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 風のように現れ、風のように去って行った、アイリスに似た少女、イオンがいなくなった教会では。

「――――どうだ!? どうだったハノトキヤ! 今のが我がパートナー、イオン・キケロだ! 我がパートナーの一挙手一投足、全てが愛らしかっただろう……!?」

「お、おう……」

 最高の笑顔を浮かべたジャスパーが、イオンを見送るために、ぶんぶんと手を振り続けていた。

「ああ……! 今の我がパートナーは破壊よりも創造という気分なのだな……! 破壊だけでなく創造をも司るとは、我がパートナーはなんと素晴らしき存在か……!」

「……」

 たまらんな! と、忠犬というより厄介なオタクと化しているジャスパーを、どうすれば落ち着かせることができるだろうかと、トキヤが悩んでいると。

「……ったく、あのお嬢様は、相変わらずだな……。仲間に敵対行為じみたことをしてんのはどっちだと思ってんだ。――――なあ、ジャスパー?」

 イオンには困ったものだ。と、同意を求めるようにユイセがジャスパーに声を掛けた。

「ああ、まったくだ。我がパートナーに警告などという下らぬ手間を掛けさせるとはな。それだけでも貴様は万死に値するぞ、カムラユイセ……!」

「……チッ、会話になってねえ。ほんと、お嬢様が絡むと途端に面倒くさくなるな、オマエ。――――仲良く狂ってんじゃねえよ、ジャスパー」

 そして、愛しのパートナーの登場により、興奮し、話が通じなくなっているジャスパーをユイセは敵を見るような目で暫く眺めた後。

「あーー……くっだらね」

 ユイセは、イオンとジャスパーのコンビを相手にして疲れたと言うように大きくため息を吐いた。

 そして、ユイセは完全にやる気がなくなったような表情を浮かべ。

「あー、もう仕舞いだ、仕舞い。これ以上、ここに居たって得るものは何もねえしな」

 この政府と反政府の会談を終了すると言い出した。

「だけど、その前にもう一度だけ聞くぜ。トキヤ、オマエ、仲間になる気は本当に無いんだな?」

「――――全く無いな。政府を裏切れというだけでも大概だったというのに、世界征服なんて話を聞かされたら余計にお前の仲間になろうなんて気にはならない」

「……そうか」

 そして、トキヤはユイセの再度の勧誘を断った後、まだ会談らしいことは何もできていなかったため、ユイセの提案に異を唱えるべきか少し悩んだが。

 ……今、ここを去れば、ブルーレースが俺たちを追ってくる可能性は限りなくゼロに近くなる。……上の要求を伝えるよりも、安全な帰路に就くことの方が大事だ。

 ユイセの方からお開きにしようと言ってきた今が、ここを去るベストなタイミングであると判断し、会談を終了することにトキヤは反対しなかった。

「……では、ユイセ、この会談では特に話が進展することはなく、互いに得るものも、失うものもなかったと報告して問題ないな?」

「おう。ああ、それとオレも興が乗りすぎて、ちょいっと挑発的な発言を連発しちまったから、その銀髪のJDが乗り込んできたことは不問にするけどよ、ソイツが壊した教会の壁については、そっちで始末してくれよ。金云々じゃなくて、オレが壊したってことになると色々メンドーなんだよ」

「もちろんだ。ここを出たら、すぐにこの施設の持ち主に連絡を取り、謝罪する」

 そして、教会の壁を壊した事についての話題が出たことで、ブルーレースを警戒しながらも、申し訳なさそうに肩を竦めるシオンの後ろ姿を見て、トキヤが苦笑していると。

「そうか。――――それじゃあな、トキヤ」

 と、ユイセから、まるで学校からの帰り道で友人にするような別れの言葉を掛けられたトキヤは。 

「……ユイセ、最後に一つだけいいか。政府や反政府という立場は関係なく、お前より少しだけ長く生きている、同郷の先輩として忠告したい」

 郷愁の念に駆られ。 

「ん? なんだよ」

「ユイセ、――――考え直せ」

 らしくない、お節介な言葉を語るために口を開いた。 

「俺もお前の年の頃は、自分の幸せを得ることだけに夢中になっていた。そして、その幸せを得るために、俺は自分の可能性を望んで閉ざそうとしていたが、それは俺が望む幸福のために俺が終わるだけだったから何の問題もなかった」

 そして、トキヤは、極東の島国で愛するJDと過ごした、とても幸せで、退廃的な日々を思い出しながら。

「だが、お前が望む幸せを得るためには多くの人間の可能性を無理矢理閉ざさなければならない。……ハッキリ言って、最悪の願いだ」

 自分が得ようとしていた堕落した幸せと比べても、ユイセが得ようとしている幸せは、あまりにもむごたらしく、凄惨なものであると断言し。

「だから、考え直せ。お前にだって、想像力ぐらいあるだろ。お前一人が笑うために多くの人間が泣くことになるんだ。……つらすぎるだろ、そんなの」

 このまま進んでいけば、つらい思いをすることになると、トキヤはユイセに忠告した。

 そのつらい思いをするという言葉の対象が、泣くことになる多くの人間に向けられたものなのか、多くの人間が泣いている中でユイセが一人笑っている光景を示しているのかはトキヤ自身にもわかっていなかったが、それでも、トキヤとしては、最大限の思いを込めた言葉を贈ったつもりだったが……。

「――――ケッ。説教なんか聞く気はねえよ。仲間にならないなら、帰れ帰れ」

 その思いが届くことはなかった。

 ユイセはトキヤの真剣な言葉を、校長先生の長い話と同等か、それ以下のものとして聞き流した。

「……」

 そんなユイセの子供らしい拒絶の仕方にトキヤは、思わず笑ってしまいそうになったが。

「……ああ。それじゃあな、ユイセ」

 何にしても自分ができるのはここまでだ。と、トキヤは割り切り、学校の後輩にするような別れの挨拶をしてから、反政府のトップであるカムラユイセに背を向けた。

 そして、ジャスパーを先頭に、トキヤ、アイリス、シオンの順で列を作って歩き出し、四人は教会を出ようとしたが。

 その途中で、先頭を歩くジャスパーがトキヤの横に並び。

「……しかし、貴様には悪いことをした」

 いつの間にか冷静になっていたジャスパーがトキヤに謝罪の言葉を投げかけた。

「……何のことだ?」

「傷一つ付けることなく帰すと言ったというのに、それが出来なかった」

 そして、最初はジャスパーに何を謝られているのかわからなかったトキヤだったが、イオンに噛みつかれたことを思い出し、苦笑しながら、気にするなとジャスパーを励ました。

「何、子供が噛みついただけだ。こんなの怪我のうちにも……」

 入らないさ。と、トキヤはイオンに噛まれた左手をジャスパーに見えるように挙げて。

 その時に初めてトキヤは、くっきりと歯形が残っているだけでなく、皮膚が裂け、血が出ている左手を目にした。

「……これは、怪我だな」

 そして、自分が普通に怪我をしていたことを認識し、何も言えなくなったトキヤを見て、ジャスパーは面目ないと力なく項垂れた。

「いや、自分がパートナーの衝動を止めようなんて気になるわけがないことをすっかり忘れていた。無論、我がパートナーが悪いなどとは微塵も思っていないが、貴様との約束を守れなかったのも事実。……だから、これはせめてもの詫びだ」

 受け取って欲しいと、ジャスパーはトキヤの右手を握り、トキヤの手の中に何かを入れてから手を放した。

「……?」

 そして、今、自分は何を握らされたのだろうかと疑問に思ったトキヤが、少しだけ手を開いて、中を確認し。

「――――!」

 仮にも敵対者であるジャスパーから渡されるとは思ってもいなかったモノを見て、驚愕した。

「……ありがたく頂いておく」

 そして、トキヤはジャスパーに小声で礼を言ってから、いつか必ず役に立つソレをポケットに入れ、そのまま教会を出るために足を進めた。

「……」

 ……しかし、最後まで一言も喋らなかったな、あのJD……。

 心に僅かな不安を抱いたまま。

 ……ブルーレース。最強のJD、フィクスベゼルを超えるJDであり、その上、敵である俺たちを燃えるゴミ程度にしか思っていないであろう狂気のJD。そんな難物が何も仕掛けてこない、なんてことがあり得るのか……?

 ユイセの命令に従うということ以外、実力も本性も何もわからなかった空色の髪のJDをトキヤは不気味に思いながらも。

「……」

 戦わないで済むのならそれに越したことはない、と考えたトキヤはこれ以上、心をざわつかせないためにも、後ろを振り返ることなく、早足で教会から立ち去った。

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