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「……確か、シオンの話ではこの辺りに……」
シオンとの作戦会議を終えたトキヤは、ある人物を探すために、紙袋片手に小型施設の裏側をウロウロしていた。
「この先は砂漠だからな。いるとすれば岩の近くに……いた」
そして、数分の探索の後、岩の上に探していた人物を見つけたトキヤはそちらに向かって歩き出し。
「――――」
トキヤの接近に気付いたその人物の青い瞳が動いた瞬間、トキヤは若干身構えた。
朝に衝撃的な事実を伝えてから、初めて顔を合わせるのだ。罵詈雑言、無視、逃亡、最悪何発か殴られることも覚悟していたトキヤだったが。
「あ、トキヤくん」
と、その人物、自称JDだった人間の少女アイリスは、昨日までと何ら変わらぬ表情でトキヤの名を呼び、座っていた岩の上から飛び降りて、トキヤのもとに駆け寄ってきた。
「そろそろ、朝の返事をする時間なのかな?」
そして、アイリスはいきなり本題を言い出し、まだ心の準備ができていなかったトキヤは手に持つ紙袋をアイリスの顔の前に出し、強制的に言葉を止めさせ。
「……その話は、少し待ってくれ。取り敢えず、アイリス。お前、今日まだ何も食べてないだろ? シオンが飯を作ってくれたから、食べたらどうだ」
トキヤはアイリスに食事を取ることを勧めた。
「……」
それからトキヤは、アイリスが食事を取っている間にシオンのように雑談を振り、アイリスをリラックスさせようとしたのだが……。
「補給完……じゃなくて、ごちそうさまでした! ……で、いいのかな?」
雑談をする前に、アイリスはサンドウィッチとミネストローネをあっという間に食べ終えてしまったのであった。
「……相変わらず、食べるの早いな」
「うん。お菓子じゃない、こういう普通の食事は何故か一気に食べちゃうんだ。あ、でも、凄く美味しく感じた気がするの」
だから、後でシオンちゃんにお礼言わないと。と、アイリスは笑顔で語り、自分をJDと思い込んでいた昨日までのアイリスと何も変わらない今のアイリスを見て、トキヤの心に罪悪感が一気に湧き上がり。
「……アイリス、お前、俺を恨んでないのか?」
トキヤは自ら、己の傷口を抉り始めた。
「え、何を?」
「そ、それは色々あるだろうが、まず何よりも俺がお前を目覚めさせた理由だ。一言で言ってしまえば、俺はお前に、死んだ女の面影を重ねて、目覚めさせたんだぞ? それを気持ち悪いと思ったりしないのか?」
「思わないよ?」
「……それは、何故」
「だって、――――わたしがここにいるのは、その理由があったからだもん」
「――――」
そのアイリスが自分を恨まない理由を聞き、トキヤは言葉を失った。
そして、トキヤが何も語らない間に、アイリスは自分の思いを静かに語り始めた。
「……冷凍施設だっけ? まだそれはよくわかってないんだけど、わたしって、ずっと誰にも起こされることなく眠ってたんだよね? それってつまり、トキヤくんが起こしてくれなかったら、わたしは今もその冷凍施設で眠ったままだったんじゃないかな?」
「それは……。……おそらくは」
「なら、やっぱり、トキヤくんを恨めるわけがないよ。トキヤくんとアヤメさんは、終わった命だったはずのわたしにもう一度命をくれた人。わたしの親、みたいな人達なんだと思うから」
「……俺とアヤメが、アイリスの親……?」
「うん!」
「……」
その想像もしてなかったアイリスの発言に、暫く呆けてしまったトキヤだったが。
「……アイリス」
その言葉を切っ掛けに、覚悟を決めたトキヤは。
「――――お前の好きなものはなんだ?」
その質問を繰り出した。
「……好きなもの? それは、やっぱり、JDとの戦いだよ! わたし、目覚めてからずっと戦ってるけど、今も変わらずワクワクしてるんだもん! これは、わたしがJDでも人間でも変わらない気持ちだよ!」
「アイリス、お前は人間だ。負けたら死ぬ。それこそ、もう二度と起きることのない眠りにつくことになるんだぞ。……それでも戦いに命を賭けるのか?」
「……好きなことに命を賭けるのって悪いことなの?」
「………………そうか」
アイリスの気持ちは揺るがない。それをアイリスの言葉から感じ取ったトキヤは、これからはアイリスの選んだ道を否定しないと決めた。
「……じゃあ、アイリス、お前の選択は、――――これからもJDと戦い続ける。それでいいんだな?」
「うん。もちろん!」
「……そうか。なら、早速だが、アイリス、お前に次の作戦に参加する意志があるかどうかを訊ねる。次の作戦は今までの作戦とは桁違いの難易度になる可能性がある。それでも参加するか?」
「え? ……作戦って全部出るものじゃないの? 戦いたいと思った時だけ戦えるの? シオンちゃん達もそうなの?」
「あいつらは軍所有のJDだ。次の作戦に参加しないという選択肢はない。だが、お前は違う。元々、間違いで登録されたようなものだから、軍の登録を一時解除し、その後、危険性の低い戦闘にだけ参加する。ということも可能なんだ」
それで、どうする? というトキヤの問いにアイリスは、悩む、というよりは選択肢があることに少し戸惑ったようだったが。
「えっと、厳しい戦闘でも戦いたいな」
すぐにアイリスは次の戦闘に参加する意思を見せた。
「それに、戦いを楽しいと思ったのはシオンちゃん、サンちゃん、バルちゃん、カロンちゃんと一緒に戦ってきたからだと思うんだ。だから、今度も、ううん、ずっと、みんなと一緒に戦っていきたいな」
「戦うか。……なら、アイリス、俺の願いを一つ聞いてくれないか? ……人格データを身体に入れてる今のシオンたちは、少し丈夫な人間みたいなものでしかない。だから、お前は、あいつらに守られるんじゃなく、肩を並べて、一緒に戦ってやって欲しい」
「うん! もちろん、そのつもりだよ!」
「……ありがとう。そして、それがきっと」
俺達の勝利に繋がる。と、トキヤはアイリスが戦線に加わることに感謝の言葉を零した。
「――――ああ、それと、アイリス」
そして、それからトキヤはいきなり声を明るくし。
「さっき、俺のことを親みたいだといってくれたよな? なら――――近いうちに親らしいことをさせてもらうから、そのつもりでいてくれ」
と、唐突に変なことを言い出した。
「……え? 何? トキヤくん、それどういうこと?」
「まあ、一言で言ってしまえば、進路相談だ。アイリス。記憶を失い、目覚めたばかりのお前は、まだ多くのことを知らない。いや、戦いの楽しさしか知らないから、この道を選んだんだ。それはよくないと俺は思っている。だから、戦争中は難しいと後回しにしていたが、基地を奪還し、少しでも時間が取れるようになったら、俺はお前を旅に連れて行く」
「……旅?」
「ああ、そして、色んな物をお前に見せて、色んな事を教えてやる。そして、もし、戦いよりも好きなことを見つけられたら、違う道に進むのもありだと思うぞ」
そう、ここまでのトキヤの言葉からわかるように、トキヤは、アイリスの選んだ道を否定しないが、他の道を示すことで誘惑し、今は無理でもいつの日にかは、アイリスに自主的に違う道を選んで貰うための努力をすると決めたのであった。
「え、えー……、旅はちょっと楽しみだけど、戦いより好きなものは見つからないと思うけどなー」
「わからないさ、そんなこと」
そして、トキヤは、力強い笑みを浮かべ。
「だから、アイリス、――――こんなところで死ぬなよ。絶対に生き残ろう、みんなで」
「――――うん!」
アイリスと拳を軽くぶつけ、笑いあった。
そして、嬉しそうに、楽しそうに笑うアイリスの。
「あ、でも、わたし、もう戦い以外にも、たぶん、好きなものがある気がするんだ。それはね――――」
その言葉が、トキヤの耳朶に響いた。
「……」
トキヤは、砂塵渦巻く砂漠を一人、歩いていた。
だが、それは、ほんの少しの間だけ。
「――――オールキット!」
トキヤがそう叫ぶと、どこからともなく巨大な道具箱のような存在が現れ、トキヤの目の前で停止した。
それはトキヤの仕事をサポートする自走する補助機、オールキットであった。
「――――いくぞ。ついてこい」
補給物資に入っていた拡張パーツを取り付けフル装備となったオールキットが現れ、一人ではなくなったトキヤは、オールキットを連れて再び砂漠を歩き始めた。
「まずは俺の技術屋としての実力を全部出す。あいつらが絶対に死なない装備を仕立て上げてみせる。必ずだ……!」
そして、トキヤは決意を言葉にし、前方を見据えた。
トキヤの視線の先にあるのは、コンテナの山。
この時より、トキヤの戦いが始まった。