5.聖女のいない聖王国
それから1か月が経ち、状況は現状維持どころか悪化の一途を辿っていた。
聖女シアの行方を探そうと他の国にまでお触れを出したようだが、彼女が帰ってくることはなかった。
シアが文句を言わないのをいいことに、粗末に扱ったり給金をケチったり婚約を勝手に決めたりと冷遇しておいて、今さら泣きついても遅いのよ。
国王陛下は大神官に殴られた怪我の後遺症で伏せっているが、あれは仮病だ。
疲弊していく悲惨な国状を見て、怖くなったのだろう。
全てを押し付けられた宰相や将軍は、胃に穴が開きそうな勢いで毎日働いている。
国民たちに掛かる負担も相当なものだ。
「ヴェロニカ殿。失礼する」
今日もまた、神殿に宰相閣下がやって来た。
妻子の待つ館にも帰れず、連日徹夜らしい。かなりお疲れのようね。
「また聖女の預言をお願いしたいのだが……」
などと言って、こっちをちらちら見てくる。
いや私は偽者だから。そんな期待した目で見られても困るんだけど。
「ヴェロニカ、わかんな~い。お金がないなら、陛下の私物の美術品を売っちゃえば? 西のほうの国で高く取引されてるみたいだしぃ」
「よし! 神から授かった預言として、早速実行するぞ!」
勝手に収集品を売られる陛下、哀れ…………でもないか。
上に立つ者なら、国のために真っ先にやるべき事よね。
そんな中、マルティン王子は何もしなかった。
何もさせてもらえなかったと言うべきか。
まるで道端の石のように無いものとして扱われていた。
だがそれでも、何らかの行動を起こすことは出来たはずだ。
王子は誰とも会わず、自分の部屋にこもることが多くなっていた。
「あのぉ、マルティンさま。……どこかお体の具合でも悪いのですか?」
「――何でもない」
「それなら、わたくしと一緒にお茶でも」
「私には君とそんな事をする資格はないんだ……すまない」
ドア越しに短い会話を交わしたきり、顔を合わせることもなかった。
おかげで、銀の髪飾りをまだ返せていない。
後ですきを見て部屋に置いておこう。
その後の私はといえば、偽聖女だとばれる前に王城から脱出した。
毎日のように宰相が来るのも、うんざりだったし。
しばらく旅に出ます、と置き手紙を残しておいた。
未練はなかった。
別れも告げずに消えた私を、王子はどう思っただろう。
故郷である砂漠の国に帰還しても良かったが、情報を集めるためにしぶしぶ聖王国に留まり、地方を転々としていた。
各地で情報収集のついでに、困った人の悩みを聞いてあげたり、邪魔な魔物に攻撃魔法をぶっ放したり、敵国の兵を幻術で惑わせて追い返したりして暇を潰した。
やがて、私の知らぬ間に『銀灰の聖女』などというあだ名がつけられていた。
「銀灰の聖女さま、ありがとうございます! おかげで田んぼが無事でした!」
「聖女様の腕っぷしに惚れました。ぜひ我らの自警団にお入り頂きたい!」
やめて。もう、聖女はこりごりよ……早く故郷に帰りたい。
早く帰ってあの愚兄をぎゃふんと言わせないと、溜飲が下がらないわ!
◇ ◇ ◇
さらに半年後、とうとう滅びの日がやって来た。
地底に封印されていた悪の化身ともいえる女神が復活し、聖王国に牙をむく。
この女神は、私が信奉する邪神様とは長年敵対している相手でもある。
女神は全ての生きとし生けるものの生命力を奪い、自身の力とするつもりだ。
地割れで建物は崩壊し、森の木は立ち枯れ、人々は大地に倒れ伏した。
さすがに放置するのも忍びなく、私は中央の様子を見に行くことにしたのだった。
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