ご報告③
「己が身を律する事も出来ず、情動と肉欲に突き動かされて一切の考慮もなく御子息と行為に及んだのは年長者としてあるまじきことであったと猛省しておりますっ! つきましてはどの様な処罰も甘んじてお受け致しますし、親御殿や祖母殿が望まれる以上の謝罪もさせてくださいっ! この度は誠に、申し訳ございませんでしたっ!」
ケモミミロリっ子が我が家の今でそりゃあもう綺麗な土下座を披露している。
「みっ、ミコ様? いや、そこまで深く頭を下げる必要は──────」
「ミツアキはしばらく黙ってて!」
「──────はいっ」
お、怒られてしまった。
その姿勢をぴくりとも動かさず、ふさふさの尻尾をしょんぼりと項垂れさせて、ミコ様は頭を下げ続ける。
「み、光昭。このお嬢ちゃんは……一体どこの娘だい?」
頭上にクエスチョン・マークが浮かんでいるのが幻視できるような困惑した表情で、婆ちゃんがミコ様を見ている。
父さんや母さんも突然現れたケモロリ土下座に面食らったのか、口を大きく開けたまま微動だにしない。
「あ、えっと。さっき言ってた僕が妊娠させた────」
「信濃國は諏訪を生まれとする狐の化生にございますっ! 名は稲魂あるいは御狐神に仕えていた白狐の系譜に連なる故に『諏訪狐の白野巫女』、あるいは『白ノ巫女』などと呼ばれる下級の神ですっ! どうかお見知りおき頂ければ幸いですっ!』
ミコ様は僕の声を遮って、良く通る大きな声で自己紹介をした。
なんでこんな下手に出ているのか、良く分からない。
責めれられるべきはミコ様を手籠にした僕であり、謝るべきはミコ様を見事に孕ませた僕なのに。
それとその自己紹介。いつも不思議に思っているけれど、赤毛のミコ様が白い巫女と呼ばれるのはなんか違和感あるんだよね。
「あ、あのう。お嬢ちゃん? よく理解できないので、一度顔を上げて貰っても良いかしら?」
ようやくフリーズから復帰した母さんが、卓から立ち上がって迂回し、ミコ様の背中に手を置いて顔を上げろと促した。
「みっ、光昭っ。婆ちゃんはもう何もかもが理解できてないよっ。最初から順を追って説明なさいっ! それになんだお前のその態度はっ。普段から反応が薄い子だとは思っていたけれど、この場においてそんな態度、婆ちゃん本当に情けないよっ!」
フルフルと小刻みに震えながら、婆ちゃんが顔を真っ赤にして声を張り上げた。
そうは言ってもさぁ。婆ちゃんの気持ちは分かるけれど、僕の中にある幾つかの『感情』はとっくの昔に奪われているわけでして。
うっすらと残されてはいるけれど、特に『悲しい』とか『嬉しい』とか、そういうのは殆ど無いと言ってもいい。
あ、そうか。そういう事から説明しないとダメなのか。『焦り』の感情も無いもんなぁ。
ダメだなぁ僕は。
「そうですよミツくんっ! パパからも何か言ってやってくださいな!」
「あっ、えっ?」
母さんよりも処理性能が悪いのか、父さんはまだフリーズから復旧しきれていない。
急に呼ばれてビクっと肩を震わせたまま、パクパクと顎を動かすだけが精一杯な様だ。
「───っ! もうアナタはっ! それでも父親ですかっ!」
「ごっ、御母堂殿っ! 悪いのは全てこのワシですっ! どうかミツアキを責めないでくださいっ!」
「いや違うよミコ様。あの日初めての日、ミコ様を押し倒したのは僕なんだから、悪いのは僕であってミコ様が謝る必要なんて無いんですって」
「おっ、押し倒した!? ミツアキっ! アナタこんな年端もいかない娘になんてことを! ママはアナタをそんな子に──────!!」
「落ち着いてくれママっ。ミツアキ、お前さっき相手は婆さんより歳上だって言ってたじゃないか。どういう事だ? 父さん本当に混乱してきたぞ?」
「本当だよ。ミコ様は婆ちゃんよりも遥かに歳上────」
「歳上なもんかい! この娘さん、どうみても小学生ぐらいだろう!? 私より歳上な訳がないじゃないか!」
「いや、だからミコ様は神様で────」
「カミサマってなによ! アナタもしかして、変なゲームと現実がごっちゃになっているんじゃないの!? お願いだから、ママやパパやお義母さんにも分かるように説明なさい!」
「今説明しようとしてるじゃん。お願いだから落ち着いて話を最後まで───」
「その説明が意味が分からないと言っているの!」
「ママっ、とりあえず座ろうっ? なっ?」
「だいたいパパが普段から頼りないからっ! ミツアキがこうも酷く道を踏み外したんではないですか!?」
「御母堂殿っ! お怒りはごもっともです! ですがどうかミツアキだけは責めず、どうかワシをっ!」
「お嬢さんは早く頭をあげなさいっ!」
「光昭っ! 一体なにがどうなって私たちに何を伝えたいのかっ! ちゃんと自分の口で言いなっ!」
あーもう。
誰に何をどう釈明しろと言うのだ。
いつも騒がしい家族だと我ながら思っていたけれど、さすがにここまで混乱している姿を見るのは初めてだ。
「ごめん婆ちゃん! 五千円が風に飛ばされてどっか行った! お兄ちゃん探すの手伝って!!」
お前まで入ってくるんじゃないよ馬鹿妹!
あとお金は大事に持ち歩け!!
このカオスな状況は、このあと30分ほど収まらなかった。