表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

第02話 夢の終わりに 後編

 ―――目を開けると、そこには心配そうに覗き込む一人の青年の顔があった。まだ鼻の奥と喉が痛くて、まったく喋れない。


「お気づきになられましたか? ああ若、そのままで」


 起き上がろうとするおれを青年は片手で制し、少しゴツゴツする何かにまた頭を乗せられる。ん……? この感触は―――


「膝枕ッ!?」


 あ、喋れた。……じゃなくて、なんでおれ見ず知らずの好青年に膝枕されてんの!? 驚きつつ引きつつ体を起こすと、急に咳込んでしまった。


「大丈夫ですか、若!? まだ安静にされていた方がよろしいのでは……」


 おれの背中を支えてくれる青年に軽く感謝の言葉を述べると、青年は少し照れたように後頭部を掻きむしった。良く見ると青年もおれ同様ずぶ濡れで、彼が溺れていた自分を助けてくれたことになる。


 おれは所々に草の生えた地面に座り込み、周囲の様子を観察した。目の前には心配そうな顔の好青年、その後ろには大きな澄んだ湖。後ろには太古の風が吹きそうな原生林、そして上には青く広い大空……ではなくもう夕暮れに近いオレンジ色の空だった。……うーん。見る限りに家の裏庭とは風景が違う。


「若、すぐにあなたの元へ向かうことができなかったことを、今ここでお詫びします。本当にすみません……」

「へ? 若ってダレ!? どっかに偉い人でも……」


 青年は「え?」と言いたげな顔を一瞬したのち、何が面白いのか腹を抱えて爆笑した。おれはちょっと困ってしまい、ただ頭を何度も掻いた。


「若というのはリクル、あなたの事なのですよ。あなたには次期“魔獣王”候補としてこの世界に来てもらったのですから。若、こんな所で申し訳ありませんが、俺はフレイア・グリアロス・エリルと申します。あなただけに仕える、あなただけの護衛的存在です。どうぞ、フレイアとお呼びください」


 青年―――フレイアは、満面の笑みでおれの左手を取り、自分の額にそっと合わせた。それからまたおれの顔を見据え、こっちまで笑ってしまいそうな笑みを浮かべる。


 フレイアは茶褐色の短い髪に、おれと同じ暗黒色の瞳。濃い灰色の軍服を着用し、左腰には立派な装飾の剣が差してあった。


「我が待ち望んだ若、有機リクル殿。俺はあなたにすべての忠誠を誓います。今日この日から、我が身が朽ち果てる瞬間ときまで」


 フレイアは全身が痒くなりそうな言葉をさらっと言い遂げると、胸のポケットからひとつの紅い石のついたペンダントを取り出した。それはとても怪しく輝いていて、見る者の心を奪ってしまいそうだった。


「これは“深紅の心”。10の秘宝のひとつであり、俺の先祖からずっと受け継がれてきたものです。これはあなたにこそ相応ふさわしい。どうぞ、お受取りを」

「でも……これはアンタ―――フレイアが持つべきなんじゃないの? フレイアの先祖から受け継がれているんでしょ? 見ず知らずのおれなんかに……」

「いや。俺の先祖は、あなたの先祖でもあるのです。……見覚えありませんか? この顔」


 フレイアはそう言って自分の顔を指差した。どこかで見たことがあるような……彼の髪の色といい、瞳の色といい……。


「ってああ! アンタもしかしておれのお袋のお兄さん! つまりおれの伯父さん!? そっかー。おれ天国に来ちゃったのか。もしくは地獄に……」

「あなたはまだ亡くなっていらっしゃいませんし、俺もこの通り生きていますよ。まあ、あっちの世界では死んだことになっていてもおかしくはありませんね。リリスとまだお生まれになられていないあなたを庇い、紅い雷におれは打たれたのですから」

「ええええ!? じゃあやっぱり死んでるんじゃないの、アンタ!」


 フレイアは顔色一つ変えず、またまたさらりと言う。


「その雷に引き込まれて、この世界へと飛ばされたのです。320年以上前の、この世界に。当時おれは20代前半でしたが、やっかいなことにこの世界と地球とでは時間のながれるスピードが異なるのです。今や俺も……352歳となりましたけどね」

「さ、352歳!?」


 おれはあまりの驚きでうしろにひっくり返りそうになるが、寸前のところで持ちこたえた。しかし、反動で真横にひっくり返る。地面に座り込んでいて、本当に良かった。


「色々と事情がありまして……俺は“魔獣”の力を得ることになったのです。その所為であり得ないほど長寿になってしまって。俺の司る魔獣はグリフォン。鷲の上半身に、ライオンの下半身を持っている……」

「知ってるよ、グリフォン。こう見えても魔獣や幻獣には詳しいからね。でもグリフォンって幻獣じゃないの?」

「それにも深い理由があるのです。こんな所では何ですから、城に急ぎましょうか。ジークもそろそろ到着するはずなのですが……」


 フレイアはおれには聞き取れないほどの速度で呪文のような何かを呟くと、瞬時にして自分の背中に大きな鷲のような翼を生やした。おれが呆気にとられて彼を見上げていると、フレイアは目を細めて俺を見下ろした。


「どうです? これが魔獣の力……といってもほんの一部なんですけどね。まだまだ強力なものもあります。いつかお見せできる機会もあるでしょう」

「魔獣の力……って言ったって良く分からないよ。おれにとっちゃアンタは死んだはずの伯父だし、魔獣も幻想世界の生き物としか捉えていない。分かんないよ」


 彼は手を顎に当て、首を傾げて眉をひそめた後、何を思いついたのか満面の笑顔でおれに近寄ってきた。


 フレイアは片腕をおれの背中に回し、もう片方の腕でおれの足を持ち上げた。えーと、この体制は……俗に言う『お姫様ダッコ』というヤツですか? 


「落ちないように……俺の首に手を回して」

「ちょちょちょい!? おおおおれたち男同士だよな? こんなことしているなんて、誤解されたら……って!」



 フレイアはおれが阻止しようとしていることなんかお構いなしで、背中の翼を羽ばたかせて空へと舞い上がった。わー、高ーい高けぇな高すぎるッ!? 一体どこまで上昇するんだ!?


「危ないですよ、若。だから俺の首に掴まってと言ったでしょう? ……このあたりで大丈夫でしょう」


 何が大丈夫なんだって? と聞き返す前に、おれは真下に広がる森を見下ろした。夕日に照らされた湖はとても神秘的で、その湖を取り囲むようにして広がる森は、地球では見たことのない木々ばかりが茂っていた。太陽が沈んでゆく方……つまり西側には沢山の建物が立ち並び、その奥にはまた森があって、その中央には大きな城らしきものがそびえ立っていた。


 フレイアはその城を指差し、夕日の眩しさに目を細めて微笑んだ。


「あの城があなたの帰るところ、クレアリス城です。クレアリス城にはあなたに仕える沢山の魔獣族や魔法使い達が居ます。皆、あなたの帰還を心からお待ちしておりますよ」


 彼は小高い崖に降り立つと、おれをその場で解放してくれた。そこから眺める景色はとても美しく、この世のものではないような雰囲気を漂わせていた。


「ここは一般に“魔獣の森”と呼ばれるクレアリス城を護るための森なのです。俺もこの世界に来た当初は、自分の精神がどうにかなってしまったのかと疑問に思うほど美しかったですね。でも、今となってはもう慣れてしまいまして……」


 フレイアは苦笑いをしつつ、自分の軍服の裾を引っ張って皺をのばしていた。彼は見た目からしてまだまだ若いのだが、もう飽きるほど長生きしているのだ。時の流れは本当に恐ろしいと、今更だけど実感する。


「あの時―――俺が謝ってこの世界に来てしまった時は、本当に絶望しましたよ。生まれたばかりの愛おしい甥の顔も見ていないのに、離れ離れになってしまったのですから。でも、今の俺は幸せ者です。こうやってまた若と再会できたのですから……」

「……あんたが伯父なら、正真正銘の伯父ならおれのことを『若』って呼ぶのか? 一応家族だろ。呼び捨てでいいよ、なんだかむず痒いし……」


 彼は微笑んで「リクル」と短く言った。彼の後ろで輝く夕日が、幻想的な世界を生み出していた……って何か黒い影が……。



『わーかーーー! わたくしの愛する若ッ! 今しばらくお待ちくだされっ!!』


 何かがこちらに猛スピードで近づいてきている。鳥にしては喋っているし、長髪を振り乱しておぞましい形相で……ってやっぱり人間!?


「やあジーク、遅かったじゃないか……」


 フレイアが片手を上げた瞬間、迫ってきていた何かはおれたちの目の前を通り過ぎて大木の幹に正面衝突した。大木が音を立てて根元から折れる。その真下には、薄い銀色の長髪を血で紅く染めた人……らしきものがのびていた。


 おれが駆け寄ろうとした時、その人らしきものはバネ仕掛けの人形のように飛び起きた。膝まではありそうな長髪が反動で大きく揺れる。その人は糸のように細い眼を垂らし、鼻からは血を噴いてまた真後ろに倒れた。


「わあああっ!? あ、あんた大丈夫?」

「わ……わががっ」


 その人は白目を剥いて、口をパクパクさせながらさらに鼻血を垂らす。出血多量で大変なことになるのではないか、というほどだ。フレイアだけが全くと言っていいほど動じず、常に笑顔を浮かべて冷静であった。


「そこで失神しているのはジーク・ベリス・ティアリビス。こう見えて俺と同じ将軍クラスなのですが、今は……お気になさらずに」

「よ、よろしく。ジークさん」


 失神していたはずの人―――ジークはまた飛び起き、細い眼をさらに細めておれの全身を舐めまわすように何度も見つめる。ちょっと恐ろしくなって、3、4歩後ずさりしてしまった。


「若ッ! 私は感激です。あなたのようなとても可憐でお美しい方が我らの君主になられるなんて……! ああ若、私はあなたの為ならばどうなっても構いませぬッ」


 逃げ腰になってもお得意の人間観察は忘れない。ジークは膝まである真珠のような色の銀髪に、白と藍で構成された僧侶服のようなものを着用していた。左腰には騎士の証、立派な長剣が収められていた。


「ささ、ジークの鼻血でけがれないうちに、さっさと城に向かいましょうか、リクル」

「うばばばば! わ、若の御名を呼び捨てに!? あなたたちどんな関係なのですか! ああもう、私の人生は終わったも同然ですッ」


 ジークは泣きわめきつつ、わーかーわーかー叫びながら崖の上から飛び降りた!? おれが慌てて後を追おうとしたが、笑顔のフレイアに腕を掴まれた。


「心配無用です。ああ見えてもジークだって魔獣ペガサスの力を司っている。俺同様に空を飛ぶことだって可能ですよ」


 フレイアが爽やかな笑みを浮かべ、またおれを抱きかかえると小高い崖から少し助走をつけて飛び立った。ふと振り返ると、ジークが号泣しながらも必死で後に着いてきている。その背中には真っ白な大きい羽根が生えていた。


「普通……騎士と聞いたら馬に乗るものだと思われますよね。この世界では、馬など貧弱な生き物は生き抜くことができません。龍や獣に食われてお終いですよ」

「りゅ、龍!? 龍なんてこの世界に居るのか?」

「ええ、普通に生息しています。俺達は飛龍と呼ばれる二本脚の龍に乗って、移動することが多いんですけどね」


 二本脚……おそらく、ワイバーンと呼ばれるものだろう。ドラゴンと判別するには、四本脚か二本脚かの違いが一番分かりやすいだろう。他にも、体格がドラゴンよりひとまわりからふたまわり小さい。それ以外はほぼ同じだ。


 建物の多い方に近づくにつれ、例の飛龍ライダー達の姿が見えてきた。彼らは左胸に自分の武器の柄を当てるという独特の挨拶をし、すぐさま目的地の方目がけて去っていく。彼らの服はとても色とりどりだ。


 フレイアが後で教えてくれたことだけど、服の色はそれぞれの所属する部隊を現しているらしい。藍色、深緑は攻撃部隊。若葉色は防衛部隊。水色は医療部隊で灰色、白は主の側近と城の管理をする。……簡単に分けると、こういうことだった。


「夕日も大分沈みましたね……。これからはだんだんと街が『もう一つの姿』を取り戻しつつある。俺達魔獣族が幸せに暮らせる、闇の世界に」


 フレイアは囁きかけるように言った。東の方の家々にはもう灯りが点き、小さな窓からは温かい光が溢れだしていた。もう夜に近いのだ。


「もうじき城に着きますよ。あなたの為の、あなたの城に。クレアリス城は長いこと主を失ったままだった。従える家政婦達はとても嬉しがるでしょう」


 あんたも十分嬉しそうだよ、と思いつつ、おれは吹きつける風に目を細めた。ここはまだ良く分からない所だけど、自分の中で新しい何かが変わろうとしている。もしかしたらただの夢かもしれないし―――ただの空想世界かもしれない。


……でも、それでもいいじゃないか。おれが幼きころから夢見た異世界での生活なんだ。夢であろうと……現実であろうと。




つづく。

微妙な所で切ってしまいました^^;


次回、第03話 事実か否か



ちなみに、魔獣の擬人化がこの小説のテーマになっていましたよね? そうでしたよね??


私としてのイメージは、グリフォン=誠実、絶対忠誠 ペガサス=神秘的、賢い というものでして、それぞれフレイアとジークに当てはめてみました。まあ、ジークは早速キャラが変ですが……。


突然ですが、この辺りで逃亡させて頂きます!


次回もお楽しみに〜☆

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ