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「お待たせしました、お客様! まずはお先にクリームソーダとフライドポテトの特盛ができあがりました!」

 という女性の元気な声が部屋中に響き渡り、デバイスを弄っていたトキヤは視線を上げ、その声のした方へと歩き出した。

 するとそこには一目で給仕担当であることがわかる格好をした特殊仕様のJDがおり、トキヤが近づいてきたことに気づいたJDは笑顔を浮かべたまま、再び口を開いた。

「自室でお召し上がりとのことでしたが、パッケージングは本当にご不要でございますか?」

「ああ、……と、思ったが、カップホルダーか何かでクリームソーダとフライドポテトを片手で持てるようにしてくれるか」

「かしこまりました!」

「悪いな」

 いえいえ! と、トキヤの急な注文にも嫌な顔一つせず給仕担当のJDは厚紙のカップホルダーを組み立て始め、その様子を後ろから眺めていたトキヤはふと、食事の注文の際に何度も言葉を交わしているこのJDから一度も代金の支払いを求められていないことに気がついた。

「そういえば、ここに来てからの食費や小型施設に送って貰った食材とかの代金って従来通り口座から月末に引き落とされるのか? 俺の所属が変わったのなら、もう一度、口座登録をしないとマズかったりするんだろうか」

 給仕担当のJDからだけでなく、この元敵前線基地に来てから一度もお金を払った記憶がなかったトキヤは自分が無銭飲食をしていたのではないかと不安になり、その事を給仕担当のJDに質問すると、カップホルダーを完成させた給仕担当のJDは営業スマイルの見本ともいえるような笑みを浮かべながら、大丈夫です! と、断言した。

「国家所有の統合知能(ライリス)が一つ破壊された戦況を重く受け止めた軍は、ライリスが破壊された時刻から特二級の緊急事態であることを宣言したので、現在は首都以外に存在する軍施設で消費される生活必需品は全て無料支給という形になっています。なので、お客様がお支払いを気にされる必要はありません!」

 そして、給仕担当のJDからお金を払う必要が無い理由について詳しく聞いたトキヤは感心したと言うように、ほう、と息を吐いた。

 ……やっぱり、金があるなこの国は。産油国ということにあぐらをかかず、様々な分野に手を出し、金を稼ぎ続けただけのことはある。俺は違うが技師仲間の結構な数の人達が金払いが良いからって理由で、この国に来てたもんな。……金のあるところに人は集まる、か。

 まあ、もっとも、金があるから横領だの貴金属の横流しだのが日常茶飯事で、その癖、富の再分配がうまくいかなかったから、反政府なんてものができて戦争になっているんだから痛し痒しではあるが。と、トキヤがこの国の良い面と悪い面についてボンヤリ考えていると。

「た、大変、お待たせしましたお客様……!」

 今までトキヤと喋っていたJDとは違う、別の給仕担当JDが冷気を身体に纏って、トキヤの前に現れた。

「お、おう。冷蔵倉庫から走って戻ってきたのか。何か面倒な注文になったみたいで悪かったな」

「いえいえ、とんでもございません……! むしろ、ここまでお客様を待たせるとは、給仕担当のJDとして面目次第もありません!」

「いや、まあ、お前達が誇りを持って仕事をしてるのはわかるが、そんなに頭を下げなくていいって。それよりも、ほら、俺が注文したものはあったのか?」

「あ、はい! こちらでよろしいでしょうか!」

 ご確認ください! と、給仕担当のJDはトキヤに液体の入った紙パックを差し出した。

「……ああ、これだ」

 そして、その紙パックにフルーツ牛乳という文字が印刷されていることを確認したトキヤは満足げに頷いてからその紙パックを受け取った。

「けど、責めるわけじゃないが、お前達なら食品管理ぐらい完璧だろ? それなのに中々見つけられなかったみたいだが、どこかの隙間とかに落ちてたのか、これ」

「あ、実は、その商品の在庫だけ何故か置き場所が変えられてまして、見つけるのに少し時間が掛かってしまったんです。まさか、一番奥にあったものが一番手前に置いてあるとは……」

「フルーツ牛乳の在庫だけ置き場所が変わっていた……? どういうことだそれ。バ……誰かのいたずらか?」

「いたずらかはわからないんですが、昨晩の監視カメラの映像にペルフェクシオンがその商品を冷蔵倉庫の扉を開けたらすぐに取れる場所に移動させている姿が映っていまして……」

「シオンが……?」

 三馬鹿ならともかく、どうして、シオンがそんなことを? と、トキヤは一瞬だけ考えてしまったが。

『――――トキヤ様は、フルーツ牛乳が一番お好きでしたよね』

「……そういうことか」

 トキヤは奪われてしまった基地での日常の一コマを思い出し、口元を緩めた。

「……あー、お前達、悪いんだが、フルーツ牛乳の在庫の位置、今のままにしておいてくれるか? 後、シオンが冷蔵倉庫から勝手にフルーツ牛乳を持っていっても、文句を言わないでくれ。それは俺の指示だから」

「……?」 

 はあ、わかりました。と、納得はしていないようだったが、頷いてくれた二人の給仕担当のJDにトキヤは礼を言ってから、右手に持った紙パックにストローを刺し、クリームソーダとフライドポテトを乗せたカップホルダーを左手に持って、食糧配給所を後にした。

「……」

 ありがとうございましたー! という給仕担当JDの元気な声を背にしたトキヤは狭い通路を歩きながらストローを咥えてフルーツ牛乳をひとくち口に含み。

「うまい、……ことはうまいんだがな」

 瓶と比べると何かが足りないんだよな。と、トキヤは呟き、視線を落として手に持つ紙パックのフルーツ牛乳を眺めた。

「……」

 瓶のフルーツ牛乳と同じメーカー、同じ成分、ほぼ同じ冷え方だというのに、トキヤはこの紙パックのフルーツ牛乳よりも、奪われてしまった基地でよく飲んでいた瓶のフルーツ牛乳の方がおいしく感じることを常々不思議に思っていたが。

「……足りないのは環境だっんだな」

 奪われた基地でのシオンとの会話を思い出したトキヤは、紙パックのフルーツ牛乳の味が悪いのではなく、今の環境が自分にとって良いものではないから、おいしいと思えていなかったことに気づいた。 

 大浴場で熱いお湯に浸かり、汗と一緒に一日の疲れを流した後、火照った身体を冷ますためにキンキンに冷えた瓶のフルーツ牛乳を飲む。

 この一連の流れがあってこそのおいしさであったことを理解したトキヤは。

「……早く取り戻さないとな」

 再び最高においしいフルーツ牛乳を飲むためにも、奪われた日常を必ず取り戻す。と、決意を新たにするのであった。

「……」

 そして、それからトキヤが、まあ、それはそれとして紙パックのフルーツ牛乳も普通にうまいな。部屋に戻る前に一本飲み終わりそうだから、戻ってもう一本貰ってくるか……? と、悩み始めたとき。

「ん?」 

 外が何やら騒がしいことに気づき、トキヤは通路の窓ガラスを開け、そこから顔を出し。

「あれは……」

 トキヤは何人かの特殊仕様のJDが基地の中央広場に向かって走っている姿を目撃した。

 敵の前線基地であったこの施設を自軍の基地とするために派遣された特殊仕様のJDたち。彼女たちは通信設備や防衛機能をはじめとした様々な設備に手を加え、この基地を政府軍が使えるようにするために尽力してくれた。たが、そういった仕事は既に殆どが完了しており、先の給仕担当のJD以外は基本的にオペレーターや清掃員をしているとトキヤは記憶していた。

 そんな彼女たちが。

「……あれ、弾道弾迎撃ミサイル(ABM)だよな……?」 

腕に装着するもの、肩に担ぐもの、地面に設置するものと形は様々であったが、走っている特殊仕様のJD達が皆、ABMと呼ばれる装備をしていることに気づいたトキヤは、この場所に向けてミサイルが発射されたのかと考え、すぐにデバイスを弄ったが異常を知らせるメッセージは何もなく、走っている特殊仕様のJD達も真剣な表情はしているものの、彼女たちから戦闘に向かう気迫のようなものが感じ取れなかったため。

 ……自主訓練か何かか?

と、トキヤは判断し、暫く窓から彼女たちの様子を窺うことにした。

「……しかし、ABMか」

 ……最初は確か、核で核を撃ち落とすというかなり大雑把な兵器だったんだよな。それが通常弾頭を積むようになって、JDと組み合わせることで命中率が飛躍的に上がると判明してからは、一気に小型化が進んで、今じゃ巨大なミサイルから市街地だけでなく戦場すらも守る、最高の防衛装備となっている。

 名称こそ変わっていないが、最初期とは全く別物の兵器になってるよなABM。と、戦場の守り神となっている装備についてトキヤが考えているうちに、特殊仕様のJDを纏めているリーダーJDが広場に現れた。

「よし、手の空いてるものは全員揃ったな。では、これより、ABMの発射訓練を行う! 我々が只のお茶汲みでないことを、戦闘用JD達に思い知らせるのだ!」

 そして、リーダーJDの言葉から、この集まりが訓練であることが確定し、トキヤは安堵の息を吐いた。

「――――って、しまった。アイスが溶け始めている……!」

 そして、その際に自然と視線が下に向いたトキヤは、メロンソーダの上に載っているアイスが溶け始めていることに気づき、急いで通路を歩き始めた。

「ABM展開(チェーンジ)! 照準セーット!」

「日輪の方を向いて、今、必中の……!」

「ABMファイヤー!」

 アイスが溶け始めていることに気づき、少し慌ててしまったトキヤが窓ガラスを開けっぱなしにしたままその場から離れてしまったため、特殊仕様JD達の気合いの入った声が通路中に響き渡り。

「……」

 トキヤは歩きながら、僅かに眉を顰めた。

 ……ABMの演習弾を撃つだけで全力出してるって感じだな。ライズの言うとおり、彼女たちを戦場に出すのは得策ではない、か。

 万が一ここが襲われたら、彼女たちにはABM装備でミサイルの迎撃だけに集中して貰おう。と、トキヤが既に指揮官でも何でもないのに、戦闘時に特殊仕様JD達に出す指示について考えながら歩いていると、あっという間に自室の前に辿り着き。

 部屋の扉を開け。

「おかえり、トキヤ!」

「おかえり、トキヤくん!」

 トキヤは下着姿の美少女二人に迎え入れられた。

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