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とある日、僕と彼女の大事な大事な思い出の社で

かなりマイペースに連載します。


「デキちゃった──────みたい♡」


「──────はぁ」


 初夏の風吹く気持ちの良い木陰の中。

 寂れ廃れた境内の階段に腰を下ろして僕はキョトンと首を傾げる。


「のう、いくらなんでもそのリアクションは無いんじゃないか? もっとこう、なにかあるじゃろ」


「そう言われてもミコ様さぁ。なにがデキたか言ってくれないと」


 くっそ怠くて長い山の獣道をヒィコラヒィコラ登り終えて、ようやく一息ついたばかりの僕にリアクションを求めないで欲しいんだけど。

 せめてせっかく買ってきたコーラを飲み終えるまでは待って欲しかったなぁ。


「お前様、ほんに察しの悪い奴じゃのう。若い女子(おなご)が目を潤ませて、愛おしそうに腹に手を添えてデキたと言えばソレは一つしか無いじゃろ?」


 ミコ様はため息一つ吐きながらトコトコと境内を歩き回り、まるで説教でもしているみたいにそう告げた。

 フサフサの尻尾を右に左にゆらゆら揺らし、同じくフサフサの耳をぴこぴこさせながら、僕の可愛い可愛いお狐様が呆れている。


「お腹?」


 お腹に何がデキたの? ニキビ? 虫刺され?


「なぁ、お前様大丈夫か? そんな鈍感さでちゃんと学校生活できとる? ワシ、心配になっちゃうんだけど。イジメられてたりしない?」


「イジメられているわけじゃないけど、友達はあんまり居ないかなぁ。ほら、そこらへんはミコ様だって分かってるだろ?」


 僕が人付き合いが苦手な理由。人が僕を苦手な理由。


「───そう、じゃったな。その目、か」


「うん。この目のせいで小さな頃からだいぶやらかしてるし、見たく無いモノまで見えちゃうしね。まぁ、この目があるからミコ様と出逢えたんだし、僕はそれだけで満足だよ」


 現世と常世の境界を曖昧にするこの瞳。

 生まれ持った異質なるこの目のせいで、僕は人間よりも人ならざるモノたちに近い。

 それは物理的にも、精神的にも、そして性質的にも。


 だからこそ、こんな忘れ去られた山奥の、しかもボロボロで今にも崩れ落ちそうな神社跡で──────大事な大事なキミに出逢えた。


 もちろん辛い事は色々あった。

 僕の周りでは生と死の在り方が混ざりあう。だからいろんな不思議な事が起こりやすい。

 未練を残した死者が語りかけて来たり、夜の世界の住人が昼の世界に紛れて来たり。


 気味が悪いと敬遠され、家族ぐるみで母方の祖母が住むこの田舎に逃げるように移り住んで来たのは幼稚園の頃。


 大きな怪我こそないけれど、命の危険を感じる程度の事件なんかそれこそ日常茶飯事で。

 ミコ様に出逢えなければとうの昔に自分で自分の命を見限っているか、それともこの瞳の力を欲したヤツらに『向こう側』に連れ去られてるか。

 なんにせよ僕はここには居なかっただろう。


「それよりもミコ様」


「ん? なんじゃ?」


 僕の大事な大事なお狐様が、あざと可愛く首を傾げる。

 そのわざとらしい萌え仕草。いったいどこで仕入れてきたんだろう。

 ミコ様、けっこうなオタクだからなぁ。


「───若い女子(おなご)って言える年齢(トシ)でも無いよね?」


「ど、どどど、どこからどう見ても若い女子じゃろうが! ほら、ロリっ子!! ピッチピチのロッリロリじゃろうが!」


「でもミコ様、もう500年ぐらい生きてるって」


「ごっ、500年なんて神族や妖からしたらまだ全然だし!? むしろ若すぎてペドに分類されるぐらいだし!?」


「でもワシとかのじゃとか」


「これはキャラ作り! だって下界では狐耳のじゃロリBBAが萌えるってネットで見たもん!」


「悪いネットに毒されちゃダメだって前にも言ったのになぁ」


 ていうか、こんな山奥のしかも電気も通ってないはずの社で、どうやってネットなんかを見ているんだろうか。

 前から不思議だったんだよね。


「そ、そんなことより!! デキたって言ってるじゃろうが!!」


「だから何が?」


稚児(ややこ)!」


「ややこ?」


 また古くて難しい言葉を使うなぁ。えっと、ややこややこ──────。


「なぁ、一応怒っているワシとの会話の途中でスマホいじられると、けっこう凹むんじゃが」


「分かんない言葉はググらないと」


「ほんに現代っ子の空気の読まなさと言ったら……ちょっと前だと激怒されとるぞそれ」


 時代は移り変わるもの───仕方ないよねぇ。


「───ふむぅ、なんでワシ。こんな淡白な男に惚れとるんじゃろ。自分でも不思議」


 太古の昔から男と女の関係はミステリーなんですよミコ様。


「ちゃんとミコ様の事愛してますから心配しないでよ。これでもめちゃくちゃ自分を律してるんですよ僕」


 ひらがなで検索するとちょっと探しづらいなぁ。えっと、これかな?


「ほんとでござるかぁ?」


 なぜにござる口調。またどこのネットミームに毒されたんだこのケモっ子ロリは。


「ちなみにお前様が我慢をしてないと、ワシどうなっちゃうの?」


「三日三晩は抱いて離さない。ミコ様が泣こうが喚こうが無理やり組み敷いて、気を失っても失禁しても僕が満足するまで絶対に抱き続ける。食べ物も飲み物も僕がちゃんとこの口であげるし、お風呂もトイレも僕が面倒を見る」


「ひっ」


 尻尾と耳をピーンと立たせて、ミコ様は両手で自分の身体を抱いて一歩後ずさる。


「ねっ? 僕我慢しているほうでしょ? 愛してますよミコ様」


「ひゃ、ひゃい」


 またそんな大袈裟なリアクションとって。

 実際に組み敷かれたら強く求めてくるのはミコ様だし、僕を咥えて離さないのもミコ様の方じゃんか。


 なになに? ややことは──────あかんぼう…………赤ん坊?


 ん?


「ど、どうしたのお前様?」


 巫女服の裾を摘んでおずおずと、スマホの画面に釘付けになっている僕へミコ様が近寄ってくる。


「──────ミコ様。赤ちゃん、デキたんですか?」


 それは、ミコ様と……僕の?

 とは決して口にしない。


 ミコ様の男性遍歴の一番最初は僕だし、最後の行も僕。て言うか一行しかないから、僕。

 そういう行為をしたのだって僕だけだと断言できるし、万が一にも違うなんて言わせない。


「う、うん。どうやら、その、デキたらしい」


「そう……ですか」


「ああ」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………あ、あの」


「…………」


「えっと、その、お前様?」


「…………」


「ね、ねぇ。ミツくん?」


「…………」


「な、なにか言ってくれないと、ワシとっても不安になっちゃうんだけど?」


「…………」


「ふっ、ふぇ」


「…………」


「ふぇええええんっ、えぐっ、うぇえええええんっ」


「──────ん? あれ、なんでミコ様泣いてるんですか?」


 ちょっと考え事をしている間に、いったい何が。


「なっ、なにもいってくれんかったっ。ひっく、わ、ワシとってもゆうきをだしてこくはくしたのにっ、ミツなにもいってくれんかったっ。ふぅええええっ」


 わ、わわわっ。


「ご、ごめんなさいミコ様。ちょっとこれからどうするべきか考えを纏めててっ」


 いけないいけない。

 一つの事に集中しちゃうと周りに何言われても無反応になっちゃう癖が、こんな大事な時に。


 慌てて立ち上がり、ぐしぐしと両手の甲で止まらない涙を拭くミコ様を優しく抱きしめる。


「やっ、ややこ、デキちゃったからっ、ミツっになんていわれるかっ、とってもこわかったのにっ」


「すいませんすいません。そうですよね。子供ができるなんて初めての事ですもんね。僕なんかよりミコ様の方が大変ですもんね。配慮が足りませんでした。申し訳ない」


「みっ、ミツアキとっ、ワシのややこだからっ、どうしようかってっ。まさかにんげんとワシらのあいだでっ、デキるなんておもってなくてっ」


「うん、それは僕も油断していました。よくよく考えたら、国内や国外における神話では神様と人間との間の子供なんてそう珍しくないですもんね。これは僕の至らなさです。ミコ様の責任じゃありませんから」


 小さな小さな愛おしいその身体をギュウっと抱きしめる。

 赤みがかった、金色にも見間違うほどの綺麗な髪を優しく撫でる。

 腰まで伸ばしたその長い髪は、小さい僕が似合っていて好きだと言ってからずっと同じに整えてくれている、ミコ様から僕への愛情表現。

 お尻の部分で玉の様な髪留めで纏めていて、まるで尻尾が二房あるようにも見えてとてもキュートだ。


「ぐすっ、えぐっ、でっ、でどうするんじゃ?」


「なにがです?」


 僕の腕の中で頭をグリグリと動かして、涙を僕の服に擦り付けてくるミコ様。

 そんな姿が堪らなく愛おしくて、僕は無意識にその身体を抱きしめる腕の強さを増していた。


「なっ、なにがですじゃないじゃろっ。ややこのことじゃっ」


 腕の中ですんすんと泣き続けるミコ様の頭に顔を埋めて、髪の匂いを目一杯吸い込む。

 頬に当たる狐のお耳がさわさわと心地よく、本当に癖になりかけている。


「え? そりゃあ、育てますけど」


「よ、よいのか?」


「良いもなにも、他に何かあるんです? 僕とミコ様の子供なんです。大事に大事に育てる以外の選択肢が僕には思いつきませんけど」


「だっ、だってミツはにんげんじゃ。にんげんとしんぞくじゃ、いきるセカイがちがう。すんっ。じゅみょうだって、ミツのほうがっ」


 見た目通りの幼さを感じさせる舌っ足らずな声色で、ミコ様は鼻を鳴らしながら顔を上げて僕を見る。

 今は神通力の節約のためにこうして幼い姿を取っているけれど、本当のミコ様のお姿はもう少し大人だ。

 たぶん高校生ぐらいの姿のミコ様はとても美しく可憐で、僕はそりゃあもう惚れ込んで首っ丈なんだけれど、この小学生低学年ぐらいのお姿も愛らしくて大好きである。


 まぁ、大元である狐の姿の時も別の意味で愛らしく、それはそれで24時間もふもふできるぐらい好きだけど。


「ですので、考えてました。僕は出来るなら永遠にミコ様と共に生きていたい。子供がデキたんなら、子供ともずっと一緒に居たい。こうまで心奪っておきながら、僕を置き去りにしてどこかに行こうだなんて絶対に許しませんからね。どんな手段を取ろうと僕はミコ様のお側に居続けます。ですので──────」


 名残惜しさが少し滲んでしまうが、大事な話なので抱きしめていたミコ様の身体を両肩に手を置いてそっと引き剥がす。


 小さな小さな僕のお稲荷様は、ぽかんと口を開けて僕を見上げている。

 涙で潤んだ瞳がとても綺麗で、襟から覗く真っ白できめ細やかな肌に玉のような汗が浮かんでいる。

 上気した頬から鼻腔を誘惑する良い匂いがして、思春期男子の劣情がムクムクと鎌首を持ち上げ始めた。

 今の僕らが『見える』人が居るならば、無垢で幼気(いたいけ)な小学生女児と、そんな女児に興奮している鬼畜変態(ロリコン)高校生にしか見えないだろう。

 ふむ。でも否定できない。

 僕は相手がミコ様であれば、それが例えどんな姿だろうと性的な目で見れるからね。

 

 周りがどう思おうが、条例と刑法にどう抵触しようが関係ない。


 僕は僕の世界で生きている。

 その世界は僕とミコ様とでしか成り立っておらず、その他の事象や生物なんて塵のようなモノ。


 なんたって僕は神様に心奪われ、神様と契り、神様を孕ませた男だ。


 だからこそ僕はこの愛しい愛しいお狐様に、僕の全てを捧げると何年も前から誓っている。


 だから───。


「ミ、ミツ?」


 おっと、また考え事でフリーズしてしまっていた。

 黙り込んだ僕を不安そうに見るミコ様の柔らかい頬を、右手の人差し指の甲でなぞる様に触る。

 よくよく思い出してみれば、今日のミコ様はいつにも増して情緒不安定だった。

 きっと子供を孕んだという初めての事に、やはりというか当然というか、不安と恐怖を抱いているのだろう。

 不甲斐ない。こんなにも想い慕っているミコ様に、そんな気持ちを抱かせてしまった自分に腹が立つ。


 だから、はやく安心させないと。


「────ですのでミコ様」


「う、うん」


 ごくり、と。

 その小さな白い喉元を動かして、ミコ様は口に溜まった唾液を飲み込んだ。

 ああ、美味しそう───だなんて思えてしまう僕は、やはり大変な変態なんだなと自己解決。


 そんな僕にとって全てがエロ可愛いお稲荷様を見ながら、僕はゆっくりと口を開く。


「───僕、神様にならないと」


「───ほぇ?」


 どこまでもどこまでも甘ったるくて愛らしい表情と声で、僕の最愛なるミコ様は首を傾げた。



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