ご報告①
「な、なぁ。ほんとうに今日じゃないとダメなのか?」
「こういうのは報告が遅れれば遅れるほど説明がややこしくなるんですよ。デキちゃった事はもう覆らないんですから。早いうちから理解して貰う事になんのデメリットもありません。僕が殴られる程度で済むんなら安い物です」
気が乗らないのか歩の進みが遅いミコ様を、その小さな手をひっぱりながら僕は家路へと急ぐ。
山の奥深くの社からここまで、山を降る時間やバスや電車を乗り継いで大体1時間弱。
いつもは退屈で辟易とするだけだった帰路も、ミコ様が居るただそれだけでとても有意義な時間だった。
表情筋が死んでるとまで言われた僕だが、やはりこの状況では嬉しさを隠しきれずに思わずニヤニヤしてしまう。
「こ、ここいらも昔と比べるとだいぶ様変わりしたのぅ」
「そりゃあそうでしょう。ミコ様の言う昔って、戦国時代とかでしょう?」
「いやいや、そうは言うてもつい最近じゃぞ? ワシほら、落ち着きが無いから山からホイホイと出かけておったし」
「ちなみに何時のことを言ってるんです?」
「ん? 大戦末期かの」
だからどの大戦の末期なの?
あんまり根掘り葉掘り聞くとまた年齢のことで拗ねちゃうから、ここいらで一旦話を区切る。
のどかな田園風景の奥の方で、新幹線がけたたましい音を出して通り過ぎていく。
早朝一番で家から出て、社に到着してすぐに戻って来たからまだ時刻はお昼過ぎ。
父さんも母さんも出かける予定は無いって言ってたし、婆ちゃんも友達とのカラオケ倶楽部から戻って来ている時間だろう。
問題は一番煩くて面倒な妹だが、まぁアイツは多分話が理解できないからこの際考えなくてもいいか。
「な、なぁミツ? お前様よ。やっぱり今日はやめとかんか? ほら、そういうのはやっぱり大安吉日を選んでだな。こういう報告は日取りが良い日の方が縁起も良いし、それに今日は仏滅だし」
「なんで神社のお狐様が六曜なんて気にしてるんですか」
「だ、だって○クシィにはそう書いてあったんじゃもん!」
ゼ○シィの言う事を当てにする神様とか、草なんですけど。
ていうか、社の本殿の中に山と積まれた○まごクラブとか○っこクラブとか、それにゼク○ィもそうだけどさ。ミコ様、やっぱり妊娠したこと怖がっているんだろうな。
そりゃそうか。神様とはいえミコ様はまだ年若い方だ。
稲荷大明神の名代でお稲荷様を名乗る前はただの密使の白狐だったわけだし、あんなオンボロの社を急に任されてずっと忙しかったわけだし。
誰も参拝に来ないのに五穀の神として真面目に仕事しちゃってたこの愛しい僕のキツネ様は、耳年増でウブでシャイだ。
ここは未熟だけどヤルことヤッちゃった男の僕がちゃんと支えてあげなければ。
まずは段階的に必要になるマタニティランジェリーをしっかり選んであげよう。試着まで面倒を見るから安心して欲しい。
大丈夫。バイト代はたんまり貯金してあるから、学校を辞めて職を見つける程度の期間ならば多少の贅沢は可能だ。
なにせここ数年の僕のお金の使い道はミコ様の元に通う交通費と、ミコ様への貢物(お土産。ちなみにほぼ漫画やラノベ)ぐらいにしか使っていない。
それからこれから張って来るであろうその慎ましいお胸のマッサージだって僕が担う。
これは誰にも譲らない。
お胸の所持者であるミコ様だろうが文句は言わせない。
優しく優しく揉み解す。蕩けて何も考えられないぐらいまでは揉み続ける所存である。
ああ、楽しみ。
「ミ、ミツ? ミツアキ? なんか怖い目をしとるんじゃが、何を考えておるのか教えてぷりーず?」
「ミコ様の胸を揉みしだくことを考えてました」
「そこはもうちょっと取り繕おう? 素直で正直なのがミツのいいところでワシも大好きなんじゃが、そこはもっと頑張って?」
僕とミコ様との間で嘘や隠し事があっていいはずが無いじゃないですか。
たとえどんなに肉欲に塗れたことだろうと、僕はミコ様に包み隠さず伝えていきます。
そう、今までも、これからも。キリッ!
「なんでそんなしたり顔してるの? ねぇワシ怖いんじゃけど?」
「怖がる必要は無いですよ。僕の家族はけっこう物分かりが良くて理解あると思いますから」
「いや怖がってるのそこじゃないの。ねぇお話しよ? 家に着く前にワシらの齟齬をちゃんと正そ?」
そう。今は不逞な息子が他所様の娘さんを孕ませたことを、ちゃんと家族に報告しに行くのだ。
僕がヤッてしまったことの責任を取る上で、家族の協力は必要不可欠。
なにせこの春で高校二年生になったばかりの僕は、まだまだ子供だと自覚している。
未熟もいいところ。
子供が子供を産み育てる場合、そこには悲劇が起こる可能性が十二分にある。
僕とミコ様の愛しい子をそのような目に合わせないためにも、何をおいても僕の家族の理解は得らねばならない。
具体的に言えば父さんの金。
財布を握る母さんを説得し、父さんの金をなんとか抑えねば。
「……お前様、今悪いこと考えとるじゃろ」
「ええ、父の遺産について」
「ご存命のはずじゃっ!?」
「そうですね。まだ」
「まだ!?」
平たい地形のこのあたりでは、ミコ様の澄んだツッコミも良く通るし良く響く。
これで周りから見られていたらけっこう変な目で注目されちゃってたかも知れないが、今のミコ様は僕にしか見えないモード。
神様としてそうやすやすと人間に見られては威厳もへったくれも無いと、今のミコ様はステルス仕様である。
つまり今は僕が一人でぶつぶつと呟いている変人に見られているわけだが、ここら辺はドが付く田舎で人もまばらだし、別に誰になんと思われようが僕はまったく気にしない。
つまりなんの問題も無いわけだ。
「お、お前様。後生じゃから、どうか人の道を外れるような真似はっ。ワシとお腹のこの子のためにも、どうかっ。どうかっ」
「安心してください。父を直接どうこうしようだなんて思ってませんよ」
「じゃからなんでそう、わざわざ不穏な感じで言うの!?」
繋いだ手がじんわりと汗ばんでくるほどには本気で心配しているのだろう。
可愛いなぁ。
「ええ、父の金を抑えるにはまず母を絡めとらないと行けませんから」
「うっ、ううっ。親御様、申し訳ないのじゃ。そなたらの息子を黒くしてしまったのはワシのせいかも知れん……」
失礼な。
「冗談ですよ」
「ほ、ほんとうか?」
なんで涙目なんですか。
そりゃちょっと面白がってわざと変な言い回ししちゃいましたけど、要は説得するってだけですよ。
そうこうしている間にも、僕らは目的地である我が家に到着した。
曾祖父の代からこの地にある、古びた大きな一軒家。
今のところは婆ちゃんの土地で婆ちゃんの家だが、いずれは父さん───そして近いうちに僕の物になる予定の家だ。
「な、なぁ。本当にさっきのは冗談なんじゃよな?」
「もちろんです。さぁ、どうぞお入りください」
「う、うぅうう。やっぱり怖いぃいい」
不安そうに小刻みに震えるミコ様の肩にそっと手を伸ばし、僕らは静かな足取りで家の門を潜った。