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敵JD、ブルーレースとの会話を行い、ジャスパー戦の時のようにブルーレースを惑わすのはどうかと車の中でバルに提案されたトキヤは、ジャスパー戦の時ほどの効果は期待できなくとも、自分達を追ってきた理由ぐらいは聞けるのではないかと考え、バルが用意してくれたドローンでブルーレースとの会話を試みることにした。
ただ、車の中でバルが見せてくれた超小型ドローンでライズが戦闘をしている場所にまで行くとなるとあまりにも時間が掛かってしまうので、それは別の用途に使うことにして、バルが戦闘地域に隠しておいたというドローンを操作することになったのだが……。
『――――って、急に開いた……! 待て、操作が、うまく……!!』
ライズの使っている輸送ボックスの中に入っていたそのドローンをどうにかして外に出そうとしていたところで急に輸送ボックスの蓋が開き、その事に驚いたトキヤは操作を誤り、ドローンを砂漠に落としてしまった。
そして、すぐに周囲の状況を確認しようと、そのままの状態でドローンのカメラを動かしたところ。
「……」
「――――」
ライズとブルーレースにとても冷たい視線を向けられていることに気づいたトキヤは。
『……すまん。取り込み中だったか』
取り敢えず、謝罪した。
……というか、これは、どういう状況だ?
そして、あまりの雰囲気の悪さに思わず謝ってしまった後、トキヤは激しい戦闘を行っていると思っていたライズとブルーレースが何もしていない状況を見て、ブルーレースが自分達を追ってきたのは戦う以外の別の理由だったのではないかと、希望的観測を抱きながらドローンを操作し。
『……っ』
……そんな都合の良い話があるわけがないか。
ドローンから送られてきた映像を見て、トキヤは現実を直視することになった。
トキヤが目にしたのは、砂漠に転がるライズだったモノ達であった。
その数は確認できるだけで二十体以上。その全てが酷い状態で、凄惨な殺人現場にも不法投棄のごみの山にも見えるその光景を見つめながらトキヤは、もしこれがライズでなかったらと考えた。
ライズは統合知能に人格データを納れているJDであるため、幾ら身体を壊されてもその人格データが傷付くことはなく、心が消えることもない。
だが、人格データが身体に入っているJDは人間と同じように、身体が壊れれば、その心も消えてしまう。
もしこの場所にライズが来てくれていなかったら、シオンがここに残ってブルーレースと戦闘を行っていた可能性は極めて高く。
その結果はおそらく――――
『……っ!』
グチャグチャになっているライズだったモノを見て、最悪の想像をしてしまったトキヤはすぐにその思考を振り払った。そして、そんな結果を絶対に呼び込まないために。
『――――ブルーレース。俺はあの会談に呼ばれた政府軍所属の技師、ハノトキヤだ』
トキヤはブルーレースに語りかけた。
『ブルーレース。お前が俺たちを追ってきた理由は何だ? ユイセがお前に何か命令をしたのか?』
「――――」
そして、トキヤに話し掛けられたブルーレースは、先程まで開けていた片目を閉じて、五月蠅いハエを追い払うためにその手を動かそうとしたが。
「……」
その直前に何かを感じ取ったブルーレースが静かに身体の向きを変えた。
「……」
ブルーレースが向いたその方角は、離れすぎていて視認できないがトキヤ達が乗っている装甲車が走っており、更にその先には政府軍の第七基地が存在していた。
「……」
その方角を向いたままブルーレースは何かを考えているようだったが、暫くして、再びドローンの方を向いたブルーレースは、ゆっくりと口を開いた。
そして。
「私が望むのは、ハノトキヤの首と銀髪のJDの人格データの消去。それが成されれば、もう追うことはしないと約束しましょう」
『――――』
トキヤが初めて聞いたブルーレースの声は、自分とシオンの死を願うモノだった。
『……それはできない相談だ。しかし、ユイセを拒絶した俺を狙うのはまだわかるが、シオンまで殺そうとするのは何故だ? 約束を破り、あの会談の場に来たことが、そんなにも許せないことだったのか?』
そして、ブルーレースの要求を拒否したトキヤは、何故、ブルーレースがそんな要求をしてきたのか、その理由を知るために、ブルーレースに質問をすると。
「私とて、最初は観覧席からお遊戯会を眺めているだけのつもりでした。しかし、私の所有物が幼稚な劇の最中にゴミに躓いたのです。だというのに、誰もゴミを片付けようとしないから、仕方なく私が舞台上のゴミを片付けに来た。これは、ただそれだけのことです」
ブルーレースは何人にも理解できない言葉で返答をした。
それは最初から伝える気のない言葉の山だった。
「……え? どういうこと?」
人よりも情報処理に長けたJDであるライズでさえ、その言葉を理解できなかったのだ。故に、その言葉を理解できる人間はいない。もしくは、深い付き合いをしている人間を除いて誰もわからない。
そう思って、ブルーレースはその言葉を声にしたのだ。
だが――――
『成る程』
トキヤはすぐに理解したという旨の言葉を発し。
『俺たちを追ってきたのはお前の独断か。そして、シオンが突入したときに飛んだ建物の破片がユイセにぶつかったことは、大変申し訳なかった。全ては俺の責任だが、シオンからも謝罪が欲しいというのならば、通信に限らせて貰うがすぐにでもさせる。本当にすまなかった。……だがな、ブルーレース。その言い方からすると、ユイセは怪我もしていないんだろ? せいぜい、ちょっと痛かったか肌が赤くなったぐらいで、それで相手を殺すってのは、流石に過剰反応だと俺は思うぞ』
「――――」
それがハッタリでも何でもなく真実であることを、ブルーレースの険しい表情が証明した。
「……」
何人にも理解できない、させないつもりの言葉を、正確に理解された。そのことをブルーレースは。
「……不快な人間ですね。貴方は」
心底気に入らないと呟いた。
そして、ブルーレースはトキヤの操るドローンに背を向けて、ゆっくりと歩き始めた。
『ん? 何処に行くつもりだ、ブルーレース』
「私は予定通りの行動に戻るだけです。貴方が乗り換えた車は速度が出ますし、そのまま付近の基地に逃げ込まれたら、処理が半日仕事になりますから、この後の予定を変えなくてはならなくなります」
ゴミ掃除にそこまで躍起になるのも馬鹿らしい。と、ブルーレースは足を止めることなく砂漠を歩き続けたが。
「ああ、ですが」
ふと、何かを思い出したように足を止めたブルーレースは片目を開け、何もない方角を見て。
「貴方の手駒の中で、最も厄介な――――あの狙撃兵が攻撃を仕掛けてくるのなら予定の変更も考えます」
そんな言葉を口にした。
『……!』
そして、そのブルーレースの言葉の意味をすぐに理解したトキヤは、今操作しているドローンを待機状態にし、デバイスで別のドローンの操作を始め。
『――――カロン。……狙撃は中止だ。すぐに戻って来い』
デバイスに映し出された、巨大な狙撃銃を構えた少女の名前を呼んだ。
トキヤ達が装甲車に到着後、レタと装甲車を守っていたカロンが、自分ならあの敵の認識限界を超えた距離から攻撃をすることが可能であると言ってきたため、トキヤはカロンにブルーレースから逃げ切れる装備をして、十分に距離を取ったポイントからならば、狙撃しても良いと許可を出したのだが。
『ブルーレースにお前の事がバレている。……撃たずに戻って来い。今は下手に刺激しない方が良い』
その事をブルーレースに見抜かれていたため、トキヤはカロンに撤退するように指示を出した。
「……そう、ですね。さっき、的と、目が合って、カロンも、動いているアレに、当てるのは難しい、と思いました。でも、カロンの、攻撃なら、当てさえすれば、倒――――」
『いいから戻れカロン。すぐに戻って来ないと、俺が今までお前に困らされたことを掘り返して、一晩中語るぞ』
「え、え、それは、普通に、嫌、です……」
わかり、ました。と、渋々ではあったが撤退の指示に従ったカロンが、バルの超小型ドローンを持って撤退を始めたのを確認したトキヤは待機状態にしていたもう一つのドローンの操作を再開した。
『……?』
そして、そのドローンから送られて来る映像にブルーレースの姿が映らないことをトキヤが疑問に思っていると。
「――――やー、助けるつもりが助けられちゃったね、トキヤ氏」
すぐ隣から声を掛けられたトキヤはドローンを動かし、声を掛けてきた人物、ライズの姿をカメラに映した。
『ライズ、ブルーレースは?』
「もう何処かに跳んで行ったよ。まあ、こっちの追跡をするって感じではなかったから、取り敢えずは安心しても良いと思うよ」
『……そうか』
そして、そのライズの見立てを聞いて、少し安心したトキヤは、そのままライズとの会話を続けた。
『どうだった、ライズ。ブルーレースの強さは』
「そうだねー……。我が身の場合、首都にあるメインボディと馴れた武装を使って、ようやく互角って感じかな。……素手の相手にね」
『……』
「あれがネイティブで、ディフューザーを使えると仮定するなら、……我が身では勝負にならない。政府軍のナンバー1のJDでさえ、勝てないだろうね」
『……厳しいな』
「厳しいね」
『……これから、どうするか』
「どうしようね」
そして、最強のJD、ブルーレースに対抗するための具体的な手段が全く思いつかなかった二人は。
『……』
「……」
どうすっかなーと呟いて空を眺めた。
砂漠の空は今日も青かった。