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第09話 候補者

「ねぇ……ふれいあ……?」

「どうかされましたか?」


 ココは急斜面の険しい山道。所々から獣の鳴き声が轟き、たまに目の前を巨大な昆虫が横切ったりしている。ついさっきなんか、おれよりもデカいカブトムシと戦闘になった。


「なんで……こんな所を歩いているんだっけ?」

「なんでって、本城のユーチャリスに向かうためでしょう? 先程も答えたはずですよ、さっきの質問」


 フレイアは息切れもせず、爽やかな笑顔のままで大量の荷物を抱え、山道を登る。それに比べおれは数分前に拾った太い木の棒を頼りに、ふらふらと彼の後をついて行くだけで精いっぱいだった。


 おれたちの前には、エルラ、レムト、グレイルがこれまた陽気に歌でも歌いながら歩いている。ピクニックの最中か? と全員に小一時間尋問したいぐらいだ。……それよりも、おれはグレイルの本性がとっても気になるんですけど。


「ヘイ! ヘイ! 次ィ!!」


 まるで幼い頃の自分のように、細い木の棒を振って指揮者気どりになっている。グレイルはとっても真面目で、クールなイメージがしばらくの間定着していたんだけど……。



 っていうか、ツッコむ点が沢山ありすぎて仕方がない。まず、なんでエルラは上半身裸なのか。いくら熱いからって、せめてレムトのように腕まくりだけにして欲しい。あと、なんで両胸に手形の日焼けがあるのか。一体おれがココに来る前に、何があったんだ?


 次、グレイルはさりげなくスルーして、レムトの髪型。いつもより“もっさり”としているのは気のせいだろうか。ちょっとぐらいだからあまり気に掛かりはしないけど。


 最後にみなさんの異常なほどの体力。絶対2、3時間は山道を歩き続けているのに、城を出発したときから全く雰囲気が変わらない。前から響く地獄の歌 声はさておき、フレイアの涼しそうな横顔はとっても爽やかだ。コッチは汗だくになっているのに……。その顔面に一発蹴り込んでやりたいぐらいだ。



『荷物は少なめの方がいいですよ。必要な分だけ、持っていけばそれでいいのですから』



 フレイアがそう言っていたのを思い出す。その言葉は紛れもない事実で、忠告を聞かず余分なものまで持ってきてしまったのは自分の所為だ。遠出の旅の経験がないと、やはり不安になってしまうのだ。








 ―――おれたちは今から数時間前、日の出と共に城を出発した。まだまだ寝足りなかったけど、本城ユーチャリスまでは歩いて半日以上掛かるらしい。飛龍とやらを使えばいいのでは? と尋ねたが、これは隠密行動も当然なのでどうしても徒歩で行かねばならないらしい。その辺りが面倒だ。


 沢山の人から見送られる時、正直自分がこんなにも沢山の騎士たちをもっているなんてまだ信じられなかった。城下町と呼ばれる城を取り囲む広い街にも、沢山の住人が居る。そのすべてを統一する主となっているのが、正真正銘このおれだ。


 まだあり得ないようだけど、心の隅では少なからずこの運命を受け入れていた。自分はこうなるために生まれてきたのだ。そして、この世界に呼ばれたのだ、と。


 ……地球あっちのみんなはどうしているだろう。親父もお袋も、まだ見ぬ妹も。のぼるだって『この世界の住人じゃない』とか言ってたけど、まだあっちに居るはずだ。やはり……おれがいなくなっても、あっちの日常は普通どおりに流れているのかな……。


 少し湿った土を踏みしめ、おれは木の棒を頼りにまたもう一歩前へと踏み出した。朝露に濡れた木の葉を視界の端にとらえ、この世界の日常も普通に流れているんだよな、と改めて実感する。


 目の前にも、上にも広がる広葉樹の森。足元には、てのひらよりも大きいドングリが転がっている。地球ではなかなか見かけることのできない偉大なる自然に身をゆだね、おれたちはユーチャリス城を一心に目指している。





「ぅお! 珍しいねェ。『アレ』はスラニアオオヒトクイバナじゃないか」


 レムトは突然、無邪気な子供のように叫んだ。前に居た集団が揃って、向かって左手の方向を見上げる。なんだそれ? と確認するよりも早く、足元がふらつきそうなほどの地響きが起こった。


「わ、わ、わ! な、なんだコレっ!?」

「スラニアオオヒトクイバナっていう植物が、俺達目がけて突進してきているんですよ。ヤツは植物界の王者という別名をもっていて、無断で森に侵入した邪魔者を排除……」

「フレイア! 何冷静に解説しているんだよ!! ああああ、もしかして、あのでっかい花びらがスラニアなんとか!?」

 

 触手のように長い手足(?)を木に絡ませ、左右に揺れながら現れたのは、ありえないほど大きい花びらだった。でも、その花びらの中央にはぶ厚い唇と共に、鋭い牙と真っ赤な舌が覗いていた。


 花びらは赤地に白い水玉模様のラフレシア系。おれよりも大きい。触手は薄黄緑色で気持ち悪いほどにぬめぬめと動いている。全長20メートル以上はありそうだ。ちょうどクレアリス城の扉ぐらいの……


『キシャアアアアアアアア!!!』


 そいつは耳をつんざくような鳴き声を上げ、長く巨大な舌で太い幹を簡単にへし折る。おれが悲鳴を上げるよりも早く、フレイアが手を引いて空へと避難してくれた。グリフォンと契約した彼には、大きなわしの翼が生えている。


 ヘルハウンドと契約したエルラは、ズボンを破り捨て巨大な青銀の狼へと変身した。初対面の時よりかは遥かに大きく、ヒトクイバナと対等になるぐらいまで大きくなっている。口からは青白い炎を吐き、触手をどんどん燃やしていった。


 レムトは炎の蛇を体の周りに生み出し、リヴァイアサンのように大地をうねらせながら剣と共に切り掛かる。炎を帯びた剣はヒトクイバナの胴体を一文字に切り裂いた。


 とどめには、グレイルが頭上からヒトクイバナを真っ二つにした。氷を帯びた剣はマンティコアの牙のように鋭く、同時に残酷でヒトクイバナを冷凍してしまった。一分もせぬうちに終わってしまった戦闘に、おれはしばらく唖然としていた。


「冷凍食品、完成か……」


 思わず呟いた言葉に、フレイアが声を抑えて笑う。レムトとグレイルはそれぞれの武器を鞘に収め、エルラは徐々に人型の姿へと戻って行った。


「あ、忘れてた……」


 エルラは変身する際に、身につけていたものすべてを破り捨てていた。上半身裸だったのは正解だが、問題は下半身。


 ここで能力を発揮したのは、無駄に器用なおれの手先。足よりも大きい葉っぱを十数枚用意し穴をあけ、ツルを通して完成させたのがコレ、ターザンの纏っているような緊急用の急所隠しだ。


「たとえ強い変身能力を得ても、細かい所に注意できないんじゃねぇ……」


 おれはエルラからさりげなく視線を逸らし、ぽつりと呟いた。



















「報告、ご苦労だった。続けてですまないが、次は会場の準備にまわってくれないか?」

「ええ、ライン陛下。仰せのままに」


 現魔獣王 ライン・ヘル・シルヴァンは赤く肩まで届く長い髪に、切れ長の赤い瞳、そして両頬に目から口にまで走る赤い傷が目立つ魔獣族を統一する王である。いつも真っ黒なローブを身にまとい、王室から顔を出すことは滅多にない。外出や会見を嫌い、内からの的確で冷静な指示を担当する役割を持っていた。


 主に外で指揮をするのは彼の部下でありグレイルの義父、ヴェルグス・ティラ・アークだ。ヴェルグスは背中まである黒く長い髪をひとつに束ね、深緑色の瞳をしている。瞳と同じ色の軍服を着用していることから、彼が攻撃隊であることは一目瞭然だった。


 先程ラインに近況を報告した少年はアリエル・ローランというヴェルグスの副官だ。黒混じりの銀髪に、空色の瞳。彼には双子の姉 ジェミニがいる。ジェミニはクレアリス城の研究魔女として、日々活躍しているようだ。


「アリエル、それで……クレアリス城の一行の話だが……」

「それが……どうかされましたか?」


 アリエルは不思議そうに尋ねる。クレアリス城の候補者と言われる有機リクルというヤツは昔から結構有名だ。魔獣王候補者だというのに、魔獣族ではない。しかも数日前にこの世界にやってきたばかりだと言うのだ。


 噂によると百数年前、258歳のアリエルがまだ150にも満たなかった頃に活躍して散ったと言われる初の女性上将軍、リクルァンティエリルと何かしらの関係があるのではないか、と言われている。


 しかし、アリエルは断じて信じなかった。自分の尊敬する将軍、フレイアの恩師であるリクルァンティエリルと有機リクルに近しい関係があるなんて、まったく予想できないのだ。


 自分の持ち城は神族に襲撃されるし、ついさっき入った情報でもすべてを仲間に任せ、自分は何もしなかったらしい。敵に遭遇しても勇敢に戦った他の候補者の方が、もっと立派だ。


「クレアリス城代表、有機リクルのことだが、あいつはもう既に属性を所持している」

「な……なんですって!?」


 魔獣と契約すらしていないのに!? アリエルはそう叫び、自分の仕える主を見上げた。ラインは180を優に超す長身を起こし、椅子から立ち上がった。


「本来、魔獣と契約していない者が属性を得るのは、不可能に近いことだ。ただ、その者の前世が強力な魔力を所持していた場合、その属性が後世に受け継がれることもある。つまり、リクルの属性は……」

「……紅雷こうらい……」


 その属性は、何千年に一度としか発見されない未知なる属性。通常の雷属性とは違い、赤い雷を発生させるのだ。それと同時に、天候まで操る。それこそまだ研究されていない属性であり、現在その属性を持っている者はリクルただ一人となるのだ。


「私も知った時は本当に驚いた。やはり、リクルはリクルァンティエリルの生まれ変わりなのかもしれない。永久にこの世界に名を残すこととなった、すべてを救ったあの騎士の―――」


 アリエルはそれ以上尋ねることはなく、深く一礼をして王室を去って行った。ラインはアリエルの態度に苦笑を浮かべ、装飾のひとつもない質素な木の椅子に腰かけた。


「もしかすると、今までの中でも最強の魔獣王が生まれることになるかもしれない。……そうだろう、ルシファー」


 ラインは数百歳も年が離れた、実の姉に向かって呟いた。しかし、彼女の意識はもうここにはない。彼女は当時の衣装と姿のまま、青白い結晶の中に今年

で1000年の間、閉じ込められたままなのだ―――。



つづく。


次回、クレアリス城一向の行方&ユーチャリス城の日常。


次回もほのぼのとお届けします^^

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