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 月の光を形にしたような銀色の髪。アメジスト(宝石)のような輝きを放つ紫の瞳。端正な顔立ち。と、戦闘用スーツや軍服を着ていても、シオンからは多くの美しさが見て取れた。

 だが、今のシオンの美しさはそれだけにとどまらなかった。シオンは今、戦闘用スーツも軍服も着ず、一糸まとわぬ姿でそこにいるのだから。

 完璧なる曲線美。シミ一つない白磁のような肌。柔らかな胸。芸術的ですらある鼠径部のライン。裸のシオンは普段は見えない隠れた美しさも全てさらけ出していた。

「――――」

 そんな人体を模した造形の極致とも言えるシオンの裸体を見て、バルの口から零れたのは。

「……綺麗ですねー」

 真っ直ぐな思いを乗せた、感嘆の声であった。

『――――あらら、シオンって露出癖があったんですか? そんなの知りませんでしたよー』と、いつもの調子で軽口を叩こうとしたバルが、綺麗、という言葉以外何も言えなくなるほどに、本当にシオンの裸体は美しいのだ。

 そして、バルの意見に同意するように、うん、うん。と、カロンも頷くばかりで、二人が何も喋らなくなってしまったことに困ったシオンは。

「……ありがとうございます?」

 で、いいのでしょうか? と、褒められたことに感謝の言葉を述べてから、二人をこの部屋、整備室に通した理由を話し始めた。

「その、もし時間があるようでしたら、二人には私のメンテナンス(・・・・・・)を手伝って貰いたいと思ったのですが……。どうでしょうか……?」

 そして、シオンが少し申し訳なさそうに自分のメンテナンスを手伝って欲しいと二人にお願いすると。

「メンテナンス……?」

 その単語を聞いた途端に夢見心地の表情から一気に険しい表情になったバルがシオンに鋭い視線を投げつけた。

「……どうやら、聞き間違いじゃなさそうですね。……何、落ち着いた顔で錯乱してるんですかシオン。――――ジャッジメントエラー(・・・・・・・・・・)。知らないわけありませんよね?」

「……はい」

 バルが怒りに近い思いを抱きながら語ったジャッジメントエラーという言葉。それは、JDに起こる人間でいうところのヒューマンエラーに近い現象である。

 JDは判断する人形という名の通り、自己判断をし、人の命令がなくとも行動するため、時折、人間のようにミスをすることがある。基本的にはヒューマンエラーが起きる確率に比べたらかなり低く、天文学的な確率といってもいいぐらいの発生率のため殆どの場合はリスクとして考えられることはない。――――一部のジャッジメントエラーが多発する行動を除いて。

 JDがジャッジメントエラーを起こしやすい行動は幾つかあるが、その原因は殆ど特定されている。しかし、人間の研究者もJDの自己判断でも未だにジャッジメントエラーが多発する原因がわかっていない行動が一つだけある。

 それが、JDの整備である。JDに自分や他のJDの整備を任せると、時々、という結構な頻度でとんでもないミスをやらかしてしまうのだ。そのため、JDの整備部門には必ず人間が配属されている。

「……JDの整備にジャッジメントエラーが発生しないのなら、人間の整備技師なんていりませんよ。けど、多発するから技術屋さんを始め、多くの人間の技師がいるんです」

 何ふざけたこと言ってるんですか。怒りますよ。と、既に完全に怒っている口調でバルが語ると、ここまでバルが激昂するとは思ってもいなかったシオンが慌てて言い訳の言葉を並べ始めた。

「で、ですが、バル。今、私がやろうとしていることは本当に大したことではないんです。このぐらいのことならJDだけでもエラーを起こすことなくメンテナンスができると私は思って……」

「はあ? このぐらいって何です。それ、自分の物差しで測って適当言ってるだけですよね?」

 そもそも何を自分でメンテしようと思ったんですか。と、怒り心頭といった面持ちでバルはシオンから視線を外し、整備用の処置台に目を遣った。

 そして、整備用の処置台の上に置いてある小さな瓶を発見したバルは。

「……」

 ……あー、確かにこのぐらいなら、出来そうな気もしますね……。

 そんなことを思った。

「……」

 処置台の上にあったモノは、この程度のメンテならJDだけでも出来るかもしれない。と、バルでさえ思ってしまうような代物だった。

 その瓶に入っている半透明の液体は生体クリームと呼ばれているJDの人工皮膚のメンテナンスに使われる薬剤であった。

 人工筋肉搭載型(ヒューマンフェイカー)全般とバルやサンのような一部のハイブリッド型には人工皮膚が採用されており、十代の少女の肌と同等の弾力と潤いがある肌が再現されている。

 しかし、その再現のために疑似ターンオーバーなどが行われるため、時間と共に人工皮膚は少しずつ減っていく。そのため、人工皮膚の交換、もしくは生体クリームを人工皮膚に付けないと、半年から一年の間に肌の潤いは失われ、最終的には木の幹のようなカチカチの肌になってしまうのだ。

「……あー、シオンってバル達と違って人工皮膚の交換をしたの、だいぶ前でしたっけ?」

「はい。二ヶ月前になります。先の作戦でネイティブと戦闘した際に両腕と両足を負傷し、その修理の際に四肢の人工皮膚は交換して貰ったのですが、それ以外の部位は前のままで……」

「……技術屋さんらしからぬ見落とし。と、言いたいところですが、あのネイティブ戦の後、技術屋さんだって負傷してたのにJDの修理を最優先に動いてくれていましたからね。幾らバルでも流石に責められません」

「はい。そして、今もトキヤ様はアイリス様の鋼の獅子の改良のために東奔西走されています。ですから、このような些事のためにトキヤ様をお呼びするのは気後れしてしまい……」

「それで、自分で生体クリームを塗ろうと」

「はい。そして、バルとカロンには手の届きにくい場所を塗って貰いたいと思ったのですが……」

 お願いできますか? と、シオンに頼まれたバルは、どうしたものかと悩み。

「……カロン?」 

 悩んでいる最中に、生体クリームを不思議そうな顔をして見つめているカロンの姿がバルの瞳に映った。

「カロン、どうかしました?」

「あ……、……うん。その、カロン達って、こういう、外見だけど、そういう、用途のために、作られては、いないよね? 求められたことも、ないし……。なのに、なんで戦闘に関係ない、ぷにぷにを維持しないと、なのかなって、思って……」 

「ああ、それはですね――――技術屋さんの趣味です」

 と、半分事実半分冗談の言葉をバルがキッパリと言い切ると、カロンは、趣味、趣味なんだ……と一人頷き、納得したのか少し後ろに下がった。

「……」

 そして、カロンとの会話を終えると同時に悩み終わったバルは。

「……やっぱり、技術屋さん、呼びません?」

 やはりジャッジメントエラーの危険性を考慮し、トキヤを呼ぶべきだと、シオンに提案した。

「……! い、いえ。それなら私一人でやります。呼び止めてしまい、すみませんでした、バル、カロン。貴方たちは貴方たちのすべきことをしてください」

「……技術屋さんを呼ぶこと、やけに嫌がりますね? シオン、もしかして、心境の変化とかで技術屋さんに裸を見られるのが恥ずかしくなったりしてます? それならそれで、お赤飯炊くんですけど」

「……お赤飯を炊くということがどういう意味なのかわかりませんが、トキヤ様に裸を見られることが恥ずかしいというわけではありません。……ただ、あまりにも環境が違うので……その……」

「環境、ですか?」

「……はい。奪われた基地でしたら専用の整備機器がありましたから、トキヤ様がボタン一つ押してくだされば、自動で薬剤がコーティングされましたが、この基地にはそういった設備はありません」

「まあ、そうですね。あの基地の設備はかなりリッチでしたからねー。で、それがどうしたんです?」

「……ここで薬剤を塗って貰うとなると、トキヤ様の御手で直に塗って貰うことになります」

「まあ、そうでしょうね。で、それがどうしたんです?」

「……あさましくありませんか?」 

「……はい?」

「このような些事のためにトキヤ様をお呼びしてまで、トキヤ様に肌に触れられることを求めている。そんなあさましいJDだと思われるのではないかと……」

 私は、不安に思ってしまったのです。と、シオンの正直な気持ちを聞いたバルは。

 ……初心(ウブ)が過ぎます……!

 シオンの砂糖菓子よりも甘い悩みに胸焼けを起こしそうになった。

 ……JDであるバルに胸焼けをイメージさせるとは、やりますねシオン……! ……けれど、まあ、大切な人に嫌われたくない。……その気持ちはよくわかります。

 そして、トキヤに嫌われたくないと本気で悩んでいるシオンの気持ちを汲み取ったバルは、問答無用でトキヤを呼ぶ荒療治はよくないと判断した。しかし、トキヤ以上に忙しそうなレタを呼ぶのも気が引けると思ったバルは、少し考え、――――そうだ、アイリスを呼べば良いんだ。と、問題の解決策を見出し。

「シオン、ちょっと待っててください」

 今、アイリスを呼びます。と、バルが声を上げようとした、その瞬間。

「――――」

 何の前触れもなく、扉のロックが解除される音が部屋中に響き渡り。

「――――来たぞ、カロン。それで何の用事だ?」

 この整備室は自分の部屋だというようにトキヤが足を止めることなく、スタスタと部屋の中へと入ってきた。

「――――」

「――――」

 突如現れたトキヤの姿を見て言葉を失ったシオンとバルの視線は自然とトキヤに名前を呼ばれたカロンの方を向き、二人に見つめられていることに気づいたカロンは、とても優しい微笑みを浮かべた。

「JDをぷにぷにさせるのが、トキヤさんの趣味なら、トキヤさんも息抜きにもなって、シオンさんも喜ぶから……」

 一石二鳥かな、と思って、呼んだの。と、そういって微笑み続けるカロンを見て、バルとシオンが唖然としていると。

「……そうか、この事だったのか」

 カロンの言葉とシオンが裸でいることから状況を正確に把握したトキヤが静かにシオンに近づき、――――頭を下げた。

「すまなかった、シオン。この前の戦闘後に両手両足の交換という大仕事をして、やりきったつもりになって人工皮膚のメンテナンスが近づいてきていることが完全に頭から抜け落ちていた。……本当にすまなかった」

「い、いえ……! 頭を上げてくださいトキヤ様! トキヤ様はこのような些事に気を取られる必要はないんです……!」

「些事じゃない。大事なことだ。これじゃあ、詫びにもならないかもしれないが、この生体クリーム――――全身全霊を込めて塗らせてもらう」

 そして、シオンに謝罪を終え、頭を上げたトキヤはすぐに生体クリームの入った瓶の蓋を開け、中に入っていた半透明の液体を自分の手に掛け始めた。

「トキヤ様、あの、せめて手袋を……! その、汚いですから……!」

「生体クリームは人体に付いても洗い流さなくて良いぐらいに安全性の高いものだから、汚くなんてないぞ」

「いえ、そうではな――――あっ……」

 そして、手全体に生体クリームを馴染ませたトキヤはすぐにシオンの身体に優しく触れ――――

「……すご」

 その目の前で繰り広げられる詳しく描写すると色々とマズい光景を見て、バルは感嘆の声を漏らした。 

「……カロン。今のシオン、どう思います」 

「……とても、えっち」

「ですよね……。JDのバル達が最高にエロいって思っているのに、真剣な表情のまま眉一つ動かさないって、技術屋さん……」

 ある意味、本当に凄いですね……。と、トキヤのプロフェッショナルぶりに感服しながらバルは。

「――――」

 最高に美しいシオンの姿をそれから十分以上、じっと見続けた。

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