表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

第05話 魔術と魔法

「医療魔術騎士のソンリェンです。どうぞ宜しく……」



 お袋そっくりの彼女はそう言っていた。ジークのように慌てることはなく、おれの怪我がもう消え去っていることを確認すると、すぐに別の服を着るためにと広い衣装部屋に連れて行かれた。それがこの有様だ。


「あーらぁ! 若ったらこっちもお似合いになるのねぇ!!」

「いえいえ、若にはこっちの方がお似合いですよ。ねぇ、若?」

「あー、いや、その……」


 ここ一時間、美人のおねーさん達に囲まれて、おれは着せ替え人形と化していた。まあ、おねーさんと言っても平均450はあるらしいけど。フレイア曰く。


「えーと、おねーさん? あの、おれは何をすれば……」

「いいえ、おねーさんじゃないのよぉ。あたしはアダラリム。アダラって呼ばれるのよ。さ、若。これぐらいでいいかしらねぇー」


 おれはアダラさんに手を引かれ、鏡の前に立つと、着せられた軍服の立派さに驚いて口をだらしなく開けてしまった。今度は黒メインで袖や襟に白いツルのような模様が入った、一流貴族が着用するような軍服だ。


「これって……」

「実は、フレイア将軍から頼まれたのよねぇ。その瞳と同じ色の軍服を、着せてあげるように、とね。だからあたしも久しぶりに張り切っちゃったよ。それにしても……若は死んだ息子とそっくりだ。変なたとえ方してすまないねぇ」

「いえ、そんなことないっスよ。息子さん……残念でしたね」


 アダラさんは肩をすくめ、笑ってみせた。400年も生きているわりには、20代前半に見えるけど。この姿で息子持ちとはとても驚きだ。


 確かに、よく思い出すと今まであってきた人はどの人でもとても若い。350年以上生きてきたフレイアやレムトだって下手すると10代ギリギリにだって見えてしまう。ちょっと老けた10代だ。


「若、もうご存じだろうけどね、あたしたち魔獣族は若い姿のまま平均2千年の時を過ごすの。これも魔獣の血の影響で、人間の20代にしか見えないらしいわねぇ」

「ってえええええ!? それ初耳ッスよ! だから会う人皆若いんだ……」


 アダラは笑った。口調のわりには、とても澄んだ笑い声だった。魔獣の事を甘く見ていたかもしれない。まあ、それは本で読んだだけなんだけど……。


「まだ若はここにきて間もないんだってね。あたしが魔獣について詳しく教えてあげるよ」


 気のいいおねーさんがおれとアダラさんのために、紅茶をいれてくれた。レモンのような果実の輪切りが浮いている。色とにおいはそのままなのに、形が真四角である。本当に狂いもない正方形だ。


「魔獣には、沢山の種類があったんだ。でも、今は全滅して代わりに幻獣が現れた。魔獣は魔術を持っている巨大な獣で、幻獣は幻術を持つ巨大な獣。獣には変わりないが、どちらかというと魔獣の方が温厚な性格だった」


 アダラさんはそう言うと、四角レモンの輪切り入り紅茶を少しすすった。おれもつられて紅茶をすすろうとしたが、あまりの熱さに危うくこぼしかけた。紅茶は普通の色で普通の香り。熱めのレモンティーだ。


「今から何万年も昔、この世界を魔獣が支配していた頃だったよ」


アダラさんの周りには、お手伝いのおねーさん達が集まってきた。皆アダラさんの話に興味があるのだろう。


「当時の世界はとても酷かった。何十ものの村が潰され、沢山のいのちが失われた。それはすべて、魔獣の所為だったんだ。……今まで魔獣は自分たちの森で暮らし、自分達の文明を築いていたはずなんだ。魔獣はとても強力な“魔術”と底抜けな魔力を持っているからね。当然、人間は魔獣に敗れ、この大陸の南へ南へと追い込まれていった。確か人間が抵抗をしはじめる前だったかね。ちょうどその時、勇敢な若い男が現れたんだ」

「それで……?」

「その男の村は、数日前から魔獣の被害に遭っていた。もう村の半分以上が滅んでしまっていた。男は我慢ならず、翌日現れた巨大な魔獣に尋ねた。何故、おまえたちは我々人間の村や町をほろぼすのか、ってね」

「………」

「魔獣は言った。自分達は、過去に人間に仲間を惨殺されたことがあると。それも半端ない数の仲間、だったそうだ。死んだ仲間のいのちの重みを知らせるために、その数だけ人間の村を潰して言っているらしい。魔獣の話に心打たれた男は、こう誓った」


 アダラさんは大きく息を吸うと、自分の周りを取り囲んでいるおれやおねーさん達を見渡した。


「我々人間は、そなたたち魔獣の存在を忘れかけていたのかもしれない。我々は、本当に悪いことをしたと。しかし、我々もそなたたちと同時にいのちを持っている。無残に沢山のいのちを引き渡すこともできない。だから、そのかわりに契約する。お前たちの為に、自分の身体を引き渡す。これ以上はひとつの犠牲もつくって欲しくない、と」


 おれは唾を飲み込み、周りのおねーさんたちは両拳を震わせた。アダラさんは視線を落とし、声を低くした。


「魔獣は言った。お前のいのちを奪う気にもなれない。だからといって、こんなに良いこころを持つ人間を野放しにするのもいけない。お前には“魔獣族”になってもらおう。人間のからだと意志、魔獣のこころと能力を持ったわれわれの同志に……。魔獣はそう言うと、天を向いて地が揺れるほどの咆哮をとどろかせた。それと同時に男の頭上に雷が落ち、男は雷を操る資格とその魔獣の力を得た。それを見届けた魔獣は、仲間を率いて森へと消え去っていった。そののち、魔獣と契約し魔獣族になった男はさらに仲間を集め、魔獣と人間の親交をさらに深めてった……。と、いう昔話があるのよ。まあ、これは伝説にすぎないんだけどねぇ」

「まったく、アダラの語りにはいつも引き込まれるわ。やっぱりアダラには語り手の才能があるわよ」


 アダラさんやおねーさん達は呆然となっているおれを見、ただの昔話よ、と笑いながら言った。……ああ。さっきのは昔話だったのか。でも、妙に現実味を帯びているのは何故だろう。フィクションではないのかも。


「若、そろそろフレイア将軍がお迎えにいらっしゃるのじゃないかしらねぇ。あら、服にしわが寄っているわよ」


 アダラさんは軍服の裾を引っ張って、服にできた皺を伸ばしてくれる。そんな所がお袋みたいで、元居た世界が懐かしくなってきた。




衣装部屋の扉がノックされると同時に、入りますよ、という爽やかな声が響いた。アダラさんがドアに向かっておれを押したせいで、入ってきたフレイアの胸におもいっきりぶつかってしまう。変な恥をかいた瞬間だった。


「大丈夫ですか、若? ……ああ、なるほど」


 部屋の奥でアダラさんが笑顔で手を振っていたことに気づいたフレイアは、一瞬にして状況を把握したようだ。彼も笑顔で頷くと、その大きな手のひらで頑丈な扉を閉めた。


「お似合いですね……リクル。今日のあなたは本当に輝いて見える」


 おれは御世辞だろ、と言い返すが、フレイアは笑顔で首を横に振った。


「まずは……この城を案内いたしましょうか? まだこちらにいらして二日程度しか経っていないのですから、迷子になられてもおかしくはないでしょうし……」

「迷子になるって……それほど広いのか?」


 フレイアは笑顔のまま頷く。気のせいか、彼の頬には冷や汗が浮かんでいた。まさか彼も迷子になったことが!? ……深追いしないでおこう。


 衣装部屋を出て、向かって左へとしばらく歩くと、見覚えのある大通りに出た。確かここは城最大の中心通路、簡単に言うと城一番の大通りだ。


どこを歩いても変わらないレンガ造りの壁や天井に、真っ赤なカーペットがとても映えている。壁のくぼみにある蜀台にはろうそくが置かれているが、ここは地下ほど暗くないのでろうそくは必要ないようだ。


「壁も天井も扉も、すべて丈夫な素材を使用しています。だから滅多に襲撃されないどころか、今まで城に入りこめた敵はいません。その前に、ソンリェンのシールドを破った者は数えるほどしかいませんが……」


 ソンリェンというのは、お袋似の医療魔術騎士、ソンリェンさんのことだろう。ウェーブがかかった空色の腰まで届く髪、細く白い腕や脚からはとても騎士に向かないと思う。しかし、人は見た目で全てを判断できない。濃い青の瞳は洞察力に溢れ、白と若葉色の混じった軍服は立派な騎士であることを知らせていた。


「ああ、説明していませんでしたね。彼女―――ソンリェンは医療魔術と同時に、防御魔術も優れているのです。彼女に医療と防御で敵う者はいませんよ。ちなみに、俺やレムト、グレイルは攻撃魔術しか学んでいません。騎士になるため、絶対なる力を付けるためだけに育てられたものですから。まあ、ジークはすべての魔術を取得していますが」


 彼は自嘲気味に笑った。おれが不安そうに彼を見上げているからだろう。不安……っていうかただ少し、闘うためだけに生まれてきた彼らを哀れに思ってしまっただけだ。闘うだけ闘って、沢山のいのちを奪い散ってゆく。……そんな人には、絶対になってほしくない。フレイアも、みんなも。















「ここが資料室です。主に魔獣についての伝説や、魔術の研究所などを記している蔵書を保管しています。一般の小説などは地下の図書館にあります」

「へぇ。地下に演習場以外あったんだ。今度行ってみたいな」

「その際は是非、俺を呼んでくださいね。どこまでも護衛いたしますから」


 フレイアはそう言うと、順番が逆になった本やさかさまになった資料を並べ始めた。おれの身長の2倍近くありそうな本棚には、隙間なく沢山の本が並んでいる。そのほとんどが古く、とても分厚い。


 おれは床に落ちた一冊の分厚い本を拾い上げた。その本には大きく『禁断魔術』と記されている。ちょっとだけ背筋が冷たくなり、すぐに本を棚に戻した。


「リクル? おや、それは禁断魔術の本ですね」


 もうすでに彼には見抜かれていたようだ。おれは苦笑いを浮かべ、さっき戻した本をまた自分の手におさめた。


「禁断魔術って……やっぱり禁じられているものなのかな?」

「そうですね。まあ、こんな最強の力をもつ術など、無限大の魔力がある者にしか操れませんから。厳重に保管する意味のない、と判断された本のみが、ここに置かれているのですから」


 フレイアはおれから本を受け取ると、正確な位置にていねいに戻した。その手つきから彼も本を愛してくれているのだと、少し感動してしまった。


「次はどこに案内いたしましょうか?」

「えーと、みんなが寝泊まりしている部屋に案内してほしいな。自覚はないけどこの城の主たるもの、やはり一度は騎士達の部屋を確認しておきたい……みたいな?」


 フレイアは微笑むと、黙って資料室を抜け出した。部屋を出た後、リクルはなかなかの思考をお持ちですね、と頭上から声が掛かった。


「二階が正騎士以上の部屋となっております。雑務などをこなす兵の部屋は、一階にあります」


  先に二階から案内しますね、とフレイアが言いかけた瞬間、城が地震にあったかのように大きく揺れ、いくつもの動揺の声でざわめき始めた。


 おれが動くよりも早く、フレイアが目の前に手を翳した。彼は大きく息を吸い込み、慌てる騎士たちに向かって怒鳴った。


「皆、冷静になれ! こんな時にお前ら騎士が動揺してどうする!? 若をお護りするのがお前達の役目ではないのか!!」


 フレイアが一喝すると、今までざわめいていた動揺の声が収まった。それと同時に、至る所から武装した騎士が集まり、おれを背にして円陣を組んだ。その中にはソンリェンさんやアダラさん達の後ろ姿もあった。それぞれが剣を真正面に構え、現れる敵に身構えている。


「………なんだ? ただの地震だったのか」

「ふーーーれいーーー!!」


 聞き覚えのある声と共に、やけに目立つ濃い銀髪で長身の男が走ってきた。おれたちの前に立つと、肩を上下させて息をつく。よっぽど急いできたのだろう。彼―――レムトは口の端だけで笑い、顔を上げるとフレイアに一枚の紙切れを渡した。


「フレイ、これが今のところの状況だ……。これはただの……自然的な現象じゃない。おそらく、幻術だろう」


 レムトは汗を拭い、大きく息をついた。いつもの陽気な口調さえ忘れている。彼は軍服の襟を詰め、服装を正すともう一度言いなおした。


「みんな、聞いてくれ。オレが目にした情報だけだが……何者かがこの城に張られたシールドの一部を破壊した」


 ソンリェンさんのものと思われる、短く声にならない悲鳴が聞こえた。フレイアが言っていた通り……そのシールドが破壊されることは滅多にないのだろう。


「それが何者なのかは分からない。ただ、幻獣ではないことは確実だ。影が人の形をしていた。もしかしたら……神族かもしれない。オレ達魔獣族に唯一匹敵する力を持つ……忌々しい神族」


 レムトは吐き捨てると、おれの方を一度見、その次にフレイアに視線を持っていった。フレイアは視線を落とし、顔をしかめた。大きく頼もしい拳が震える。おれは不安になって、その手を思わず握ってしまった。


「安心して下さい……。あなたは必ず、俺が護ってみせますから」


 フレイアがそう呟いたその直後、ソンリェンが短い悲鳴を漏らし、その場に座り込んだ。


「何者かが……わたしのシールドを破りました。こんな大きな力、『あの時』以来かもしれません」



 ―――彼女の青く澄んだ瞳には、怯えの色がはっきりと映っていた。




つづく。

次回、第06話 神族襲撃!? 前編



次回もお楽しみに〜☆

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ