9.ヴェロニカの日々のお仕事・完
――――結局、私は故郷に帰らずに、ここに残ることになった。
はいはいそーですよ。ほだされないと言いながら、前言撤回しましたー。
半ばヤケになりながら、聖王国で私は日々の仕事をする。
マルティンの隣に立って、彼を褒めるだけの簡単なお仕事だ。
「お疲れ様です、殿下。今日も見事なお仕事ぶりでしたわ」
「ありがとう、ヴェロニカ。君のために立派な王になれるよう励むよ」
今のところ、私は王子の婚約者という身分だが、マルティンの仕事の速さと高い功績から鑑みるに、王太子妃という役柄をすっ飛ばして、いきなり王妃をさせられそうな勢いである。
偽聖女として潜り込んだのに、まさかこんな結果になるだなんて。
くっ。後で絶対に兄さんに文句を言われて、からかわれるやつよね。これって!
◇ ◇ ◇
私は王子の自室で、綺麗な筆跡で綴られた書類の一つ一つに目を通していた。
半年前から、ずっとマルティンが書き溜めていたものだという。
彼が部屋に引きこもっていた時、こんな作業をしていたとはね。
「驚いたわ。まさか、聖王国にこんな古い魔術式が残っていたなんて」
「母上の残してくれた手記に書かれていたのを、私なりに整理してみたんだ」
亡くなられた王妃様は、西方の国の貴族の血を引く魔術使いだったそうだ。
聖王国の王族は聖術使いばかりだと思っていたから、ちょっと意外。
迫害とまではいかないけど肩身は狭いはずだから、王妃様も黙っていたのかも。
まあ見た目で魔力と聖力が区別できる人間なんて、そうは居ないからバレないと思うんだけどね。呪文詠唱さえ省略すれば、私だって聖女扱いされたことだし。
昔から、魔術と聖術の総称を『魔法』と呼ぶくらいに両者の線引きは曖昧だ。
その違いは、力を借りる神様の名前と使用者の持つ適性だけ。
どうせ似たようなものなんだから、みんな仲良くすればいいのに。
「荒地に井戸を掘る魔法とか良さそうね。明日ひとっ飛びで村まで行って来るわ」
私は、読んでいた書類のうちの一つを選んだ。
この魔術式は、魔術使いにしか活用できないのが難点だ。
そのうち人員を募集するとか、他の国に高値で売って技術提供するのもアリかもしれない。
「君にそんな事をさせるつもりなど無かったというのに、すまない。私に魔術の才があれば良かったのだが……せいぜいおまじないの魔除けを作れるぐらいだ」
マルティンは悲しげにそう言うと、ソファーに座る私を後ろから抱きしめてきた。
「で、どうして私にくっついてくるの?」
「君が居なくなるのが耐えられない」
「日帰りなのよ!?」
しかも明日の話である。
呆れる私に、彼は以前のように大げさな言葉を口にする。
「それに1日1回は言わせてくれ。ヴェロニカ可愛い!大好き!愛してる!」
「はあ。そういうところが馬鹿っぽく見られるのよ? いい加減直しなさいな」
「好きな相手には、直接的にうるさいぐらいの愛を囁けと教わったんだが」
子供か! いや子供でもこんな恥ずかしい事はしないわ。
王妃様も、絶対そんなつもりで教えたわけじゃないと思う……
「そういえばマルティン。この髪飾り、調べたけど婚姻の魔術具ではなかったわ。普通の魔力回復機能しかついていなかったの。どういう事なのかしら」
「おや、そうだったかな。母上から託された時に聞いた話と違うようだ」
「……他にも何か隠してるでしょう?」
「実は私が年上好きだった事かな?」
「違うわよ。はぐらかさないでちょうだい!」
とぼけた様子で背中に張り付く彼を問い詰めると、マルティンはぽつりと言った。
「おまじないの魔除け、とだけ言っておこうか。今のところは」
「は?」
――のちに、私は知ることになる。
彼の作る魔除けの札がおまじない程度のものではなく、幻術魔法などの感覚に作用する術から札の持ち主を守る、並外れた効果があることに。
それは、つまり。
偽聖女として演技中の私の背丈は彼にはごまかせていなかったわけで……
さらに言うと、偽聖女と巡礼者が同一人物だと最初からバレていたわけで……
イヤーーーっ! 恥ずかしすぎる!!!
しばらくの間、私はマルティンの顔をまともに見れずに逃げてしまい、大慌ての彼に泣きつかれるはめになるのだった。
これで完結となります。
溺愛ものを書いたつもりですが、違っていたらすみません。
結局は今回も主人公がチョロインになりました。めでたしめでたし。
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