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ダービーへようこそ  作者: 葉山インパクト
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菊花賞の真実

 勝負が終わった後の静けさは、緑のターフに浸み込んでいた。表彰式に立つ俺の足から。そして、マルククリスタルの手綱から。本当は騒がしいはずの競馬場は、その時だけ、静かなような気がして、一瞬、喧騒が俺たちの周りから離れているようだった。しかし、そんな俺の黄昏はここにいる菊花賞馬によって中断させられる。首を振るマルククリスタルは自分の勝利を自慢するように、俺たちに、甘えていた。

 忙しなく京都競馬場を後にする。この後のささやかな祝勝会のためだ。車の中は、行きの時とは打って変わってどこか浮ついた空気が流れている。丸木さんの顔は常に、にこやかだった。

 「いやー、やっぱり自分の馬がG1を勝つのは格別だ。このあとの祝勝会で飲む酒はうまいだろうなあ。貝崎さんの作戦の真実を肴にしてね。」

 「やめてくださいよ。たぶん、種明かしをしたら皆さんあきれると思いますよ。秘策みたいに伝えた作戦はこんなにも単純だったのかってね。」

 「それで十分だよ。菊花賞を勝てたのは君のおかげだ。皐月賞を勝った時もうれしかったけど、まさかその馬が二冠馬になるなんて思いもしなかった。まるで夢のようだよ。本当にありがとう。呑みの席で湿っぽい話になるのは嫌だから、今、伝えておくよ。」

 「ありがとうございます」

 それしか言葉が出てこなかった。ただ、純粋にうれしくて、何物にも代えられなかった。

 祝勝会は昨日と同じ店だった。牛窪先生、辻騎手が先に着いていたみたいだ。

 「それでは、乾杯!」

 威勢のいい挨拶が丸木さんから発せられるとビールジョッキを掲げる。ひとしきり今日のことを話し終えると、やはり具体的な作戦の全容について、説明するようにになりそうだった。

 「それで、結局のところどうゆうことだったのかね?」

 「まずですね、この話をするにあたって、押さえておかなければならないことが二つあります。一つは馬場コンディション、もう一つはマルククリスタルの特性です。まず一つ目に、馬場コンディションですが、今の京都競馬場の芝は内と外しか伸びない馬場なんですよ。そのせいで、中段からの差し決着というのはほぼみられなかった。たいてい逃げ決着か外からの追い込みで決まったレースがほとんどです。それを利用してあの『まくり』という作戦を使ったんですよ」

 辻騎手は神妙な面持ちでうなずき、牛窪先生も分かってるんだからよく分からないような顔。丸木さんだけ全く理解できてないような感じで俺に問いかける。

 「そしたらナイトメアヒーローみたいに直線の追い込みにかければ良かったのでは?」

 「確かにそれもあります。ですが、フォルクファイトを前に行かせることはあまり良いこととは言えない。それにマルククリスタルの特性を生かすんだとしたらあれしかないんですよ。」

 「というと…」

 「マルククリスタルは追い込み馬として必要不可欠な、長く足を使うことができない。一瞬の切れ味で勝負する馬なんでしょう。これは皐月賞を勝ってダービーで負けたことからわかりました。そして前には逃げ馬のフォルクファイトがいるとなれば、追い込みの線はあまりに不利になる。早めに逃げ馬を捕まえておきたいですからね。そうすれば、内の一番伸びるところを通れますし、フォルクファイトの粘り腰に屈することもない。ただ一つ誤算だったのは、ナイトメアヒーローの末脚ですかね。おそらく、カルロ騎手も外が伸びることをわかっていたからあの追い込みにかけたんだと思います。枠も枠でしたしね」

 説明が終わると、その場にいた三人は目を丸くしていた。感心しているのか、はたまたこんな下らないことを作戦にしたことに呆れているのか分からないが、俺の菊花賞はこれで終わりを迎えた。その後の祝勝会はマルククリスタルのこと、馬主行のこと。お互いの仕事についてなどそれなりに盛り上がりを見せ、お開きとなった。

 「丸木さんは車ですか?では私と貝崎くんは京都駅まで行きますね」

 「僕も飲んじゃったので京都駅のホテルに泊まります」

 辻騎手がそう言うと、丸木さんはだいぶ酔っ払っていたのかもうほとんど会話になっていない返事をした。三人でタクシーに乗り込み京都駅に向かう。車内では何となく静かになってしまう。

 「ところで、貝崎くんさ、だいぶすごい作戦を考えたようだけど、乗り手の僕が断ったらどうするつもりだったんだい?」

 口火を切ったのは辻騎手だった。俺は少し話しづらい話題に口をつぐむ。

 「どうもできません。乗るのは辻さんなんですから。あくまで僕は外野なんですよ。ちょっとかっこよく言うとフィクサーとでも言いますかね。あくまで作戦を考えるだけ。僕も昔、馬に乗ってましたから、馬を思い通りに動かすことの難しさは知ってますよ。」

 「なるほどねぇ。まあ、君がかなりの逸材のことはわかったよ。ところで、もう厩舎研修の場所は決めてあるのかい?僕からは牛窪先生のところをお勧めするよ。君の才能をこのレースで思い知らされただろうからね」

 「たしかに、牛窪先生のところにお世話になりたいです。牛窪先生がよろしければですけど」

 「言いにくいんだけど、実は私の所の厩舎に所属していた弟子が今年、調教師試験に合格してね、そいつの面倒を見ることになってるんだ。ごめんな。だから、俺がお世話になった厩舎を紹介するよ」

 「そうですか。ありがとうございます。ちなみに先生はどなたですか?」

 「難波清司先生だ。あの人の技術をモノにしてこい」

 正直、胸騒ぎがした。


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