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「……」
……さ、流石に喋り疲れた。
サンを元気付けるための軽口の応酬をバルと十分以上続けたトキヤは、乱れた呼吸を整えるために、三人から少し離れて休憩をしていた。
「……」
今、トキヤは徹夜で仕事をしたときの何倍もの疲労を感じながらも充足感を得ていた。
トキヤの視線の先では、サン、バル、カロンが他愛ない話をしながら楽しそうに笑いあっていた。
普段の調子に比べれば、流石にまだ少しだけ元気が足りないような気もするが、殆どいつも通りの様子に戻ったサンがバルとカロンと一緒にいる、そんな幸せな光景を眺めながらトキヤは。
……一人だって欠けさせてなるものか。
次の作戦、敵前線基地の攻略について考え始めた。
……敵が只のJDだけなら、シオンとサン、バル、カロンの四人だけでも何の問題もない。だが、逃げるときに遭遇したディフューザーに、グリージョが最後に言っていた敵にネイティブがいるという未確定情報。これらが最悪の形で重なれば……。
四人全員が死ぬことになる。
「――――」
自分の脳が導き出したその仮定を前に、トキヤは息を呑んだ。
そして、そんなことはあってはならない。絶対に防がなければならないと、トキヤは心の中で強く叫び続け。
……四人が生き残るには、全員の力が必要だ。
ある一つの結論に達したトキヤは、軽く息を吐き、ゆっくりと三人に近づいた。
そして。
「なあ、お前達。――――好きなものはあるか?」
トキヤは、そんな質問を三人にした。
「……はい?」
その唐突過ぎる質問に、一番最初に反応したのはバルだった。バルは眉を顰め、変な質問をしてきたトキヤの顔をマジマジと見つめた。
「何ですか、それ。決戦前の質問としては、かなり不吉じゃありませんか?」
「ん、……そういうものなのか。悪い、今のは……」
「いつもの冗談です。本気にしないでください。それに、そういう話をして死ぬのは大抵聞かれた方ではなく聞いた方ですけど、指揮をするとはいえ技術屋さんは戦場に出ないんですから、死ぬわけないですし」
「……はは。そう、だな」
「……? ……技術屋さん?」
何か、トキヤの雰囲気がおかしい。会話を続け、トキヤの様子が普段と違うことに気付いたバルはその理由を探ろうとしたが。
「えっと、好きなもの、好きなもの……」
「……」
元気を取り戻したばかりのサンが素直にトキヤの問いに答えようとしていたため、バルは一度、口を閉ざすことにした。
「えっとね、トキヤ。サンは好きなものたくさんあるけど、最近、いいなーって思ったのは電液かな」
「ELが好き……? ……ああ、そうか。少し前に、設定を変えたんだったな」
「うん、人間がごはんを食べて美味しいって思う、その感覚を知りたくて、電力の補給時に人間が美味しさを感じたときと同等の快楽が奔るようにしたんだけど……、美味しいって凄いんだね! あれなら、人間が笑顔になっちゃうのわかるよ!」
「成る程な……。……カロンは何かあるか? 好きなもの」
「……カロンは、星があまり見えない、暗い夜が好き、です。カロンは良い瞳を、貰っているので、普段は夜、星がよく、見えるんですけど、たまにモヤとかが原因で、殆ど見えなくなるんです。そういう日は、気分が良いんです。……目を瞑らなくても、宇宙に墜ちていく感覚がなくなるから」
「……そうか。人間の俺には、少し難しい感覚だが、お前らしい好きを大事にしてくれ。……それで、さっきから俺を睨みつけているバルは、何かあるか?」
「……え? あ、別に睨んでませんよ。え、それで、好きなものでしたっけ。んー、そうですねー。……たぶん、技術屋さんと好きなものは同じだと思いますよ」
「……お前、俺の好きなものを知ってるのか?」
「ええ、数時間前に知りました。朝も早かったのに、あれだけ熱く語ってくれたんですから、技術屋さんも絶対に好きなんだと思いました」
「……」
言われ、トキヤは考える。自分が数時間前に熱く語ったことといえば、自分の過去であり、その話に出てきたのは、自分が愛したJDアヤメではあるが、流石にアヤメのことをバルが好きだとは思えず、女性型JD全般を好いているのかとも一瞬、考えたが。
……違う。バルの好きなものを、俺はとっくの昔に知っている。
それは。
「――――思い出か」
トキヤはバルと出会った頃の事を思い出し、バルの好きなものを言葉にした。
「ええ、そうです。バルは中古なのでー、人の手垢が付いているんですよー」
「……ああ、本当に、大切なものなんだろうな」
「……なんですか、そのマジ返答」
調子が狂うじゃないですか。と、バルが小言を言っている間に、トキヤは三人の顔を見つめ。
「けど、お前達三人は、いつも一緒に行動してるが、好きなものは全く違うんだな」
サン、バル、カロンの好きなものが一致しなかった事に、トキヤは一人で勝手に何かを納得して頷いていたが。
「え? みんな、一緒の好きなものはちゃんとあるよ」
それは違うと、サンが、言葉を零し。
「……そうなのか? 全員が好きなのは、なんなんだ?」
と、トキヤが質問したとき。
「――――ちょっ」
ライリスで繋がっていなくとも、サンが言おうとしていることを予測したバルが制止しようと声を上げたが。
時既に遅し。
「えっとね、サン達、三人が好きなのは――――」
三人、全員が好きなもの。それをトキヤはしっかり聞き届けたのであった。