第04話 事実か否か 後編
恐怖? そんな感覚、持っていちゃダメよ。わたしたちは自分のために生きているんじゃない。自分の国を護るため、“魔獣の騎士”になったんでしょう?
それなら、御国のために闘いなさい。わたしはただひとつの理由の下闘っているの。そのために、わたしは自分で歩くという力を捨てたの。でもね、あなたは何も失う必要はないわ。わたしの可愛い後継者さん。
ただ、失うものがあるとしたらそれは自分の「命」だけ。命は惜しいと思っちゃダメ。でも、無暗に捨ててしまおうなんて気もダメよ。
大切なのは、誰かを護りたいという心。誰かを愛おしく思い、誰かを護ってあげたいという時がいつかあなたにも来ると思うわ。その時は行く先も考えず、行動しなさい。それがわたしの最後に教えること。他人の為に闘い、散るのが騎士の役目なの……。
―――おれの頭の中で、聞き覚えのない声が響いた。
その人は恐怖なんていらないと言っていた。おれはそんな言葉が欲しかったのかもしれない。無意識のうちに、頭の中で幻の声を創ったのかも。でも、彼女の声はハッキリとしていた。夢の中で出てくるようなイマイチ現実味のないものでもない。ちなみに、女性だと分かったのは高く優しい声だったからだ。
それはもしかしたら一段と声の高い男性だったかもしれないけど、そんなこと今は考えている暇ではないと改めて思い知らされた。真正面に居たグレイルが、剣を鳴らして現実へと引き戻させてくれたのだ。
「あー、若? お気をしっかりと保たれていますか?」
「あ、ゴメン。ついつい考え事をしていて……」
「考え事などしている暇はないぞ、リクルとやら」
グレイルは軍靴を鳴らし、眉を吊り上げた。おれが何も反応しないからか、少々ご立腹のようだ。鞘から抜き放たれた大剣は相変わらず、不気味に輝いている。
「このぼくと闘うことになるのだからな。少しでも油断するとそれが命取りになるぞ。まだまだ命が惜しいとでも言うのなら、本気で掛かってこい!」
「え、何!? もう始めちゃおうって言うの? ちょっと待ってよ、まだ心の準備が……」
「問答無用!!」
グレイルは試合開始の合図すら待たず、一瞬にして間合いを詰めるとおれに斬りかかってきた。一撃目はどうにかして防いでみたけど、下からの思わぬ攻撃にあっという間に剣を弾き飛ばされてしまった。
一瞬にして勝敗が決まってしまった。おれは両手をあげて降参の意を示したが、グレイルはそれを受け入れるどころかさらに苛立って、脚を踏みならし始めた。
「な、なんだと!? 侮辱しているのかっ! さっき剣を弾き飛ばされたのは演技だとでも言うのかっ」
「はぁ!? おれは降参しようと……」
「許さないぞっ! もう魔術解禁だ。お前なんかあっという間に氷漬けにしてやる!!」
グレイルは大剣を真正面に構え、息を吸って短く強く呪文を唱えた。
「“氷の術、発動!”」
瞬く間に、大剣のまわりに白く光る氷の粒が集まる。大気中の水蒸気がグレイルの呪文に反応して氷結を始めているのだ。やがて大剣が氷で覆われ、透明で強靭な氷の刃が目の前に現れた。
「氷は儚く美しく、同時に触れたものを凍結させてしまう残酷な刃となる。ぼくの家系は代々氷の術を操ってきた。先代も先々代も、例外ではないのだ」
グレイルはもう逃げ腰になってしまっているおれを見据え、自信にあふれた笑みを浮かべている。自分に敵う者はほとんどいない、そう言っているかのようだ。
視線を横にやると、レムトが呆れた顔で首を横に振っている。おれ一人でコイツを止めろ、ということなのか? 誰も手出しはしないってことなのか?
おれは後ずさりしながら、自分の数歩分ほど後ろに飛ばされた剣を拾い上げた。漆黒の鍵という名の、細身で真っ黒な剣。ただ見た目がいいだけで、こいつは何の能力も持っていないのか……?
「ぼくはそんな剣では敵わない、と読んでいるがな。ただ真っ黒でちょっと豪華な剣ほど、すぐに折れてしまう紛い物なんだ。あの忌々しい貴族と同様に、脆く軟弱な……」
グレイルはそこで言葉を濁すと、黙って自分の足元を見つめた。固い土しかない、殺風景な地面だ。しかし、その間も十数秒だけで、すぐにまたさっきの笑みに戻る。
「そんなこと……お前に関係のないことだ。ぼくら騎士は過去など振り返ってはいけない。ただ前だけを見て、突き進むだけだっ!」
氷の刃と化した大剣を振り回し、グレイルが突進してくる。おれは転ぶように横に飛びのけると、大剣は壁に突き刺さった。
タイムロスになったか? と思ったが、見た目よりも遥かに強い力で剣を引っこ抜いた。壁に亀裂が入るが、グレイルもレムトも気に留めようとはしない。日常茶飯事のことなのだろうか。
咄嗟に足元にあった漆黒の鍵で大剣を受け止める。火花と共に金属音が響き、耳障りな音を立てた。しかし、怯んでいる暇などない。押し返され、腹がガラ空きになってしまう。
「っ!?」
グレイルの剣がおれの腹を一閃し、鋭い痛みがそこを中心に駆け抜けた。おれはそのまま横倒しになり、その付近を転げ回った。
「斬られた斬られた斬られーーーたッ! 痛い痛い死ぬーッ……ってアレ?」
何も違和感どころか、痛みがなくなっていることに気づいて怪我をした……と思われる所に恐る恐る触れてみる。服が横に裂けているが、それ以外は何も傷などない。確かに血で濡れているはずなのに、斬られた跡がないのだ。
「???」
「な……!?」
斬ったはずの本人も目を見開き、口をパクパクさせている。右手から離れた大剣は、氷の威力を失い地面に落ちていた。
「だから言っでショ? 若は正真正銘の『実力』を持つ者だってネ」
先ほどまで口をはさまなかったレムトが、独特な笑い声を響かせながら歩み寄ってくる。彼はおれの真横に落ちていた漆黒の鍵を指差すと、満面の笑みを浮かべる。
「コイツの力をナメると危ないって誰でも肝に銘じていることなのにネ。持ち主が危機に陥った時、コイツは本当の能力を発揮できる。そう『あのお方』も言ってたでショ?」
「う……た、確かにその通りだが……」
グレイルはまだどうしても認めることができないようだ。おれの腹を斬ったはずなのに、相手は普通に回復している。本人曰くかなりの実力を持つ騎士らしいから、素人が自分を上回るほどの力を持つと謳われていることが、気に食わないのだろう。
「ぼ、ぼくはまだ認めないからなッ! 正真正銘の『魔獣の騎士』は魔術によって決まるんだからなッ!!」
グレイルはおれを指差し怒鳴ると、あっという間に部屋を駆けだしていった。鍵が掛かっていたはずの扉が何故か開かれている。多分、魔術か何かによってこじ開けたのだろう。深く追求するのはやめておこう。
「あの……おれ、結局負けたのかな?」
「どうでしょうネ〜。グレイルが逃げたことで、残った若の勝利っていいんじゃないのですかネ?」
レムトはまた笑い声を上げると、おれの背中を押しながら演習場を後にした。古い蝶番が軋み、鈍い音を立てた。
また長く暗い階段を上る。地下を抜けて1階に辿りついた頃、やっと目が慣れてきた。
ちょうどその時、向こう側から大勢の獣が駆けてくるような音が響き、聞き覚えのある声が廊下一体にこだまする。おれの中の何かが、今すぐ逃げろと警報を発した。
「わーーーーーーがーーーー! 私の愛する若!!」
この鼻声は、絶対にジーク、いや、ジー苦だ。初対面同様、膝まで届く真珠色の長い髪をなびかせて猛ダッシュしているのだろう。まあ、初対面の時は恐ろしい形相で空を飛んでいたんだけどね。
「わがーっ! ぬ? くんくん……この香りは若!? 間違いないのですねっ!」
ジー苦の細い瞳が、おれの姿を捉えた。あまりにも細すぎて眼球は確認できないけど、多分恐ろしいほどに血走っているだろう。それほど彼の顔は凄かった。威圧感満載だ。
「若!? ど、どうされたのです、そのお怪我は……まさかあ奴めっ! いくら自分が信じないといえど、若を傷つけるとは!!」
「ち、違うって! もう済んだことだし、傷もいつのまにか消えているし……」
「納得いきません!! 私が今に成敗してみせます! この城一番の医療術者を呼びなさいっ! 今すぐにですよっ」
ジークはレムトに向かって喚き散らすと、瞬間移動でも起こしたかのように目の前から消え去った。おれが呆然としている間に、レムトはこの城一番の医療術者と言われる女性を呼んでいた。
「初めまして若。お怪我は、どのようで……?」
「!?!?!?!??!?!」
振り返ると、そこにはあり得ないほどそっくりな人が居た。
誰にそっくりかと言うと、あの美少女気どりのお袋に。
つづく。
すいまっせん! 今回も短くなり、やけに展開が速くなってしまいました><
30分ほどで書きあげたものですから、多少誤字や脱字、文法の間違いがあるかもしれません。
また後で読み直し、修正しようと思っています^^;
次回、第05話 魔術と魔法
魔獣族の秘密、それに対抗する神族の姿などキーワードが満載!?
次回もお楽しみに〜☆
↓オマケ
ジークは縄で全身を縛られ、宙づりになっていた。
「ぼくに刃向かおうとするからいけないんだ。リクルにはもうすでに十分な治癒力が備わっているといっただろ!?」
「………」
グレイルは拷問部屋を後にすると、その部屋からはジー苦のすすり泣きだけしか聞こえなくなった。
おまけ おわり☆