第06話 神族襲撃!? 前編
「何者かが、わたしのシールドを破りました……」
ソンリェンが青い瞳に恐怖の色を浮かべ、すぐに消えてしまいそうなか細い声で呟いた。彼女と同じ部隊に所属していると思われる、白と若葉色の軍服の女性達がソンリェンの周りに集まった。
おれはフレイアの手を握り返した。彼は安心して下さい、と囁き、おれの隣にピッタリと寄り去った。レムトも反対側につく。おれは頼もしい二人に挟まれるようにして、じっと黙っていることしかできなかった。
どこからともなく大剣を構えたグレイルや、二本の短剣を持ったアダラさんもおれたちの周りに立つ。アダラさんは細身の青と白のドレスを腿付近まで破り裂き、丈夫なブーツを履いて戦闘モード満載だ。
「いつ、どこで、なにが起こってもおかしくはない。そんな世界で俺達は生きているのです。……リクル、すみません。俺の説明不足でした」
「今は、謝っている場合じゃないと思うけど……」
「すみません」
フレイアは短く謝罪の言葉を述べると、聞き取れるほどゆっくりと呪文を唱え始めた。
「“地の術、発動。我が地の術者であることを、己が血をもって誓う。我が刃は、汝の為に”」
長い呪文を詠唱し、フレイアは自分の剣に緑色のオーラを溜め始めた。後に教えて貰うことになったけど、これは魔力を剣にチャージし、その属性を持った魔剣と変化させることができるらしい。
他の3人を見ると、彼らもそれぞれの武器に魔力をチャージしていた。レムトは炎を、グレイルは氷を、アダラさんは風を武器に纏っている。皆、戦闘準備は完了のようだ。
おれは自分の腰にあった細身の『漆黒の鍵』の柄に手を置き、ソンリェンがじっと見据えている、天井の一か所を睨んだ。言葉では説明できない……何かが居る。いや、在るのかもしれない。周りのみんながそれに気づいていないことが、不思議でたまらなかった。
「ねえ、フレイア」
自分の一番近くに居る人物に尋ねてみる。
「あんたには……見えないの? 聞こえないの?」
「何をおっしゃるのです? 普通の景色は見えますし、あなたの御姿も……」
「そうじゃなくて!!」
おれがいきなり叫んだせいか、円陣を組んでいた騎士達が驚いてこちらを振り返る。みんなに聞こえるよう ごめん、と告げると、また改めてフレイアに向き直った。
「良く分からないけど……あの天井の向こうに、誰かの姿が見える。その人が居る気配も感じるし、羽音も聞こえる。何故羽音なのかはわからな……」
おれが言い掛けた瞬間、爆発音が城の内部にこだまし、先ほどよりも大きく揺れた。周りにいた三人もおれに近づき、見えざる敵に向けて警戒心を露わにする。
「グレイル、アダラ! 若のことを頼む。レム!」
「ハイハイ! 分かってるってェ」
フレイアは剣を鞘に収め、正面の扉、つまりこの城唯一の出入り口に向かって飛ぶように駆けた。その後にレムトも続く。円陣を組んでいた騎士達が二人の為に、広々とした通り道をつくった。
20メートルはありそうな扉を、フレイアは軽々と開ける。古くなった扉は軋み、鈍い音を立てたが全くと言っていいほど壊れる気配はない。二人の姿が夕日の中へと消えると同時に、鉄製の大きな扉は口を閉ざした。
「フレイア! レムト!!」
駆け寄ろうとしたところで、何者かがおれの右手首を強く掴んだ。振り返ると、そこには相変わらず凛々しい瞳をしたグレイルの姿があった。
「あいつらなら大丈夫だ! この国の中でも名高い騎士なのだから、これぐらいでくたばることなど絶対にありえない!!」
グレイルはおれを数秒間、じっと見つめた。その後、大丈夫だ、と言い深く頷くとここに集まった騎士達に高々と告げた。
「攻撃部隊翠は扉周辺を、藍の半分は窓の付近を警備しろ! 防御部隊は急いでシールドを張れ! 政務部隊は重要な書類や“あれ”の警備を、護衛部隊は若をお護りするのだ!!」
グレイルの的確な指示に従い、それぞれの色の服を着用した騎士達は自分たちの持ち場へと駆けて行った。残ったのは灰色の服の騎士達と……衣装部屋にいたアダラさんたちも残っている! と、いうことは、彼女たちもいざという時には灰色の服を身にまとうのだろう。
「グレイル……」
「なんだ? どうした!?」
おれのか細い声に驚いたのか、グレイルは俯いた俺の顔を慌てて覗き込む。普通に声を発したつもりなのに、ちゃんとした音にならなかった。
「こんなとき……おれはどうすればいいんだ?」
そう。これを聞きたかった。今までおれは一度もこんな体験したことないし、敵の襲撃など一生味わうことがなかったかもしれない。この世界に飛ばされることなど、ありえなかったらの話だが。
それを聞いたグレイルは、半ば呆れたような顔をした。
「お前はこの城の主だろう? 自分の身の護衛など騎士に任せればいい。わざわざお前が己の命を脅かしてまで、自分の命を護る意味などない。主のためにぼくらは在るのだから」
それを聞いておれは、唖然としてしまうほど驚いた。普段は自分の身は自分で護れ、と言われているのに、この世界ではおれは主であり、護られる立場なんだ。まるで一流会社の社長みたいじゃないか。立派なボディーガードを何人も雇う、アレみたいな。
「まだまだお前は自分が、どんな地位についているのかすら分からないようだな。お前はぼくら魔獣族の全員を統一する王“魔獣王”の第30代目候補なんだ。候補は全部で5人居るが……ってそんなこと説明している場合じゃない! とにかく、お前はすぐに隠れろ! もしくは逃げろ!!」
グレイルが怒鳴る。その言い分だと、まるでおれが何もできない軟弱な雑魚みたいじゃないか。
「分かんねぇよ! いきなりこんな世界にとばされるわ、そして主だとか若だとか慕われるわ……しかも、今度は隠れろ逃げろだと!? 絶ッッ対にいやだね!」
おれは負けじと怒鳴り返す。同時に振り回した手が壁に当たり、地味なダメージを負ってしまった。いつの間にか壁際に自分達は居たのだ。
「結局……お前は何がしたいんだ?」
グレイルは呆れたように呟くと、おれに向かって向日葵色の瞳を向けてきた。いつの間にか灯っていたろうそくの炎で、瞳の一部がオレンジ色に染まっている。
「逃げもしない、隠れもしない。だからと言って自ら指揮を取ろうともしない。……お前は一体何がしたいんだ?」
「おれは……」
呟き、自分の靴の先を見下ろす。借り物でちょっと大きめのブーツらしきものだ。腰に差している漆黒の鍵に改めて触れ、柄を強く握ってこう答えた。
「自分の手で……戦いたい」
「なっ!?」
自分の意志を力強く言ったつもりだったが、グレイルは驚いて目を見開き、口を「E」の形で固めたままだ。彼の軽く握った拳が震えている。
「おおおお前っ! じ、自分で戦いたいなど、君主の言う言葉ではないぞ!? お前はどうかしているのか?」
「どうもなってねーよ! それに、おれは『リクル』っていう名前があるんだ。お前じゃなくてそっちで呼んでもらいたいね!」
「じゃあリクル! 頭は正常なのか? 本気でそう言っているのか!?」
「本気だよ! おれはおれ自身の手で戦いたいんだ。わざわざ皆の力を借りるまでもない!!」
おれはそこまで言い切って、ふと気づいてしまった。この世界はゲームなどの架空世界や幻想世界ではない。もちろん、夢でもない。グレイルから斬られた時、跡は残らなかったとはいえ痛みを感じた。夢は痛みなど感じないし、ここまでリアルじゃない。
つまり、ここで自分が攻撃を受けたら、通常通りに自分は傷を負うことになる。自分が死ねば、当たり前に自分は死んでしまうことになる。それをおれは気づいていなかった。おれの声に驚いたのか、また騎士達がこちらを眺めてくる。……改めて、グレイルに謝ろうと……
「……仕方ないな、いいだろう。勝者の命令を聞くのが敗者というものだ。ぼくがリクルのボディーガードとして、一緒に付いて行ってやろう。それでいいな?」
「は!? え、それってオーケーってこと?」
「当たり前だが……それが何か?」
うぶわあああああ! まさかの、まさかのおれの人生ってココが終点? このまま死んでしまうのか、もしくは重傷を負ってしまうのか……イカンイカン! マイナス面だけ考えちゃダメだ。もしこれに勝ったとすれば、他のみんなももっと認めてくれるかな? おれが腑抜けで雑魚じゃないってことを……
「グレイル、お願いしていいかな?」
「無駄に素直な所もあるんだな。いいだろう。いますぐぼくが連れ出してやる。門を警備している者達! いますぐ扉を開けるのだ」
騎士達はいきなりの命令に少し戸惑ったが、すぐに門を少しだけ開けておれたちを通してくれた。眩しい夕日に照らされた、おれとグレイルの影が扉の向こうに瞬く間もなく消えて行ったのは言うまでもない。
……でも、おれはあまりにも都合が良い方しか考えていなかった。この先待ち受ける第二の試練も、易々とクリアできるわけがなかった。
もっと冷静になって考えておけばよかった。そう後悔することも知らずに……
つづく。
またまた微妙な所で切りましたね。しかも無駄に短い……。
でも、これでも一応次回への橋渡し役になるんですよ!?
次回、第07話 神族襲撃!? 後編
襲撃を実行した人物とは一体……!?
しかも、地球に居るはずのアイツまでもがクローン世界へ!?
次回もお楽しみに〜☆