大一番への懸念
2年ぶりの投稿です…
今のマルククリスタルは一勝クラスに出しても勝てるかわからない。そんなことを考えながら、マルククリスタルのあたまの頭を撫でる。甘えてくるような、マルククリスタルを少し可哀想にすら思えてくる。こいつに無理はさせらない。血統的にもこれからの馬だ。有馬記念の焦点はいかに無理なく着を拾うかだろう。ありとあらゆる考えが頭の中を巡っていく。脳内のシナプスが弾け飛ぶ感覚は途絶えることない。
「か、貝崎くん、」
牛窪先生に話しかけられて、現実に戻された。
「やっぱり状態悪いでしょ?菊花賞から体調を整えることだけに専念したんだけどね。どうも調子が上がらなくって」
「最終追い切りはどうされるんですか?」
「それは明日、辻さんが来てくれるから坂路でコンタクトだけ取ってもらうよ」
「まあ、そこでピリッとしないようなら、本番もちょっと考えた方がいいかもしれませんね…」
「そうしたいのは山々なんだけどさ、丸木オーナーがどうしても有馬記念だけは、ってねぇ…流石にこの状態じゃノーチャンスだと思うんだけど」
調教師でさえこの様子だ。これはいよいよやばいかもしれない。とにかく、明日の最終追い切りで是非を決めるしかない。
翌日の朝5時。やはり俺は美浦にいた。アドレナリンが出過ぎて眠れなかった。多少寝不足でも最終追い切りの確認ぐらいできるだろう。
坂路コースに出てきたマルククリスタルは心なしか昨日と顔つきが違っているように見えた。スタンドから遠目でみた、印象なので全く信憑性はない。
ジーンズにジョッキーブーツを履いた辻騎手がマルククリスタルに跨った。だが、昨日のマルククリスタルと何やら違う。気合か、それとも惰性か。辻騎手がゴーサインを出すと、一気にアクセルを入れて急加速。やはり昨日と様子が違っていた。覚悟のある顔つきのような気もした。
「そこまで悪くないですよ、先生」
辻騎手が調教から戻ってくると牛窪先生に話しかける。
「そうかなあ。まあ確かに妥協点はあげられるかもしれないけど、万全ではないよ」
「そうですかね。乗ってる感じそうでもないですけど」
もしかして、馬が賢くなってしまったのか?ケイコで走らないたくさんいるが。特に長距離が得意な馬に多い。マルククリスタルにはそれらの要素が当てはまっている。いずれにしても、レースで走らせてみないとわからない。牛窪先生に挨拶をし、大まかな作戦は後回しにして俺はとりあえず床に着くことにした。睡眠不足がここにきて本領発揮して眠たくて仕方がない。
夕方には目を覚ましていた。変な夢を見た。自宅のベッドで目覚めた俺はマルクカイザーによく似た馬に跨って、東京競馬場のダートコースの直線を駆け抜けていた。観客たちはコートに身を包み、寒空には似合わない熱気が漂っている。まるで二月のアレを彷彿とさせるリアリティだった。やはり、俺はあの馬に惚れていたのか。まぐれだと口では言っていても潜在意識の中であの馬の強さを感じていたのか。すごくモヤモヤする。初恋のような、それでいて失恋してしまったあの季節のような。言葉では言い表せない感情が漂っていた。
目覚めの悪い夕方をかき消すようにタバコを吸う。やはり今週末のマルククリスタルが悩みの種だ。万全ではないコンディションの上でやれることはなにか。今後に影響してくるようなレースも避けなければならない。やはりアレしかないか…