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第03話 事実か否か 前編

「ってえええええええええ!?」


 おれはクレアリス城の最上階にある、自分専用の自室の豪華なソファに腰掛けていた。家にあるものとは上等さが何倍も違う。もっふり、としか言いようのない柔らかさに、ついつい眠りこけてしまいそうなほどだった。でも、フレイアの衝撃告白に眠気は一瞬にして吹き飛んだ。


「いいいいい1万5千人もの騎士を束ねろだって!?」


 向かい側に座るフレイアは当然ですよ、と言いたげな顔をしている。こんな顔一度見たことがあるぞ。


「あなたには5千人以上の部下がいることになるんです。本城のユーチャリス城には5万の騎士が居ますけどね。次期に彼らもあなたの手の中に納まります。あなたは次期魔獣王として誰よりも相応しいのですから」


 フレイアはいとも簡単そうに言ってのける。彼は将軍という立派な位を持っているが、おれはただの現役中学生だ。進学してまだ一月と少ししか経っていない。それなのに、こんなワケ分からない世界に連れてこられた。


 何が原因なのかなんて、まだ掴めていない。のぼるが言っていた、「僕はこの世界ちきゅうの住人じゃない」という言葉も気に掛かるし、フレイアがどうやってこの世界にやってきたのかも分からないのだ。


「この世のすべてを、あなたに……。これが俺の望みです。あなたの為ならば俺は何もかも……おっと」


 古風のドアが数回ノックされ、長身の濃い銀髪の人が顔を出した。その人も自分の剣を鞘ごと外し、柄を左胸に重ねた。フレイアの方が身分が上なのか、彼は笑って頷いているだけだった。


「ご苦労、レムト。異常などはなかったか?」

「ああ、フレイアしょーぐん。ただ騎士達のテンションが妙に高かっただけだったけどね。お! そのお方が噂の新しい主?」


 レムトと呼ばれた人はおれの前でひざまずき、一流の騎士がするような仕草で深く一礼した。肩まで届きそうな濃い銀髪が、フレイアと同じ灰色の軍服に映えていた。


 長めの前髪の奥では、紅い吊り気味の瞳が不敵に輝いている。第一印象はフレイアに劣らない笑顔を持つ、精悍な顔つきで声の低い長身の青年だった。でも、レムトがどんな性格の持ち主かなんて、外見だけでは分からない。ジークが見た目に反してあんなトラウマになりそうな性格だったのが、分かりやすい一礼である。


「オレはレムト・ルラン・レグスと申します。魔獣リヴァイアサン……という海に住む蛇型の龍のような魔獣を司っていまして、炎の属性を持っていますョ。アレ、若は属性については学ばれていないのでしたっけ?」

「ぞく……せい?」


 属性、という漢字に当てはめるところまでは間違っていないだろう。決して『象くせぇ』や『ぞっ苦戦』ではないはずだ。これだけは断じて言える。


「属性というのは、大きく分けて7の種類があるのです。炎、水、地、雷、氷、自然、風がその代表です」

「魔獣族は魔獣を司ると同時に、属性も持つんですョ。でも、本城の王室に居る魔巫女に調べて貰わないと、司る魔獣や属性は分からないんですけどネ」


 レムトはそう言って、意外と似合うウインクをぶちかました。本当にぶちかましたという表現が合っていて、余計に笑えてしまった。


「ところでレム、お前は何しに来たんだ? 若に挨拶しに来ただけではないだろう」

「そうなんだよ、フレイ。オレがまさかの武術教育係を任されちゃって。だからこうやってこの剣を持ってきたんだョ。真っ黒な刀身でやけに軽い、“漆黒の鍵”というめいを持つコイツをネ」


 レムトは肩に下げていた柄が豪華な剣を机の上に置き、おれに持つように示した。恐る恐る鞘を抜き、目の前に掲げると真っ黒の刀身が光にまばゆく反射した。


 おれの瞳と同じ、真っ黒な剣だ。中心に縦に白い線が入っていること以外、すべて刀身は黒で統一されている。それに比べ柄は金色のツルのようなものが複雑に絡み合った形をしていて、赤や緑の宝石が散りばめられた豪華なものだった。鞘は薄い灰色一色の、とても不思議な剣だった。


「えーと、これが……何だっけ?」

「漆黒の鍵ですョ。多分若にお似合いでしょうネ。ささ、若。一旦外に出ましょうか。若に武術をお教えする、それがオレに与えられた任務なのですからネ。もちろん、フレイ抜きで」


 レムトは投げキッスをお見舞いすると、苦笑いするフレイアを置いておれを連れ出した。背後でドアが音を立てて閉まり、長い廊下にそれが響き渡る。レンガ張りの外壁といい、長い長い廊下といい……まるでお袋の生まれ故郷のような風景だ。


 向こう側から靴の音が響き、二人の若者が現れた。彼らは慌てて武器を外し、柄を左胸に当てる。レムトはそれを軽く笑い飛ばしたが、おれは反対にあたふたしてしまい、深く頭を下げてしまった。


「だっらしないですョ、若。この城の主がそんなに低頭していたら、甘く見られがちですョ」


 レムトに鼻で笑われたが、日本人としてそのあたりの知識は持っていなくてはいけないだろう。礼儀正しくして悪いことは一切ないのだ。それどころか、無礼者の方が外れ者とされるのが普通である。


「この城の騎士たるもの、確かに礼儀は必要ですョ。でも若には威厳溢れたたくましいお方になってもらわねばなりません。1万強の騎士を束ねるものとして、もっとご立派になってもらわねば」

「あー、あのさ、ひとつ聞いていいかな? なんであんたらは軍服着ているのに“騎士”って名乗っているんだ? それよりも軍人の方が……」

「そうですかねぇ?」


 レムトは小首を傾げ、眉をひそめた。話をわざと経ち切ったように思えるけど、本当に知りたかったのは真実だ。


「そう言われても……」


 レムトは向きを変え、先ほど立ち去って行った若い見回り兵達の背中をみつめた。彼らも藍色の軍服を着用していて、腰にはそれぞれ上等そうな剣を差していた。


「騎士って基本、この服装が主流なのですよ? まあ、若は別世界からいらっしゃったのですからネ。……ああ。ヨロイのことをおっしゃっているのでショ? ヨロイなど必要ありませんョ。オレらにはシールドやリフレクがあるのですから」

「シールド? リフレク??」


 おれの頭に思い浮かんだのは、見えない透明の壁や頑丈な防壁のことだ。そのことをレムトに伝えると、大体合っていますョ、とまたウインクをぶちかまして教えてくれた。


 シールド、リフレク。多分、これは魔術の一種だ。まだ魔術といえど翼を生やす程度しか見せて貰っていないから、どれほど強力なのかは分からない。でも、名前からしてそれらは防御系の魔術だろう。魔法じゃなくて、魔術だ。


 ……しかし、この世界はなんて不思議なんだろう。今まで生で見たこともない“魔獣”の力を司る者が現れたり、本でしか呼んだことのない魔術が実際にあったなんて。まだ詳しく分からないことばかりだけど、この世界は現実とは果てしなく遠いようだ。



 ―――ちょうどその時、早速魔術の力を見せてもらえる良い機会に出くわした。まあ、魔術と言ってもとても簡単なものだったらしいけど。


 長い廊下もやっと終わり、向かって右側には大きく広い階段が現れた。長さは約20段×2と通常よりちょっと長く、地下へと向かっているため昼間でも薄暗かった。そのとき、レムトが壁のくぼみに設置してあるろうそくに、聞き取れないほど早い呪文を唱えた後人差し指で触れたのだ。



 すると、瞬く間に炎が壁を伝って全部のろうそくに灯った。10以上あるろうそくの上では赤々と燃える炎が揺れ、階段一体を明るく照らしていた。


「ねえ、これってまさかの魔術なの?」

「ええ。ま、魔術と言っても安易でほとんど魔力を消費しないものですョ? ろうそくに火を灯すぐらい、寝起き前ってぐらいですかネ」

「それってまだ寝てるんじゃ……まあいいや。確か、魔獣族は皆何かしらの属性を持っているって言ってたよね。 じゃあ、フレイアやジークはどんな属性を?」

「ああ。フレイは地の属性を、ジーク将軍は水の属性を持っていらっしゃいますョ。二つとも特に珍しくはない属性ですけどネ」


 レムトはそう言って、愉快そうに笑った。笑い声が壁や天井に跳ね返りこだまする。こっちまで思わず笑ってしまいそうになった。


「さ、そろそろ演習場に着きますョ。地下はこう見えて暖かいですから、特に心配はいりませんけど……」


 階段を降りた後、薄暗い通路を右に曲がると目の前に大きな扉が現れた。レムトがどこからともなく取り出した鍵で、扉に対してとても小さな錠前じょうまえが開かれる。蝶番ちょうつがいがきしむ音と共に、姿を現したのはとても広いひとつの部屋だった。


 部屋の四隅には台に置かれたろうそくがあり、力強い炎を揺らがせている。天井はとても高く、一番上までよく見えない。相変わらず壁は焦げ茶のレンガ張りだけど、地面は固い土のようなもので覆われていた。まるで学校のグラウンドだ。


 地下なので当たり前に窓はなく、部屋は広いのに妙な窮屈きゅうくつ感を味わった。真後ろにある扉以外には、ここに繋がる出入り口はないようだ。おれは地面を踏みしめ、拳を固く握った。てのひらは少し汗ばみ、微かながらに震えている。それもそのはず、扉から一番奥の壁、つまりおれの正面に当たる所には肩まである翡翠色の髪の少年が大剣を片手に構え、壁に寄りかかっているのだ。


「お前が……ぼくたちの主となるリクルとやらか」


 少年は向日葵色の瞳を輝かせ、こちらにゆっくり歩み寄ってくる。歩く度に翡翠色の美しい髪が揺れ、そこだけが一段と輝いて見える。おれよりもちょっと年上ぐらいの美少年で、灰色の軍服を身につけていた。つまり、彼もフレイアやレムトと同じ部隊に所属しているのだ。


「若、コイツはグレイル・ティラ・アーク。若輩者ですが、オレの次の次かその辺りぐらいに腕が立ちますんでネ。あなたにはグレイルと闘っていただきたい。本当のあなたの持つ、力を調べるためにね」


 少年―――グレイルは剣を一度背中にある鞘に収め、おれを挑発させるかのように片方だけ口の端を上げて笑った。その瞳は、絶対の自信と闘争心で輝いていた。



 ―――つまり、闘えというのか。斬り合えと言っているのか。



 おれは唾を飲み込み、震える膝を誤魔化しながら剣を引き抜いた。




つづく。

今回はちょっと短く……なったようです。


次回、第04話 事実か否か 後


次回もお楽しみに〜☆

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