1.偽聖女の今日のお仕事
※「追放聖女と守護妖精」の偽聖女視点のお話です。
単品でも読めます。
本編のネタバレが少しだけありますのでご注意ください。
「さすがは殿下ですわ! こんなにお綺麗な字を書かれるなんてすご~い!」
はい! 本日9回目のおべっか入りましたー。
スパイなんて任務、心を殺さないとやってられない仕事だけれど、本当に辛くなってきた。きっと今の私の目は死んでいるに違いない。
そんな事もつゆ知らず、聖王国第一王子のマルティンは今日も絶好調だった。
「ハハッ。ヴェロニカは本当に褒め上手だな。可愛い!大好き!結婚しよう!」
「こんなところで恥ずかしいですぅ殿下」
自分で言うのもなんだが、私の演技はそれはひどいものだ。
あまりに普段の自分と口調も声色も違いすぎて、歯が浮きそうになってくる。
最近では褒めるネタが尽き始め、そのうち「息をしているから偉い!」などと言ってしまいそうだ。
この不自然さに気付けない王子は、噂どおりの馬鹿王子らしい。
19歳という年齢にしては子供っぽい、女顔の青年だ。きっと亡くなられた王妃様に似ているのだろう。
任務のため私は金髪のカツラと化粧で変装し、背丈を幻術魔法でごまかしていた。
全てを魔法で修正したいところだが、力不足で背を低く見せることしか出来ない。
本来の私の姿では、王子の好みとかけ離れているのでやむを得ない方法だ。
男の人は小さくて可愛くて守ってあげたくなるような女性が好きに決まっている。
常にピンク系のドレスを着るように心掛け、アクセサリーも同系色で揃えた。
兄の命令で仕方なくこの仕事をやっているけど、絶対に他に適任者がいるはず。
即刻、配置換えを要求したい。
などと私が現実逃避していると、銀髪の王子がこちらへ手を伸ばしてきた。
「なあヴェロニカ。頭をなでてもいいだろうか?」
「だ、ダメですわ。まだ殿下とは婚約もしていないのにぃ……」
やめて! 頭を触ったら王子より頭半分ほど背が高いのがバレるでしょう!
年齢だって18歳とか偽ってるけど本当は22歳だし、王子より3つ上なのよ。
欠点まみれのスパイも見抜けず、王子は手を引っ込めて碧色の瞳を輝かせた。
「おお。なんと慎み深い女性なんだ。やはり君こそが聖女だ!」
「あの……マルティンさま。わたくし、お願いがあるのですぅ」
じっと上目遣いで彼を見上げる。
まあ実際は、私の方が見下ろしてるんだけどね。視線もずれてるし。幻術魔法の効果が切れたら、ものすごく笑える図になってると思うわ。
「なんだい? ヴェロニカ」
「シアとの婚約を破棄して、わたくしを聖女にしてください。ずっとおそばで、この国と殿下をお守りしたいのですぅ……!」
こうやって1日1回おねだりするのが日課だ。吐きそう。
今の聖女であるシアは、本物の聖女だ。黒髪黒眼の美しい少女である。
彼女の代わりに聖力を持たない私を聖女に据えようなど、正気の沙汰ではない。
だが、マルティン王子は花もほころぶような能天気な笑顔でうなずいた。
「ああ、もちろんだ。父上に何度もお願いしているから、そのうち穏便に事を進めてくれるはずだよ。君は必ず聖女になれる。安心していい」
「うわぁ~! ありがとうございますぅ」
穏便ねえ。穏便な婚約破棄って一体何なのかしら。この世に存在するの?
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