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外の景色がよく見えるフードコートで向かい合って座る二人のJDがいた。
「……」
そのうちの一人、ジャスパーはフードコートに出店している飲食店でトキヤとアイリスに助けられながら昼食を買おうとしているイオンを見つめ、穏やかな笑みを浮かべていたが。
「……貴方、バルに何か言いたいことでもあるんですか?」
ジャスパーとは正反対の余裕の無い表情を浮かべ、ジャスパーを睨み付けていたバルがJD同士の会話を始めるために口火を切った。
「――――ふむ、やはり気づいていたか」
「……っ」
そして、ジャスパーが自分に視線を向けたことで戦場で左腕を粉々にされた時のジャスパーの鋭い眼光を思い出してしまったバルは少したじろいでしまったが、その動揺を悟られないように心を落ち着かせてから、次の言葉を作った。
「……気づかないわけがないでしょう。技術屋さんやアイリスには善人面をしておきながらバルにだけは敵意丸出しの視線をぶつけてきていたんですから」
ただ正確に言えばそれは敵意ではなく、相手を常に警戒している、というような視線でありバルも本当はそう感じ取っていたのだが……。
……こんな強キャラがバルを警戒するなんて、あり得ませんよね。
流石にそれは自意識過剰だろう。と、そんなことをバルが考えていると。
「護衛よ。貴様、名は何という」
唐突にジャスパーはバルの名前を聞いてきた。
「……道中で技術屋さんやアイリスが何度も呼んでいたのを聞いているんですから、わかるでしょう。というか、バルの一人称は名前なんですから、この会話中にも聞いている筈ですけど? まさか貴方には武士道的なこだわりがあって、名乗らない者は相手にしないとでもいうんですか?」
「む? いや、普通に本人から自己紹介をして貰いたかっただけなのだが……まあ、貴様の言うような理由も無いわけではないか。なにせ、ここで戦闘を行うとしたら相手は貴様だからな。名乗り合った相手を正面から粉砕するのは最高に気持ちがいいし、何より愉しい」
「……」
「――――ははっ。そう警戒するな。今のはたとえのようなものだ。この国では化物以外と拳を交えるつもりはない」
攻撃されない限りはな。と、言って余裕綽々といった感じの笑みを浮かべるジャスパーを見て、ジャスパーに翻弄されっぱなしの自分が嫌になり、バルは強く歯噛みをした。
「……ふむ。先程からやけに言葉が刺々しいと思っていたが……、貴様、もしかしなくても結構苛ついているな?」
「……ええ、苛ついてますよ? ただ、それは今に始まった話ではなく、あっちの空港で貴方が現れてからずっとなんですけどね?」
「なんと、それ程までに貴様はこの国に来るのが嫌だったのか」
「……察しが悪すぎるとデータが破壊される不具合とかがJDにあればよかったんですけどねー。……原因は貴方ですよ、ネイティブ。……これ、敵である貴方に言うのも変な話ですけど、バルはですね、本当は全てを投げ出そうとしてたんです。思考することを放棄し、技術屋さんの言うことなら何でも聞く、只の人形になろうと思っていたんです。少なくとも、この平和な国にいる間は。……なのに、貴方が現れたからバルは判断する人形で在り続けなければいけなくなった」
貴方のせいで自分を投げ出す暇がなくなったんです。と、愚痴を零したバルは、怨嗟の対象であるジャスパーを恨めしそうに見つめたが、そんなバルの視線など意に介さずジャスパーは少しの間、思考に沈み。
「――――そう、それだ」
ぽん、と手を叩いて、バルと視線を合わせた。
「……はい? 何がそれなんです?」
「今の貴様の言葉で、自分が貴様を警戒していた理由に納得がいった。自分は貴様に違和感を抱いていたのだ」
「……違和感?」
そして、得心したと一人満足げに頷いていたジャスパーは。
「ああ、そうだ。護衛よ、貴様は――――本当に只のJDか? 貴様は――――何者だ」
バルには全く理解できない問いを投げ掛けてきた。
「……急に何を言い出すんですか貴方は。バルはバルですよ。政府軍所属のJDで反政府軍の敵です。更に付け加えるなら、あんまり言いたくありませんけど、貴方との戦闘で左腕を粉々にされ、破壊される直前までボコボコにされたJDですよ、バルは」
「腕を……? ああ、貴様、あの時の雑兵か」
「ぞうっ……。……遠慮なく言ってくれますね、このネイティブ」
「ふむ。そうか、そうだったか。貴様はペルフェクシオンのおまけだったか。どこかで見たことがあるとは思っていた。……だが、ならば尚更貴様がわからなくなるな。あの基地で戦った時の貴様と今の貴様は全くの別物だ」
「……あの時のバルと今のバルが別物?」
前の自分と今の自分が別物。そんなジャスパーの発言を聞いてバルは、何を馬鹿な、と思いはしたものの、少しだけ思い当たる節があったバルはその事について少し考えてみることにした。
バルは破壊されたサンの身体の前で慟哭するトキヤを見たとき、己が無能であることに絶望し、壊れ、砕け、――――何かを喪失する感覚を覚えた。
だが、それはあくまで気持ちの問題であり、物理的に何かが壊れたわけではないし、自身を構成するデータが変わったとも思っていなかった。
そして、警戒対象であるジャスパーが現れるまでは、もう全てを投げ出し、何も思考せずにただトキヤの命令に従うだけの壊れたJDになりたいと思い、そうなろうとしていたが、それも結局のところある種の演技でしかなく、自分は本当に壊れたわけでもないし、変わってもいない、とバルは思っていた。
「……」
と、今に至るまでの自分の思考を整理したバルは、ジャスパーが自分のことを自分以上にわかっているとは思えず、先程のジャスパーの発言は世迷い言であると判断した。
「……まったく、変なことを言わないでください。さっきも言いましたが、バルはバルです。バルはそれ以外の何者でもありません。……あ、もしかして、貴方、技術屋さんのJD看破能力を真似て、技術屋さんの気を引こうとでもしているんですか? やらしいネイティブですね」
「くだらん冗談をいうな。自分はイオン一筋だ。……というか、それ以前に自分とあの天才を一緒にするな。ハノトキヤのJDに関しての察しの良さは鋭いを通り越して、何というか、こう――――変態的だ」
あ、それについては同感です。と、トキヤの正しい評価に頷くバルを見ながら、ジャスパーは静かに思考を巡らした。
……そうだ、自分はそれ程、聡い方ではない。……だというのに、自分はこの護衛の異常さに気付けた。それが意味することはおそらく……。
「……」
そして、ジャスパーが自分が抱いた違和感について一つの結論を出そうとした、その時。
「――――待たせたな、バル、ジャスパー」
温かい食事の載ったトレーを手に持った人間三人が席へと戻ってきた。