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鋼の獅子と黄金の獣の力比べは、すぐに決着がついた。
厳密にいうと、これではいつまで経っても決着がつかないと考えたジャスパーが力比べを放棄し。
「――――」
大型の武装を身に纏っているとは思えないほどの身軽な動きで鋼の獅子の胴体部分に上り、自分を振り落とそうとする鋼の獅子の動きをものともせず。
「――――はぁ!!」
ジャスパーは気合いと共に、鋼の獅子の頭部と胴体の一部の装甲を引っ剥がした。
「え」
そして、オープンカーのようになってしまった鋼の獅子の中にいたアイリスとジャスパーの視線が合った。
アイリスはジャスパーを見つめ、恐怖とか以前に、純粋な驚きから目をまん丸にし。
「そんなのアリ……!?」
と、絶叫した。
「――――アリだ」
そして、想定外のリアクションをしたアイリスを面白いと思ったのか、ジャスパーは笑みを浮かべながら、アイリスに向かって必殺の一撃を放つため、拳を握り。
「……ん?」
その動作の途中に、ピタリとジャスパーの動きが止まった。
「……?」
そして、ジャスパーは首を捻りながら、握った拳を開き、アイリスの首根っこを持って鋼の獅子から引きずり出し、アイリスを持ったまま鋼の獅子から飛び降りた。
「なんだ、貴様は? 凄まじくよく出来た人工筋肉搭載型。……なの、か? それにこの造形……、我がパートナーに酷似している……?」
それから約十秒ほどアイリスを眺めていたジャスパーだったが、まあ、いい。と考えることを放棄し、再び拳を握ったが。
『――――ギリギリ間に合ったか。いや、冷や汗ものだったな』
ジャスパーが拳を振るおうとした、その直前にトキヤの声が響き、ジャスパーは視線をドローンに向けた。
「……貴様は人間の。何か用か、もう貴様と語る気は無いぞ」
『いや、俺達の戦いも終盤だと思ってな。最後に世の中をアイリス以上に知らないお前に少しだけアドバイスをさせてくれ。何、今度は時間稼ぎじゃない。さっきの射撃は後、十五分は撃てないからな』
事実だぞ。と、トキヤは言ったが、ジャスパーは全く信じる気が無く、くだらん、と呟き、雑音を発するドローンを砕くために腕を伸ばしたが、その腕がドローンを粉砕することはなかった。
何故ならば。
『ジャスパー、お前は、――――愛に価値はない。ということを知っているか?』
ジャスパーには決して無視することができない発言をトキヤがしたからである。
先程、声高らかに自分のパートナーへの愛を語ったジャスパーは、愛を唯一無二のモノだと思っている。それを価値のないモノと言われてしまえば、その真意を聞き届ける前に、トキヤとの会話を終わらすわけにはいかなくなった。
「……それは、どういう意味だ」
『愛に価値はない。……というか、実はなジャスパー。この世には、――――価値のあるモノなんて一つもないんだ』
「……は?」
『人間であろうが通常のJDであろうがネイティブであろうが、俺達は皆、存在し続けるために価値のないモノを価値あるモノと錯覚させられ、誤認しているだけだ』
「いや、待て、貴様は何を言っているんだ?」
『わからないか? いや、わかるだろ。食料にも燃料にも憎しみにも愛にも価値はないと言っているだけだ。無と有は結局のところ、同一線上にあり、そこには何の違いもない。……それをわかっていないやつがこの世には、多すぎるんだよな』
「……? ? ま、待て、それでは存在に意味が……」
ジャスパーが人の価値観に縛られないネイティブであるが故に、中途半端に理解し混乱してしまうそのトキヤの発言。それはトキヤが一度全てを失い、腐りに腐りきった精神状態に陥った際に辿り着いた一つの結論であり、その結論をトキヤは今も間違ってはいないと思っている。
だが。
『……俺を、含めてな』
間違っていないからといって、それを正しいと認めることを、今のトキヤは拒絶した。
『俺はな、トキヤという人間を好きだと認識してくれた存在を失いたくないんだ』
トキヤは思い出す。皆が好きなものを語ってくれたときの生き生きとした表情を。
……俺には、その好きという気持ちが痛いほどわかるから。
トキヤは思い出す。自らが愛する存在に向けた、強い思いを。
……俺にはその好きという気持ちを抱き続けられることが、どれほど尊いことかわかるから。
だから。
『俺の数少ない仲間達には、好きという気持ちを一瞬でも長く抱いていて欲しいんだ』
そのトキヤの言葉の直後に、部屋の何処かで何かが開く音が聞こえ。
「俺はそのために、――――今、戦っているんだ」
乾いた銃声が、響き渡った。