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「ディフューザー……? それってシオンちゃんが部屋に置いてる、お花の匂いが出てくるやつ?」
「……名前は一緒だが、全くの別物だ」
詳しくは後で教える。と、知っている単語が出て反応したアイリスと軽く会話をしてからトキヤはシオンとレタに視線を向けた。
「ライリスと繋がっていない今の私では確証には至らなかったのですが、お二人がディフューザーと判別されたのですから、間違いないようですね」
「……この使い手から逃げ切るのは骨が折れそうだな」
「あー、羽野君。それは大丈夫。ディフューザーを空撮ドローンとして使ってるってことは、使い手はかなり遠くにいるの。少なくともこの基地周辺にはいないだろうから、余裕で逃げられるわよ」
「……そうなんですか?」
「そうよ。だって、もしこれが十全の性能を発揮できるなら――――あたし達、これに気付く前に死んでるもの」
「――――」
そのレタの言葉が冗談でも何でもなく、純粋な真実であるということをトキヤは強く噛み締めてから、シオンに話し掛けた。
「……敵にまだまだ隠し球があるということは、十分に理解した。それで、シオン、もう一つの重要性が高い話ってのは何なんだ?」
「……はい、それは――――」
そして、トキヤはもう一つの話はきっと今の話以上に衝撃的な内容なのだろうと、覚悟を決めていたがために。
「バルがトキヤ様とお話がしたいと」
それが実に日常的な話であることに、少し混乱してしまった。
「……は? バルが話……って、待て、バルも無事なのか……!?」
「はい、サン、バル、カロンの三名は、私同様現在も正常に稼働しています」
「……そうか、三馬鹿も全員。……本当に良かった。……それで、え、何だ。バルが俺と話をすることが重要なことなのか?」
「はい、私達四人はこの戦闘の勝敗が決した時点で、トキヤ様達を捜索する者とトキヤ様達を緊急避難所に誘導するための退路を確保する部隊に分かれるという話になったのですが、その際に、少しバルと揉めてしまいまして、条件付きで、私がトキヤ様達の捜索を任されました」
「……その条件が、俺との会話なのか?」
「はい、トキヤ様を見つけたら、無事かどうか自分で確かめたいから、すぐに声を聞かせて、と。なのでトキヤ様、少し、トキヤ様のデバイスをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ……」
「ありがとうございます。ライリスを介さない通信にはまだ慣れていないので、少々お待ちください……。……カロンですね、バルは……そうですか。カロン、貴方の目を介してそちらの映像を貰っても、わかりました。――――お待たせしましたトキヤ様」
音声と映像が出ます。とシオンが言った次の瞬間にはデバイスに夜の砂漠が映し出され。
『カロン! 左手の砂丘の奥にダーティネイキッドが数体いるのだけど、そっちはお願いしてもいい……!?』
大きな砂煙を上げ、カメラの近くに着地したバルが余裕のない表情で声を上げていた。
『ば、バルちゃん……!』
『何、新しい敵でも来たの……!? でも、何が来ようと絶対にこのルートを……!』
『そ、そうじゃなくて、今、映ってるの……!』
『映るって何が――――』
そして、振り返ったバルは、カメラモードになっているカロンの瞳を見て、現状をすぐに察し、煤に汚れた顔を手で拭ってから。
『――――コホン』
と、軽く咳払いをして、バルはカメラに向かって普段通りの様子で手を振った。
『えーっと、音が来てないんですけど、通信が来てるってことは、技術屋さん、無事だったんでしょうかー?』
そして、その台詞から、自分が何も喋っていないせいで、バルに音声が届いていないことに気付いたトキヤは、すぐに口を開け。
「ああ、俺は五体満足で健在だ」
バルに自分が無事であることを報告した。
『――――。……そうですか、あー、本当に悪運だけは強い人ですねー』
「おかげさまでな。それよりもバル、そっちの戦闘はなんだ。大丈夫なのか?」
『大丈夫です。技術屋さんはシオンの指示の下、予定通りのルートを通って逃げてきてください。この戦闘は敵部隊のはぐれ者みたいな馬鹿な連中が逃走ルートに入ってきたので処理してるだけです。このぐらいの敵なんか、ちゃちゃっと片付け……』
と、バルがそこまで話したところで、カメラからそう離れてない場所で大きな爆炎が上がった。
『バルー! バルー! 何か変な敵がいるー! ライリスが使えないから、どんなJDかわかんないよー!』
そして、姿は見えないが、何処かからサンの助けを求める声が響き、バルは一気に表情を引き締め。
『今行きます……!』
バルは手に持つバールのようなものを握り直してから爆炎の上がった方角に向かって駆け出し、あっという間にその姿は見えなくなった。
『……え、えと。トキヤさん』
そして、バルがいなくなった後、その目をカメラにして映像を提供してくれているカロンが走り始めると同時に喋り出し。
『バルちゃんが、言ったとおり、このぐらいの敵、なんてこと、ないです』
カコン、と、聞く者が聞けばすぐにわかる身体の内燃機構と武装を接続する音を響かせながらカロンは、大きく跳躍し、空中から砂丘の奥にいた数体のダーティネイキッドに巨大な砲口を向けた。
『三人で、頑張って、道を切り開いて、みせます』
そして、ダーティネイキッドから放たれる銃弾が身を掠めることも気にせず、カロンは一番効果的な砲撃地点に狙いを定め。
『だから、安心して、来てください』
その言葉と共に、カロンは砲撃を放ち、映像と音声が途切れた。
「カロン……!?」
映像が急に映らなくなったことで、カロンが負傷してしまったのではないかと不安に思ったトキヤが声を上げたが、シオンがすぐに、大丈夫です。と、トキヤに優しい声音で語りかけた。
「カロンの高出力の砲撃の影響で通信が切れてしまっただけで、カロンも他の二人も無事です」
「そ、そうか……」
「もし、それでも心配でしたら、通信を繋ぎ直すこともできますが……」
「……いや、やめておく。戦闘の邪魔にしかならないだろうし、俺達が今すべきことは、俺達のために戦ってくれているあいつらを信じて、ここから逃げることだ」
そして、シオンと合流したトキヤ達は、基地から脱出するために、再び広場に向けて走り出した。