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そこは、静かな場所だった。
人の気配はどこにもない。
夜だというのに、建造物の窓から明かりが漏れることもなく、固く閉ざされた正門に来訪者が現れる様子もなく、内も外も全て、静寂が支配していた。
そこは、静かな場所だった。
だが、――――廃棄された場所ではなかった。
『――――』
赤い、赤い光が、基地内の道路を照らす。
その光を放つモノは、辛うじて女性を象っていることがわかる鈍色の人形、ダーティネイキッドだった。
此処は反政府軍が持つ、前線基地の一つ。
この基地にいた人間、JDの殆どは強奪した政府軍の基地に籠城しており、ここに存在するのはダーティネイキッドと呼ばれる低コストのJDばかりだった。
正規の倫理観どころか思考能力を持たないダーティネイキッド達は、与えられた命令をただ機械的にこなしていく。
そして、昨日も、今日も、明日も、命令が変わらない限り、ダーティネイキッド達は基地内を徘徊し続けるだけだった。
だが、そうはならなかった。
『――――』
基地内にいるダーティネイキッドのうちの一体が突如、空を見上げた。
そして、次々に他の機体も空を見上げ始めた。
ダーティネイキッド達は気付いたのだ。空から生物以外の何かが近づいてくることに。
そして、ダーティネイキッド達は手に持つ機関銃を空に向け、一斉に撃ち始めたが、接近する物体は機関銃の最大射程よりも遠くにいたため、放たれた弾が当たることは一発もなかった。
だが、基地の防衛機能が自動的に展開され、接近してくる物体が照合され、政府所有の小型輸送機であるということが判明した直後に、ミサイルが発射された。
そして、その次の瞬間には、小型輸送機は火球へと変わり、基地から遠く離れた場所に墜ちていった。
これで、基地周辺でのこの夜の騒動は終わりを告げたかと思われたが。
これが、始まりだったのだ。
自動操縦の小型輸送機は、ミサイルが直撃する寸前に、ある物体を前線基地に向けて投下していた。
その物体は。
「わあああああああー!」
元気な声を響かせながら、自由落下を続け。
「――――たー!」
基地に着地すると同時にその脚で、ダーティネイキッドを二体、粉々に踏み潰した。
空から落ちてきたそれは、――――巨大な四肢だった。
脚は三メートルを超え、腕は二メートルを超えるその巨大な四肢は、機関銃の掃射を避けるために跳躍し、適当な建造物の上に降り立った。
「うん、――――軽い!」
そして、月の光を浴びる四肢の中心部分でJDが喜びの声を上げた。
その声の主は、金髪碧眼のJD、サンであった。
防御装甲であるシュラウドに身を包んだサンは、建造物の上で巨大な両腕を試すように動かしながら、敵の銃撃を回避し続けていた。
「これ、こんなにおっきいのに、ここまでスムーズに動くんだ。トキヤ達って本当に凄いなあ。乗ったことないけどアイリスの獅子もこんな感じなのかな。今度乗せて貰おっかなー。ちょっと興味が出てきた――――よっと!」
そして、準備運動はお終いと言うようにサンは地面に向かって跳躍すると同時に、巨大な腕の先端に付いている三本の鋭利な爪を光らせ、それを着地地点付近にいた敵に突き刺した。
「更に――――!!」
サンは巨大な四肢を巧みに操り、爪で攻撃した体勢のまま、接近してきていた三体の敵を右脚で一気に薙ぎ払い、脚に取り付けられたリアクティブアーマーによってその三体は粉々に砕け散った。
そして、串刺しにしていた敵を放り投げたサンは、基地中から集まってくる大量の敵を前にしても余裕の表情を崩さなかった。
「この弱い連中は五十体ぐらいいるって話だけど、この装備があればサン一人で」
やれる! と、サンは意気込んだが……。
「……あ、あれ?」
サンは自分の瞳に映る光景を疑った。
「今、サン六体、倒したよね……? でも、視認できるだけで、五十三、五、八、六十超えた……!?」
聞いていた数よりだいぶ多い……! と、サンが驚いている間にも、徐々に敵の数が増えていき、その光景に若干気圧されたサンだったが。
「う、……だ、大丈夫! どんどん多くなるけど、多くなる前に倒せば、五十体よりも増えない……!」
サンは無茶苦茶な理論で、自身を鼓舞し、両腕の爪を振動させ、戦闘準備を整えた。
「だって、こんなの、シオンたちの戦いに比べれば、なんてことないんだから……!」
そして、サンは、気合いと共に無数の敵に向かって吶喊した。