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ダービーへようこそ  作者: 葉山インパクト
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運命の一夜

梅雨がまだ明けていない大井競馬場。運良く晴れた夜の雰囲気はまるで宴のようだった。俺がそんな感想を抱くのだから今日は相当なものだろう。 

 帝王賞の騎乗馬は1番のマルクレイザー。13番人気の地方馬だから回ってくれれば御の字だろう。主戦の浜谷さんが昨日の最終レースで落馬負傷により回ってきたチャンスだが、ほぼノーチャンスと言っていい。一番人気はJRA所属の8番のライアーファイナル。鞍上がアディールローランということもあり単勝は1.9倍。直前評価は逃げ切り濃厚と言ったところか。あの馬は負かすのは相当難しいだろうな。まずあの馬の後ろから行ったのでは勝算はない。ハナを取り切っての押し切りしかないだろう。

 そんな1人作戦会議をしているとあっという間に騎乗命令がかかる。マルクレイザーの乗り心地は悪くない。陣営もメイチで仕上げてきたらしく、状態に申し分はないだろう。

 地下馬道を潜り馬場入場をする。入れ込むライアーファイナルを尻目にマルクレイザーはかなり落ち着いていた。元々気性が荒いタイプではないがあまりにも落ち着きすぎってこともある。これがどう出るかだよなぁ。

 ゲートの裏では相変わらず静かだった。ファンファーレがなる頃には少し闘志が芽生えた感じがしたがそれでもまだ落ち着きすぎている。それでも俺がやることは一つだから、その作戦にマルクレイザーが応じてくれるかだけだ。その作戦を遂行するためにはスタートが全てと言っても過言ではない。そしてそれをやるだけのスタミナがこの馬に備わっているかどうか。そしてこの馬の自信が全てを司っていると言ったところか。

 そんなことを考えている内に奇数番号のゲートが終わり、偶数番号のゲートインが進む。最後に16番のコクシムソウがゲートに入り全馬ゲートイン完了。二分弱の砂の頂上決戦が始まる。 

 ゲートが開いた瞬間、抜群の反応を見せたマルクレイザーは先手を取る勢い。だが外目から切り込んでくるレイアーファイナルとのハナ争いはわずかにマルクレイザーの方が劣勢だった。だがここが騎手の腕の見せ所でもある。基本出鞭なんか入れない中央のリーディング騎手にはできない本気の先行争い。鞭と手綱を必死にしごいてなんとか先手を奪う。第一コーナーに差し掛かると2番手のレイアーファイナルには3馬身ほどのリードを保っていた。そしてここで気づいた。やられた…ローランのやつ、あえて先行争いを演じることで自分の馬に有利なペースを作ろうとしてやがる。だがいくら直線の長い大井といっても前に行った馬が有利なことに変わりはない。このまま淀みないペースを刻めばまさかの大金星も十分にあり得る。だがこの馬にとってペースを下げることはいいとは思えない。となると引き締まったペースを刻んでいくしかないわけか。

 そんなことを考えているとあっという間にだ四コーナー。後ろの馬が続々と上がってきて突き放しにかかりたいところだがここで仕掛けてしまっては2番手のレイアーファイナルが利を得るだけだ。ここは我慢。そして本当の勝負は残り300メートルを切ったところだと馬に教えるように手綱を握る。後ろを見るとレイアーファイナルが少しずつ上がってきている。だが我慢。ひたすら我慢。ここで仕掛けてしまっては勝ち目がなくなってしまう。400のハロン棒を通過し、直線の攻防に移る。俺たちはまだ先頭。その3馬身ほど後ろにレイアーファイナルが差を少しずつ詰めてきている。鞍上のローランは必死の態勢で馬を追う。だがそれほど馬は伸びていない印象だった。これはチャンスだ。残り300。ここからが俺たちの正念場。俺も必死に追う。体のすべえと力を手綱に込める。その力に反応するようにマルクレイザーも二枚腰を見せる。レイアーファイナルとの差は二馬身。残り200。大外からは何もきていない。完全にレイアーファイナルとのマッチレースだ。ここまで展開がお膳立てもしてくれているのなら是が非でも勝ちたい。ここで初めての鞭を入れる。だがこの鞭なんて毛ほども役に立たない。肝心なのは俺の腕っ節と馬を追う力だ。ローランも俺に勝るとも劣らない鞭捌き。残り100。もはや歓声など聞こえない。いや、聞きたくない。ただ、自分の世界に没頭している。いま、世界にいるのは俺とローランと二頭の馬だけだという思い。そして勝ちへの執念。だからその永遠の二馬身差を一生このまま保っておきたい…。

 蹄鉄が砂を打つ音で意識が戻った。いや、正確には正気に戻ったといった方がいいかもしれない。ほんの数秒前の興奮とアドレナレンが一気に引いていくのがわかる。だが、その一瞬を制したものの勝者がどちらかなんていうのは言うまでもなかった。興奮した状態でも勝利を確信できる、半馬身差でのゴール。騎手冥利に尽きるG1勝ちはマルクレイザーと俺の作戦勝ちだった。

 勝利ジョッキーインタビューに表彰式を終えると最終レースが待っていた。C1クラスの1200戦だが、俺とコンビを組むのは一番人気のゴッドファンタジー。逃げ馬だし俺の初G1勝ちのご祝儀といったところか。

 地下馬道を抜けていよいよスタートの時が近づいてきた。ゲートインを終えてスタートを迎える。ゴッドファンタジーは勢いよく反応すると真っ先に先頭に立つ。短距離では必勝パターンのスタートだ。そまま先頭を保ったまま第三コーナに差し掛かる。右手前で少し重心を右に掛けて走るとても賢い馬だと思った。これは捕まってれば勝てるレベルの馬だ。将来はA1クラスに出てきてもおかしくない。そして後続には二馬身差を保ったまま最後の直線へ。しかし、ゴッドファンタジーは何を思ったか右重心を変えずに走っていた。このままでは内ラチにぶつかってしまう。なんとか左で鞭を入れ真っ直ぐ走らせようとする。だが気づいた時にはもう遅い。右重心が災いした。ゴッドファンタジーは右足からバランスを崩すと、砂の上へ転倒してしまう。当然俺も鞍と一緒に砂の上、そして硬い鉄の棒へと打ち付けられた…。 


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