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「……何?」
下を向いて考え込んでいたトキヤが、ユイセの発した言葉の意味を測りかね、視線を上げると、生意気な表情のまま、不敵な笑みを浮かべているユイセの顔がトキヤの目に入った。
「……ユイセ。今、お前は、俺に仲間になれと、そう言ったのか?」
「ああ、そうだ。つうか、今回の会談はオマエを仲間に引き入れる以外の目的はねえんだよ」
「……お前、本気で言っているのか?」
この政府と反政府の会談は建前でしかなく、本当の目的は自分を引き抜くこと。そんな正気を疑う発言を聞き、トキヤは思い出す。反政府のトップ、つまり、ユイセが何故か自分を気に入っているということを。
……俺のどこを気に入ったのかは知らないが、互いの立場も考えず、仲間になって欲しいと駄々をこねるとは……。
学生のグループ作りじゃないんだぞ。と、ユイセの真の目的を知り、呆れ果てたトキヤは、敵に怒りをぶつけるというよりも、後輩を諭すような口調でユイセとの会話を再開した。
「……ユイセ、俺はどこにでもいるような普通の技師だ。反政府のトップが直々にスカウトするほどの価値がある人間ではないぞ」
「はっ、オマエのどこが普通の技師だって言うんだ。こっちの前線基地を攻略する時には指揮官をやり、その上、自分を戦力の一つとしてカウントしてJDだらけの戦場に乗り込む胆力のある技師を、普通とは言わねえよ」
「……まあ、言われてみれば、確かに普通ではない気もするが、そんなに立派なものではないさ。あれは上からの命令でやっただけだ。無論、全力は尽くしたが……、あの成果は運に助けられた面が大きい」
「別に良いじゃねえか、運に助けられようが、結果が全てだ。オレはそこのジャスパーを倒したオマエをすげえ評価しているんだぜ。オマエの仲間の有象無象だけじゃ、ジャスパーを倒すことなんて絶対にできなかっただろうからな」
「……見当違いも甚だしいな。あれは俺以外のみんなが頑張ってくれたからこその成果だ。俺は殆ど……」
勝利に貢献できなかった。と、その言葉を発したトキヤは自分自身の言葉で傷つき、心の痛みに耐えるため、拳に力を入れ、僅かに視線を横にずらし――――
「……?」
……ジャスパー……?
トキヤは、目を瞑ったままのジャスパーの眉が激しく動いた瞬間を目にすることになった。
「……」
……しまった。ジャスパーならこのぐらいのこと気にもしないと思っていたが、流石に本人がいる場所でする話題ではなかったか。
そして、その眉の動きから、ジャスパーが今の自分の発言に苛つきを覚えたことを察したトキヤは、配慮に欠けていたと反省し、ジャスパーにどう謝罪すべきかと考え始めたが。
「ははは……!」
ユイセの高笑いがトキヤのその間違った思考を掻き消した。
「ははは! いやー、傑作だぜ。見当違いなのはどっちだっての。逆だろ逆。オマエがいたから勝てたんだろうが。残りの連中だけじゃ、どうやろうがジャスパーには勝てなかっただろうよ」
「……俺がいたから勝てただと……?」
「ああ、そうさ。幾ら武器が良かろうが、幾ら銀髪のJDが強かろうが、それだけじゃ、ジャスパーに勝てるわけがねえ。ジャスパーはオマエの行動と言葉に負けたんだよ。おい、そうだろ、ジャスパー」
そして、トキヤの考えとは正反対の理由でトキヤ達がジャスパーから勝利を掴み取ったと考えているユイセは、その答えを本人に聞き。
「……カムラユイセ。貴様は本当にハノトキヤに執心しているようだな。本人よりも本人のことがわかっているように思える。……そして、ハノトキヤ。今の貴様の発言、少しイラッとしたぞ。自分の長所ぐらい、しっかり把握しておけ」
ユイセの発言に素直に頷くのが嫌だったのか、かなり湾曲した言い方でジャスパーはユイセの言葉を肯定し、トキヤには自分が苛ついた理由を語った。
「……」
……待ってくれ。今、ジャスパーが苛ついたのは、自分が倒された話をしていたからではなく、俺が、俺自身のことを把握していなかったから、なのか……?
そして、ジャスパーが怒った理由が全く想定していなかったモノであることにトキヤは混乱したが。
「……トキヤ。オレはな、ネイティブを打ち負かした、普通じゃない、狂ってるオマエを仲間にしたいと思ったんだ」
トキヤの混乱を意に介せず、ユイセが淡々と話を進めたため、トキヤは混乱する思考を振り捨て、ユイセとの会話に集中した。
「……っ。……ユイセ、お前も変なことを言うんだな。狂ってる奴を仲間にしたいと考えるのは、誰よりも狂っている証拠だぞ」
「いいや、これはけっこう合理的な考えなんだぜ。オマエは知らねえだろうがネイティブっていう連中はな、まともな人間の言うことなんかまず聞かねえんだ。けど、同じ人間から見て、あ、こいつ頭おかしいんじゃねえかなって思うような人間の命令は案外聞くんだよ。狂ってるモノ同志、相性が良いんだよ」
「……」
そして、ユイセとの会話を続け、トキヤはあることに気づいた。
それは。
「……なるほど。ユイセ、お前は、俺が――――ネイティブを制御できると踏んだわけか」
ユイセが自分を引き抜こうとしている、その理由である。
反政府軍が正規の倫理観を持たないネイティブをどれだけ所有しているのかはわからないが、ジャスパーのように人間と普通にコミュニケーションが取れるネイティブは奇跡のような存在であるということをトキヤは把握していた。
故にコントロールのできないネイティブも反政府軍には当然いるのだろうとトキヤは推測しており。
「ああ、そういうこった」
ユイセの肯定によって、その推測が正しいことが証明された。
「トキヤ、オレはオマエが誰よりもネイティブと相性が良いと考えた。だから、オレはオマエを仲間にしたい。……実はこっちのメンツじゃうまく制御できないネイティブがいてよ。そいつをオマエにコントロールして貰いたい。そうすればすぐにでも次の段階に計画を進められる。それにオレとオマエは同郷だしよ、オマエみたいな奴が仲間にいてくれたら、色々と楽になるんだ。ああ、もちろんタダとは言わねえぜ。金もJDも権力も好きなだけくれてやる」
だから、どうだ、仲間にならないか。と、巨大組織のトップから金もJDも権力もやると熱烈なラブコールを受け、自分を引き抜こうとしている理由にも納得がいったトキヤは、一切迷うこと無く。
「――――断る」
そう言い切った。
「……それは、どうして」
「そうだな、まず、お前の提示した条件に全く魅力を感じなかった。俺はこれでも高給取りで、金は使い切れないぐらいに持っている。JDは同じ基地に所属している連中が今の俺にとって最高の仲間達だ。そいつらの敵になってまで、他のJDと仲間になるつもりはない。権力は……まあ、持ってはいないが、欲しいとは思わない」
そして、と、トキヤは一度言葉を句切り。
「……俺は生まれ育った国を出るとき、自分はすぐに野垂れ死ぬものだと思っていた。だが、俺はこの国の政府に属する人とJD達に救われて、今もこうして生きている。……俺はみんなに感謝しているんだ」
そんな人達を裏切れるわけがない。と、トキヤは強い思いの籠もった言葉をユイセにぶつけた。
「……」
そして、顔を下に向けたままトキヤの話を聞いていたユイセが顔を上げ、顔を下に向ける前と何も変わらない表情のまま、口を開き。
「なんつーか、思っていた以上に、まともでフツーな理由で断るんだな。オマエ、JDが関わらねえとタダの優等生ちゃんなのか? 変なとこでつまんねえヤツだな」
拒絶されたことに怒ることもなく、ユイセは。
「けど、いいのかよ。政府軍にいたら、オマエ――――死ぬことになるぜ」
自分の中の確信を言葉にした。
「……何だと?」
ユイセが、その発言をした次の瞬間に、場の空気が変わった。だが、その変化をもたらしたのは会話をしていた二人ではなく。
「――――」
「――――」
トキヤの側にいた、JDと少女であった。
目を瞑っていたジャスパーが目を見開き、ディフューザーを可能な限りトキヤ達に接近させ、トキヤの側でじっとしていたアイリスは僅かに前屈みになり、即座に戦闘ができる体勢を取った。
「……っ」
そして、二人よりもだいぶ遅れて、トキヤが身構えると。
「っ――――ははははは!」
このまま戦闘になるものだと思い込んだトキヤ達を見て、ユイセが大笑いをした。
「ははは! ……あー、わりぃわりぃ、なんか勘違いさせちまったみてえだな。安心しろよ、ここで殺す気はねえよ。オレはただ、政府に属していればどこかで絶対に死ぬことになっちまうって言っただけだ。――――オレの持つ力によってな」
「……随分自信があるようだが、それこそジャスパー以上の力を持つJDなんてそうはいないだろう」
「ん? いるぜ。――――此処にな」
何……? と、トキヤがユイセの語った言葉の意味がよくわからず顔を顰めていると、トキヤにジャスパーが身体を近づけ。
「……ハノトキヤ、いざとなったら貴様とアイリスをディフューザーで施設の外にまで運ぶが、最悪、骨の一、二本は折れるのを覚悟してくれ」
無傷で帰すと言ったのに悪いな。と、ジャスパーがトキヤに謝罪をした。
「……? それは――――」
そして、その謝罪はどういうことかと尋ねるために、トキヤはジャスパーに視線を向け。
「――――」
トキヤは、初めて目にするジャスパーの表情を見て言葉を失った。
ジャスパーは、戦場ですら見せなかった切羽詰まった表情をしていた。
ジャスパーは今、何かに対し、これ以上無いというぐらい警戒している。しかもそれは敵を認識し、戦闘態勢に入ったというようなことではなく。
襲い来る大災害から如何にして逃げ切るか、ジャスパーはそれだけを考えているようだった。
ジャスパーに迷うことなく逃げるという選択を取らせる脅威とは、いったい何なのかとトキヤがジャスパーを見ながら考えていると。
カツン、カツン、と、釘を打ちつけるような音が教会内に響いた。
「――――」
その音に気づき、トキヤが視線を戻すと。
「……」
そこには、ステンドグラスの煌めきを全身に浴び、静かに佇む、一人のJDがいた。
そのJDはユイセと共にこの教会に最初からいた、白いドレスを着た空色の髪のJDだった。
いつの間にか教会の奥からユイセの隣に来ていたそのJDは変わらず、顔を隠し、声も出していなかったが、距離が近づいたことにより、幾らか観察しやすくなり。
……このJDを、俺は知っている……?
トキヤは最初にこのJDを見て感じた理解不能な衝撃に対しての解像度を上げることに成功した。
「……っ」
だが、見たことがあるだけなのか、実際にコミュニケーションを取ったことがあるのかまではわからなかった。
そして、空色の髪のJDを見つめて困惑するトキヤを、愉しげに眺めていたユイセが口を開き。
「なあ、トキヤ、オマエってJDのことが大好きだろ? それで戦争中の国の技師もやっている。なら、こいつの顔も知ってるんじゃねえか?」
ユイセはトキヤに新たなる情報を開示すると宣言した。
「おい――――見せてやれ」
そして、ユイセは空色の髪のJDに指示を出し、空色の髪のJDは顔を隠していたホログラムのフェイスベールを消した。
「――――」
今までそのJDは女性型JDであること以外は何もわかっていなかったが、ホログラムのフェイスベールが消えた瞬間に、トキヤはそのJDが普通ではないということを理解した。既製品でないのはもちろん、造形だけに拘った顔でもなく、究極を目指して作られたJDであるということを一目で理解し――――
「――――」
そのJDの瞳が開かれた時、トキヤは昔見た映像を思い出した。
それは極東の地で師事していた研究者が見せてくれた、表に出回っていない、とあるJDの戦闘映像。その映像に映っていたのは、数え切れないほどのディフューザーを操り、破壊の限りを尽くす、強力無比なJD。そのJDの何処までも冷たく、そして、何処か寂しげな瞳の色をトキヤは鮮明に覚えており。
「――――」
その瞳と全く同じ瞳の色をしたJDが目の前に現れ、トキヤは。
「まさか、フィクスベゼル、なのか……?」
自分が過去に映像で見た、最強のJDの名を呟いた。
そして、その次の瞬間に。
「――――」
教会の壁が轟音を響かせながら、一気に崩れ落ちた。