで十分に戦えるから、いっか」
そして、自分が乗っている鋼の獅子を愛おしそうに撫でたアイリスは、視線を再びトキヤに向け。
「ね、ね、トキヤくん、次の戦いはいつなの?」
目を輝かせながら、自分が出撃する戦闘の予定をトキヤに尋ねた。
「それは技術屋の俺にはわからないことだ。ただ、戦争初期と比べれば、反政府の勢いはかなり弱まってきている。だから、もしかすると暫くは戦闘がないかもしれんな」
「えー、そうなの? ……つまんないなー」
「……アイリスは、戦いたいのか?」
「うん! だって、こんなに楽しいこと、他にはないもん!」
「……」
ああ、早く、早く、戦いたいな! と、目を子供のように輝かせ、獣のように叫ぶアイリスを見ながら、トキヤは。
「……俺は、間違えてしまったのだろうな」
誰にも聞こえないような声で言葉を漏らし、その呟きは、広大な砂漠に溶けて消え去った。