第08話 “What is the meaning where I live?”
「あなたの生きる意味は……なんなのですか?」
すらりとした体格で、悲痛な面持ちを浮かべた少年が尋ねる。彼は両こぶしを握り締め、先ほどまでは一言も発さず俯いていた。
「あなたは誰にでも、生きる意味があると言ってばかりですよね? それなのに、あなたは自分の生きる意味を明かしては下さいません。それは何故なのですか? 本当にあなたには……生きる意味がないのですか?」
200を越したといえ、彼の表情はまだまだ幼い。本当にこんな子が地球で任務を果たせるのか、と疑問に思ってしまう。やはり、代わりに自分が向かった方がいいのか、とまた余計な心配をしてしまう。
―――ソダルナも言っていた。この子なら大丈夫だと。彼女は魔王ルシファーの分身と言われる魔巫女だ。自分が疑ったって何になる。信じるしかない、この子を。
「……師匠、俺はあなたに質問しているのです。あなたは、答えて下さらないのですか?」
少年が少し荒っぽく尋ねる。自分が少し顔をしかめると、少年は気に障ったと思ったのか「すみません」と短く謝った。
『……質問に答えましょう』
直接、彼の脳内に囁きかける。自分の声は数十年前に潰れ、濁った音しか出せないのだ。昔はどんな音よりも美しき声とまで御世辞を言われた自分でも、今は地獄から響くうめき声のような音しか出せない。その代わりなのか、自分は『相手の脳内に直接囁きかける』という能力を授かることができた。
『確かに、わたしには生きる意味などありません。わたしはこの世界を破壊する、ただそれだけの理由の為に生まれてきたと言ったでしょう?』
少年はまた俯く。そして、今にも消えそうなほどか細い声でまた謝罪した。
『魔王ルシファーの兄、サタンの意識は未だにこの世に残っているのです。サタンは時空を歪め、“わたし”という存在を作り上げました。この平和な世界を破壊し、歪んだ戦争だらけの世界を創りだすために、わたしはサタンに生み出されたのです』
「やはり……それは本当なのですか?」
『ええ。だからわたしは、自ら自分の力を封じ込めるのです。……おや?』
この部屋は城の最上階にあるので、滅多なことでは人は来ない。それなのに、今回は人一倍大きな足音がこちらへと向かってきている。キングベアか帝王ゴリラを野放しにしたようだ。
「上将軍!!」
「うべはっ!?」
扉の正面に居た少年が跳ね飛ばされ、顔面から床に不時着する。普段の彼からは発されない奇声が飛んだ。
『……エルラディド?』
「おお、上将軍。やはりここに居られましたか。それにお前も」
エルラディドは額にバンダナを巻き、今すぐに戦闘が始まってもいいように剣や弓などを装備していた。
「そろそろ出発の時ですぞ、上将軍。貴女は御声が発せられぬとはいえ、この国随一の剣使い兼魔術騎士なのです。貴女が騎士団に居られれば、よほどの事がない限りこの戦の勝利は我々のものですぞ!」
「待って下さい!」
今まで床に突っ伏したままだった少年が、痛む額を押さえて立ち上がった。茶褐色の短めの髪が揺れ、暗黒色の瞳が自分の姿を捉える。
「師匠は今回の戦には出陣しなくても良いと、ついこの間結論が出たのではないのですか!? 俺は認めません! 俺は……」
『おやめなさい。わたしは、自分から立候補したのです。この戦に出陣させてほしいと。わたしだって指揮を執ることぐらい可能です。さあ、エルラディド。、案内しなさい。確か広場に集合だったはずですよね』
「さっすが、上将軍。よく数カ月前の指令を覚えておられましたね」
「………」
少年はそれ以上追い掛けようとも、反抗しようともせず、ただ黙って戦場に向かう自分たちを見送った。
本当は彼も連れて行きたかった。わざわざ地球になど向かう命令を、魔王ルシファー様が彼にお与えにならなければ……。
自分が心の隅でそう考えていた時、後ろから聞き覚えのある、まだまだ幼い声が響いた。
「リクルァンティエリル師匠!」
振り返ると、やはりそこには彼が居た。正装の白い軍服を身にまとい、剣の柄を左胸に押し付けていた。その首には、出発前に預けた紅いペンダントがぶら下がっていた。
「俺、フレイア・グリアロス・エリルは、あなたの帰りを永遠に待ち続けます! 俺はまだまだ下っ端のへなちょこですが、いつかあなたと肩を並べるまで……その時まで……」
彼の声がだんだんと掠れ、涙を含んだような声になる。彼は袖で目元を拭い、顔中に満面の笑顔を浮かべ、大きく手を振った。
「その時まで、ずっと俺の師匠でいてください! あなたの帰りを待っている弟子がいることも、絶対に忘れないで下さい!!」
彼―――フレイアはそう叫ぶように言った。これからフレイアにどんな試練が立ち向かおうとしても、もうわたしは彼をたすけてあげることができない。それがどれだけ辛いかってことぐらい、自分が一番分かっている。
わたしは……そう長くは生きられない。この世界を破壊するために生まれてきたのだから“わたし”としては生きられなくなる。やがて自我を失い、この国も、自分の愛する弟子をも滅ぼしてしまうことになる。だからわたしは……自分から死にに行く。この闘いがどれだけ激しいかなんてとっくに知っている。それだとしても―――
飛龍に乗った騎士たちは南門をくぐると、それぞれ一定の方向へと飛び立っていった。目指すはこの国“ロストグレイヴス”の、南の果て―――。
「をーい、をいいいいっ! あーあ、ダメだ。全く起きやしねェ」
レムトは瓦礫を押しのけ、気絶したまま目覚めない相棒を置いて、新しい武器を調達するために倉庫へと向かった。
クレアリス城はいきなりの襲撃を受けたので、ほとんどと言っていいほど武器を城においていなかった。いつもは広範囲に広がるソンリェンの結界に敵が引っ掛かり、すぐに居場所を突き止めて迎え撃っていた。だからあまりこちら側の犠牲も出さずに済むし、武器もそこまで必要ない。
それに比べ、今回は滅多にない状況だ。今まででソンリェンのシールドが突破されたのは、今回を含め二度しかない。前回、どんなことがあったのかなど……思い出したくもない。
「ったく……応援は全く来ないのかねェ。若なら心配してくださるだろうけど……まだまだ頼りなさそうだし」
額に出来た傷に触れ、その感触からして相当深くまで切れてしまったということに今更だけど気づく。腕や腹も数か所斬られているが、大して問題はない。魔獣族は驚くほどに頑丈なのだ。だからヨロイという武具は必要などない。
「こっちの倉庫は遠距離攻撃用か……。オレには使いこなせねェな。こうなったら魔術で対抗するか……」
そう。今回の敵は、魔術と魔獣族に唯一対抗することができる相手、神族なのだ。しかも、運が悪いことに魔獣たちが人里に下りてくるという時期にも重なっている。つまり、危険度はその所為で2倍上にも跳ね上がるのだ。
レムトは目を閉じ、じっと耳を澄ます。こちらも必死で抵抗してきたが、まだまだ半分……25人前後は残っている。ここで術を使って一掃するか、それとも応援を待つか……。
「仕方ねぇ……“炎の術、はつど……」
すさまじい爆発音と共に、目の前にあった壁が一瞬にして吹き飛んだ。レムトは目を点にし、唖然となって煙の中に突っ立っていた。
「おお、レムト! 無事だったか? 神族は全員蹴散らした。フレイアもとっくに目を覚ましているZE☆」
「エルラ上将軍……! これまた派手な演出で」
もし、あと数秒遅かったら壁もろとも破壊されていた所だった。レムトはエルラに関心しつつも、心の中では悪態をついていた。この帝王ゴリラもどきがー。ムサいマッチョなんかに助けられたって、何も嬉しくはねぇんだよコノヤロー。という具合にだ。
「んでも、今回の神族達の襲撃にはなんの意味があったのでしょうかね。指揮者は見つけることができたのですか?」
「うむ……。それが、指揮できるような神族はいなかったのだ。まだまだ少年や少女といってもいいほどの子供たちばかりで、すぐに降参しちまったよ。あ、あまり動くな。今治療中だから」
エルラはレムトの腕に触れ、それから額に触れた。エルラが触れた所は傷がすぐに塞がり、跡形もなく消えて行った。……これが将軍クラスの持つ、特有の能力のひとつだ。その能力は様々だが、すべてに共通することが一つだけある。それは―――
「―――“誰かを護る”。たったそれだけの共通点だな」
「っだだだあああっ ええええええ!?」
只今奇声警報発令中。直ちに耳を塞いで下さい。
「ちょ……ちょっと待って! おおおおおれを魔獣族の王のもとまで連れて行くって!?」
「それほど騒ぐこともないでしょう。当たり前の事なのですから」
フレイアは爽やかな笑顔を浮かべているが、彼はついさっきまで気絶していたはずなのだ。レムト曰く。
「ほほお、本当なのか!? 本気でそう言っているのか? おれを王様の所まで持って行って、生贄にでもする気なのか!?」
「だから落ち着いて下さいって。俺たちはあなたの事を第一に思っていますから。生贄にしようとも人質にしようとも思っていませんよ。……多分」
「た、多分ってなに!? その間はなんなの〜」
数歩後ろにさがっていたグレイルが、呆れたようにため息を漏らした。
―――結局、神族におれは会うことはなかった。エルラが先に行って神族をこらしめたらしいけど、本当に何が目的でクレアリス城にやってきたのかは一切分からないままだった。
それから、フレイアやレムトは城に戻り、先ほどあった事を簡潔に報告した。おれもその内容を聞いていたが、襲撃した神族たちは遠距離攻撃をしてきただけで、直接シールドを破ることができるような力を持つものではなかったらしい。強力な幻術でも、ソンリェンのシールドに敵う者はなかなか居ないのだ。
「皆の察している通り、シールドを破壊するには“大天使”以上の能力を持つ必要がある。普通の“天使”レベルがここまで攻撃できる割合は極めて少ない。……いや、ゼロに近いんだ」
おれの学校の体育館の5倍以上ある大広間には、何千人ものの騎士たちが集まっている。皆は一様に壇上に立つ、フレイアの方を見てじっと考え込んでいる。とても真剣そのものだった。
「今回はその事件を報告しに本城ユーチャリスに向かうと共に、次期魔獣王候補の5人が集う晩餐会にも出席することになっている。その会議も兼ねて、皆にここに集まってもらった」
おれは「はぇ!?」と脱力してしまうような悲鳴をあげた。傍に護衛として付いていたレムトとグレイルをはじめ、騎士たちが一斉にこちらを向く。
「き、聞いていないよ、そんな重要なこと! ま、魔獣王候補の全員が集まって晩餐会だって!? ちょっと待ってよ! 立派な席にこんなおれが出席できるワケ……むごっ」
グレイルに口を塞がれ、大人しくしろ、と視線で訴えかけられる。おれは仕方なく抵抗するのを止め、黙って豪華すぎる椅子に腰かけた。
「……えーと、今回は上将軍をはじめ4人が護衛につくことになっている。つまり、指揮者の数が減るということだ。今回は指揮をジーク・ベリス・アリビス将軍とアリス・メリサ副官に任せることとする。それでいいな?」
所々で真剣に頷く姿が見える。ほとんどがゴツい騎士たちばかりなのに、そういう所が少しだけ幼く感じた。
「出発は明日の夜明け。それまでは皆、十分に休養すること。今回は特別な例として、この城の警備を通常よりももっと高めろ。城下町の北門と南門はすでに封鎖してある。西門と東門に集中して、なるべく人の出入りを防げ」
はいっ! と決意に満ちた返事が返ってくる。ここで改めて、フレイアは皆の信頼を得ているんだなーと感心した。
「今日の会議はここまで! 以上、解散!!」
フレイアの声が広間中に響き、ボーッとしていたおれは思わず飛び上がってしまった。彼の頼もしい後ろ姿には、何か懐かしいものを感じた。
つづく。
次回 第09話 5人の候補者
今回も遅くなってすみません><
次回も宜しくお願いします!
この作品を読んで下さったすべての方に、心からの感謝を。