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彼女と僕  作者: 間島健斗
1/3

閲覧いただきありがとうございます(*^_^*)


 


『今日は彼女との旅行の日、電車に乗ってひまわり畑を見に行く、駅前9時半集合』



 発券機の一番高い切符から二つ安い切符を買って、彼女と一緒に電車に乗り込む。乗車した駅では、人の乗り降りが多く、横掛けの椅子で一人分ほど空いているところを見つけ彼女に座るように促すと、彼女は横に首を振った。「どうせだったら二人で一緒に座ろう」彼女はそういうと手に持っていたカバンを下に置く。電車の中は混雑しているということはなく、ほとんどに人が座っていて、それぞれが、スマホを触ったり、本を読んだりしている。知り合い二人で電車に乗っているのに彼女と僕の間には、会話がない。傍目から見たら、知り合いなのか、他人なのかわからないかもしれない。でも、彼女は確かに僕を知っている。電車の外を流れていく、景色をぼんやりした目で彼女は見ていた。寝不足なのか、電車に揺られているうちに眠たくなってきたのか、彼女の瞬きはとてもゆっくりだ。眠そうな彼女をドアに持たれながら眺めていると周りの音がどんどん遠くなっていき、彼女に誘われるように眠りについた。

 寝ている間に、主要な駅を通り過ぎ、横掛けの椅子にはまばらに人が座っているだけだった。彼女は僕が寝る前と同じように通り過ぎる景色を見ていた。僕が起きたことに気づいたのか「空いてるから座ろうか」という。僕が目的の駅まで眠り続けていたら、彼女は、少し底の高くなっている不安定そうなそのサンダルで立ち続けたのだろうか。それはなんだか申し訳なく感じた。一刻も早く彼女に座ってほしかった僕は、失礼にも彼女に断ることなく彼女のカバンを持って、椅子の方に向かってしまった。そんな僕を不快に思うような表情を見せずに彼女は少し笑って、僕の後をついてきた。彼女が席に座ると、拳3つ分ほど開けて僕も彼女の隣に座る。彼女は少し不機嫌そうな顔をすると、拳2つ分ほど、僕の方へと詰めてくる。彼女との距離感が分かっていない僕は、内心、かなり慌てて、それでも表情に出ないよう、毅然とした態度で拳1つ分ほど彼女と反対側へ移動する。僕が横にずれたことが不満だったのか、表情を変えなかったことに不満を感じたのか、彼女は大胆にもさらに拳二つ分ほど僕の方へ詰め、彼女の肩と僕の腕が触れそうになる。まいったか、とでも言いたげな顔の彼女に僕は素直に「勘弁してくれ」と言う。彼女は満足したのか、笑みをこぼす。彼女と僕の物理的な距離感はそのままに。僕と彼女は一か月に一回旅行をするだけの奇妙な関係だ。学校では話すことはなく、友達でもない。彼女の人との付き合い方は独特な気がした。しかし、僕には、彼女以上に親しい人間が家族以外にはいないので彼女が普通なのか、異常なのか判断するすべがなかった。


「中華バイキングと海鮮の食べ放題だったらどっちが好き?」

 唐突に何を言い出したのかと思うと、彼女は電車の中吊り広告を見ていた。そこには、バス旅行の4つのプランが四等分に分かれて示されている。その中から彼女は中華と海鮮を見つけたようだ。

「君はどっちが好きなの?」

 僕は中華も海鮮も実のところ興味が無かった。それだけではなく、食べ物全般に対して、どころか、物事全般に対してあまり興味を持ってはいなかった。質問を質問で返すのは、少し気が引けたけれど、「どっちも好きじゃない」と言って彼女を困らせることはしたくなかった。

「私は、どっちも好きだよ」

 そう言って笑う彼女。僕はよくその言葉をどっちもどうでもいいと思っているときに使うけれど、彼女が言うと本当にどっちも好きだという気持ちが伝わってくる。

「しいて言うなら、海鮮かな」

「じゃあ、築地市場に食べに行かないとね」

 「食べるのならやっぱ本場じゃないと」そう言って笑う彼女に、「中華だったら、中国か台湾にでも行くのか?」と聞くと、バカにしたように、「行くわけないじゃん」と笑った。彼女の中の中華の本場は、横浜らしい。中国に行かない理由は、遠いからでも、言葉が通じないからでも、お金がかかりすぎるからでもなく、人が多すぎるからだと彼女は言った。「あなたは、人が多すぎるところは嫌いでしょ?」と彼女は、僕と一緒に行く前提で話をしていた。僕は、人が多いところが別に嫌いではなかったが、それを言ってしまうと本当に中国に行くことになってしまいそうで、彼女には言わなかった。

 また一つ、駅を通り過ぎ、乗客が減っていく。彼女はひまわり畑に行きたいといったらしい、僕が知っているのは、彼女と今日ひまわり畑に行くために電車に乗り、知らないところに行くことだけだった。僕が綺麗に管理されたひまわり畑よりも、緑地公園で、踏まれてくたくたになっている名前も知らないような小さな花が好きだと言ったら彼女は笑うだろうか。必然的にそこにある物より偶然自分が見つけたものの方が尊く感じてしまうことを彼女に言ったら変な顔をされるだろう。

 僕らが降りたのは自動改札のない無人駅だった。ひび割れたアスファルト、乗車券を入れるための木製の箱、時が停まっているかのような駅のホームだった。彼女は電車の中の効きすぎた冷房で冷えた体を温めるためにわざと日差しの下を歩いている。普段はあまり外出をしないのか、日焼け防止を徹底しているのか、白い彼女の肌に太陽の光が当たってまぶしかった。

 人はどころか車もほとんど通っていないのをいいことに彼女は大きな声で歌を歌っている。曲名はおろか、一部分さえ知らなかったけれど、時々音程が外れていた。彼女は一曲をフルコーラスで歌い終えると、手に提げているカバンから水筒を取り出し、勢いよく読み始めた。自分が飲み終えると僕の方へと水筒を差し出し、「飲む?」と言った。あから様な挑発だと思ったけれど、彼女の顔には拒絶されることへの不安の色がにじんでいた。そんな顔をするとは思わなかったので、慌てているのが顔に出たのだろうか、水筒を受け取って飲んだ僕を見て、彼女はくつくつと笑った。さっきの顔は演技だったのだろうか。僕はあまり彼女のことをよく知らない。

 ひまわり畑は、駅から少し離れたところにあった。電車の中で彼女にもらったパンフレットでは駅から徒歩五分と書いてあったけれど、多分30分ぐらいかかった。かかっても15分ほどだと思っていたところにその倍の時間がかかるとなると、精神的な負担は大きい。彼女は、少し歩きにくそうなサンダルなのに、マイナスな感情を吐き出すことはしなかった。僕も彼女を尊重して表情に出さないように心がけながら、彼女の横を歩いた。

 ひまわり畑は農園内にあるようで、ビニールハウス内の入り口で、入園料を払い、農園に入ると辺り一面にひまわりが咲き乱れていた。君はサンダルが汚れるのもお構いなしで、ひまわりの中に入っていき顔を出しては、ひまわりの間にもぐり、潜っては、ひまわりの間から、顔を出してこちらに手を振っている。手を振り返すと楽しそうに笑った。華やかすぎて少し引いてしまう僕と違って彼女は、全身でひまわり畑を堪能している。

 僕は彼女が気づく前からその存在に気づいていたけれど、彼女にはあえて言わなかった。むしろ、彼女の意識がそっちに行かないように誘導しようとしていたぐらいだった。だだっ広く、何もないこの農園ではそんな努力は功を奏すことはなかった。

「一緒に写真撮ろうか」

 彼女は、ひまわり畑の反対側にあったベンチを指さしてそう言った。ベンチが置いてあるだけだったら、よかったけれど、それだけではなく、木でハートをかたどったアーチに対しての拒否反応が出た。それさえなければ、本当にいい写真撮影の場所だと思ったのだが、あれがあるだけで、恋人同士以外の人々を排斥してきたのだろう。しかし、彼女は全く気にすることなく、近くにいた人に写真を撮ってもらえるように頼みに行っていた。まだ、僕は、了解してないのだが、彼女にとっては決定事項のようだった。僕の肩にかかっているカメラを見て「何のためにそんな重そうなカメラ持ってきたの」と言う彼女の言葉は正しいと思った。僕は、僕がここにいたことを証明するために、カメラを持ってきていた。

 僕が恐る恐る、ベンチの端っこに腰掛けると、彼女は、ためらうことなく、ぴったり僕にくっついた。「ちょっと寄ってますけどいいですか?」という、写真を撮ってくれる小さな子供を連れた父親らしき人の優しい声に彼女が「大丈夫です、撮っちゃって下さい」と彼女が元気に答えると彼のタイミングで写真を撮ってくれた。写真は、端っこにより困ったような顔をしている自分が間抜けに見えた。彼女は屈託のない笑顔だ。

 時間を忘れたように彼女は、花の蜜を集めるために飛んでいた蜂や強くなり始めた日差しに構うことなく歩き回っていた。脚は土で少し汚れていたけれど気にしている様子はなかった。彼女はひまわりを堪能したのだろう、帰りの電車では、満足そうな顔をして眠っていた。帰りの電車は二人掛けの席に座った。


『彼女との電車旅行、彼女は満足したようだった。写真を見ておいて、どんな感じだったか、想像しておくこと、八月は花火大会に行く予定らしい』そう、僕は、書き記して、眠りについた。


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