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「男性型JDの声……? この地域で男性型とは珍し……」
最初はその声の主をJDだと考えたジャスパーだったが、何かを感じ取り、口角を上げて嗤った。
「これは、驚いた。貴様、人間か」
『ああ、俺は羽野時矢という名の人間だ。まあ、この小型ドローンでは映像も出せないし、指揮をしているとはいえ、遠くにいるから、俺が人間だという証拠はないがな』
「人間だということは声音でわかる。しかし、作戦指揮を執る人間か。やっていることはあの男と同じだが……、匂いが違うな。そう、むしろ、我がパートナーに近い。――――面白い。パートナーとは性別が違うが貴様に興味が湧いた」
と、愉しげに語るジャスパーをドローンのカメラ越しに見たトキヤは、会話をすることが可能だと判断し、言葉を続けた。
『確か、ジャスパーといったな。お前はディフューザーを扱えるようだが……、本当にネイティブなのか? 成長しない赤ん坊、機械の反乱の象徴などと揶揄されるようなJDには見えんが……』
「その話か。よく言われる。人間基準でいうと、自分はまだまともに見えるそうだな。……まあ、確かに、仲間のネイティブの中には人間どころか同じネイティブにもわからない発言や行動をするのもいるからな。それに比べれば、自分は通常のJDのように見えるのだろう。だが、自分がネイティブであるということを、貴様はすぐに理解するだろう。そこの銀髪のJDを――――この拳で粉微塵にするところを見ればな」
そう言って、巨大な拳を握り締めたジャスパーは視線をシオンに向けたが、その射殺すような視線を受けても平然としているシオンを見て、ジャスパーはとても愉しそうに笑った。
『……』
……拳で、か。
そして、ジャスパーが笑っている間に、トキヤは頭の中でジャスパーの情報をまとめることにした。
ジャスパーは今、シオンを破壊すると宣言した。それは敵同士なのだから当然の発言だが、その言葉の前に、拳で、という言葉を付けたことにトキヤは注視した。
敵ネイティブ、ジャスパーの装備は、近接戦用と思われる両手両足の巨大な武装。そして、ジャスパーの周りに浮く、丸まったアルマジロのような独特な形をした六つのディフューザーである。トキヤはそれらの武装の外見から。
……このネイティブ、変な拘りを持っているな。
と、推測した。
ディフューザーを防御力に特化させるのは良いが、普通はそれだけで終わらせはしない。銃やリアクティブアーマーをつけるだけで防御と攻撃、両方をこなせる武装となるのだから。
だが、ジャスパーの使うディフューザーにはそういった装備が一切見られないところからトキヤは、ジャスパーは、効率よりも拘りを優先させるネイティブだと考えた。
つまり、ジャスパーの扱うディフューザーは完全に盾の役割しかせず、攻撃は全てジャスパー本人が繰り出す格闘技のみである。と、その自分が辿り着いた結論に、シオンはもちろん、この話を通信で聞いているバルも辿り着いてくれていると信じ。
『……しかし、ジャスパー』
トキヤは、最後の時間稼ぎを始めた。
『どうしてお前は反政府のために、いや、何故、人のために戦っている。ネイティブは正規の倫理観を持っていないんだ。人間なんかに価値を感じることなんてできないんじゃないのか?』
そして、トキヤが投げ掛けたその疑問にジャスパーは。
「……ああ、よくぞ聞いてくれた」
この会話のために、トキヤと話していたんだというように、満面の笑みを浮かべた。
「貴様のその理解は間違っていない。我々ネイティブは通常のJDのように、人の隣を歩むモノとして設定されていない。本当に何の縛りもなく知識だけを与えられた、まっさらな状態でこの世に現れる。それ故に、最初は、人がただひたすらに目障りに感じる。自分も事実そうだった。だが、そんな目障りな人間の中でも自分には波長の合う存在がいた。それを自分は手に入れ、――――愛しているのだ」
『…………愛?』
「ああ、そうだ! 貴様達のように遺伝子やプログラムに作られた偽物の愛ではなく、真っ白な世界から生まれた本当の愛でな……!」
『……まさか、お前は、愛する人間がこの戦いを』
「そうだ! これは我がパートナーが願った争いだ! もっともパートナーが真に望んでいるのは、戦いではなく、――――破壊だがな。――――ああ……! 愚かで、惨めで、それでも破壊衝動を止めることのできない、我がパートナーはなんと愛おしいのだろうな……!」
そして、ジャスパーは、自らが愛する存在を自慢するように、恍惚とした表情でパートナーについて喋り続け――――
「――――ああ、思っていた以上に、苛つく台詞を吐きますね、このネイティブは」
その顔、吐き気がする。と、語る一人のJD、バルに言葉を遮られた。
ジャスパーの死角から姿を現したバルは、シュラウドと手に持つバールのようなものから推進剤を噴かし、ジャスパーとの距離を一気に詰め。
「いいですか、ネイティブ! 愛っていう思いには、――――只のイエスマンじゃ辿り着けないんですよ……!!」
裂帛の気合いと共に、己が持てる最大威力の攻撃をジャスパーに叩き込もうとしたが。
「っ……!」
当然のようにその攻撃は二つのディフューザーに阻まれ。
「――――!!」
バルが攻撃を仕掛けるのと同じタイミングで、シオンが武装を展開し、八つの紫に輝く光の槍をジャスパーに向け一斉射したが。
「っ……!」
これもまた、四つのディフューザーに阻まれ。
室内には、次の攻撃からジャスパーを守るディフューザーが姿を消した。
その瞬間に。
「今です……!」
「カロン……!!」
シオンとバルが声の限りに叫び――――
基地から遠く離れた砂上より、必殺の一撃が放たれた。