64
「……ん? やけに良い匂いがすると思ったら、今、横を通ったパーティ会場に料理が大量に並んでいたな。お前達、会談の後にパーティでもするのか?」
「いや、あれは貴様に余裕があることを見せつけるためだけに用意した料理だ。会談が終わればすぐに廃棄処分だろう。あの男のつまらん見栄だよ。気になるなら、毒などは入っていないだろうから、会談が終わった後に貴様達が食べてもいいぞ」
「あの量の料理を廃棄とは勿体ないな……。……持ち帰り用の容器はあるか?」
「持ち帰り用の容器? そんなものは用意していな……、いや、そういえばアレが此処に来るときに……」
反政府のトップとの会談のために施設に入ったトキヤは、花咲く庭園を横目で見ながら、施設内限定の護衛であり、案内人でもあるジャスパーと、とても気楽な話をしていた。
すると。
「……ねえ、ネイティブ。ちょっといいかな。結局、わたしに会わせたい人って誰なのかな……って、何、その顔? ……もしかして、名前で、ジャスパーって呼んだ方がいい?」
この戦争の行く末を決める会談前なのだから、と遠慮してトキヤの後ろで黙っていたアイリスだったが、トキヤとジャスパーが本当にどうでもいい雑談ばかりをしていたため、口を挟み、自分が気になっていたことをジャスパーに尋ねた。
「ああ、意地を張ることなく、そうだと肯定しよう。貴様にネイティブと呼ばれるのは、少々堪えるのでな。可能ならジャスパーと呼んで欲しいものだ獅子の少女よ」
「……わかった。後、それなら、わたしのことはアイリスって呼んでいいから」
承知した。と、ジャスパーはアイリスと互いの呼び方を決め、満足げに頷いた。
「それで、獅子の少女、いや、アイリスよ。貴様の疑問に答えるためにも、こちらも聞きたいことがあるのだ。……アイリス、貴様は何処の生まれだ? 家族は息災か?」
「……? その質問にどんな意味があるのか知らないけど、わたしは、――――わからない。としか言えないよ」
「……わからない? それは、敵である自分には教えたくないという遠回しな拒絶か?」
「ううん、本当にわからないの。わたしはずっと冷凍施設っていうところで眠っていて、目が覚めたのもつい最近だし、今はもう治ってるんだけど、わたしの脳は毒薬で一度グチャグチャになったみたいで、そのせいで昔のことは何も覚えていないんだ」
「……なんと」
それは流石に想定していなかった。と、アイリスの過去を知り、ジャスパーは驚愕を表現した。
「……」
そんなジャスパーを見てトキヤは、ジャスパーがその話が真実かどうかを尋ねてきたらすぐに詳しい説明が出来るように思考を廻していたが……。
「むぅ……、となると根本から計画を変えねばならないか……? いや、そもそもこれは、自分がよかれと思ってやったことだ。誰に咎められるというわけでもない。――――うん、このままで行こう。そもそも自分はパートナー以外になら、幾ら咎められても気にもならんしな」
ジャスパーはトキヤに詳しい説明を求めることなく、アイリスの言葉を即座に真実だと判断して、すぐに情報を整理し、僅かに乱れた自分の思考を纏めたようだった。
「……」
……まったく、こいつは人を疑うことを知らない……いや、アイリスの言葉だから信じたのか……?
馬鹿だからすぐ信じたのか、この場所に呼ぶほどに特別視している人間の言葉だから信じたのか、そのどちらなのだろうかと疑問に思ったトキヤがジャスパーを注意深く観察していると、ジャスパーは再び口を開き。
「アイリスよ。先の質問の答えだが……、貴様に会わせたい、正確に言えば、貴様を会わせたい人物は、――――貴様によく似た構造をした人間だ」
ジャスパーはアイリスの質問に答えた。
「……わたしによく似た構造をした人……?」
「ああ。自分としてはすぐにでも会わせたいのだが……、まずは会談だ。我がパ……会わせたい人物はこの施設の一番奥にある庭園で絵を描いている最中だろうし、早くあの男にハノトキヤを会わせないとアレが五月蠅いからな」
「……ああ、そうしよう。アイリス、ここに来る前にも話したが、会談中は俺の側から離れないでくれよ」
「あ、うん。わかってるよ、トキヤくん」
そして、ジャスパーがここまで必死に動いている時点で、アイリスに会わせたい人物がジャスパーにとってどういう人間なのか大体の予想が付いたトキヤだったが、今はその人物の正体を問い詰めるのではなく、ここに来た最大の目的である会談に集中すべきと考えた。
「……」
そして、それから三人は殆ど喋ることなく、施設内を歩き続け。
「――――着いたぞ」
一つの建物の前で三人は足を止めた。
「……」
……教会、か。
そこは施設内に建造されている教会だった。トキヤは会議場のような場所で会談を行うと思っていたため、ほんの少し驚いてしまったが、何処で話し合おうが問題は無いと心の中で呟いてから、ジャスパーと視線を合わせ、既に準備はできていると伝えた。
「――――ハノトキヤを連れてきたぞ」
そして、トキヤの瞳を見て頷いたジャスパーが教会の扉を開け、中に入っていったため、トキヤはジャスパーに続いて教会の中に入り――――
「――――」
トキヤは雷に打たれたような衝撃を受けた。
教会に入ったトキヤが目にしたのは、教会の奥で静かに佇む、一人のJDだった。
艶やかな白のドレスを着た、優しい空色の髪が特徴的なそのJDは、とても美しいJDであった。
「……?」
そのJDを見てトキヤは、これ以上無いというほど、困惑した。
何故なら、トキヤはそのJDを見て、自分自身が信じられないほどの衝撃を受け、動揺している、その理由がわからなかったのだ。
「……」
……これは、どういうことだ。なんなんだ、あのJDは……。
そして、トキヤはその原因を究明するために教会内で佇む、淡い水色の髪のJDをより一層注意深く見つめたが……。
……目を閉じたまま全く動かず、イヤリングで立体映像を作り、フェイスベールのようにホログラムで目から下の顔を隠されては……。
流石に特徴が掴めん。と、白のドレスで身体を見せず、目を瞑り、踊り子のようにホログラムのフェイスベールで顔を覆っているJDの正体を見極めることはトキヤの特殊な才覚を以てしても難しく、トキヤが水色の髪のJDに近づいてもっと詳しく調べようとした、その時。
「――――はっ。入ってくるなり真っ先にJDを見つけて、会談の相手には視線を向けもしねえとはな。やっぱ、良い感じに狂ってんな、オマエ」
静かな教会に男の声が響き渡った。
「――――」
そして、トキヤは冷や汗を流しながら、思い出す。今、自分がここにいる意味を。
トキヤがここにいるのは、何故か妙に気になってしまう美しいJDの正体を探るため――――ではない。
トキヤは、反政府のトップとの会談をするためにここにいるのだ。
「――――!」
……し、しまった……!
不思議なJDを見つけて、重要な仕事をすっかり忘れてしまっていたトキヤは、二十歳を過ぎた大人として、社会人として自分が本当にかなりアレな人間であるということを再確認しつつ、すぐに水色の髪のJDから視線を外した。
「た、大変な失礼を……!」
そして、トキヤは本気の謝罪を口にしながら、声が聞こえた方を向き。
「――――な」
トキヤは、水色の髪のJDよりも理解できないモノを目にし、言葉を失った。
「……」
……なんで、子供がここにいる……?
そこにいたのは、十五歳ぐらいの子供だった。しかも。
……こいつ、この国生まれの人間じゃないな。もっと東の、下手をしたら俺と同じ……。
その少年はトキヤと同じ色の髪と肌を持ち、トキヤと同じようにほっそりとした体つきをしていたのだ。
「……」
童顔で生意気そうなその少年にトキヤは親近感のようなものを抱いた。まるで、五年ぐらい前の自分を見ているようだと。
「……っ」
そして、トキヤは子供の頃の自分と少し似ている少年が何故ここにいるのかと考え、すぐにこれ以外はないというような推測をした。
……まさか、こいつも……?
この少年は、自分と同じように使者、メッセンジャーとしてここにいるのだとトキヤは考えたのだ。
……反政府のトップがここに来ていないっていうなら、この護衛の少なさも納得できるしな。
お互いに貧乏くじを引かされたな。と、トキヤは少年に対し仲間意識のような思いを抱きながら、己の仕事を果たすために、少年に向かって出来る限りの作り笑顔を浮かべ、シオンの言葉遣いを真似た言葉を発した。
「えー、色々とお見苦しいところをお見せしました。自分はハノトキヤと申します。要請に応じ、政府軍の使者としてここに来ました」
「ああ、知ってる知ってる。オレはカムラユイセっていうんだ。よろしくな」
「あ、はあ、よろしくお願いします」
……かむら、ゆいせ、か。あまり聞いたことのない苗字と名前だが、これで確定した。こいつは間違いなく……。
俺と同じ国の生まれだ。と、反政府の使者と思われる少年が同郷であるということを確信し、トキヤが何とも言えない表情を浮かべていると。
「ん? なんだ、オマエも人に気を遣った喋りが苦手なのか? なら、別に丁寧な言葉なんか使わなくていいぜ。もっと素のオマエを見せてくれよ」
少年がトキヤの曖昧な表情を敬語等を使うことに慣れてない故の表情と捉えたらしく、言葉はもちろん、笑顔を作ることにさえ四苦八苦していたトキヤはその少年の言葉を否定せず、その提案に乗ることにした。
「それは……正直、助かる。俺は、真っ当な人間を演じなければならない場面とはあまり縁が無くてな。ほんの僅かな愛想笑いでさえも、結構、きつかったんだ」
「ははっ、ま、そうだろうな。そういうフツーから外れた人間だと思ったから、オレは此処にオマエを呼んだんだ」
「……? あー、それでだ。互いの自己紹介も終わったことだし、使者らしく上の要求を伝えたいところなんだが、どっちから先に話す? そっちもあるんだろ、反政府の誰かに言われてきたことが」
「ん? ねえよ、そんなの」
「……は? いやいや、何かあるだろう。反政府の上の人間から何か言われてきたから、お前はここにいるんじゃないのか?」
「いや、だからねえって。そもそも、上の人間なんていねえし」
「……それは、どういう意味だ?」
「そのまんまの意味だぜ。オレの上には誰もいねえ。だって、オレが――――反政府のトップだからな」
「……は?」
――――オレが反政府のトップ。そんなくだらない冗談を言い放った少年、ユイセにトキヤは思わず、ふざけるな。と、怒鳴りそうになったがここは仮にも政府と反政府の会談の場である事を考え、トキヤは冷静に、苦手な愛想笑いを浮かべた。
「は、はは……。それは、何とも、面白い冗談だな」
そして、トキヤは、なあ、と、隣にいるジャスパーに話し掛け、この子供のふざけた冗談を自分の代わりに一蹴して貰おうと企んだが――――
「いや、事実だぞ」
ジャスパーは何でもないことのように、あっさりと、トキヤには理解できない言葉を口にした。
「……ジャスパー。それは、どういう意味だ」
そして、その言葉の意味が理解できなかったトキヤはジャスパーの顔を覗き込みながら、その意味を尋ね、そのトキヤの行動に若干戸惑いつつも、ジャスパーは。
「今言った言葉以上の意味は無いぞ。その男、カムラユイセは――――反政府のトップ。我々のリーダーだ」
今、話している少年が反政府のトップであると断言した。
「――――」
そして、ジャスパーの迷いのない瞳を見て、その言葉に嘘がないことを感じ取ったトキヤは。
「……そんな、馬鹿な……」
幼き日の自分を想起させる少年が、この国を蝕む反政府のトップであるということを理解した。